たとえば誰かに報いるために(終)
フカ。
結末っていうのは案外呆気なくて、でも、そのおかげで、私達は恐怖で膨らませていた未来という化け物を突いて割ることが出来るのだろうが…。
君はこれを、救いと捉えるか?それとも、人生に物足りなさを感じさせる絶望と捉えるか?
私はね、どっちかって言うとお姫様みたいな運命に憧れたよ。
だって、吸血"姫"だもんね。
…なんて、私に恋してくれる人なんて、いるわけないよね。
って、なんだよ。寝たふりなんかしやがって。
ふふっ…。
…
「短期決戦といこうぞ!」
アゼヲが叫んだ。
それと同時に、僕達は一気にフカの方へ飛び込んだ。
一発目の核ミサイルは、何故か不発に終わったみたいだった。けど、うかうかしてたら二発目、三発目も飛んでくるかもしれない。
だから、短期決戦だ。さっさと倒してパッパと帰るんだ。
「あ!でも、殺すなよ!」
「は!?なんで!?」
「主様命令!」
「合点!」
『おい!私はそんなこと言ってないぞ!おい我が半身!おい!』
奴がそう言う間にも、僕は氷の剣を生み出す。今にエソテリ女に肩を借りて立ち上がるフカに斬りかかる。
彼、血を吐いている。どうやらアゼヲの攻撃は効くみたいだ。
なら、僕の役割はサポートか?
いや…、
攻撃に気づき、エソテリ女を突き飛ばしたフカは、即座に回避行動に移る。テレポート。結果、僕の攻撃は空振る。アゼヲが繰り出していた右ストレートも空振る。
間もなく、僕達に背後に現れたフカは、反撃として僕達の足元の地面を崩壊させる。地盤沈下したみたいに大穴が出来る。僕達は真っ逆さまに落ち…。
ない。僕は空気も何もかもを一気に凍らせて大穴を塞いで、確かな足場を作る。「良し!」と、アゼヲが氷の上で踏ん張って、スプリングのように勢いよく飛び上がる。弾丸のような速度でフカに迫る。今度は、逃さないと。が、直前、
「フカ様から…、離れろォッ!」
あのエソテリ女が叫び、そして、どこから生み出したか知らない黄金の塔を念力で動かし、まるで金属バットを振り下ろすように僕達に叩きつけて、圧死させようとした。…フカを巻き込んでいいのかよ?良かった。叩き潰された僕達の一方で、素粒子化したフカは塔なんざ霊体みたいにすり抜けて回避していた。
「ぐおっ…!」
潰されるという未だかつてない感覚を味わって混乱する僕の一方で、アゼヲは毛ほども動じちゃいなかった。彼女は即座にフカの気配がする方へ向けて地面を蹴り、塔を破壊しながら前進し、そして、一瞬で目標へと接近した。
「チッ…!」
アゼヲと目と鼻の先になったフカは急いで自身を分解しようとした。
が、「させんわ!」と叫んだアゼヲはそれよりも速く彼の胸ぐらを掴んで、そのまま彼を地面に叩きつけた。そして、彼に馬乗りになった彼女は、彼に向けて容赦なく両拳の連撃を放った。
地面が揺れる。どころか割れる。何より、フカに確かに大ダメージを与えている。
…やっぱり、奴の実体を捉える方法があるんだ。その証拠に、今に大量の血を吹き出すフカは、どういう訳か損傷部の再構成が出来ていなかった。ダメージを蓄積していた。彼に攻撃を回避する余裕もなく、テレポートも何故か出来ず、アゼヲを押しのける力もなく、このまま彼女の攻撃が続けば勝負は決着がつきそうだった。
が、忠実なるエソテリ女がそれを許すはずがなかった。
「だからッ!離れろと言うにッ!」
そう叫んだ彼女は、地面から黄金の門を生やし、ムンと力んだ。すると門は開き、アゼヲだけを引き寄せる不思議な引力を発動させ、フカから彼女を引き剥がした。
門の先、そこには渦巻く暗黒があった。あれはきっと虚空そのもので、エソテリ女はつまり、あそこにアゼヲを封印してやろうと考えていたのだと思う。
間もなく、事態はその通りになった。門は、アゼヲを吸収した後、バタンと閉まって、更に姿を消した。
これで、彼女は完全封印された。
かに思われた。
「うぜぇ」
そんな声が聞こえたかと思えば、間もなく、門があった場所の空間にビリビリと裂け目が出来た。
当然、その原因はアゼヲだった。彼女は、両腕を使って、まるでカーテンを思い切り開けるみたいにバッと次元を引き裂き、再びこの世に顕現した。
「化け物ッ…!」
顔を引き攣らせたエソテリ女は次の手を打とうとした。が、アゼヲはそれより速かった。彼女は地面を蹴ると共に、一瞬でエソテリ女に迫った。
そして、エソテリ女の動きは遅過ぎた。パワーレンジに見合わないオカルト趣味野郎は、間もなくアゼヲに顔面を鷲掴みにされ、後頭部を地面に叩きつけられた。
その一撃で完全に沈黙した。同時に、黄金郷が緩やかに崩壊を始めた。
あぁ、やっぱりコイツの能力だったんだ。これ。
…そう、アゼヲも同じことを思ったのだろう。彼女はハッとして、ようやく塔の瓦礫から抜け出したばかりの僕に弁明した。
「こっ、殺してはおらんぞ!」
が、その不要な心配は確かな隙を生んで、フカが、それを逃すはずなかった。
「Max Powerの弱点…!」
彼はそう言い、未だ弁明モードのアゼヲの背に触れ、彼女の胸部、腹部を一瞬で原子にまで分解し消した。それ以上消えなかったのは恐らく直後にアゼヲが彼の攻撃に反応したからだろうが。
しかし、分解は、既に充分過ぎだった。頭部、肩と腕、飛ばして、下半身だけになったアゼヲはズサッと地にくたばった。陸に揚げられた魚のようにピクピクと痙攣した後、動かなくなった。
ダメージか、出血多量のせいか、安心もあってか、満身創痍のフカが膝をつく。
少しの静寂。
後、
「…クソッ」
僕は歯ぎしりした。
クソが。アイツを殺す理由、もう一つ増えちゃったじゃねぇか。
どうしよう、着実に、引っ込み思案二人を思いやる余裕が無くなっている。
もう、やるしかないのか…?
拳をぎゅっと握った、その直後、
「…!」
何か、大きな気配が二つ、北の方に現れた気がした。
「カナモリ…?」
フカも、僕と同じ方向を向いて驚いた顔をしていた。
ただし、彼が呼んでいた名前は違ったが、
「GB…、そうか、負けたのか…」
だらんとした言い方だった。
それはまるで、少しずつ溶けて消えていく周囲の黄金のように。
諦念によって発された言葉だった。
「クラミツハが取られた。エニスタが沈黙した。ハタ・カナモリやアバシリ・セイが復活して、人類は人外の殲滅のために核兵器の使用すら躊躇しない。おまけに僕はアゼヲの攻撃で瀕死寸前…」
端的に言って、負けだ。
彼が呟いたその言葉に、僕は途端に脱力した。
終わった?
え?
まだ、こんなにも何も決まっていないのに?
僕達の心は、宙に浮いたままなのに?
でもまぁ、そうだよな。
僕達がウジウジしている間にも、世界は動いてるんだもんな…。
再びの静寂が、僕達を包む…。
「違う…」
「…えっ?」
なに…?
「これで終わって良い訳がない…。このままの世界で彼女が生きていける訳がない…。彼女にはもっと自由が、解放が必要なんだ…。それなのに、こんな現実に勝利を許しちゃあ、許しちゃあ…」
「なに…、ブツブツ言ってんだよ…!終わったんだよ…!お前は、もう…!なぁ、フカ…!後はこれをどう償っていくかだけ考えようよ…!あれだったら、僕も手伝うからさぁ…、吸血姫だって、きっと手伝ってくれるからさぁ…!」
「違う!僕は赦しなんか乞うちゃいない!僕はただ、彼女を救いたかっただけなんだ!僕はただ、自分を…、」
出来ると分かってしなかったのは、彼も同じ。
Rage Your Dreamの無制限解放。
自分が変わろうとしなくても、
世界の方を変えられるって、分かっていた。
なぁ、吸血姫。
それでいいんだよな?
僕達は、
これでいいんだよな?
「!!?」
とてつもない力の波が僕の体を通過した。その波は、世界を一周してしまいそうな勢いだった。
何が起きたのか、よく分からなかった。
いや、間もなく分かった。
そこの、エステリ女の体が、
服を残して、本に変わっていた。
「ハムレット…?」
風でパラパラと開くそれを認知した瞬間、
僕は、最悪過ぎる想像をした。
「消えっ…!」
多分、それは正しかった。
どこまで影響したか分からない。誰までそうなったか分からない。
とても理性的じゃない。
その通りに、
抑え込んでいた野生を解放したフカは、僕に襲いかかっている。
牙を向いて。まるで盛った野良犬のように、
迫っている。
つまり、迫られている。
選択を。
「クソッ…」
「クソッ…!クソッ…!クソッ…!」
もう、やるしかない。
この馬鹿の自殺に、付き合わなきゃいけない。
バッドエンドだ。
僕は引き金を引こうとした。
全てを無意味に帰してしまう、死よりも残酷で、残酷で、残酷な一撃を。
今に、フカを悲しく笑わせる、寂しい一撃を、
彼のためにならないソレを、
取り出そうとした。
その寸前、
意識外からの一閃が、僕達の間に横たわる結末を引き裂いた。
それは、隆起した足元から飛び出した、決死の一撃だった。
非戦闘員のヘビ女すら満足に殺せない、弱者の一撃だった。
しかし、その理外からの一撃は、確かにフカの意識を捉えていた。
「ドリルのッ…、つもりィィィッ!!!」
本町さん!?
なんでココに…!?
フカの力に影響されなかったのか!?
それとも、影響されない世界にいたのか!?
分からない。そんなの何も知らないが、
腕の回転と共に彼女を称える、第三の腕輪の鈍い輝きは、確実に、決定的なチャンスを僕に与えていた。
【イチキシマヒメ…『敵の眼前にテレポートする力』】
【そして、重大なのは、今に本町がポケットに仕舞っていた、汚い字の書き置き】
この奇跡を、指を咥えて見ているだけな訳がない。
フカの思考が、まだ奇襲に追いついていない。
本町さんの全身全霊を込めた無力な一撃は、空振れど、彼の動きを確かに止めている。
その、一瞬が折り重なった今にこそ、僕は、出来る。
本来なら、時間がかかって無理だった。集中力が必要で、投げやりな気持ちじゃ出来なかった。
だけど、本町さんが作ってくれたなら、今なら。
彼そのものを否定するんじゃない。たとえばアゼヲがやっていたように、彼が僕たちを拒む、自分に触れられることを拒む、その力だけに着目して、
それだけを『無意味』だと言い切って、だから、ちゃんとそこにいてと望むことで、僕は、彼に輪郭を与えることが出来る。遂に、ちゃんと、彼に触れることが出来る。
向き合うことが出来る。
彼に手を差し伸べることが出来る。彼の胸を貫いて、彼の本当に届くことが出来る。
そうして僕は、彼の胸から、温もりを、そっと耳を当てた時に心地良い音を奏でていたあの優しさを、確かに握って、抉り出した。
でも、それだけじゃ寂しいから、それだけじゃ彼は欠けたままだから、
僕は、彼を、自分の胸を掻っ捌いて、突っ込んだ。
アイツに届け、絶対届けと、
必死の祈りを込めて…、
…
空っぽの白の中、フカは、久々に見た、彼女の背中に呼びかけた。
「…いいのか?吸血姫」
「世界はきっと、君を認めない」
「君はどこまでいっても、世界に拒絶されたままだ」
振り向いて欲しかった。だが彼女は、拗ねるように、彼に背を向けたまま言った。
『…良いも悪いも、』
『そもそも、私は逃げたんだ』
『戦うことさえ、諦めたんだ』
『フカ。私達は、最初から敗北していたんだよ』
「…!」
「なんだ…、そうだったのか…」
「そうなら最初から、ちゃんと伝えていれば良かった…」
そのチャンスを、君は沢山用意してくれていたのにな。
…
「××」
御前通四条で、ボロボロのアスファルトの上にくたばった、今に色を失っていくフカは、かすれる声で彼女に伝えた。
「僕はただ、君のことを愛していた」
「それだけだったんだ」
その言葉に、続きなんてものはなかった。
僕の口が勝手に動いた。その後、これまた勝手に、僕の体は泣き崩れた。
ようやく聞けた本心を他所に、僕はだらんと空を見上げる。
この世界をずっと捕らえていた吹雪は、ようやく凪いだみたいだった。
次回最終話です。




