雪の下の地の底 3
「まだやってるのかフウテツ」
「いや終わったとこ、ちょうどよかった」
「さっさと帰って洗浄機がないと何もできないこと報告して今日はもう帰ろうぜ」
フウテツが助手席に乗り込むと小男がおずおずと近寄ってきて声をかける。
「そのぉ、たびたび申し訳けないのですがこの車両のバッテリーを譲ってはもらえないでしょうか」
「何言ってるんだ? そんなことしたら俺らが帰れないだろ」
「そこを何とか。お金は出します、どうか助けると思って、どうか」
イサマは大きくため息をつきフウテツを見た。
「どうするんだ、ほっとけばよかったのに関わっちまったんだぞ。バッテリー取り換えて動かなかったら、この車を譲ってくれって言われかねんぞ?」
「俺が上には報告しておくよ、イサマには非はないし」
何度も頭をを下げる小男の車に営業車のバッテリーを取り換える。
その間に小男はイサマに連絡先と感謝の言葉を伝え戻ってくると車両の様子を確かめそのまま何度も感謝の言葉を述べながら走り去っていった。
「で、どうするんだ歩いて帰る気かフウテツ?」
「それしかないよなぁ」
「お人よしも大概にしてくれよな」
「でもほら、高級車だったしもしかしたら後日謝礼金とかあるかもだし。断ったらかえってまずかったかも、しれないしさ」
「結果論だろそれ、しかももらえるとしても会社の金だろうし。関わる前にはじめに断っておけば高級車かどうかだって……あ、いや、これは」
「どうしたイサマ?」
動かなくなった車両の運転席に座るイサマは、今しがた小男からもらった名刺を読み直す。
「これ今貰った名刺。カザヒ家だってよ、遠征隊の一つを持ってるでかい所だ。さっき言ってた失敗したとこ。ってことは車ん中で寝てた人、カザヒ家の人だったんかな」
「このあたりの工場も確かカザヒ家の持ち物なはず。今回の仕事もそこの管轄から来た仕事だし」
「これは今度の遠征隊志願のとき役に立つんじゃないか」
「イサマは何もしなかったような」
「しまったな。もっと世間話でもして顔を覚えてもらえばよかった」
「急いでいたようだからそんな時間はなかったと思うけどね。で、どうしようか。上向列車の駅の場所何かわからないし、この車のこともどう伝えたら信じてもらえるかな」
「さぁな。帰りの電車賃出してくれよ? おれ今月もう厳しいんだ」
二人は動かなくなった車両とお互いの顔を見合わせ縁石の上に座って考える。
ーーーー
後日、働いている会社から呼び出しを受け二人は社長の前に立つ。
「先日のことでカザヒ家の方から連絡があった」
「へぇ、お礼にはどんな土産が? 大型動物の生の肉とかですか、それとも調合酒じゃなくて天然ものの熟成酒みたいなやつ? 少なくとも減給に見合う何かであってほしい所」
「あの時の人、急いでいたみたいですけど間に合ったんですかね?」
「それは知らないが、お前たちをカザヒ家で預かりたいそうだ。よかったな。断れるはずも断る理由もないからこちらで勝手に決めた、お前たちは来週からカザヒ家の専属技師だ。下っ端からだろうがここより待遇はいいだろう、がんばれよ。それと荷物は今日中に片付けておけよ。これが二人へのカザヒ家からの書類だちゃんと目を通しておけよ」
「なんだよそりゃ、棚ぼたじゃねぇか」
「そんな簡単に決まってしまうもんなんですか?」
限られた資源しかない中とても貴重な紙を使った封筒を社長は差し出す。
カザヒ家の家紋と思われるハンコの押された封筒の中に何枚かの用紙が見える。
「ここでの決定権を持っているのはカザヒ家を含む四つの家だけだ。他は彼らの言われるがまま働いて生きていくしかない。うちだっていきなり二人もいなくなるのは手痛いが、代わりの補填もしてくれているし設備の充実化も約束してもらった。だからここを出て胸張ってカザヒ家にいってこい、くれぐれも問題だけは起こして戻ってくるなよ?」
「俺ら売られてねぇか?」
「カザヒ家の専属技師」
イサマは封筒の中から香る紙とインクの匂いを嗅ぐ。
「ああ。やることは今と変わんないだろうが、どうでもいい後回しにされた機械じゃなくて今稼働している止まったら一大事な機械の整備を任せられることになると思うぞ。壊したら取り返しのつかないことになるような。フウテツはさておきイサマは心配だな下っ端から始まるとはいえ何をするか」
「まじっすか」
「頑張ります。短い間ですがお世話になりました」
話を終えると社長に再度荷物をまとめるように言われ二人は別れを告げ会社を去った。
ーーー
さらにその後日、二人は呼び出しを受けてカザヒ家の所有する部屋に向かう。
下層の工場や居住区のような少し頑張れば天井に手が届いてしまいそうな狭く複雑の空間とは違い、部屋が三つ重なってもまだ高さのあるような広い空間が中層の階層。
アーチ型の角の無い湾曲した天井から照らされる青白い光、道の左右は青々とした苔が育てられていた。
「この階でいいんだよなフウテツ? 用もないのにこんなところうろついてたら捕まっちまうぞ」
「行こうか、イサマ。時間に遅れたら大変だ。地図に書いてある場所に行こう」
前日渡されたカザヒ家からの書類に入っていた地図を頼りに進む。
この階層に人が少ないためか異臭や息苦しさを感じる淀んだ空気もなく、それでいて通路の端まで行き届いた掃除にかび臭さもない。




