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「お久しぶりです、ナツさん」
待ちに待った月末、マンションの最寄り駅に現れた吉岡はかなりやつれていた。頬がこけ、目の下にはくっきりとクマが出来ている。
「吉岡さんですよね!? 顔色が最悪ですが、大丈夫ですか!?」
「…………え? あ、はい。僕は吉岡です」
一瞬、変な間があった。そのため人違いかと焦ったものの、単に吉岡の反応が鈍いだけだったようだ。吉岡は寝不足によって判断能力が落ちているのかもしれない。
「実は最近あまり眠れてなくて……悪夢を見るので……」
声にも力が無い。もとからインドアな雰囲気はあったものの、喫茶店で会ったときよりも明らかに具合が悪そうだ。
「悪夢って、野々木のですか?」
「いいえ。夢に出てくるのはもっと年上の男なので、野々木君とは関係ない人だと思います」
「吉岡さんの知り合いですか?」
「たぶん違うと思います。ただ顔の上半分が黒くてよく見えないので……口元を見る限り、それほど若くはなさそうなんですけど……」
ここまで言った吉岡は、ハッとした様子で私の横に立つ幸子おばさんに頭を下げた。
「ご挨拶が遅くなってすみません。これから行く事故物件に住んでいる吉岡と申します。本日はよろしくお願いします」
「ご丁寧にどうも。この子の伯母の幸子です。視る前に言うのもアレだけれど、吉岡さんはその事故物件から引っ越した方が良いんじゃないかしら」
吉岡を上から下まで眺めてから、幸子おばさんが述べた。私も同感だ。
「あはは。悪夢は視るんですけど、住人たちは温かいマンションなので気に入ってるんですよね」
「とはいえ、そのやつれ具合はマズいわよ」
「おすそ分けとかで栄養のあるものを食べてるはずなんですけどね……」
吉岡が力なく笑った。
喫茶店で会ったときには何も思わなかったが、今日の吉岡の様子を見て、だんだん事故物件へ行くことが怖くなってきた。
とはいえ今さら帰るとも言えないので、私は吉岡に案内されるままに事故物件へと向かった。
吉岡のマンションは駅からやや遠いらしく、三人で会話をしながら歩いた。現在の時刻は夜九時のため、空では星が瞬いている。住宅街のためか車通りは少なく、駅から離れるにつれてすれ違う人も少なくなってきた。
「今さらですけど、夜にお呼びすることになって申し訳ありません。昼間よりも幽霊が出る可能性が高いと思いましたもので」
「お気になさらず。その考えには私も賛成ですので」
当初の話では昼間にマンションにお邪魔するつもりだったのだが、昼間に幽霊が現れるのかという話になり、この時間の来訪になったのだ。
「夜の方が幽霊は出るんだよね、幸子おばさん?」
「確率としては、そうね」
幸子おばさんが吉岡を眺めながら言った。先程から幸子おばさんは穴が開くくらい吉岡のことを見つめている。もしかして吉岡には何かが憑りついているのだろうか。それとも世話好きの幸子おばさんは、具合の悪そうな吉岡が倒れないか見張っているだけだろうか。
「吉岡さん、体調は大丈夫ですか? 具合が悪いなら出直しますが」
幸子おばさんが何も言わないため、私から吉岡に提案をしてみた。しかし吉岡はこれに首を横に振った。
「最近いつもこんな感じなので気にしないでください。それに日を改めたら、もっと体調が悪くなってる可能性もありますから。今日視てほしいです」
「……病院に行った方が良いんじゃないですか?」
「本当にマズくなったら行くつもりです。あっ、ここが僕の住んでるマンションです」
今が本当にマズい状態なのではないか、と私が言おうとしたところで、吉岡のマンションに到着した。
外観を見た限りでは、どこにでもある普通のマンションに見える。部屋が四階まであって、その上が屋上のようだ。集合ポストを確認すると、ポストは全部で十六個。各階四部屋ずつの合計十六部屋で構成されているマンションらしい。空室なのか、402号室のポストにだけチラシが溜まっている。
「このマンションの201号室が僕の部屋、元野々木君の部屋です」
集合ポストを確認する私と幸子おばさんに、吉岡が告げた。
「もうマンションの中に入りますか?」
「その前に。野々木が転落した場所はどの辺か分かりますか?」
「あー……そこまでは分かりません。こっちの正面側の道か、反対側の道かの二択にはなりますけど」
吉岡は野々木の自殺について調査をしていると言う割に、調べ方が甘いようだ。野々木の落ちた場所なんて、マンションの住人に聞けばすぐに分かりそうなものなのに。
それとも、聞いても誰も教えてくれなかったのだろうか。このマンションでは野々木の自殺の話がタブーになっている、とかで。
それならそれで、このマンション以外に住む近隣住民に聞けばよかったのに……って、今日は吉岡の取材能力の話をしに来たわけではないのだった。
私はマンションを見上げた。屋上を見ただけでは、どっちに飛び降りたのかは分からない。
「幸子おばさん、幽霊視える?」
「いいえ。少なくともこの辺りには居ないようね」
「じゃあ反対側の道なのかな。そっち視に行く?」
「それは帰るときでいいわ。それよりも先に中を視ましょう」
幸子おばさんがマンションの周りを軽く確認してから、薄く微笑んだ。




