たとえば誰かに報いるために(4)
ゆっくりと、杭が胸にめり込む。
冷たい。今に体を蝕む異物の鋭さが冷たい。
僕を再び死に至らしめんとする物理の力が冷たい。
…いや
違う。
こんなものは、痛くない。僕の心に響かない。
こんなものより、僕は、僕は、
「…おい」
今に腕に力を込める、フカは僕の呼びかけでピタッと動きを止めた。
僕は、彼に語りかける。
命乞いじゃない。
それは多分、同族嫌悪。抑圧できなかった、心の叫び。
僕の叫び。
「思えば、僕も苦手だったよ。誰かに本当の気持ちを伝えるの」
「?何の話だ…?」
いいから、黙って聞けって。
「…僕さ、告白とかしたことないんだ。青春真っ盛りなのに。本当は人肌が恋しいのに。恥ずかしいことなんて言えないよって、ずっと小学生のままだった。その間に、友達は彼女を作ってたよ。友達だったやつも彼女を作ってた。みんな上手くやっててさ、ホント、いつの間にそんな処世術身につけてたんだよって思う」
「…ムズいよね。マジで。心を開くのって。いや、心を閉じてるつもりは無いんだけどさ、何と言うか、開かないんだよね。建て付けが悪いのか何だか知らないけど。それで、気づけば、本当の気持ちと違うことを言ってしまっていて、それを本心だって自分でさえ思い込んでしまって、挙句の果てに何も訂正しないから、黙っているから、孤独になっている」
「なぁ、フカ。お前も本当はそんな感じじゃないのか?」
フカの表情が、あからさまに変わる。杭を握る手に小さな震えが生じていて、目も、何だかここを見ちゃいない。
「…君、今に殺されそうなんだぞ?」
フカは、事実から目を背けるように言う。
一方で僕は、だからこそ、ギッと、彼の顔を覗くようにしてハッキリと言う。
「戦いなんかどうでもいいだろ…?だってお前、戦いなんか好きじゃねぇじゃん…!」
「…」
「あぁそうだよ…!お前に戦いなんか似合わないんだ…!魔王なんかじゃない…!お前は本が大好きで、静かなのが大好きで、好きな子とのおしゃべりに舞い上がっちゃうしょうもない奴だ…!」
「なのにっ…!このっ…!僕と対して変わらない奴のクセに、偉そうな口効いてんじゃねぇよ!テメェのそれは拗らせなんだよ!手を伸ばしても届かないかもしれないモノへの怯え、諦めなんだ!」
「…うるさい」。フカが呟く。杭をギュッと握りしめる。
だけど、歯をガタガタ言わせてる。
効いてんじゃん。でも許さねぇよ。テメェみたいな奴。
僕みたいな奴。
「テメェ逃げんなよ!向き合えよ!本当の気持ちと!自分の殻を破って、突き進めよ!結果を知るのが怖くて仕方がないことに!」
「テメェ、殺してもらえると思うなよ!?簡単に楽にしてもらえると思うなよ!?もっと苦しまなきゃ、もっと傷つかなきゃ、絶対許さないからな!!」
「…アホか」。最後にそう呟いたフカは、腕に力を込めた。僕の言葉を拒絶するように、僕に確実にトドメをさすために。心臓にドカンと。頭に血を通わせなくして、僕にもう、何も言わせないために。
押し込もうとした。
次の瞬間、周辺を覆っていた熱が急に失せた。
「!?」
何故?そりゃ、操作主の体が、横から突き飛ばすように吹き飛ばされたからだ。
アゼヲの突進で思い切り吹き飛ばされたからだ。
…なんで彼女の攻撃はフカを捉えられた?
しかし彼女は、僕にそんなこと考える暇を与えない速度で怒涛の心配をする。
「うぉぉお!?お前さんや!大丈夫か!?痛くないか!?再生は出来るか!?」
アゼヲは、間もなく僕から杭を抜いた。岩もバコンと砕いて、「応急処置になるから飲め!」とどこで手に入れたか知らない輸血パックを僕に手渡した。助かった。それだけの量では羽根は復活しなかったが、かろうじて再生能力は戻った。
フカがふっとばされた方向を見ると、宮殿が諸共、音を立てて崩れていた。どんな威力なんだよ。「フカ様ぁっ!」とエソテリ女がフカの飛んでいった方向へ走っていった。まだ分かんないんだけど、あれ誰。
「苦戦しておったようじゃなお前さん。でも安心せぇ!このワシが手伝ってやるのじゃから、あんな若造なんざあっちゅうまよ!」
その言葉は、心強いったらありゃしなかった。
「ありがとう」素直な感謝を述べた。
アゼヲは二カッと笑った後、「昨日より元気そうじゃな、お前さん」と僕をなじった。
「おかげさまでな」、それだけ言って、僕は昨日までの僕を鼻で笑った。
あ、そうじゃお前さん、とアゼヲはふと何かを思い出した。
「なに?」
「いや、これはネヤガワ?とかいう奴からの伝言なんじゃがな?なんか、ココに核ミサイルが落ちるらしいぞ」
「…へ?」
「あと3分で着弾らしい」
…い、
いつからの…?
しかし、その悲報は、実のところ福音かもしれなかった。
間もなく、GBの動きはピタリと止まった。
今に凪野の顔面を鷲掴み、彼女の異能を利用して伊勢居地コア子を捕らえて、完全な勝利を迎えようとしてた彼が、止まった。
何故?
彼は今に、見ていた。
捉えていた。
「…はっ、はぁっ!?」
今にこちらに向けて飛翔する、人類最後の希望、核ミサイル。
着弾まで、もう、数秒しかなかった。
京都だぞ?ここ。文化財の宝庫だぞ?
「あほっ…、そんなにアホなのか!?人類って!?」
そういう間にも、核ミサイルは体積を一気に膨らませ、上空500mからたちまち地上を焼き尽くさんとする。超絶の爆炎が彼らに襲いかかる。
GBは咄嗟に凪野から手を離し、そして、掌を宙へと向けた。それは、人間に見捨てられた太陽神による、人工太陽への精一杯の抵抗だった。惜しみない全力の照射。高次のエネルギー砲。
間もなく偽物を丸々飲み込み、消し飛ばした。GBにひとまずの大きな安堵をもたらした。
が、
数ナノ秒後、GBは、先程の一連が致命的なミスであると気づいた。
核爆発如きでは死なない自分やフカはともかく、エニスタを失うことや、伊勢居地コア子を瀕死に追いやることは不味いと思い、焦った、
その発想は誤りだった。
勝負はまだ、続いているのだ。
立ち上がり、彼との距離を取った凪野は、既に能力を発揮していた。
今に生まれた隙を完全についていた。
無防備になったGBの体を、念動力で完全に捉える。
さっき友達にされたように、それはもうガチガチに、ギチギチに。
(ッ!不味ッ…!)
GBは慌てて振りほどこうとする。
だが、対核ミサイルで力を多く消費してしまった彼には、ままならない。
身動きなど取れない。
その、決定的チャンスを、
伊勢居地コア子が見逃すわけがない。
「行け!伊勢居地!」
「うぉぉぉぉっッ!!」
自由を取り戻したコア子は、一気に駆ける。自分からGBまでの3mを一瞬で詰める。目の前のクラミツハへ手を伸ばす。
「させっ、るかぁッ!!!」
が、その手を確実に拒むべく、GBは自分を爆炎で覆う。クラミツハも、この際、溶けなければいい。限界ギリギリの温度で骸骨を包む。
が、
「だからなんだってんだァァァッ!!」
コア子は、躊躇なく右腕を炎の中へ突っ込む。
肉が溶けようと、皮膚が爛れようと。
驚愕したGBは即座に炎の膜を再構成する。二層構造。クラミツハの手前の層は人間の骨が溶けないギリギリの温度で、それより外の層は情け容赦のない太陽の熱そのもので。
コア子の右腕を、完全に溶かす。
「がッ…、あァッ…!」
勝った…!GBは炙った綿あめのように溶け消えたコア子の右腕の断面を見て確信した。守り切った。勝ち切った。
そう、また誤算した。
誤算したから、続くコア子の、今度は凪野の力でコーティングされた左腕への反応に遅れた。
そして彼女の左腕は、真っ赤に燃え尽きながら奥へ、奥へ…、
…やがて、彼女は左腕も失った。
両腕を喪失した彼女はまるでトルソーみたいになっていて、痛みのあまり意識を完全に失っていた。
だが、表情は安心そのものだった。
だって、彼女は成していた。サイコエナジーまでもが焼き尽くされ、肉体が潰えかけた、その寸前に、かろうじてハゲに触れられる程度の、炭になった小枝みたいな左腕で、
意思を。
そして、心からの願いを。
だからこそ、だ。
凪野が念動力を緩め、GBが身体の自由を取り戻した、次の瞬間、
ハタ・カナモリとアバシリ・セイが、彼の目の前に現れた。
今に拳を叩き込まんと。確実な力を以て。
絶望を前に、終わりを前に、
GBは、炎でもなく、干渉不干渉でもなく、
ただひたすらに、南へ手を伸ばした。
「フカ…!フカ…!フカ…!フカ…!」
ごめん。




