第8話
「――うげ」
薄々嫌な予感はしていたが、こうして実際に目の前に現れるとどうにも参ってしまう。
今日も今日とていつもの場所でお昼ご飯を食べようと屋上に向かったところで、倉庫の前で両腕を組みその美しい銀髪を風になびかせながら仁王立ちしている女生徒――星川晴華と鉢合わせてしまった。
彼女の剣幕に恐れをなしたのか、僕と彼女の他は屋上には誰もいない。
そりゃそうだ、今をときめくスーパーアイドルグループの休業中のメンバーというだけでも厄ネタだと思うのに、それが人を射殺せそうな視線でこちらを伺っているのだ。
屋上に出た瞬間に回れ右したくなるというもの。誰だってそうする。僕だってそうする。
というわけで、僕も今日はなんだか屋上で食べる気分ではなくなったし、前々から狙っていた中庭のベンチにでも向かうとしよう。
「(待ちなさい)」
体を反転させたところで声をかけられてしまった。
「何かな?昨日は君と僕とは無関係ということで話が終わったと思うけど……」
彼女に背を向けたまま、そう答える。
「(……一昨日までは無関係だったけど、昨日からは関係あるの!あなた、なんで私の言ってる事わかるの?)」
なんでも何も日本人同士で会話が通じないということはないだろう。昨日はその容姿から留学生かもと思ったが、今回は妹から情報を得ている。
キャンユースピークジャパニーズ?アイキャンスピークジャパニーズ。オーケー。
「(私、言葉を発していないのよ。それでなんで私が言いたいことが理解できるの?)」
ホワッツ?
……そういえば、さっきから会話をしているのにやけに静かだと思った。てっきり僕たち以外誰もいないのが原因と思ったが、思い返してみると確かに僕が発する言葉しか聞こえてこなかった気がする。
つまり、あれか。声が出せないのに自分が何を言っているのかわかる相手が目の前に現れたということか。そりゃ何者か突き止めるわ。
うーむ、異世界で培ったコミュニケーションスキルがこんなところで弊害を受けるとは……。目と目でわかりあえるって戦闘時には重宝するけど、日常生活でそんなことされたら恐怖でしかないよね。
よし、こんなときはこれだ。スキル発動!
「えっ、なんだって?」
ふふふ、最近読んだラノベの難聴系主人公が持つこのスキル。これさえあれば不都合な会話も切り抜けることが可能なはず。
「(今更もう遅いわよ)」
星川さんが大きなため息をついて、やれやれと首を振った。どうやらこのスキルは主人公しか使えないらしい。モブである自分が使うにはレベルが足りないのか、わかってたけど。
「(別に取って食おうってわけじゃないの。一緒にお昼ご飯でも食べようかと思って)」
おそらく熱狂的な信者だったら一撃で尊死しそうな笑顔を向けて僕にそんなことを言ってきた。
「……クラスメイトをランチに誘うには剣呑な態度だったと思うけど」
「(あら、ごめんなさい)」
星川さんはそう言って、屋上に備え付けのベンチに座ると、持っていたランチバックから可愛らしい柄のお弁当箱を取り出して、ひざの上に広げ始めた。
突っ立っているのも何なので僕もベンチに座り、買ってきたパンの袋をガサガサと開けてメロンパンを取り出す。
彼女の方を見ると、僕に気にもしない様子でパクパクとお弁当を食べ始めていた。
星川さんのお弁当は彩りも鮮やかで栄養バランスも良さそうなおかずが並んでいる。僕が普段食べる茶色いお弁当とは雲泥の差だ。自分で作っているのだろうか。才色兼備で女子力も高めって完璧超人っているんだなあとメロンパンをもっきゅもっきゅと食べながらそんなことを思った。
「(あげないわよ)」
「いらない」
彼女の手作り弁当と言うものに憧れはあるが、その量ではとても腹の足しになりそうにない。べっ、別にそのアスパラの生ハム巻きが美味しそうだなんて思ってないんだからねっ!
しかし、さっきから一緒にご飯を食べているだけなんだけど、彼女の目的はなんなのだろうか。僕が彼女の言葉を理解できるのは異世界でパウラの言っていることを理解しようと努力した結果であって、特別な能力ということではない。アンナが「それは立派な特殊能力でござるよ」とかいう幻聴が聞こえてきそうだが気のせいだ。
だが、彼女の言葉がわかるという人が周りにいないだろうということはわかる。言葉を発せない場合、意思疎通を図るのに一般的なのは筆談などだけど……。星川さんが休業中の理由は言語障害ということだろうか?
そうこう言っているうちに二人とも食べ終わってしまった。
その間に話したことといったら、全て他愛もない話題ばかりだった。
僕のことをクラスメイトと認識していなかったり、特待科の授業の話だったり、今日の天気の話だったり、世間を騒がしている
ニュースの話だったり。
とくに面白いことを話した覚えはないのだが、彼女は終始楽しそうだった。
最初に抱いた怖そうな雰囲気はどこかにいってしまい、僕が持っていたトップアイドルというイメージも薄れて、とっつきやすいクラスメイトの女の子という印象に変わってしまった。やだ、このままだと恋しちゃいそう。……まあ、こんな高根の花の女の子、僕なんか相手にしないだろうけど。
お弁当箱を片づけた星川さんはランチバックを持って立ち上がると、階段室に向かって歩き始めた。
今日のところはこれでおしまいということらしい。会話は楽しかったが、無駄に緊張したのでもう少し休んでおきたい。ベンチに座ったままの僕に、星川さんがくるりと向きを変えて、ランチバックを後ろ手に持ちながら上目遣いに問いかけてきた。
「(ねえ、和田守くんはいつも屋上でご飯を食べてるの?)」
嫌な予感を感じつつも僕は答える。
「……そうだけど」
「(そう)」
そう言って星川さんは屋上から出て行った。足取りが妙に軽かったのは気のせいと思いたい。しばらくはお昼休みを静かに過ごすのは無理そうだと感じた。
……トップアイドルとランチを一緒に食べる。普通に考えただけでもファンにバレたら社会的に殺される案件だ。お昼休みはさらに屋上の結界を強化しなければならないと心に固く誓った。




