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ルッキズム死ね。でも美少女にはなりたい。  作者: :)
第五章『終わるもの』

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前日

「おぉ~」とアゼヲがウロチョロする。庭園に積もる雪には足跡がなく、故に彼女が動き回るほどにモッモと鳴る。


「何?貴女、初めて来たの?」と遠巻きに彼女を見守る網走さんが突っ込む。化粧をせず、ゆとりのあるデニムとボンバージャケットに身を包む今の姿からは、とても普段のお仕事を想像できない。


下品さと荘厳さが入り混じった劇物に目を奪われていた僕に、網走さんが尋ねる。


「貴方は初金閣寺だもんね?」


「うん」


マフラーに口元をうずめながら、僕は答える。


今、京都に人は、一人もいない。




10月2日。

僕がこうして京都観光をしているのは、偏に先日に網走さんが提案してくれたからだった。


「ねぇ。明日さ、せっかくだしこの辺を観光しない?」


「えっ…?観光?」


「そ、観光。ほら、"強制避難指示"のおかげでどこも空いてるんだし、ちょうど良くない?」


「えぇ…?」


しかし、今思えば、観光ってのは正解だった。いや、観光が正解というより、どこかに遊びに行くってのが正しかった。

だって多分、今のまま現実と向き合っても、きっと何も手がつかなかったから…。


…コア子のメールを受けて、網走さんは「分かった。10月3日ね」と言ってくれた。

自分の立場もあるだろうに、戦ってくれると言ってくれた。


「だって滅茶苦茶嫌だもん。貴方が殺されるのも、カナカナが貴方を殺すのも。それを防ぐためなら、立場なんてかなぐり捨ててやるわよ」


アゼヲも…、何か軽い感じで戦いに参加してくれた。


「え?あ、うん。いいぞ」


問題なのは、やはり僕だった。

出来れば、逃げたかった。決戦の地が京都になるというのなら、背中の羽根でブラジルにでも飛んで行きたかった。


しかし、それは無理なのだという。網走さんの調査によると、特別情報局は既に京都一帯を異能力者で包囲しており、僕なんかが飛び出した瞬間にすぐに追撃出来るように構えているのだという。


それを知った時、じゃあソイツら蹴散らせばいいじゃんと反論してみたが、言った瞬間に『あ、違う、ダメだ』と気づいて発言を撤回した。


思えば、京都を囲う異能力者の主任務は、僕との対峙というより、連絡と足止めなのだろうなと気付いた。


次の瞬間には、カナモリが現れるのだろうなと気付いた。

逃げられないのだなと気付いた。


ならば、戦うのか?


嫌だ。

だって僕が戦うってのは、つまり、絞首台の前で暴れるみたいなことだ。そこに運ばれることになったのはテメェのせいだろうに。だから報いろと言うに。


ならば、戦わないのか?


…嫌だ。

だってみんなは戦っているんだ。コア子も、網走さんも。アゼヲだって戦おうとしてくれているんだ。

それなのに、裏切れるわけないだろ?


結局、その後、網走さんもアゼヲも僕には何も尋ねなくて、今になっても尋ねないものだから、僕の決断は未だ宙ぶらりんになっている。


それがもどかしいのか。それがいたたまれないのか。

知らんが、わがままを言うなら、この宙ぶらりんのまま、何も決まらぬまま、永遠休んでいたかった。

何も決めたくなかった。


だからこそ、観光しようって言葉は、合法的に逃げていいって言われたみたいで嬉しかった。




…つか、金閣寺って境内に売店あんのな。ウケる。めっちゃ資本主義じゃん。

抹茶ソフト、食べたいねって話になったから、網走さんが空のカルトンに三人分の料金を置いた後、僕達は、お邪魔しますと売店の中に入って、こうかな?とソフトクリームマシンを動かした。

まぁ、てんで上手く出来ないの。網走さんだけが、綺麗なまきぐそ型を作れていた。僕とアゼヲは野良犬の糞みたいなソフトを食った。


その後、きぬかけの道を我が物顔で下って龍安寺に来たけど、無教養な僕は、別に砂見てもあんま面白くないなぁと思ってしまった。それよりも、「金見たんだから銀も見るべきじゃね?」ということで、スマホで完結するカーシェアサービスを使って車を借りて、西から東へと一気に突っ走った。

市バスもタクシーも走ってない京都の街はあまりにもだだっ広く、自由だった。だけど網走さんは律儀に赤信号で止まっていた。「まぁ、もし人がまだ残ってたら大変だからね」。そうね。


銀閣寺にて。


「な、お前さんは、金閣寺と銀閣寺だとどっちが好きじゃ?」


「ん…、銀かな」


「わかるー。でも、なんでじゃろな?」


「わかんない」


「わかんないかぁ」


アホな会話をした後、網走さんに、金、銀だけじゃなくて飛雲閣ってのもあるのよ?と教えてもらった。

なんで銅じゃねぇんだよって思った。ねじ込まれた感のある飛雲はキモイからいいやってことで行くのやめた。


つか昼過ぎだった。腹減ったね。でも、飲食店なんてどこもやってないから、僕達は適当なコンビニでおにぎりを買って(厳密にはお金を置き去りにした窃盗)、もぐもぐするしかなかった。

すぐ近くにある一乗寺が恨めしい。天下一品総本店。 食べたかった。


「まぁ、心配すんな、お前さんや。今度ワシが連れてってやる」


「うん…」


その後、僕達は中心街に出た。っても祇園とかは言ってもなんか龍安寺くらいの感想で終わりそうだったから、名前だけで興味が沸いた漫画ミュージアムへ。


「…あれ?アゼヲはいいの?漫画。なんか読みたいものはないの?」


「んー、ワシはいいかな。古い漫画は大体リアルタイムで追っとったし、最近のものも電子で最新話まで追いかけとるから」


「えっ」


「ほら、見ろ。ワシのSafari、ブクマめっちゃ付けとるじゃろ?」


「うっわ。ってかiPhone Xじゃん。老人語で話すくせに…」


その後、ちょっと歩いた先にあった本能寺を見回った。

そして、商店街を下った先にあったラウンドワン京都河原町の電源がまだ余裕で生きていることに気づいた僕達は…、


「うほほほほ!見ろ!お前さんや!館内放送でカラオケが出来るぞ!」


「あっ…!機械動いた…!これ、もしかしてボウリング無限に出来ちゃう感じかしら…?」


「へっ、へへっ…!取り出し口に腕突っ込んで商品ゲット…!いや、流石にこれはダメか…」


その日、一番の盛り上がりを見せた…。




…何と言うか、僕は、自分が京都観光につくづく向かない人種なんだなと思った。

そりゃあ、写真や教科書でしか見たことがなかった名所を見回れたのは良かったけど、言ってしまえばそれだけだ。歴史の風情や趣を感じ取るにはまだ歳が浅かった。

教養の無さも問題だった。「あれが御所でー、蛤御門はあっちの方でー」って言われてもそうなんだって感じだった。


大人になってからまた来たら、感想が変わってるのかな。


暮れなずむ。

錦市場を出て大丸前に出た。網走さんは「あ、ちょっとトイレ行ってくる」と大丸に入っていった。

待つ僕とアゼヲは、都市の中心なのに用水路くらい狭い四条通をぼんやり眺める。


白い息を吐く。

アゼヲがこちらをチラッとみてぽそりと尋ねる。


「なぁ、お前さんや?他に回りたいところはあるか?」


「えっ?うーん。そろそろ晩御飯食べたいくらいかなぁ」


「…お前さん、さっきよう分からん店で牛串焼いて食ったばっかじゃろ」


「ん、なんだろうなぁ。僕っていうより吸血姫が食い意地張ってるんだよな」


「ほぉん、主様が…」


…アゼヲの口から『主様』って単語を久々に聞いた気がした。

それと同時に、ふと、聞いてみたいことが頭をよぎった。

ただしそれは、今初めて思いついたことではない。ずっと前から聞きたかったことだけど、聞いちゃ不味い気がして聞かなかったことだ。


けど、旅の酔いは僕から簡単な躊躇を奪う。

寝る前に恋バナしちゃうみたいにね。


「…僕に優しくしてくれるのは、やっぱりこの顔だから?」


アゼヲは、やっぱり苦笑いを見せる。


「随分いじわるな質問じゃな。答えても良いのか?」


頷く。だからアゼヲも隠すことなく言う。


「まぁ、その観点を嘘とは言えんよ。だってお前さんのその顔は、紛れもなくワシが愛した方の顔そのものなんじゃから」


「…この顔じゃなかったら、僕に興味なんてなかった?」


「それも否定は出来ん。つかそもそも、ワシらが出会うキッカケがその顔じゃったわけじゃし」


「…」


…分かっていた答えだけど、実際に言われるとやっぱ辛い。


アゼヲは優しいから、付け加えて言った。「っても、前にも言ったが、今のワシは誰でもないお前さんと交友を深めとると思っとるよ」と。

しかしその言葉が慰めになるかと言うと、ならなかった。


結局、全てはキッカケ次第だ。アゼヲが僕の内面を気に入ってくれたと言うならそれは凄く嬉しいし、ありがたいが、その発見は、そもそも外見がなきゃなかったわけで。

やっぱり、どうしても、僕はそこに無力感を抱くわけだ。僕という存在の価値が外見によって定立していると考えてしまうわけだ。


「考えすぎじゃな」


心の傷にかまけている僕に、アゼヲはさっぱりとそう言った。

彼女に思考がバレているわけはないだろうに、しかし彼女はあたかも僕の考えを切り捨てるように言った。


「キッカケはキッカケに過ぎんよ。ワシだって、主様の中身がマジキチクソ野郎なら今こうやってお前さんを気に掛けることはなかったじゃろうし」


「…でも、この顔がキッカケだった事実は変わらないよ」


「その後にワシがお前さんを好いとるという事実も汲め。どうもお前さんは偏ったモノの見方をするのがクセになっとるな。なんじゃ、キッカケにケチを付けられる愛は疑わしいか。そんなに自分の全存在を愛してほしいのか。そうでなきゃソレはお前さんには愛と呼べんのか」


…そう考えてる節は否定できない。

『他人への印象が外見から入るなんて当たり前ですから』みたいな、ニヒルが入った現実論に美しく無さを感じているのもある…。


「処女厨じゃのぉ。そんなに愛されることに自信がないか。しかしそれでは、今からお前さんを守ってやろうというワシも尻込みしてしまうぞ。『これは果たしてお節介にはならないかな』って、悩んでしまう」


「うん…」


「…一応言っとくが、ワシは友のことを命を賭けて守るぞ」


「それは…、ありがとう」


「だから、お前さんよ。頼むからワシに守り甲斐を与えてくれ。ワシからの…、愛と呼ぶにはくすぐったいが、まぁ、好意じゃな、それを全身で受け止められる男になってくれ」


「…どうしたらいいのさ」


「簡単じゃ。自分を愛せるようになれ」


…どういうこと?


尋ねようとした直後、網走さんは興奮気味にトイレから帰ってきて、「そうよ!ここからならポケセン近いじゃない!行きましょ行きましょ!」と、スマホ片手に僕達に提案した。





一人の夜。そりゃそうだ。お酒の力で気持ちよく寝た二人には黙ってこっそり家を出たんだから。


この羽根、空飛べるのかな…?


広げて、羽ばたかせてみた。

飛べる!それも結構な速度で!

僕は急上昇して雲を突き抜け、満点の夜空を見つめた後、ふいーっと降下して京都タワーの展望台の上に降り立ち、丸みに足を滑らせないようにしながら、ゆっくりと腰を降ろした。


高い。けど、吊られたモノレールで高所恐怖症を克服してる僕は無敵。


街を見下ろす。

本来ならまだ、ビルに明かりがついてる頃。

でも、全ては完全沈黙している。


からっぽの京都は、僕をとことん孤独にする。

だからこそ、アイツと繋がってるような気がする。


「なぁコア子、聞いてるか?」


そして、僕はまるでラジオ配信をするみたいにポツポツ語り始める。


「―…。」


…色んなことから逃げている。


僕はまだ、自分の力で考えることがままならない。自分の価値基準の輪郭さえ知らなくて、だから、吸血姫の言葉を真に受けている。網走さんの言葉に感銘を受けている。アゼヲの言葉に面食らっていて、僕の中から真実を見つけ出すっていうのは、まるで液体の中から固体を見つけ出すような作業になっている。


けど、そんな僕でも、この気持ちだけは本当だと思う。

逃げたくないって思う。

不本意なことに、あの野郎の要らんお節介がきっかけで分かったことだけどさ。


なぁコア子。あの馬鹿コウモリが見せる『幸せな夢』には、必ずお前とカナモリが出てくるよ…。





地上に降りた。


今何時だ?もう深夜過ぎてる?やっべ。網走さん、まだ寝てたらいいけどな…。


門限を破った子供みたいにそう考えている時だった。僕の背後から、宵闇と共に降り積もった若い雪をジャリッと踏みつける音がした。


びっくりして振り返った。

しかし、次の瞬間、目の前に佇む彼を見かけた僕の脳内を支配したのは、不審者への警戒心ではなく、


記憶の爆発だった。

それはもう止め処無く、僕のものとは違う経験の濁流だった。


「フカ…?」


迷いなく呟いた、初めて会った彼の名は、やはり、間違いではなかった。

ダウンジャケットの一方で、サンダルが寒そうだった。


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