第六十九話 もっと見つめ直せよ
僕は氷像を凍らせた。
「おーい!おわったよー!」
どこに居るか分からない【夜】にアピールをするが、返事がない。
「あるぇ?おかしいなぁ……」
なんか、足元の凍った氷像が不安定なんだけど。
不安定っていうか、崩れかけているっていうか……
「あ、コレ、砕けるやつだ。」
急いで飛び上がる。
同時に氷像が砕け、核が露見する。
「あー、そうだったね。まだ、"アンタ"が残っていたね」
核がグネグネと変形し、人の形を取る。
『我から分かたれし欠片よ……身の程を知るといい。我は倒せぬ。』
「あの時はサクラに任せてたからね!!やっと相手してあげられる!!」
概念武装はまだ未完成なんだろう?
【夜】がまだ出てこないってことは、自分以上の力を持つ自分と同じ出自の"端末"を相手取り、概念武装を完成させろってことでしょ?
「やってやるぜ!」
端末とレンの戦いを遠くの建物から見物している【夜】はなにかボソボソと呟いていた。
『なんであの回想であの概念武装に辿り着いたんだよ。まぁ、それが本能か……こんどここ、ちゃんとその概念武装のルーツを思い出せよ?』
【夜】は立ち上がり、もう一つの戦いの場を見つつ、レンに届かぬヒントを呟く。
『氷の怪異としての過去がキーになるかもな』
そうして【夜】はレンの戦いの観戦を止め、サクラと彩花の戦いの観戦へと向かった。
ーーーーー
【擬龍】との戦いはゲームで言うクリア後のチャレンジ要素的な再戦って感じだ。
強化されたモーションの【龍】を相手取っている感覚。
「一旦、私がヘイトを取る。
だから、その欠損した部位を落ち着いて修復してきて!!さっきから脆いよ、それ!!」
「分かった……」
サクラの身体修復能力は強力だけど、意識して修復しないと中途半端になり、適当に継ぎ接いでいたら、その箇所は極端に脆くなる。
不死性があっても脆ければ、勝てる勝負も勝てなくなる。
「ジリ貧になって辛いのは龍でもサクラでもなく、私なんだけどねー。」
腰に携えた刀に触れる。
万花万蕾の太刀の本質を理解できていない気がする。
花の力を精密に扱うために"魔法の杖"みたいな運用をしてきたけど何か別の力がある。と私は考えている。
終焉詠唱も、訳もわからないまま使っているし、"神"と戦うためにも、ここで全部、自分のものにしないとダメだ。
刀を胸の前に持ってきて、鞘から抜く。
「万花万蕾の太刀……抜刀…」
淡い等身が星明かりに照らされて怪しく光る。
風が吹き、花弁が舞い上がる。
目の前の【擬龍】が大きな翼を広げて空を飛び回り、龍鱗が弾け飛び、意思を持ったように鋭利な先端をこちらに向けて襲いかかってくる。
「私は止められないよ。」
迫る鱗を刀で打ち落としながら前に向かって走る。
両手で刀を握り、刀身に力を流し込む。
「落ちろ。」
踏み込んで跳躍し、刀を振るう。
技名もないただの袈裟斬り。
それでも、私は【花の怪異】だから。それ相応の威力が出る。
だから、これまで私はそれに頼り切っていた。
これまでの私を端的に表すなら、始めた直後に人権キャラを引けたソシャゲだ。
キャラパワーだけでプレイスキルも無いくせに勝ち進めることが出来るアレだ。
覚えがある。
中盤までは楽だったのに、終盤に差し掛かると勝てなくなる。
それじゃあダメだ。ハナに勝つためには、私が、強くなるしか無い。
「俺も心を共有してんだから変なこと言うなよ。ハナに勝つには、俺も強くならないとなんだからさ」
修復を終わらせたサクラが隣に立っていた。
サクラの声は妙に大人びていた。
「なんか、変わった?」
「んー、思い出したんだよ。
百年前までの【人の怪異】を。」
百年前の【人の怪異】って、優希を、忍を、私を襲った……
「また私達を襲うの?」
「襲う訳なく無い?あくまでも、前世の記憶って感覚だよ。
アニメを見てキャラに感情移入したとしても自分はそのキャラにはならないでしょ?」
「言えてる笑笑」
ーーーーー
彩花に後退を指示されたので、一旦後退する。
不死性があっても体はボロボロになる。
一旦、息をつく瞬間があるだけでも体の強度は上がる。
これまでは、龍の甲冑やら、花のエネルギー吸収とかで継戦してきたから、【人】の力の限界を久しぶりに目の当たりにして、自分が彩花から受け取っていた力に酔っていたことを知る。
久しぶりだなぁ、トウキョウに居た頃みたいだ。
「目を閉じよう。深く、ふかーく、息を吸うんだ。」
深層心理に沈んでいく。
いつも、心の底に何か澱んだヘドロみたいなのが見える。
彩花が中に入ってからは、そのヘドロに花が咲いて、俺の深層心理は綺麗な花畑になっていた。だから、久しぶりに見た。このヘドロを。
「この下には何がある?」
優希が言った。
百年前、【人の怪異】は優希、忍、彩花の三人を魅入って襲ってきていたと。
でも、多分だけどそれは彩花だけだ。
彩花の魂は俺が見ても分かるレベルで特殊だ。
残酷な程に美しい魂で、神の気配すら感じる魂なんだ。
「なんとなく分かる。あの魂を見つけたら手を伸ばしたくなるよな。」
でも、なんで【人の怪異】は……死んだ?
「気になる」
この下には、それがあるはずだ。
俺の魂がヘドロという形で蓋をしている何かがある。それを知りたい。
ヘドロに手を触れて、中に入っていく。
知らない感情が、感じたことのない感情が、俺のものじゃない感情が、俺の中に流れ込んでくる。
「あぁ、気持ち悪い……」
最悪だよ。最悪だ。
ヘドロの層を超えて、気がつくと俺は、見知らぬ街に居た。
「ここは……」
向こう側から、二人の男子が自転車に乗って俺に向かって走ってきた。
「うおっ…」
咄嗟に避けたが、その二人は俺に気がついていないのか急いでいるのか、目もくれずに通り過ぎていった。
あの二人についていけばいいのかな?
「なーんか、見覚えがあるよーな……」
サクラは"美しい世界"に踏み入った。
ーーーーー
二人についていくと、どこか懐かしさを感じる神社に辿り着いた。
「……ボロいのに実家を感じるのは……」
石階段を登るとその懐かしさの理由が現れた。
馴染み深い黒いドロドロの集合体。
「これが、【人の怪異】……?」
「はしれ!!」
男子が一人で【人の怪異】と対峙している。
いつの間にか居た女の子ともう一人の男子が苦虫を潰したような顔で走り去っていった。
「うーん、それは蛮勇じゃない?」
などと言うが、その男子の戦いを見届ける気満々だ。
境内のベンチに座り、見させてもらおう。
「生身の人間がここまで……」
「あー、ダメだー。吹き飛ばされた。」
まさに今際の際。
【人の怪異】は気持ち悪い動きで男子を嘲笑う。
その瞬間、境内は炎に包まれた。
ここでやっと俺は理解した。
目の前で戦っていた男子は、優希なんだ。と
「じゃあ、さっきの二人は忍と彩花……」
などと考えている間に、優希は【炎の怪異】と契約し、【人の怪異】を焼却処分した。
終わった感出してるけどさ、別に【人の怪異】死んで無くない?
だって、
『……ッ!!!』
焼け野原となった神社の境内から黒いドロドロが溢れ出し、人の形に戻った。
「不死性は変わらず……か。じゃあ、なんで……」
なんで【人の怪異】がこれ以降、姿を表さなかったのか……?と言おうとした瞬間、その答えが"飛来"した。
天使のような男だ。
白い翼を携えた儚げな男。
だが俺は【人の怪異】だ。"人"を知っている。
"人の業"の塊であるその男に俺は親近感を感じた。
「じいちゃんと、同じ気配だ」
白い翼の男は【人の怪異】を掴む。
「少し遅れたが、お前が"花"に近くことは許さない。」
『ーーーー!!!!』
【人の怪異】が膨張して白い翼の男を包み込む。
「You think you can defeat me?
I am conflict itself.」
白い羽根が舞い上がり、【人の怪異】が灰になって消えた。
今度こそ、完全に。
「聞きなれない言語だけど、今のは英語か……えっと……」
人の歴史に直結している俺は知らない言語の翻訳を……頑張れば……すぐに……
えっと……"俺に勝てると思っているのか?"……
「俺は【紛争】……そのものだ。って……」
通りで、じいちゃんと同じ気配なわけだ。
"中身"はほぼ一緒だ。
それに、さっき言っていた"花"ってのは、彩花のことか?
つまり、【紛争の怪人】が裏からあの三人を、【戦争の怪人】が表であの三人を【人の怪異】から守っていたのか。
「さすが、五大怪異に数えられる【人の怪異】様ですね……【戦争】【紛争】二枚積みとか、中々にグロい待遇だなぁ」
そんな事を考えていると、【紛争の怪人】は羽根に包まれて消えた。
そして、視界も暗転していった。
「……場面転換か?」
ーーーーー
気がつくと、また見知らぬ街に居た。
「……どこだ、こ……こ…」
果てしない恐怖が身を震わせる。
この、気配は……!!
【死の怪異】……いや、にしては弱い
分体かな?
そんな気配が向かう先は、
「学校か」
しかし、俺が向かうのはそこじゃない。
百年前の【死の怪異】を見たくないか?と言われれば見たいよ?でも、俺は【人の怪異】を見ないとねー
と、後ろを向くと案の定、【人の怪異】が立っていた。
『ーーー……』
「【死の怪異】に、気圧されてこんなところで燻っているとは……無様だな」
また【紛争の怪人】が現れ、【人の怪異】に襲い掛かる。
一方的な蹂躙の果てに、【人の怪異】は灰となって消滅した。
「……【人の怪異】は複数個体存在しているってのは知っていたけど、個々では弱いのか?じゃあ、俺って……」
また視界が暗転する。
「場面転換?はやくね?」
そろそろ【紛争】の名前くらい知りたいんだけど……
ーーーーー
最初の神社のあった街に帰ってきた。
キョロキョロと辺りを見渡すと、看板があり、そこにはご丁寧に街の名前が書いてあった。
「あら、わかりやすい……えっと、実那上?……ミナカミか。」
街の名前を知ったところで、空を見上げる。
「夜……にしては、星がない夜だな。月だけが、綺麗に……」
違和感のある夜空を見ていると、付近でアノ気配がした。
あれだよ。
「……彩花じゃない、【花の怪異】の気配…!!」
つまり、【花神】だ。
と、思っていたら、
「またかよ、また日和ってんのか?」
【人の怪異】が何かに怯えるように立ち尽くしている。
「【紛争】……は来ないのか?」
これまで毎回来てただろ?
ん?
「あー、そう言う幕引きね?」
花の根が地面から飛び出し、【人の怪異】を吸収した。
視界が暗転する。
「思っていた何億倍も、【人の怪異】が小物すぎて恥ずかしいんだけど…」
ーーーーー
どうやら長かった回想も終わりが近いようだ。
空がおかしいんだ。桃色というか、白色というか……
何処にも咲いていないのに、桜の花弁が風に吹かれて流れてきている。
「世界創世の瞬間……」
振り返ると、【人の怪異】が何体も、何体も現れて一つに固まっていく最中だった。
「倒しに行くのか?神を」
『……そうだ。』
!?!?!?!?
返事をしたのか!?
『何かおかしいか?』
「おかしいよ。だって、これは記憶の再現……記憶の中の存在が……」
『そうだ。過去を見ているんじゃない。記憶の中での旅路なんだ。俺たちは【人の怪異】なんだろ?記憶の中で別の意識が芽生えてもおかしくない。』
「やっぱ、規格外だよ」
『自画自賛か?』
「そうだよ!!まぁ、いいや。なんで、お前は【花】にご執心なんだよ。」
『お前に言われたくはない……が、そうだな……あの存在は"人の歴史を侵す"悪意の化身だから、とか……理由はいくつも出てくるが、それ以前にムカつくんだよ。』
「何に?」
『人の魂に怪異の魂が溶け込んでいる事にだ。
人は純粋だからな。そんな魂に混じり混むとか、許せない。許さないからこそ、新木彩花は俺が救い上げないといけない。』
「じゃあなんで、月や紛争や戦争はお前を邪魔したんだ?」
『善行ってのはよく見られないだろ?それが人の本質さ。
まぁ、あとは、あれだな。
やり方が過激すぎたんだろう。』
「あははは!!!バカじゃねぇの?」
『別に、いいんだよ。そもそも、俺は世界中に分かれていたからな。一体一体を制御できてるわけじゃないし、酷い悪評が付き纏っていたのも知っているし。』
「それでも、世界のために、戦いに行くのか?」
『負けるかもしれない。死ぬかもしれない。
認められないだろう。信じられないだろう。
それでも、人を助ける。
人間の真の本質は、"おせっかい"だからな。』
「おせっかい……ねぇ」
『どんな悪人でも、善人でも、行動原理の奥底にはおせっかいがある。それが人に向けられるモノか、自分に向けられたモノかって違いだけだ。』
「人間ってバカだよな」
『それが人間だ』
会話の最中も肥大化していった【人の怪異】はその動きを止め、空を見上げる。
「行くのか」
『見て行くか?無様に負ける様を』
「いや、もう思い出したよ」
『そうか。じゃあ、行っておいで』
「ああ。」
『そうだ。最後に、【時】と【嵐】を思い出せ。そうすればお前は、俺を超える。余裕だろ?』
「余裕だよ。もう、超えてる気すらしてる」
視界が暗転する。
最後に、【人の怪異】は飛び立った。
ーーーーー
俺は現実に引き戻された。
「よし。やるか」
ご精読ありがとうございました
人の怪異君さぁ……




