W 011話 調達、調達、また調達(国内編)
193◯年◯月◯日 『日本 新潟県のとある村 村役場 村長室』
その日、村長さんは三人の客人を迎えていた。珍しいお客人である。
一人は県のお役所から来たお役人さん。
もう一人は陸軍軍需品本廠という部署から来た軍人さんで階級は少佐だという。
最後の一人は「閑見商会」というどうやら大きな商会らしい所の商人さん。
はっきり言って田舎の寒村では見掛けない顔ぶれである。
県のお役人さんから軍人さんと商人さんの紹介を受けた後、もっぱら話しているのは商人さんだった。
お役人さんと軍人さんはどうやら商人さんに便宜をはかるという役割りで付き添いで来たらしい。
朴訥な人柄の村長さんは、こんな事は初めてだと思いながらも、持ち込まれた話が村にとって、とっても良い事なので喜んだ。
県のお役人さんと軍人さんが保証する話だから騙される心配もないだろうし。
ああ、そうかと村長さんは気づいた。
あまりに良すぎるお話で商人さんだけで来られたら逆に騙されるのではないか、何か裏があるのではないかと警戒して追い払ったかもしれない。
でも県のお役人さんと軍人さんが付き添って話を保証してくれるのならば素直に信じられる。
なるほどなぁと村長さんは納得した。
「……と、言うわけで是非とも納入して欲しいのですよ」
「はい、わかりました。お国のためとあれば村の皆で喜んで作り納めさせていただきます」
「おぉ快諾していただけるとは有り難い。そこでですな。この契約はかなり永続的な物になる予定でして、量は幾らあってもよいのです。
こちらとの契約をあてにして、そちらで設備と人員を増やし生産量を増やしてもこちらは一向に構いません。作れば作っただけ幾らでもこの価格で買取りさせていただきますので」
「それは有り難いお話です。こちらこそ是非ともよろしくお願い致します」
話が付き、3人のお客人が帰ったその日の夜。
村長は早速、村の者を集めて集会を開き事情を説明した。
「……というわけでな皆の衆。これは大元は軍からの依頼なんだわ。
これまでの取引価格より高く買ってくれるという話だし。
集荷も軍から依頼をうけた商会が全てやってくれるという話だし。
うちらはできるだけたくさん生産すればいいんだわ。ええ話だろ」
「「「ほんね、ええ話ら」」」
「「「そうら、そうら」」」
降ってわいたような良い話に村人達の表情は明るい。
最近じゃ昔のような働き方じゃ食べていくのも一苦労だ。
米の価格は安定せず、養蚕もあまりに買取価格が安くて労力に見合わない。和紙も安い洋紙に押されて今じゃ注文が減っていくばかりだ。
かと言って他にいい収入源があるわけでもない。
村は貧しくなっていくばかり。
そんな時に和紙の大量買い付けの話が舞い込んで来た。足元を見て買い叩く事もないし、軍儒品として納めるから買い手の信用度は抜群だ。騙される事はないだろう。
こんなに嬉しい事はない。
集まった村人全員一致でこの話に乗る事が決まった。
苦しかった生活になんとか光が差して来た。村の者はみんなそう感じたのだ。
こうした話はこの村に限った事ではなかった。
東北の村々で同じような話が持ち込まれ次々と契約が結ばれていたのである。
その規模を知る者は極めて限られていた。
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193◯年◯月◯日 『北関東 とある組織の事務所にて』
二人の男が話していた。
二人とも元は九州生まれだが、故あって中国地方、京都、東海を流れ歩き今の地に落ち着いた者達だ。
長い付き合いなので立場は違えど気安い関係だ。
「つまり娘たちを大量に欲しいとおっしゃるんで?」
「そうや。だから手配師のお前さんを呼び出したんや。
一応、俺んとこに話を持って来たのは、ある商会という事になっとるが、大元の依頼主はさる高貴なお方なそうでな。
娘達が身売りする東北の現状に心を痛めていらっしゃるという話でのぉ。
何でも娘たちに身を売らんでもええように、新たに事業を起こして工場で働かせるという話なんやわ」
「そりゃよろしい話でおますなぁ。
まぁあっしらは娘達を集めるのが商売ですし、気の毒な娘さん達を色町に売りつけるよりは、いい話でさぁ。
いつもよりはやりがいがあるし心も傷まなくてすむってもんですぜ。
わかりました。お任せくだせぇ。たーんと揃えてみせまさぁ親分」
「うむ。頼んだぞ」
この話は、この二人だけのものではなかった。
他にも多くの親分と手配師が、いつもとは違い娘達を色町に売る事無く、さる商会の工場に娘達を送り込んでいる。
だが、その全貌を知る者は限られていた。
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193◯年◯月◯日 『日本 青森県のとある村 村役場 村長室』
「ありがとうごぜぇます。ありがとうごぜぇます。是非ともやらさせていただきます。この米さえあれば村のみんなも飢え死にせずにすみます」
村長は泣いていた。泣きながら礼を言っていた。
酷い冷害で米が全くとれず、このままではいつ飢え死にする者が出るかと戦々恐々としていた。
村の蓄えと、村人みんなの蓄えを全て吐き出して食糧を買い集めたが、どこも似たようなもので、食糧の価格は高騰しており買えた分だけじゃとても足りない。
虫も食べた。草も食べた。
近くの山は丸裸だ。
食べれる物はみんな食べてしまったから。今では木の皮を食べている家さえある。
ひもじいと言って子供が泣いている。何も食べる物をあげられないと言って親が泣いている。
国は何もしてくれない。県に陳情に言っても梨の礫だ。
空腹に苦しみながら、これからどうしたらいいのか夜もろくに眠れぬほど悩んだ。
せめて村の赤子だけでも生かしたい。そう考えるほど追い詰められていた。
そんな時だ。救いの神が現れたのは。
「閑見商会」というどうやら大きな商会らしい所の商人さんが米を持ってきてくれた。
それも無償だと言う。
閑院宮載仁親王様と伏見宮博恭王様の二人の宮様の指示だと言う。
高貴なお方が東北の現状を憂いて、手を差し伸べて下さった。
救けて下さった。
話はそれだけで終わらなかった。
これから蒟蒻を栽培してほしいと言う。
和紙の製造をしてほしいと言う。
生産に必要な物は全て無償で揃えてくれると言う。
できた蒟蒻も和紙も全て「閑見商会」が買い取ってくれると言う。
それも二人の宮様の指示だと言う。
高貴な方が田舎の寒村に新たな収入の道を作って下された。
村長は泣いた。
涙が止まらなかった。
膝をつき両手で顔を覆って泣き伏した。
村長だけじゃなかった。話を漏れ聞いた役場にいた者全員が泣いていた。
見捨てられていなかった。
打ち捨てられていなかった。
命を繋ぐ事ができる。子供達を飢え死にさせずにすむ。
それが嬉しい。
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら村長は何度も何度も感謝の言葉を繰り返していた。
こうして一つの寒村が救われた。
この年、東北を襲った冷害により、多くの村が飢えに苦しんだ。
しかし、この村のように多くの村が救われる事になる。
その全容を把握している者は極めて少なかった……
【続く】




