もう、おしまいかも
私の記憶をもっていった船を目指し、真っ暗な夜の空を進む。船との距離は少しづつ遠ざかっていくけど、不思議と気にはならなかった。ゆったりとした空の旅もいいもんだ。
「クロメ……」
少女が振り向きながら私に呼びかける。その声には以前の様な陽気さは感じ取れない。
「スピードが落ちてきちゃった。ちょっとやばいかも……」
船に追いつけずに、私の記憶を取り戻せないかもしれない事を心配しているのだろう。焦り始めているのか、箒の運転が少し荒くなってきている。
けれど私には、どこか他人事のように思える。今の私に過去の記憶があるなんて、あまり実感できない。その記憶が大切なものかどうかもよく分からない。
なんだか悲しいことだなと感じていると、焦りの表情を見せながら彼女が言葉を続ける。
「箒に込めた魔力が、あと少しで無くなっちゃうよ!」
少女が放った言葉は、私の予想を大きく裏切った。
え、嘘? 空飛ぶ箒の魔力が、無くなっちゃう? それってつまり……
「この箒が、動かなくなっちゃうよ~!」
彼女の悲痛な叫びが放たれる。
このままじゃ私たちは……やばい!
焦っていた少女がふと、私の記憶を持ち去りながら宙へと向かう船へと視界を戻す。すると、次第に落ち着きを取り戻したようで、荒くなってしまった箒の運転が、再び安定する。しっかりと気持ちを切り替えた彼女が、私に注意を促す。
「残りのエネルギーを振り絞って、一気に船のところまで行くよ! しっかり掴まっててね、クロメ」
え、このまま進むの?
少女が箒を加速させ、船に向かって進む。私の記憶を取り戻すため。
爆発的にスピードが上がり、風を突っ切る心地よさが強まる。高速飛行、気持ちいい! と一瞬考えたが、その考えはすぐに頭から消え去る。このままでは落下死だ。なんとか少女を説得して、無事に生き残こらなきゃ。
「お願い! 私の記憶はいいから、残りのエネルギーを使って上手く地面に着地して!」
必死に少女に懇願する。けれど彼女は首を横に振る。
「ダメだよ! クロメの大切な記憶を、取り戻さなきゃ!」
「死んでしまったら、どちらにしろ記憶はおしまいだよ!」
「私の風魔法で、なんとか死なないようにするよ!」
少女は私の記憶を諦めていないようだ。風魔法を使って上手く着地するみたい。
風魔法…… 風魔法って、風を出す魔法の事だよね。人間二人を支える力なんてあるのかな? 風の力だけで、この高さから無事に降りることが出来るのかな? 色々と心配になってくる。
「心配しないで、クロメ。必ず記憶を取り戻す。 そして、安全に着地して見せるよ!」
少女が安全を保障する。けれど、本当に生きて帰ることが出来るのかやっぱり不安だな。
「コ~ン♪」
キツネさんが、再び顔を出す。凄いどや顔をしている。
「コン、コン、コ~ン♪」
自信満々に可愛らしい鳴き声を発するキツネさん。
黄色くてかわいい顔を見ていると、なんだか安心する。もしかしたら、大丈夫かもしれない。そう思えてきた。
船まであともう少し。記憶を取り返して、生きて帰るだけだ。
「箒にためた魔力が、もうすぐ尽きちゃう…… けどあともう少し。あとちょっとで、船の中心に着く。クロメの記憶を、取り戻せるよ!」
少女が現在の状況をつぶやく。
ようやく、船の列の最後尾までたどり着く。
目の前には、複数の質素なデザインの船。視線の少し先に私の記憶がある。このペースで進めば、記憶までたどり着ける。だが……
「あっ、やばい。箒のスピードが、遅くなってきた! けど、まだこっちの方が速い。このまま、追いついて見せる!」
再び箒の速度が落ちる。かなり遅くなってしまった。
幸い船の速度よりは早いのでまだまだ希望はある。けど、これ以上スピードが落ちたら船に追いつけなくなってしまう。スピードが落ちないことを必死に祈りながら私の記憶を目指す。だがしかし……
「あっ、もうおしまいかも。箒のスピードが、船のスピードに抜かれてきた。」
少女の嘆きの声が聞こえた。
微妙に船より速かった箒のスピードが、どんどんと落ちてきている。少しづつ船の列の中心へと進んでいた私たちは、再び最後尾へと戻ろうとしている、そんな時だった。
「わーっはっはっは! 私がぁ、来てやったぞ♪」
突然、後ろから、少女の笑い声が聞こえた。ふと後ろを見てみる。
四本の割りばしをつけた巨大なキュウリに乗りながら、不気味な笑みを浮かべる女の子が、そこにはいた。この子は、あの時地上にいた緑髪少女だ。
「喜べ、私が邪魔しに来てやったぞ」
奇妙なことをつぶやきながら、緑髪少女は笑い続ける。




