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第3話

 地球に戻れば万事解決すべてが元通り。

 ……そんなことを思っていた時期がありました。


 地元の小高い丘にある古い神社。その境内へと続く100段以上はある石造りの階段。その最上段に腰かけながら僕はため息をついた。

 市内を一望できる眺めの良い景色も、今の僕には何の感慨も与えなかった。


 「何を辛気臭い顔をしてるのよ」


 ぼけーっと景色を眺めていた僕の顔を覗き込むように幼馴染の少女が話しかけてきた。

 艶やかな黒髪を肩口で切りそろえ、巫女装束に身を包んだ少女の名は『更科美月さらしな・みつき』。幼稚園からの腐れ縁だ。この1000年以上の歴史を誇る更科神社の娘で、ときどきこうして家の手伝いをしているらしい。


 「……辛気臭い顔にもなるさ」

 僕は顔を歪ませて一息に言う。

 「この神社で合格祈願のお参りしたあと、帰りの階段で転んだと思ったら、気づいたら病院のベッドの上だぞ!しかも高校受験も卒業式も終わってるって言うし、来月からどうすりゃいいんだよ」

 「……あはは、神隠しって本当にあるんだね」


 そう、異世界『トライ・グレアラント』で魔王討伐を成し遂げ、ブラウン王国の王都ターフェルルンデに凱旋した僕は女神アフェクシオンの力で地球へと転送してもらった。

 仲間たちが引き留めてくれたのは嬉しかったが、やはり僕は日本人だ。日本で生活がしたい。可能ならば戻ってくると約束し、僕は日本へと帰ってきた。

 「戻ってくるなんてそんな軽く約束しちゃって大丈夫なんですか?」と僕も世話になったクリス付きのメイドが心配そうに言っていた。

 へーきへーきと答えたら真顔で「ミナト様はもう少し女心について勉強されますようご忠告いたします」と言っていたがなんだったんだろうか。


 そんなことより、僕にとって最も誤算だったのが、異世界と地球とで時間のズレが生じていたことだった。僕が異世界に召喚されていたのが向こうの時間で一年と少し。僕としては召喚された日時に戻されると思っていたのだが、実際は召喚された日から3ヵ月ほど経過していたのだった。


 地球に転送された後、この神社の境内で気を失っていた僕を美月が発見し、救急車を呼んで病院に運んでくれたらしい。

 3ヵ月が経過されていたことを医者から教えられた僕は、その間の記憶がないと言い張ったが、念のために体を検査するということで数日間の入院を余儀なくされてしまった。

 父親には心配させたことを叱られ、母親には泣かれ、妹はしばらく体に抱き着いて離れてくれなかった。

 異世界で一年を過ごした間、仲間たちがいたとはいえ望郷の念にとらわれることも少なくなく、やっと日本に戻ってきたという実感をかみしめることができた。

 ……高校受験が全日程を終了し、卒業式もつつがなく終了したという事実を知った時は愕然したが。


 コレカラドウスレバイインダー。


 「……湊くんはこれからどうするの?」

 美月が言いにくいことを聞いてくる。


 「うーん、わからん」

 一年浪人して来年高校を受験するか、高卒認定試験を受けるか、就職するか、バイトをしながら生活するか、とにもかくにも日本に戻ってきてから一週間しか経っていないのだ。病院で検査を受けていた期間を考えるとまだ1日しか自由な時間が取れていない。

 この神社にもようやく抜け出して来れたのだ。家には現代の神隠しとしてマスコミが張り付いているし、母親と妹が心配して片時も僕から離れようとしない。一応書置きはしてきたから大丈夫だと思いたい。先ほどからスマホのRINEがひっきりなしに通知しているが気のせいだ。


 「まあ、しばらくは落ち着くまで家族と一緒にいたほうがいいんじゃないかな。心配してたよ、おじさんもおばさんも七海ちゃんも。……私もね」

 美月が目線をこちらに向けないまま、そうつぶやく。最後の言葉が小声で聞きづらかったが、確かに落ち着くまで家族と過ごすのもいいかもしれない。

 今年はもう高校には入学できないのは事実なのだ。それであれば事実は事実として受け止め、出来ることをやるしかない。幸いにも時間はいっぱいある。


 「そうだな。しばらくは家族とゆっくりするか」

 「ん、少しは元気になったみたいね」


 パンパンとズボンの埃を払って立ち上がると、階段を降り始める。

 「そういえば美月は春からあの学園だったっけ?」

 ふと美月の進学先のことを思い出して肩越しに問いかけた。

 「そう、聖トランスバール学園。運良く推薦で合格できてね。4月から通うんだ」

 「凄いよな。さすが全国中学生弓道大会の個人戦入賞者」

 僕の心からの賞賛に美月が顔を赤らめる。

 「たまたまだよ。でも、そのおかげで学園に通えるんだから、運が良かったのかな。学校の設備も良いみたいだし、今から弓を引くのが楽しみだよ」


 美月は子供の頃から弓道を続けていて、才能があったのだろうか、大会で入賞することが多かった。昨年の大会では個人戦全国3位という偉業を成し遂げている。

 その才能に鼻をかけることもなく、黙々と弓を弾き続けるその姿は美月の大和撫子然とした美貌も相まって、『紅与一くれないよいち』の異名がついた。あうあうと照れるので美月の前では絶対にその異名のことは話さないが。

 そういえば、バレンタインも過ぎてしまったのか。美月も誰かにチョコをあげたのだろうか。彼氏とか出来たんだったら、気軽に話しかけるのは控えたほうがよいのかも。


 「来年トランスバールを受けるのもいいのかもなあ」

 「……っ!絶対その方がいいよっ!」

 ふと漏らしたその言葉に美月が食い気味に答えた。

 びっくりして振り返ると美月が顔の前でわたわたと手を振り振りしている。

 「ご、ごめん。なんでもないのなんでも。決めるのは湊くんだしね」

 「あ、ああ。まあ前向きに検討してみるよ。話して少し楽になった。じゃあ、また」

 「う、うん。またね」


 僕は顔に赤みが残る美月にそう声をかけて階段を降り始めた。


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