第6話
朝日の差し込む教室にクラスメイトたちの挨拶の声が聞こえてくる。
満開の花びらで僕たち新入生を迎えてくれた桜もすっかり葉桜に変わり、気温もだんだんと暖かくなってきて、清々しい初夏の陽気を感じさせてくれる。
入学から早一か月。僕はぼっちライフを楽しんでいた。
この和田守湊、戦いの中で友達の作り方を忘れた。……などということはもちろんなく、あえて意図的に友人を作らないようにしているのだ。
魔法で気配を遮断し、認識されないように視覚を阻害し、人からは話しかけられないように、人には話しかけないように努めた結果、立派なモブの一員としてぼっちライフを手に入れることが出来たのだ。
それというのも……。
「おはよう、湊くん。……まだクラスに馴染めないの?」
聖トランスバール学園の女子制服に身を包んだ幼馴染、更科美月の姿がそこにあった。紺のブレザーに白いブラウス、胸元には高等部1年生を示す赤色のリボンタイを付け、チェック柄のスカートを履いている。どこぞかの有名デザイナーによる制服らしく、都内かわいい制服ランキングでも堂々の1位だそうだ。
ちなみに男子はブレザーにネクタイ、グレー地のズボンと可もなく不可もなくといったデザインだ。明らかに女子の制服の方に力を入れただろうと言いたい。
「……おはよう美月、早いな」
「湊くんが早すぎるんだよ。私は朝練があるから早く来てるけど、もっと前から来てるでしょ」
中途半端な時間に登校したら目に留まるからね、仕方ないのだ。かと言って始業時間ギリギリだと悪目立ちする。朝一番に登校し、自分の座席周辺に結界を張って始業時間まで待つのが今のところベターなのだ。
「……7時には教室にいるな」
「早すぎるよ!朝練してる私と大差ないよ!」
いやだって一番最初に教室に入れる時間を調整していったら7時になっちゃったんだよ。クラスメイト学校に早く来すぎ大問題ですよ。7時でもたまに僕より先に来ている人がいるから侮れない。一体そんなに早く学校に来て何をしているんだ。
「まあ、登校時間は置いておいて……わかるだろう?このクラスで友達を作るのなんて僕には無理」
「……そうかなあ」
美月は言いよどんでいるが、僕がぼっちライフに勤しんでいるのも友達を作らないのもこのクラスの特異性に理由がある。
このクラスの学科名は『特待科』。
聖トランスバール学園の数ある学科の中でも日本各地から集められたスペシャリストで構成される特殊なクラスなのだ。
入学試験はなく、必要なものは「一芸」での実績のみ。クラスメイトたちは何れも芸術・芸能・競技・学術・学芸・スポーツなどの分野で活躍を期待されている者たちばかりなのだ。
僕が言いたいことはただ一つ。……何でこのクラスに入学させた!
普通科でいいじゃん!普通科で!
何なんだよこのクラス、そこかしこに有名人ばかりじゃん。あの女子生徒なんてこの前テレビで見たばかりだし、あっちの男子生徒は昨日の新聞の一面を飾っていたよ!1ヵ月いたって慣れないよ!こんなクラスにいられるか、僕は普通科に編入させてもらう!
……特別に入学させてもらった手前、そんなわけにもいかないので僕はモブに徹することにしたのだ。
ちなみに美月が僕に話しかけられるのは、美月だけ結界の対象から外しているため。最初は全員を対象にしていたのだが、僕を探してウロウロすることが多かったので除外することにしたのだ。
「よう、湊。それにおはよう美月ちゃん」
僕の肩を叩いて爽やかに挨拶してきた男子生徒に僕は胡乱げな視線を向ける。今も結界は作動中だっていうのに、こいつは何で僕の存在を認識できるのか……。
男子生徒の名は米谷瑛太。彼も特待科である以上言うにもれず、スペシャリストである。彼の特定分野は『探偵』。どこかのドラマか漫画のような話だが、学生探偵として有名であり、既にいくつもの難事件を解決したり怪事件に巻き込まれたりしている。僕はこいつとだけは絶対に一緒に旅行はしないと心に固く誓っている。
「おはよう、米谷くん。何度も言うけど、名前を言うのはちょっと馴れ馴れしいかなーって……」
「なんで?湊も言ってるし、別にいいでしょ?フランクにいこうよ、フランクに。海外暮らしが長くて、堅苦しいの苦手なんだよね」
「……湊くんは別に……はあ、もういいわ……」
ため息をついている美月を横目に見ながら、僕の隣の席に座った瑛太に話しかける。
「おはよう、瑛太。今日はいつもより早いけど、例の事件は片付いたの?」
「ああ、なんとか片付いた。矢田部のおっさんも頻繁に呼び出さないでほしいよな。学生の本分は勉強なんだから」
「また心にも思ってないセリフを……」
席について早々に漫画雑誌を読み始める瑛太に呆れながらも彼の能力について考える。探偵に求められるスキルとは一般に体力・忍耐力・観察力・洞察力・判断力が必要と言われている。僕の存在を認識できるのも観察力と洞察力のスキルが高いからだろうか、一般人レベルなら簡単に察知できないようにしているはずだけど、この分だと瑛太の他にも僕に気付いているクラスメイトがいるのかもしれないな。
まあ、この時期になっても話しかけてこないなのだから、僕に興味ないと言うことでいいだろう。
しばらくすると仲の良いクラスメイトが登校してきたらしく、僕に「じゃあまた後で」と声をかけると美月がその女子生徒の方に向かっていった。ぼんやりと視線で追いかけると、そこにはクールビューティといった雰囲気の女子生徒が凛とした佇まいで美月を待っていた。
彼女の名は神咲詩織。ポニーテールに結い上げた長い黒髪に切れ長の瞳。
口数が少なく物静かな彼女はその容貌も相まって女侍と言った印象を受ける。それもそのはず、彼女は中学時代に剣道の全国大会優勝者らしい。剣道場は弓道場の隣にあるので、その縁もあって仲良くなったのだろう。
美月と接点がある以上、僕とも話す機会はあるのかもしれないが、なるべく必要最低限の会話で済ますように努力しよう。
深く静かに潜航せよ。僕の栄えあるぼっちライフ継続のために。




