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「さっそく屋上を視てみます? 今日のために不動産屋から屋上のカギを借りておいたんですよね」
私たちがマンションの外観を確認していると、吉岡が得意そうに懐から鍵を取り出した。
「いつもは施錠されてるんですか?」
「はい。二件も飛び降りがあったので、いつもはカギが閉まってて屋上へは行けないんです」
「二件? 野々木以外にも飛び降り自殺をした人がいるんですか?」
「あっ、どうなんでしょう。野々木のことばかり気にしてて、そっちは調べてませんでした。飛び降りた人が、亡くなったのか、助かったのか」
「じゃあ今、調べますね。このマンションの住所を教えてもらってもいいですか?」
私は吉岡に住所を教わると、事故物件が検索できるサイトに住所を入力してみた。すると二件の死亡情報が表示された。
「どうやら亡くなってるみたいですね、その人も。このマンションでは飛び降り自殺が二件あったと書かれてます」
「そうなんですか!? もしかして呪われてるんですかね、このマンション」
呪われているかは不明だが、二件の自殺があったマンションはなかなかに不吉だと思う。私ならまず住もうとは思わない。
「サイトによると、飛び降り自殺は、今年の1月13日に一件、1月29日に一件。二件の飛び降りは日付が近いんですね」
「もしかしたら、屋上が封鎖される前に飛び降りちゃえ!と思ったのかもしれません。現在はこうして常に施錠されてるわけですし」
施錠されているとはいえ、こうやってカギを入手することが出来るなら、あまり飛び降り防止の効果は無いと思うのだが……いや、ふらっと屋上にのぼって飛び降りることが出来なくなるだけで十分なのかもしれない。
自殺を考えている人が、不動産屋に行って屋上のカギ使用の申請をしてカギを受け取って屋上に出てから自殺をする、なんて考えにくいから。そこまでしてこのマンションの屋上にこだわる理由も無い。
このマンションは四階までしか無いから、運が良かった場合は生き残る可能性がある。ここの屋上へ行く手順を踏むような計画性のある人が、そうまでして確実に死ぬとは言えないこのマンションの屋上を自殺場所に選ぶとは思えない。
「千奈津ちゃん。どっちが何号室の住人か書いてある?」
私が考えごとをしていると、幸子おばさんが私のスマートフォンを覗き込んできた。二件の飛び降りの日付のことを聞いているのだろう。
「1月13日が103号室、1月29日が201号室の住人だって」
「201号室が僕の部屋ですね」
そして、元野々木の部屋。
「いつまでも玄関にいるのも時間の無駄なので、屋上へ向かいながら話しましょう」
「それもそうですね」
私たちは吉岡の意見に従って、屋上へ続く階段を上りながら会話を続けた。このマンションにはエレベーターが付いていないらしく、三人でひたすらに階段を上る。明日は筋肉痛かもしれない。
「野々木の前に飛び降りた人が住んでた103号室は、今どうなってるんですか?」
「103号室……そういえば知り合いの住人に103号室の人はいませんね。まだ空室なのかもしれません」
吉岡はあまり細かいことが気にならない性格なのか、野々木の幽霊以外に興味が無いのか。先程から自分の住んでいるマンションの情報を全然持っていない。
「空室なのは仕方ないですよ。事故物件にすぐに借り手が見つかるとも思えませんからね。私なら絶対に嫌です」
「あっ。空室なら不動産屋に頼んで103号室のカギも借りておけば良かったですね」
「こんな理由で部屋のカギを貸してはくれないんじゃないですか? 一応、売り物ですから」
「あー……確かにそうかもです。屋上はあくまでも共用部だから、カギを貸してくれたのかもしれません」
こんな会話をしながら、私たちはついに屋上まで階段を上りきった。
「ここが屋上です。僕も入るのは初めてなんですけど。開けますね」
吉岡の持つカギが鍵穴に差し込まれ、くるりと回る。
そして屋上の扉が開け放たれた。
屋上には誰も居なかった。
もし幽霊が居たとしても私には視えないから当然の光景かもしれないが。
三人で屋上を少し歩いてみる。ドアノブや柵など、至るところが砂ぼこりで汚れているようだ。しかしそれ以外に目立ったものは無く、すぐに見るべきものは見終わってしまった。
「何の変哲も無い屋上ですね。いつも施錠してあるだけあって、掃除はされてないようですが」
「幸子おばさん、何か居る?」
私が話しかけると、幸子おばさんは自身の唇に指を当て一言だけ告げた。
「静かに」
幸子おばさんの言葉を聞いた私は、急いで口を閉じた。
これはマンションに来る前、幸子おばさんと二人きりのときに聞いていた話。
幽霊は自身を認識した人間に執着を示すことがあるそうだ。そのため幽霊の居る場では絶対に幽霊が視えると言ってはいけないらしい。そして視えない人も幽霊の話をしない方が良いとのことだ。なぜなら幽霊自身には、自分が視えている人と視えていない人が識別できないから。たとえ視えていなかったとしても、幽霊が「この人は視える人だ」と勘違いをして憑いてくることがあるらしい。
だから幽霊の話をする場合は、幽霊の居ない場所でする必要があるのだそうだ。
そして今、幸子おばさんが「静かに」と言ったということは、この屋上には幽霊が居るのだろう。野々木ももう一人の住人もここから飛び降りたという話だから、幽霊が屋上にいること自体は何も不思議ではない。
ただ私は若干幸子おばさんの霊感を疑っている節があったから、幸子おばさんが大真面目な顔で黙るように促してきたことには驚いた。幸子おばさん、本当に幽霊が視えるんだ!?と。
「吉岡さん、ありがとう。屋上はもう十分よ」
吉岡に向かって幸子おばさんが言った。
その幸子おばさんの耳元で、小声で尋ねる。
「もういいの?」
「あたしは霊媒師じゃないの。居る、居ない、以上のことは分からない。視たらそれでおしまいよ」
幽霊に聞こえないようにしているのか、幸子おばさんも私の耳元で囁き返した。
そして律儀に私たちの囁き合いが終わるのを待っていた吉岡が、マンション内へ続く扉を開けた。
「では次は、僕の部屋に行きましょうか」




