第7話
もしゃもしゃとサンドイッチを頬張りながら、スマホを操作して動画の再生を始める。受験勉強のために見逃していたアニメを昼休みを利用して消化しているのが、最近の日課だ。
お昼のチャイムが鳴ると同時に教室を飛び出し、購買でパンと飲み物を購入。そのまま屋上に赴いて目立たないように塔屋の上によじ登り、そこで一人気ままにお昼ご飯を食べるのが習慣になっている。
屋上には階段室を兼ねる塔屋と倉庫として使用される塔屋の二つがあり、僕は倉庫の方の屋根を使わせてもらっている。屋上の奥まったところに配置されているのもあって、ひとけが少ないのが気に入っているポイントの一つだ。
今日のサンドイッチは厚切りベーコンと卵とレタスのサンド。購買で売っている商品は有名店とコラボしているものが多く、どれも美味しくて食欲が旺盛な男子高校生のお腹を十二分に満たしてくれる。これだけでもこの学校に入った価値はあると言っても過言ではない。
サンドイッチをコーヒーで流し込みながら、今日で最終回となるシリーズもののアニメを鑑賞していたところ、ふいにガシャンと金網の鳴る音が聞こえた。気のせいかと思って無視していたのだが、ガチャガチャとだんだんと音が激しくなってくる。
……非常にうるさい。
今見ているアニメは魔法少女がその正義の心で敵の魔法少女とガチンコバトルを繰り広げる熱血アニメなのだ。その最終回、今まで敵同士だった魔法少女たちが力を合わせて真の巨悪に立ち向かうという脳汁溢れるとてもいいシーンなのだ。
これは少しお話しせねばなるまい。
そう思って動画を止め、屋根から下を見下ろすと、そこには金網のフェンスをぎゅっと握りしめてうなだれている女生徒の姿があった。
聖トランスバール学園の屋上は最近めずらしく生徒に開放されており、転落事故防止のためにかなり背の高いネットフェンスが設置されている。棒高跳びの選手でもない限りフェンスを越えることはまずありえないが、万が一ということもある。目の前でアイキャンフライされたらさすがに目覚めが悪い。
僕は女生徒に気付かれないように音もなく屋上に降り立ち、さも今初めて気が付きましたよ?という風に話しかける。
「なんか大きい音がしたけど、大丈夫?」
僕の声掛けにはっとしたように女生徒が振り向いた。
最初に目に入ったのはその美しい銀色の髪だった。
白磁のような肌と整った顔立ちは精巧な西洋人形を思わせる。後ろ髪を二つにわけて括ったいわゆるツーサイドアップという髪型に吊り目がちな瞳は、さきほどのうなだれ弱々しい姿とは違い強気な印象を受けた。
日本人離れした容姿に外国人だろうか?とふと思う。
聖トランスバール学園は留学生の受け入れも活発で、世界十数ヵ国から様々な学生がこの学校を訪れている。
ひょっとして日本語が通じないのだろうかと考えたところで彼女が何か喋ったように思えた。
「(あなたには関係ないわ……)」
その言い方にちょっとむかっ腹が立ったが、こちらは紳士だ。喧嘩を買うつもりはない。関係ないならそれはそれでよいが、せめてフェンスをガチャガチャするのはやめてもらおう。
「……確かに君とは関係ないから大丈夫ならそれでいいけど、フェンスの金網を鳴らすのはやめてくれない?お昼休みぐらいはゆっくり静かに食べたいんだ」
肩をすくめながらそう答えると、彼女の青い目が驚きに見開いた。
「(……あなた、私の言っていることがわかるの?)」
「……日本人なら日本語くらい誰でもわかるだろう?」
失礼な。逆にこっちはあなたが日本語を使えることに驚きましたけどね。
異世界に行ったときに言語理解のスキルを取得したから、おおよその言語はわかるんだが。……あれ、これひょっとして通訳とか翻訳家で食っていけるのでは?ありがとう、見知らぬ女生徒。君のおかげで僕の将来の選択肢が増えたよ。
「まあいいや。とにかく、フェンスをガチャガチャしたいなら他の場所で頼むよ」
そう言ってその場を立ち去る振りをして、倉庫の陰に入り女生徒の視界から消えたところで屋根に飛び乗った。彼女が追ってきたが当然僕の姿はなく、当たりをきょろきょろと見渡した後、首をかしげながら屋上を後にしていった。
これでもう来ないといいなあと思いつつ、昼休みの残り少ない時間を有効活用しようと、僕はスマホの動画を再生し、アニメを見直し始めた。
……その日の帰宅後、家のリビングでゴロゴロとテレビを見ていると、とある人気音楽番組で新進気鋭のアーティスト特集というものをやっていた。ここ一年以内にデビューしたバンド、アイドル、グループ、ユニット、ソロ活動のミュージシャンを紹介するものだったが、あるアイドルの映像が流れたところで、妹の喝采が聞こえた。
「アマ・デトワールだー!瑞姫ちゃんはかわいいし、優花里様は相変わらず美しいよねー」
アマ・デトワール。去年の12月にデビューしたばかりだが、中高生を中心に爆発的な人気を誇り、
ここ数ヵ月で一気にスターダムにのし上がった超新星のアイドルグループだ。3月に発売したシングルはミリオンヒットを記録したという。
アイドルにあまり興味がない僕だが、今テレビに出ている二人は同じ特待科のクラスメイトだ。美月や七海からの毎回聞かされることもあって、この程度の情報は嫌でも入ってくる。
「うーん、晴華ちゃんいないね。まだ復帰できないのかなー」
その言葉にふと視線を七海の方に向けた。
「晴華ちゃん?アマ・デトワールは月岡さんとと日下部さんの二人ユニットじゃないのか?」
七海が驚愕の表情をしたまま固まる。
「……お兄ちゃん、本当にアイドルに興味ないんだね。説明しなかったっけ?アマ・デトワールは三人ユニットだよ。リーダーの『紅鏡の女帝』日下部優花里、『月映えギャル』月岡瑞姫、『白銀の歌姫』星川晴華。晴華ちゃんは病気療養中って話なんだけど、もう2ヵ月は出てないから心配なんだよー」
「ふーん、ちなみにどんな子なんだ?」
七海の瞳がきらりと光る。
「おっ!お兄ちゃんも興味出てきた?よろしい、それじゃまずはシングルとアルバムとこの間の伝説的なライブ映像と……」
「いきなり布教を始めるな。どんな子か画像を見せろと言ってるんだよ」
ぶーたれながらもすばやくスマホを操作して、七海が僕に画像を見せてくれた。
「ググれと言いたいところだけど、しょうがないからななみが見せてあげる。……おっ!尊さに声も出ないかな。なんかロシアとのハーフらしくてねー。日本人離れしてるよねー」
そこに映し出されていたのは、今日の昼間に屋上で出会ったあの女生徒の姿だった。
……ひょっとして厄介ごとに自ら首を突っ込んでしまったのかもしれない。




