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第5話

 「そ、粗茶ですが、ど、どうぞ」

 僕の母親――和田守麻理子わだもり・まりこという――が、手をプルプルさせながら目の前に座るナイスミドルという形容がふさわしい紳士然とした男性の目の前にカップを置く。中に入っている紅茶は我が家にしては高級といってもいいお茶っ葉のはずだ。


 「いや、これはおかまいなく。ありがとうございます」

 そう言って上品にカップを持ち、一口すする。一つ一つの動作が洗練されていて、まさに上流階級の所作といったところだ。


 状況を整理しよう。


 場所は僕の家のリビング。いつもは家族4人で食卓を囲んでいるテーブルに座るのは僕、隣に僕の父――和田守幹夫わだもり・みきお。そして向かい側に座るのは数日前に助けた大富豪、姫小路大輔。それとあの時の青年の4人だ。

 母はお茶を出した後、キッチンに戻っており、僕の妹の和田守七海わだもり・ななみとともにこちらの様子を伺っている。


 うん。つまり……どういうことなんだろう。

 確かにあの時に僕の魔法で病気を治したが、目撃者もなく、彼らからすると数十分間、姫小路さんの側にいただけの人物のはずだ。百歩譲ってお礼を言いに来たとしても姫小路財閥の総帥自らが訪ねてくる理由がよくわからない。


 「それで息子に何の御用でしょうか?」

 姫小路さんがカップを受け皿に置いたところで、父が話を切り出した。この場は父に任せよう。父はこう見えても会社の課長さんだ。偉い人との会話など、僕より慣れているだろう。

 あれ、王様とか姫様とかの方が偉いとすると、僕も慣れてるほうなのかな?


 姫小路さんが目を細めて父に話しかける。

 「ほう、君が姫松商事の和田守君か。君のことは社長の姫松から聞いている。なかなかのやり手だそうだね」

 「……ありがとうございます。総帥に名を覚えて頂けているとは光栄です」

 父の会社の一番上の人なんじゃん!ヤバイじゃん!あわわ、失礼のないようにしないと一家4人路頭に迷う結果になる。だから、母もあんなに緊張していたわけね、なるほど理解した。今更理解できても遅いけどな!


 「ハハハ、優秀な社員の情報は常に私に届いてくるからね。後で君ともじっくり話をしたいところだが、今回は君の息子の件で話があってね」

 そう言って姫小路さんが僕の方に体を向ける。

 「私はまどろこしい話は嫌いでね。単刀直入に言おう。和田守湊くん、我が聖トランスバール学園に入学する気はないかね」

 「はあ、聖トランスバール学園に。……聖トランスバール学園!?」

 僕はびっくりして立ち上がってしまう。


 姫小路財閥の総帥が僕の家にいることも意味がわからないのに、聖トランスバール学園に入学させてくれるという余計にわけのわからない出来事に呆然としていると、父が僕の肩をつかんで強引に座らせた。

 「すみません、総帥。何故うちの息子を?」

 「……失礼だが調べさせてもらった。達城」


 姫小路さんの隣に座っていた青年、達城さんが答える。

 「はっ!和田守湊、15歳。扇岡おうぎおか北中学校卒。更科神社神隠し事件の被害者。12月14日に更科神社に向かうと言ったまま姿を消し、その後の消息は不明。3月15日に神社の関係者によって境内に倒れているところを発見される。消息を絶っていた間の記憶はないものの、健康状態には問題なし。行方不明の期間が受験と重なってしまったため、4月からの入学先はなし。……以上となっております」

 「そう言った事情を聞いてね。これも何かの縁と思い、提案させてもらった。私としても突拍子のない話だと思ってね、信じてもらう意味もあって、こうして私自ら足を運んだというわけだ」


 よく調べている。発見された日についてはまだマスコミも知らない情報のはずだ。姫小路さんが家に来ると連絡があってすぐに、自宅の周りにいたマスコミがあっという間に追っ払われてしまった。しかも、これからマスコミが僕たちを嗅ぎまわることはもうないとのこと、権力の力ってすげー。


 「それはありがたいお話ですが、息子からは達城さんが救急車を呼ぶ間だけ総帥の車の側にいただけと聞いております。正直、そこまでしていただくわけには……」

 僕も父の言葉にうなずく。全くもってその通り。そこまでしてもらう理由が見当たらない。


 それを聞いて姫小路さんが呵々と笑った。

 「いや、失礼。確かに湊くんにとっては破格の条件だ。理由を説明しなくては納得せんだろう。……私も未だに半信半疑なのだが、枕元に神様が立ってね」


 何を言い出すんだこのおっさん。父と二人あっけに取られてしまう。


 「美しい、そうこの世のものとは思えないと言った表現が正しいだろうか。思わずため息が出るような容貌の女神が枕元に現れたのだよ。……土下座しながら」


 土下座。土下座をしながら現れた女神。……なんか嫌な予感がする。


 「名前を名乗ってはくれなかったのだがね。その女神が言うには自分のせいで一人の少年の人生を歪めてしまった。少年にありあまるほどの恩を受けたというのに一つも返すことができない。少しでも少年の力になりたいと思い、貴方に助けを求めに来ましたと」


 ……女神アフェクシオンさま。何やってんですか。


 姫小路さんは格好を崩して、両手を上げる。

 「普段なら馬鹿な夢を見たものだと一笑に付すだろう。だがね、その夢を見たのは心臓の発作を起こして病院に担ぎこまれた時のことなんだ。目を覚ましたあと、医者が言ったことに耳を疑ったよ。近年悩まされ続け、もう完治することはないと言われていた心臓病がすっかり治っていると」


 僕が全部治しちゃったからね。でも、その間に女神さまがこちらの世界に干渉してきていたとは。異なる世界同士の接続には莫大なエネルギーが必要になると言う。無理したんだな、アフェクシオンさま。


 「……奇跡。そう奇跡なんだろう。その後、達城に話を聞いてね。少年とはおそらく君のことだろうと思った次第さ」

 「失礼ながら、あまりに荒唐無稽な話でいくら総帥のお言葉と言っても」

 父のこわばった顔に対して、茶目っ気たっぷりな表情で姫小路さんが言葉を返す。

 「そうだろう。まともな人間なら信じることなど出来まいよ。……そう難しく考える必要はない。奇跡的に私の病気が治った。その奇跡の現場に湊くんが立ち会った。機嫌のいい私としては、幸運のおすそ分けをしたいと思っただけさ。わがままな金持ちのエゴと受け取ってもらってもかまわんよ」

 そう言ってニヤリと笑う。父は考え込むように腕を組んだ。


 「……湊はどうしたい?最終的に決めるのはお前だ」

 「ああ、学費のことなら心配はない。卒業まで全額、理事長である私が出そう」


 至れり尽くせりの条件だな。

 せっかく女神さまが尽力してくれたのだ。断る理由は僕にはなかった。


 「お願いします」

 僕は姫小路さんに頭を下げた。


 「そうか!受けてくれるか!詳しいことは達城から聞くといい。これでも忙しい身でね、もう少し会話を楽しみたいところだが、これで失礼するよ」

 そう言って姫小路さんが立ち上がった。父や母、妹と一緒に玄関まで見送る。

 この間の高級車に乗り込んだ姫小路さんはウインドウを開け、僕を見て微笑む。


 「湊くん、良い高校生活を送るといい。何かあったら私を頼りなさい。理事長室は君のために開けておくよ」

 「わかりました。ありがとうございます」

 僕はもう一度深々と頭を下げた。とは言っても理事長室なんて行くことはないだろう。……たぶん、おそらく、メイビー。


 余談だが、女神のご利益があると思った姫小路さんは更科神社に多額の寄進を行ったらしい。祖父や両親が狂喜乱舞していたと美月からの情報だ。

 僕も後でお参りにいこう。


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