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【社内見学】ブラックすぎる労働環境

「……くっさ。」


天国で嗅がないであろう匂いランキング上位なはずの、タバコ臭い空気が顔面に突き刺さってきた。

……いや、魂だけの美しい世界どこ?


真っ白い部屋の先に広がっていたのは、昭和の時代から時間が止まったままのような、オフィス...というか事務所だった。


窓はヤニ汚れで茶色く濁り、蛍光灯は一本だけがチカチカと不吉なリズムで点滅している。空気は湿った埃と煙草の匂いがして、とても「天国」の一部とは思えない。


俺の前をスタスタ歩く外国モデルのような美しい教官の雰囲気と薄汚い昭和事務所の雰囲気、不釣り合いすぎる。


2つの大きな長机には数人のおじさんとおばさんが、背中を丸めてズラリと並んでいた。彼らは目を細めて画面を見て、ぶつぶつ言ったりカタカタカチャカチャ音を鳴らしてキーボードに何かを打ち込んでいた。


...おじさんおばさんが向き合うのは、今じゃ博物館とかでしかお目にかかれないであろう箱みたいなパソコンだ。チラッと見える画面は昔のカラオケの映像みたいな画質の悪さ。


「トモ、ここがお前の席だ。」


教官が指差したのは、机の一番端、今にも爆発しそうな音を立てて熱を放っている、一番古臭いPCの目の前だった。


「……ここが、俺の職場?そして席?」

「そうだ。」


教官は相変わらず無表情で答えた。...これが微妙な罪を重ねた代償か...。


俺は深くため息をついて、ボロボロで埃まみれのオフィスチェアに座った。

俺の尻を全て受け入れられないくらい小さい椅子、俺の体重がかかると、椅子はギシギシと音を立てる。


「これがマニュアルだ。口頭で簡単に説明するから、後で読み直して。」


教官は俺の隣に立ち、辞書みてーな紙の束ををドンっと俺の前に置いた。


【守護業務遂行ガイドライン(仏暦2562年改訂版)】


...ふつ、れき...なに?

俺の疑問をよそに、教官は淡々と話し始めた。


「このパソコンの画面で、お前が担当する人物の人生をモニターできる。」


チラッと隣の席を見た。

中肉中背のおっさんが、俺と同じようなボロいPCに向かってカタカタやってる。


……くっせ。香水の匂いがすげえ。


「パソコン上で対象者を操作する。操作方法はマニュアルの中に。それを操作して、人生を導くんだ。」

「ふーん。」


ペラペラっとマニュアルをめくると、文章はとても難しいことが書いてあった。


"業務中に覚える『眠気』とは、生前の不摂生な習慣がもたらす『迷い(煩悩)』、あるいは『魔事まじ』による幻覚に過ぎない。"


とか


"もし貴殿が『疲れ』を感じるのであれば、それは精進が足りぬゆえの『心の曇り』である。 一瞬の油断が担当者の不徳を招くと心得よ。『不休こそが究極の供養』であり、24時間の監視体制こそが守護霊としての本分である。"


とか。


「...で、ファイル内に、人生に関わる親族や友人の主な情報を記載したドキュメントがある。まずはそれをしっかり読むように...聞いてるのか?」

「聞いてますよ。五感を操作して人生を導く、ドキュメントを読む。はい。」


教官は怪訝そうな顔で俺を見たが、何も言わずに書類をめくり続けた。多分、俺はこうやって適当に学校の授業も聞いてたんだろうな...そういや、俺って何歳で死んだんだろう。


その時だった。


ひらり、と一枚の紙が教官の手から滑り落ちた。


「あ。」


俺は反射的に身を乗り出して、床に落ちた紙を拾おうとした。


そして——


「……え?」


思わず動きが止まった。床に落ちた紙には、顔写真が印刷されていた。丸顔で、ボブヘアで、今まで一度も嘘なんかついたことないみたいな笑顔で笑っている子...。


俺は紙を拾い上げて、まじまじと見つめた。


ーーーーー


【担当者情報】


氏名:神崎実那(かんざきみな)年齢:18歳

職業:大学生(1年次)

性格傾向:お人好し、快活、好奇心旺盛、正直


ーーーーー


写真の下には、経歴がびっしりと書かれていた。

出身中学、高校、部活、成績、家族構成……。


俺の(ないはずの)脳内でものすごい勢いで、まるで回線がつながったパソコンみたいに勢いよく作動したのを感じた。


「おおおおおおお!神崎じゃん!」


思わず声が出た。作業してたおじさん、おばさんがビクッとしてこちらを見た。


「お~~~~~~~~!この子、俺の前の席だったんすよ!あ、そうそう!高校で!そうだそうだ、高校のクラスメイトだった!」


俺は思わず隣の席の香水臭いおっさんに話しかけた。


「めっちゃ成績優秀で、いいやつだったんですよ。でも途中でいなくなっちゃってさ~。受験前なのに転校したのかな?って思ってたんすけど。元気そうでよかったっす。」


おっさんは俺をチラッと見て、すぐに画面に視線を戻した。

興味なさそうだった。


そして——

ーーーーー

【将来予測】

最高到達点:社会奉仕関連企業CEO(世界的影響力:大)

推定年収:約〇千万ドル、〇億円(国際的な企業のため、アメリカドルと日本円両方記載してます)

社会貢献度:S+ランク

ーーーーー


「え!神崎、将来アメリカのシーイーオーになるの!?やっべー!!やっぱあの子頭良かったもんな昔から!!」


俺は勢いよく立ち上がった。椅子がギィと悲鳴を上げる。


「え!俺さ、この子のこと知ってるんすよ!やっぱ一般人が成功者になるのサポートしたら、徳貯まりますよね?!」

「ま、まあ、そうだが。」

「おれ、この子の守護霊になるよ!神崎のこと知ってるし、絶対うまくいくって!」

「...いや、記憶がそんなに...。」

「神崎が成功したら俺もポイント貯まるんすよね!?やります、やります!」


教官は少し困ったような顔をして、俺を見た。


「…分かった。とりあえず、これを見ておけ。」


そう言って教官は、ポケットから四角い薄いプラスチックのようなものを取り出した。


黒くて、真ん中に丸い金属の円盤みたいなのがついてる。上部には小さな白いラベルが貼ってあって、手書きで「神崎実那_基礎資料」と書かれていた。


「……これなんすか?」

「神崎の詳細ファイルだ。パソコンで開いて読んでおけ。」

「...どうやって使うんすか?これ。」


俺はその四角いやつを裏返したり、振ってみたりした。カタカタと中で何か音がする。教官は、スタスタと事務所の奥へ消えていった。


「え、ちょ、入れるって何に?どこに?」


俺は四角いやつを持ったまま、ボロいPCを見つめた。

どこにも入りそうな場所がない。


「これどうやって使うんすか!?ねえ!!」

守護霊業務日報:第1日目


作成者: トモ

担当対象の状態:神崎がいいです。おねがいします!


質問:

・パソコン変えてほしいです。


・あの外国人上司、名前なんすか?適当にジョセフとかでいいですか?

・この間も聞いたんですけど、俺幽霊だから、やっぱり人の家とか壁って潜り抜け放題なんすかね? もしそうなら具体的にやり方教えてほしいっす。だってパソコンオンボロだから、誤作動起こすとまずいじゃないですか。別に神崎の様子覗こうとか思ってないです。

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