【研修】おんぼろパソコンとディスク
「で、基礎資料は見たのか?」
マニュアルをペラペラしていた俺は、唐突に声をかけられて椅子の上で飛び跳ねた。振り返ると、教官が腕を組んで俺の後ろに立っていた。相変わらず無表情だ。
「えーっと、なんか名前ないと呼びづらいんで、ジョセフって呼んでいいっすか?」
「...基礎資料は?」
一瞬怪訝な顔をされたが否定はされなかった。教官改めジョセフ。
「見てないっす。見方が分かりませんでした。」
だって本当に分からなかったんだもん。あの四角いやつ、どこから開けばいいのかも分からなかった。周りも助けてくれないし。隣の香水臭いおっさんなんか最悪だ。俺ができないって分かってるのにずっと知らん顔だぜ?
ジョセフはギロッと俺を睨み、鼻の穴を膨らませた。めちゃくちゃ鼻の高い外国人の怒り顔は迫力がある。
「……マニュアルは?」
「それは読みました。でも難しくてよく分からなかったです。」
嘘じゃない。一応読んだ。マジで分からなかったけど。
ジョセフは深くため息をついた。
「……とりあえず、お前が神崎実那の守護霊アシスタントとして配属されることが正式に認められた。」
「マジすか!!やったー!!」
俺は思わず立ち上がってガッツポーズをした。隣の香水臭いおっさんがチラッとこっちを見たが、すぐに視線を戻した。
「ただし、あくまで補助だ。メインは私が担当する。お前は指示に従うだけでいい。」
「はいはい、了解っす。」
ジョセフは机の下から、デカくて黒いヘッドセットを取り出した。コードがやたら長くて、イヤーパッドの部分はボロボロのスポンジが剥き出しになっている。マイクの部分は妙に太くて、昭和のアイドルが使ってたみたいな唇が隠れるほど巨大。
「今日はパソコンとこのヘッドセットを使って、神崎の人生の様子を見ろ。仕様に慣れることが最優先だ。」
「了解っす。」
「いいか、余計なことはするな。ただ見るだけだ。」
「はーい。」
鼻歌を歌いながらヘッドセットのコードを手繰り寄せる俺に、ジョセフはずいっと顔を寄せた。
「最初に伝えた通り、下心で何かしようとした場合——お前の徳ポイントは即座にマイナス査定となり、閻魔大王の管轄になる。」
「...つまり...?」
「即刻地獄行きだ。」
「わ、分かってます、分かってます。俺はそんなことしないっすけど。」
俺は両手を上げて降参のポーズをした。
「……でも、色情霊とかいません?そういう系の霊。」
「……。」
ジョセフは無言で俺を睨んだ。
「いや、俺はやらないっすよ!?純粋な疑問です。」
「余計なことは考えるな。」
ジョセフはそれだけ言うと、スタスタと事務所の奥へ消えていった。
「……へーい。」
俺は小さく返事をして、ボロいヘッドセットを手に取った。重い。そして臭い。耳が圧迫される。スポンジが剥がれかけてるせいで、硬いプラスチックが直接耳に当たって痛い。先が思いやられるわ。
ボロいPCの電源ボタンを押す。カチッ。……何も起きない。
もう一回押してみる。カチッ。ブォォォン!!突然、爆音とともにPCが唸り声を上げた。
しばらく待つと画面がチカッと光り、ヘッドセットからピー・ガーーーー・ピロロロロロ……という耳が割れそうな音が流れてきた。コードが絡まって外れない。音は延々と続く。
「情報の授業だって、もっといいパソコン使ってるだろ。」
何度もフリーズと再起動を繰り返した末、ようやく画面が切り替わった。
真っ黒な背景に、ポツンと一つだけフォルダアイコン。
"神崎実那"
フォルダを開くと防犯カメラみたいな画素の荒い映像が映し出され、神崎がオフィスのデスクで事務仕事をしているのが見えた。画面の下部に小さくボタンが並んでいる。
【担当対象視点】【第三者視点】
【担当対象視点】をクリックすると、神崎の目線に切り替わった。
パソコンの画面、書類、ペン……神崎が見ているものがそのまま映し出されている。
「……すげえ。」
でも基礎資料がない。俺はジョセフが寄越した四角いやつを思い出した。入れれば分かる、って言ってたよな。
俺はケースを手に取り、裏返したり振ったりした。フロッピーディスク、とかいうやつだっけ。
PCを正面からじっくり眺め、次に側面、そして下の方まで視線を這わせた。そこでやっと、本体のほぼ底面に近い場所に、細い横長の隙間があるのに気づいた。
「……もしかして、ここか?」
ディスクの向きを変えながら、恐る恐る近づけてみる。カチャン、ウィーーン……機械音がして、ディスクが吸い込まれた。
「……あ、入った!?」
画面に新しいウィンドウが開いた。
【神崎実那_基礎資料】
中には3つのフォルダが並んでいる。
【過去】【現在】【未来計画】
俺は【現在】をクリックした。画面には、カクカクした文字でびっしりと情報が書かれていた。ほとんどが訳わからなかったが、欲しい情報はゲットできた。
ーーーーーー
【現在の状況】
職業:○○株式会社 営業事務(契約社員)
勤務期間:6ヶ月
状況:家計を支えるため、大学進学を断念。現在は家庭にお金を入れるために働いている。
ーーーーー
「……そうだったんだ。」
画面の中の神崎は、パーマをかけた茶髪の女性にくどくど言われながらも笑顔で仕事を続けていた。
「…うるせえババアだ。頑張れ神崎。あー、今日も笑顔が可愛いですこと。」
背後から足音が聞こえた。振り返ると、ジョセフが何冊も本を抱えて戻ってきた。
「あ、ジョセフ。神崎の画面見れました。大学行かずに働いてるって書いてありました。変なババアに絡まれてます。」
ジョセフはしゃがんで俺のパソコンを覗き込んだ。数秒睨みつけるように見た後、本当に少しだけ口角を上げてん、と良さげな反応をした。
「パソコンとヘッドセット、性能どうにかならないっすかね。ババアの小言がノイズで聞こえないんすよ。」
「……人生がいい方向に行けば、変わるだろう。」
「え、それってどういう」
それより、とジョセフは俺の言葉を遮り、立ち上がって俺を見下した。
「担当対象を英語圏に行きたいと思うように仕向けるアイデアを3つ考えろ。」
「……なんで?」
「担当対象の最終形態は?」
「アメリカの社長...」
「だからだ。まず英語を学ぶ場所を整えないといけない。」
そう言ってさっさとジョセフは事務所へと消えていった。俺は呆然と机の上の本を見つめた。画面の中の神崎は、相変わらず笑顔で仕事を続けていた。
「笑顔、笑顔...笑顔大事。あの、すいません!」
俺は満面の笑みで、香水おじさんに近づいた。
守護霊業務日報:第2日目
作成者: トモ
担当対象の状態:いい感じ。
質問:
・ヘッドセットめっちゃ臭いです。変えてくれませんか?
・ババア呪うことってできます?




