第千八百四十五話・とある夕暮れ時のこと
戦国要塞、一巻から七巻まで発売中です。
七巻に関しては加筆修正をしており、女性陣の視点、土岐頼芸の最後、お市ちゃんの出番など書き下ろしの場面も随所にあります。
書籍版の書き下ろしなどは、今後webなどでの公開はありません。書籍としての付加価値は守ります。
web版と違い、一冊の本として読むことを意識した加筆修正になっており、購入をお願いできるものに仕上がっていると思います。
どうか、ご購入をお願い致します。
カクヨムにて現在『オリジナル版戦国時代に宇宙要塞でやって来ました。』と『改・戦国時代に宇宙要塞でやって来ました。』があります。
『オリジナル版』は、1880話まで、こちらより先行配信しております。
『改』は言葉、書き方、長期連載による齟齬などを微修正したものに、オマケ程度の加筆があるものです。
なお、『書籍版』の加筆修正とは別物であり、書籍版の内容とは違います。
そちらも、どうかどうか、よろしくお願いします。
Side:久遠一馬
清洲城には領内ばかりか日ノ本各地から様々な報告が届く。特に近江に御所を造る計画が決まってからは、それに絡む動きが増していて報告が一段と増えた。
「そうか。上手くいくといいけどね」
義輝さんはまだ公式に尾張にいる。義輝さん本人は静養していることにしてここ数日動きがないけど、慶寿院さんが尾張を見物して歩いているからだ。
そんな最中、京の都から地下家が、義輝さんに仕えるために近江の観音寺城に出仕したと報告が届いた。
人選は公卿任せなので多少の不安が残る。幕臣から人柄や能力で選んでほしいと内々に頼んでいるはずだが、家柄とか血筋で選んだ人もいるようだと報告がある。
「半分でも残れば十分よ。駄目だった場合は、その人を推挙した公卿から次を選ばないといいだけだもの」
メルティは相変わらず辛口だ。とはいえ、これに関してはオレたちのみならず幕臣もそんな感じなんだよね。使えない、合わない人は返せばいいと。
当然ながら、幕臣も自分たちの地位や立場を明け渡そうなんて人はいない。忙しいことで仕事を与えることはするだろうが、武士の下で働くことになる。
仕事が出来れば多少の問題は目をつむるかもしれないが、あいにくと公家というだけで配慮をするなんて甘い人は幕臣にはいないだろう。公家の荘園や利権を平然と奪うような人も中にはいるし。
「一応、体裁を崩さない程度に禄は出すように頼んだけど」
「人は慣れるわ。最初は良くても次第によりよい立場に武士がいれば、必ず不満に思い勝手なことをする公家が現れる。少しずつふるいにかけるべきね」
分断して統治せよってことね。少し実例と違うけど。
まあ、基礎教育がある程度でも出来ていれば、使える人材もいるか。尾張だと学校教育が上手くいっていることと、地元の寺社が率先して働くから要らないって雰囲気だけど。
政教分離という意味では依然として変化がない。ただ、宗教家も国を思い地域に愛着をもって織田の治世で生きている意味は大きい。
分国法も守るし、モラルという意味では武士よりしっかりしている人もまた多い。そこを排除するメリットが現時点ではあまりないんだ。
「御所に関する反発も表向きにはないか」
新しく御所を大々的に造営するのは足利としても例があまりないものの、流浪している時に現地の寺なんかを仮御所と定めて政務をすることは実例が割と多い。そこの区別があまりないのは運が良かったのかもしれない。
もっとも一部だと新しい御所造営の意図に気付いている勢力もあるだろうが、反対する口実とメリットがあまりないからな。
御所関連でいえば、東海道と東山道の近江側の整備計画を六角と織田で話し合っている。こちら側も常に整備を続けていて、道を整えたり、難所での待機場所を整備したりと賦役は続いている。
ところが六角側は、甲賀で賦役として街道整備がようやく始まり軌道に乗った段階だからね。
六角では所領の整理がようやく進んだ。史実で安土山となる目賀田山と近隣を領有する目賀田氏が所領を献上したことで、一気に議論が加速したらしい。
まずは検地と人口調査を、宿老や主立った重臣の領地でする方向で進めているそうだ。俸禄に移行するにはきちんとした基準が必要だと説明していたからだろう。
少し前までは互いに内情が筒抜けになることから慎重論もあったようだけど、正直なところ大まかな数字は互いに知っていることだ。力の差をはっきりさせたくないという体裁だけで進んでいなかったようだ。
それに感化されたのかは分からないけど、北畠もようやく所領の扱いについて議論が始まっている。
両家に共通することは、もう所領単位で動いていては格差で潰れてしまうと察しが良い人は理解していることだろう。ただ、変わるきっかけがなかった。
そのきっかけとなった目賀田さんにしても、上様のためならばという体裁と、ここで名を売っておきたいという功名心があったのだろうと義賢さんが言っていた。
出世争い、功績稼ぎ。いずれも大いに結構なんだよね。手段を間違う人も多いけど、きちんとルールを定めると悪いことじゃない。
問題はいろいろとあるけど、進むことも進んでいる。これが政治というものなんだろうね。オレも十年近く政治に携わって、ようやく少しは理解したのかもしれない。
Side:滝川資清
夕暮れ時、ふらりと菊丸殿が屋敷を訪れ、少し碁の相手をしてほしいと頼まれた。慶寿院様の見聞の帰りだそうだが、慶寿院様は先に清洲城にお戻りになられ、菊丸殿と数名が屋敷に訪ねてきたようだ。
「わしでよければ構わぬが……」
菊丸としておる時はいずこでも扱いを武芸者とする。わしはこれを徹底しておる。家人ですら素性を知らぬ者がおるからな。
とはいえ、何故、上様がわしと碁を打ちたいと訪ねてくるのか。正直、わしはさほど碁が強くもないのだが。
なにかあるのかと人払いをしておくか。
「すまぬな。那古野に来たらそなたと碁を打ちたくなってな」
少しばかり気を抜けぬ日々が続いたのであろうな。左様な気がした。
我が殿と御家は織田家のみならず日ノ本でも別格だ。殿は血縁や氏素性で動くことをあまり好まれぬこともあり、久遠家は上様としても気を抜ける数少ない場なのだと思う。
あまり会話は多くない。碁石を打つ音が響き、時折たわいもない話をする。それだけだ。
身分が違うということを忘れることはないが、身分で物事を見ては本質を見逃すと知ると、あまり意識せずに菊丸殿と会えるようになった。
すべては殿とお方様がたから教えを受けただけだがな。
「そろそろ日も暮れまする。本日は当家にて休まれまするか?」
「そうだな。頼む」
那古野から清洲に戻るのに懸念があるわけではないが、少し気を抜く夜があってもよいかと思う。
「やはりそなたと碁を打つと面白いわ。互いに力量があまりないこともあるがな。未熟者は未熟なりに楽しめる。他の者が悪いわけではないがな、オレの素性を知って遠慮せぬのはあまりおらなくてな」
翌朝、朝餉を共にしておると、来た時より明らかに晴れやかなお顔で安堵した。わしなどに出来ることはなかろうが、お心が僅かでも軽うなられたなら良かった。
◆◆
『足利将軍録・義輝記』やその前の『義藤記』には、義輝が滝川資清と囲碁や将棋を打ったという記録が幾つか残っている。
久遠家筆頭家老という立場から、知らぬ者がいないとまで言われるほど名を上げていた資清であるが、その人柄を義輝は気に入り、資清と囲碁や将棋を打つのを楽しみにしていたと記されている。
彼は忠義の八郎と称され、誰よりも配慮を欠かさなかったと伝わるが、菊丸としている時は常に武芸者として扱うなどしたことから義輝が気に入り、時には頼りにすらしていたという逸話もある。
激動の時代に彼がいたことは日ノ本にとって幸運だった。後に『資清日記』を研究したとある歴史学者はそう著書に記している。














