敗北ばかりの最終決戦(3)
秦は全て見ていた。
彼らの戦いっぷり。
本町一乗は、結局、網走と正面から打ち合ったために叩きのめされた。
ヴァヴァは、彼の力である『Deja Vu』で辛うじて格上二人の攻撃をいなしていたが、最終的には超高速化した網走の動きに対抗できずやられた。
ルェイは…、いつの間にかどこかに消えていた。
一番可哀想なのは幽玄とポールボールだった。搦手を主体とした彼らの能力に対し、そんなの全部無視して、ただひたすらに暴力的に、圧倒的に怪力乱神をふるうアゼヲは相性が悪すぎた。
網走雲海と六角隊は、単純に力不足過ぎた。
だが、彼らは確かに全うしていた。
社会のいち構成員として与えられた使命と、果たすべき責任と。いち人材として期待された働きと、そこに満たぬとも死力を尽くした魂を。
今の秦にない、しかし、そこに満身創痍の姿でくたばっている彼らにはあるもの。
彼の戦いとは、きっと、それらを取り戻すための戦いだった。まるで郵便局に税金を支払いに行くような、そういう、誰にとっても当たり前だけど、しかし、決して怠ってはならない戦いだった。
「随分な遅刻ね?」
久々の運動に軽く息を切らした網走は、まだコートのポッケに両手を突っ込んだままの秦に指摘した。
秦を睨むアゼヲが、網走の肩を叩き、そして尋ねた。
「おい網走、つかぬことを尋ねるが…、アレは本当に人間か…?」
「当たり前でしょ。じゃなきゃこうして対峙したりしない」
網走は少し苛立って答える。そのままのテンションで秦に尋ねる。
「ねぇカナカナ。本当にコレでいいの?」
だが、秦は何も言わず、ただポッケから両手を出す。
「そう…、その先に貴方の幸せがあるとは思えないけど!」
速度は、もはや野暮だった。
強大過ぎる個のフルパワーの衝突は、観測者に例えることを許さない。衝撃波が世界を揺らす。二人に触れられたわけでもないのにアスファルトは砕け、窓ガラスは割れる。
だが、そんな反応は痴呆にも似る。周辺の物質が驚いた頃には既に、彼らはそこにはいない。かかとで顎を蹴り上げられ、そのまま空へ打ち上がった秦は、次に来たる、網走の攻撃、音を置き去りにした超音速の攻撃を、しかし、ひねり蹴りで合わせて弾く。
「クッ…!」
体勢を崩した網走の腹に、秦はすかさず重たい蹴りをお見舞いする。吐いた血を置いて吹き飛んだ網走の体は、逆さに発射されたロケットのように地面に叩きつけられる。
「うおっ!マジかよ!?」
自分のちょうど真横に打ち付けられた網走に、アゼヲは仰天する。
同時に、今に地上へ舞い降りる秦を見て、彼の、能力もなしに明らかに人間離れした動きを見て、やはりコヤツは人間ではないと確信する。妖魔の類ではないとするならば、恐らくは突然変異で生まれた怪物か何か。いや、いわゆるきゃすたうぇい?の起源を思えば、奴はもしや新種の真祖かもしれない。
「ッ!うぉぉぉ!本当かはどうか知らんが、ワシだって鬼の始祖と言われとんじゃぁぁぁ!」
正体不明の脅威への恐怖を、大声で何とか払拭する。そしてアゼヲは、マックスパワーで地上に着地したばかりの秦に襲いかかる。マキシマム・アンドハイヤー。
対し、秦は、数度、アゼヲの周辺で瞬間移動を繰り返し、ついでに光学的テレポートで“自分のデコイ”を仕掛け、様子見しようとした。
が、何故か、
(…!!迷いなくこっちに来た…!?)
何故か、アゼヲには秦の本当の居場所がバレていた。映像的自分の場所に対し、実体を彼女の背後数メートルに潜ませていた秦は驚愕する。
そして、脳のリソースを驚きに割いたばかりに、今に攻撃を仕掛けるアゼヲに対し、反応が遅れる。こうなればもう、脊髄反射で攻撃を打ち返す方が話が速い。
だが、どうして、アゼヲの単純明快な、大ぶりのパンチは、武芸なんて習ったことがない、いや、習う必要なんてなかった、まるで他の子よりも大柄に生まれたガキ大将の傲慢な一撃、ゴリラのような野生の一撃は、
パワー勝負に自信のある秦の背筋を、これ以上なく震わせた。
彼は間もなく、これが単純な力比べと違うことを理解する。
能力の関係か?コイツとは打ち合っても勝てないと判断する。
したがって、彼は咄嗟にその場での回避行動に移る。
間一髪、秦の頭上を掠め、空振ったアゼヲの拳は、間もなく、その余波だけで秦の背後500mほどを丸ごと吹き飛ばした。
「…ッ!」
明らかに人知を超えた、マトモに食らったら間違いなく即死する、その一撃に戦慄する。
この化け物とは正面からやり合ってはならない。
故に秦は、能力を発動させる。
雑なアポートによる確殺。これに頼る。
頼ろうとする、だのに。
「…!」
効かない…!?
何故、どうして、アゼヲの体は秦の能力の因果を無視して対象にならない。
困惑する。
その間に、アゼヲは次の攻撃を仕掛ける。空中に飛び上がって、回転し、かかと落としを繰り出す。その威力は、小隕石の墜落並みであった。かかとから一気に生み出された衝撃とクレーターは、駅も含めた、周囲の建物を陥没させ、倒壊させていく。
「…!」
その破壊には当然、先にアゼヲらと戦闘していた勇敢な彼らも巻き込まれる。
秦の能力が瞬間移動で本当に良かった。彼は急いで皆を梅小路公園へ飛ばした。
が、そのせいで、戦闘の外へ意識が向いた隙を狙って繰り出されたアゼヲの拳は、彼の顔面にクリーンヒットした。
打ち抜かれる前に瞬間移動したおかげで、ダメージは半減した。しかし、それでも打撃は、秦の脳を揺らすには充分だった。
クレーターの外に避難した直後、思わず膝をついた秦に、クレーターの中央からアゼヲは叫んだ。
「うぉぉぉ!どうじゃ!これがワシの力じゃあああ!」
興奮する彼女に、建物の倒壊に巻き込まれていた網走が、瓦礫をかき分け抜け出ながら口を尖らせる。
「ちょっと!街の破壊は出来る限り止めてねって言ったじゃない!」
「えぇー?っても、アレ相手にそんな余裕は作れんよぉ…」
そう言って秦に慄くアゼヲだが、しかし、彼女の力は秦を感心させて仕方なかった。
噂には聞いていた力だが、実際に目にするとこんなにも恐ろしい…。
「厄介だな…」
彼はグッと構える。
「速攻でいこう」
そう、決心する。決心したら、体は間もなく、動く。
「「!!」」
クレーターのへりから二人の下へ一気に飛び込んだ秦は、迷いなく網走の方へ襲いかかり、怯む彼の顔面に膝蹴りを叩き込む。
「なっ…!」
驚いて、次いで、応戦しようとしたアゼヲには、
"一言"。
「あ、そういやこの前送ってやった蟹は美味かったか?」
「えっ…?はぁっ…!?」
急な質問に、ビビる。アゼヲの脳が一気に混乱する。え?蟹?食べたっけ?つかそんなの送られてたっけ?いや、なんでこのタイミングでそんな話題?
…という、一瞬の思考の乱れこそ、アゼヲの能力が持つ最大の弱点だった。
Max Powerは、その成立要件として、『戦闘中であること』が求められる。ただし、それは事象としてではなく、本人の認識に依る。だからこそ、彼女は『これは遊びだ』とかって意識することで能力を意図的にオフにして、スマブラで真剣勝負したり出来た。
故に、こうして僅かでも戦闘以外のことに思考が巡ったら、彼女はその瞬間、無敵の妖怪ではなく、ただの老化した鬼に成り下がる。
そして秦は、その一瞬を決して逃さない。彼は即座に、“因果の下に戻った”彼女から心臓をアポートする。そうして手にした握りこぶし大のそれを、秦は躊躇なく握り潰す。
「がッ…」
脳に血が回らなくなったアゼヲの体がグラリと崩れる。更に思考が不可能になる。そこに追撃。秦は脱力した彼女のみぞおちに突き蹴りを打ち込んだ後、トドメと言わんばかりに彼女の肉体を大気圏外へとテレポートさせる。スペースデブリと一緒に浮かんでろ。これで、アゼヲの処理は完了する。
「…ッ!カナッ、カナァッ!」
続いて秦は、怒りの咆哮へと目を向ける。
網走星。彼もまた、アポートでは制圧することが出来ない。なにせ網走は戦いの際、必ず初めに相手の能力への加速から入る。よく知る癖。彼に小手先の技術は通用しない。
だから最早、彼相手はどうにもこうにも真正面からの殴り合いでの決着しか望めないわけだが…。
「―!?」
瞬間、どうしたものかと悩んでいた秦の目の前から、網走の姿が消えた。
直後、彼の全身を殴打による痛みが襲った。
「…ッ!」
秦は、即座に気付いた。一乗らの戦闘をぼんやり眺めて感傷に浸っていたのは明らかにミスだった。
変に時間を与えてしまったせいで、網走の加速は、今や確殺級の十八番、『時の置き去り』に至ってしまっている。
完全不可視の速度で秦の背後に回った網走は、叫ぶ。
「どうする!?貴方の勝ち目、無くなっちゃったけど続ける!?」
…慢心だなと、秦は思った。見せつけるようにわざわざ時間無視を解除せず、一気に攻撃していれば勝てただろうに。
彼は、網走の相変わらずの甘さに呆れながら言葉を返す。
「やっぱお前、ビロンギング向いてねぇよ」
「それはッ…!貴方もでしょう!?」
そして、網走は悲痛に顔を歪ませながら時の止まった世界に飛び込んだ。
もう、こんなことは終わらせてしまおうと、今度は覚悟を携えて。
だが…
「…!?」
再び時を置き去りにした網走の前に、秦の姿は無かった。
消えた。気配や影、そういったものも全く無く、網走の拳は、行場がない。
網走は、ハッと気付いた。
「やられた…!」
瞬間移動だ。
秦は網走が時間を置き去りにしようとした瞬間に、簡単には拳が届かないどこかへ瞬間移動したのだ。
しかし、そのタイミングはどのようにして察知した?
彼はきっと、網走の筋肉の僅かな動きや、目の動き、表情の動きを観察していたのだ。加速は確かに理不尽な力で、使用者に神にも近しい全能感を与えるが、しかし、使用者は人間なのだ。能力の発動を意識すれば、体のどこかしらは必ず動く。どれだけ隠そうが、僅かには、必ず。それを見抜くということが果たして現実味にある出来事かと言われたら全く以てそうではないと思うが、しかし、秦には可能なのだ。可能であってしまったのだ。
時より速く動くという確勝級の手段を完全に封じられた網走は、時の流れを元に戻す。再び眼前に帰ってきた秦と、いよいよ単純な殴り合いに突入する。
1on1。
生まれながらに強靭な肉体を持つ網走にとって、それは得意なことだった。多分、現役のヘビー級ボクサーを相手にしても余裕でやり合えた。
しかし、相手はその分野において圧倒的格上だった。
網走は、懸命に攻勢に出ようとした。全力を込めた蹴りや拳。それらは確かに数度、秦の肉体に届いた。
が、その間に叩き込まれる秦の攻撃の質と量は、倍も倍だった。
サンドバッグになった。こうなってしまえば、『負傷』の置き去りは、もはや拷問を長引かせる器具にしかならない。
それは、吸血姫でさえ同意する条件。『不死は、不痛でなければならない』。痛みは不死に対する最大の弱点。生物といういち存在の限界。いくら高性能な肉体と精神を持つ網走であろうとも、『急激にかかる脳への甚大なストレスによる意識の強制シャットダウン』には逆らうことができない。
それは、不死が日常ではない者の持つ盲点
だが、偏に、ブランク。15年かけて戦闘という非日常から脱色した網走がつい犯してしまっていた能力の穴。気の緩み。戦闘行為への軽薄さ。まるで銃の構え方は覚えてるけど、ジャムった時の対処法を忘れてるみたいな。平和ボケ。慢心。油断。
秦が、そこを狙わないわけがない。
肉体の無事に対し、精神が追いつけない。
掠れゆく意識の中、網走は想う。
秦という個が持つ理不尽な力に想いを馳せる。
恨みではない。負け惜しみではない。網走はむしろ、秦の最強が好きだった。誇りに思っていた。秦の過去を知り、彼がずっと、何のためにキャスタウェイと戦ってきたのかを知る網走は、彼の最強は、きっと、彼が愛に溢れるからこそ与えられたのだと考えていた。そういう話を彼のいないところで寝屋川として、笑い合ったことがあった。
だから、網走は悲しかった。今にあまりにも強過ぎる彼が許せなかった。
後は倒れるだけの存在になった網走に、秦は一瞬、沈痛な表情を見せた。
が、それを隠すように網走に背を向けた。
そして、いよいよ吸血姫の下に向かうべく足を進めようとした。
が、その足は、間もなく止まった。
崩れかけた雪のような網走が、秦の肩を微かな力で掴んでいたのだ。
「カナ…、カナ…」
だが、もう、限界だったようだ。網走は何かを言おうとしていたが、その前に力尽きてしまった。
勝敗は、遂に決した。
ハタ・カナモリの強さを前に全ては無だった。
だが、何故かな。今に倒れている網走は不敵な笑みを浮かべていた。
ざまぁみろ、お前の負けだ。そう言わんばかりの顔だった。
「…」
急に静かになった西院駅前。
秦はひょいとクレーターから出た。
そして、倒壊した建物まみれになった周囲を見回した。
吸血姫はどこにいるのかなと思った。
でもまぁ、きっとセイは、こういう穏やかじゃない時こそ、子供には一番安心して居られる場所を提供しようとするよなと考えついた。
だから、彼は、もう何年ぶりになるかは分からないけど、久々にアソコへと、うろ覚えの記憶を頼りに何とか向かった。
そして到着した。三人掛けのソファを運ぶのが面倒臭かった4階の角部屋。
ドアノブに手をかけようとした時、ガチャリと音が鳴って、開いて、吸血姫がひょっこりと扉から顔を出した。
「あ…」
現実時間ではそんなに経ってないはずだった。
でも、久しぶりの出会いな気がし過ぎて、二人は少しの間、何も言い出せなかった。




