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ルッキズム死ね。でも美少女にはなりたい。  作者: :)
第五章『終わるもの』

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現実の方からやってくるのは誰にだって同じ

みんな世界にふりまわされている。

地下鉄烏丸線、鞍馬口駅から徒歩7分。御霊神社前。

日々の買い物は北大路ビブレでする。腹を壊したらすぐに鞍馬口病院に駆け込める。築39年の学生アパート、でも住居人の半数は年金暮らしのオジサン。2階、1R。家賃4万500円、共益費込み。


『TENROKU MUSO』。たんぽぽが生えた植木鉢の真上、インターホンの隣に掲げられている木製のかわいい表札(ホームセンターで買って勝手に貼った)。


六十点六むそ てんろく。この部屋の住人の名前。

ただし、それは仮の名前。


今にめざましテレビをBGMに読書をする、時折目覚めのコーヒー(AGFだよ)を啜っては、腹を鳴らす、全く以て現代京都に似つかわしい端正な西洋顔、ブーランジェリーの見習い青年のような髪型、目元、細い手足と、オランダ人みたいな背丈をした、未だ寝間着姿のその彼は、


「…フカ!起きてるか!バッドニュースを持ってきてやったぞ!」


不可フカ


合鍵でドカドカと部屋に入ってきた相棒、『GBジービー』に驚いてコーヒーを吹きこぼした彼こそが、


つまり、この物語の終着駅であった。





「…ふーん、この辺で窃盗が相次いでるんだって。こわー」


コーヒーでどちゃくちゃ汚した文庫本(文春文庫版『ロスジェネの逆襲』、ブックオフで108円で買った)が乾くまでの間暇なので、フカはテレビをぼんやり眺めていた。


部屋のど真ん中に偉そうに鎮座している座卓の上、スマホを文鎮代わりにして開いた文庫本と灰皿の傍に肘を付いて、

たまに、広げた両手よりも狭いキッチンで手際良く動いているGBをチラ見して。


…中性的な容姿、160cmぽっちの背、「これが近代人の正装なんだろう?」と言って青山のやっすいスーツを頑なに着る、今はスーツの上にエプロンを着ている、への字の口が似合う、太陽の神『ダジボーグ』の化身。


「…今日もコーヒーとタバコで済ませる気か?全く君は…」と言って、ため息混じりに朝食を作り始めた彼は、今日も今日とてフカに呆れる。


彼は、視線はキッチンの方に向けたまま、尋ねる。


「ニュース、見る意味あるか?」


「えっ?」


「ニュース、見る意味あるのかって」


対し、フカはテレビの画面を指さしながら返す。


「でも、事件があったのこの辺だよ?さっき近所のコンビニも映ってたし。怖くない?」


「…マジで言ってるのか?それ」


フカの発言に愕然するGB。

思わず居間の方に振り向く。


まだ、冷蔵庫を私物化して勝手に買い置きしていた鮭の切り身を焼いてる最中だった。

だけど、言いたいことが多過ぎて、GBは菜箸を持ったままフカの方へ寄った。


「んぉ?」と自分を見上げる彼に対し、仁王立ちのGBは見下しながら言う。


「なぁ、ここのところ思うのだが、君、次期魔王としての自覚が足りなさ過ぎやしないか?」


「へ?」


「…分かっているのか?君は次の世界の覇者なのだぞ?なのに、こんな…、気密性の悪い6畳洋間に身を置いて、週四のアルバイトで生計を立てて、終いには人間向けのどうでもいい地元ニュースで一喜一憂する。似つかわしくないとは思わないのか?野心に対し、実際が」


「うーん、そんなこと言われてもなぁ…」


フカは寝癖がピヨンと跳ねている頭をポリポリ掻き、返す。


「僕は好きだけどねぇ。こういう一銭の価値もない生活が。それに…」


「それに?」


「…僕は、吸血姫を殺したいってだけで、偉くなりたいわけじゃないからね」


その発言に、GBの苛立ちはピークを迎える。


「そう、正にその思考がおかしいんだ」


彼はそう言いながら、いよいよフカに詰め寄った。手元の菜箸を彼の喉元に突きつけた。


「なっ、何かな…?」


そう言ってフカは小さく両手を上げる。

GBはその様子にさえ腹を立てながら言う。


「おかしいんだよ。その発言は。まるで国家転覆だけしたい人の言い分だ。そんなことあるか?いや、有り得ない。人は野心を語る際、必ずその先まで思い描く。仕事で成功したいと言う人は、その先に名誉や報酬の獲得などを思い描く。王政の打倒を夢見る者は、その先に共和制を思い描く。殺すという行為にしたってそうだ。その先というのは必ずあり、それは自由の獲得であったり心の安寧だったりする」

「思うに、君にだってあるはずなんだ。野心の先の、その果てが。しかし君は、そのことについて一向に話してくれないじゃないか。なぁ、もう100年以上一緒につるんでるんだ。飄々とするのは止めにして、いい加減教えてくれないか?君は吸血姫を殺した先に何を思い描いている?王座に戴冠することじゃなければ一体何だ?君は、何のために戦っている?私は、何と志を共にしている?」


そう迫られ、菜箸で軽く喉笛をつつかれても、フカは結局、ハッキリした回答をしなかった。「いやぁ…、そのぉ…」と、しどろもどろになり、挙句の果てにはテレビを指さして「あっ!きょうのわんこ、ゴールデンレトリバーだって!かわいいねぇ!」とはぐらかしを始めた。


 GBは「もういい…」と問い詰めることを諦めてしまった。鮭が焦げた臭いのするキッチンに戻って、「これ、君の分な」とプチ仕返しをするだけに終わった。


「えぇ…?」と返事した後、追い詰められたことにドキドキしたフカは、心臓を落ち着かせるために、窓を開けて、「寒っ」と肩を震わせながらアメスピのターコイズに火をつけた。


安価で、悠長で、独善主義者のタバコ。

吸って、吐いて、ホッとする。


…先のようなやり取りを、フカはしょっちゅうGBと行っている。その度に彼は何とかやり過ごし、諦めて去るGBの背中を見ては危なかったと冷や汗をかく。


だって、本心を聞いたら、きっと怒る。


往年の復讐心を燃やしに燃やし、吸血姫惨殺と人類殲滅を夢見て日々邁進するGBの一方で、


肝心のフカ本人は、吸血姫を殺した後のことを考えるどころか、


ここまで事を進めておきながら、『吸血姫を殺すこと』そのものすら、未だ躊躇しているのだから。





『なぁフカ、私の正体なんて、こんなものなんだ。散歩が好きで、そよ風に当たるのが好きで、こうして君と話しているのが大好きな、…この時間が永遠に続けばいいのにと夢見るような、ただの女の子なんだ』

『…なのに、なぁ。どうすれば、私は私じゃなくなるのかな。王座も、こんな力も、本当は全部、いらないのに』





ところてん。


『夜』という語に誤解があると思うから解説すると、『夜』とは、決して異空間や別次元を差す言葉ではない。


『夜』とは、つまり社会なのだ。人間社会の狭間、点在的に、そして断続的に存在する"キャスタウェイの集会"。それこそが『夜』である。つまりそれは、吸血姫によって滅ぼされた一公国に集った化け物達の軍団のことであり、また、真ん中に座卓があるせいでクソ狭い6畳半にいるフカとGBのことなのだ。


閑話休題。


「…ってか、何かニュースあるとか言ってなかったっけ?それはもういいの?」


一本目を吸い終え、フカはようやくGBに用件を尋ねる。

問いかけに、「あ、そうだった」と、ちょうどチンしたばかりの小松菜をレンジから取り出したGBは思い出す。

彼は、小松菜にめんつゆと水を加えて混ぜながら答える。


「いやほら、この前、高槻の方で吸血姫がと伊勢居地コア子と二人きりでいたって情報をキャッチしただろ?」


「あぁ。それで、刺客にタンバでも送ろうって話してたね。…あ、もしかしてニュースって、それの進捗?」


「進捗っていうか、中止だ。現在、吸血姫はアバシリ・セイの庇護下にあるようだ」


「…!」


アバシリ・セイ。

当然、知ってる名前だ。元侍衛係、かつ網走家現当主。

奇人変人の類で、今は家出中だそうが、『日本巫術の結論』と謳われた実力は健在だという。


「…情報の確度は?」


「エニスタの奴が、サイゼリアでのバイト中に偶然見かけたと言っていた」


「そりゃあ…、不味いな。本当に本人だったら、手の出しようがない」


「そうなんだ。せっかくハタ・カナモリが吸血姫と袂を分かったというのに、これじゃ完全に『ふりだしに戻る』だ」


「そうだね…、どうしようね?対アバシリ・セイとなると、誰が適任かな?あっ、ナータリアとかどうかな?あの子の力なら、上手く隙を作れるかもしれないね?」


「…」


「GB?」


直後、ケトルが沸いた。


GBは早速手に取り、お湯をコポコポとインスタントみそ汁を入れたお椀に注いだ。

入れたらすぐに味噌を混ぜるのが、彼の微妙なこだわり。


これで朝食はほぼ出来た。鮭の切り身も、ついでに焼いていた目玉焼きも、小松菜のおひたしも全部皿に盛り付けてある。後やるべきは、今日は海苔か納豆かフカに聞くくらい。


「おーい、GB?」フカが再度呼んだ。

しかし、それでもGBを無言にしていた、その時彼の頭の中に去来していた、『話題』は、少なくともこんなタイミングで話す内容ではなかった。


だが、ならば何時切り出すべきだ?彼はそれを悩んでいた。早急に持ちかけるべきこの『本題』を、フカの素朴な日々のどこに差し込めばいい?


どのタイミングで、彼の愛する日常を壊せばいい?

でも、まぁ、今日の朝食は、少し濃い目の味付けにしておいたから…。

今言っちゃっても、別にいいよね。


GBは改めてフカの方へ振り返り、そして、持ちかけた。

『提案』

そう、彼がここのところずっと考えていた、ある一つの『結論』。


「なぁ、もういっそのこと、二人で一気に仕掛けないか?」


「…えっ?」


フカは、まるで鳩に豆鉄砲って感じで驚いた。


そりゃそうだ。今までずっと、『いくら弱体化しているとはいえ、吸血姫とは正面からは戦うべきでない。…ましてや強力な守護者が彼女の周りにいるならば』という前提の元、彼らは吸血姫殺害計画を練っていた。


それなのに、ここにきて急に前提を全て破壊してしまうような提案を持ちかけられちゃ、何を言ってんだコイツ?って顔にもなる。


しかし、な、とGBは述べる。


「そりゃあ、アバシリ・セイを相手にすることは並大抵のことじゃないさ。そこは理解している。でも、『ハタ・カナモリを相手にすること』に比べたらずっとマシであることは事実だ。私と君の二人がかりなら、アバシリ・セイを何とか出来るかもしれない。そう思えば、今は"可能性の時"だ」


「却下だ。到底受け入れられない。もし、アバシリ・セイとの戦いで僕達のどちらかが欠けてしまえば、本命である吸血姫殺害がいよいよ不可能になる。ならば、僕達はまだ後ろに下がっているべきだ」


「だが、そうやって呑気にしていて、ハタ・カナモリが再び彼女の味方をし出したらどうする?」


「…」


「ハタ・カナモリとアバシリ・セイ、二人がかりで吸血姫を守られてみろ。そうすれば、我々は総力戦でも勝ち目が無くなる」


「それは…、そうかもしれないけど…」


「それに、近い将来に彼女が"今以上の力"を取り戻す可能性だってある。今までは、"彼"が肉体の操縦手である限り、それは無いと踏んでいたが、その博打にもつい先日負けた。"彼"は血を吸う。であるならば、我々は電撃のように迅速に動く必要がある。違うか?」


…フカは、反論できなかった。

沈黙を同意と見なした、GBはその後、残酷に伝えた。


「…君にも心の準備が必要だろう。だから、明後日だ。明後日決行しよう」


つまり、今日が9月26日だから、28日には全てを終わらせようと、彼は言った。


話を終えて、フカは、うつろうつろしていた。彼の思考はつっかえていた。彼は露骨に表情を強張らせていて、思わず手を出した二本目のアメスピを、絞るようにギュウッと吸って一気に無くした。そして彼は喉を痛めた。


彼は今、唐突にやってきた審判の日を前に明らかに動揺していた。

ずっと逃げてきた、「隠密が肝要だ」だなんて言って、盤上で駒を動かすことで、自分はちゃんと野心に向き合ってると思い込み続けてきた彼に、急な雷雨のように降り注いだ『彼女を殺し得る最期の機会』は、あまりにも現実が過ぎた。


混乱していた。


だから、彼はそれを払拭したくて、立ち上がって、そして着替えた。バイト着であるユニクロのなんちゃってYシャツと紺のパンツ。ネクタイはしなくてもいいからしない。


そして、彼は、今に文庫と灰皿をどかして食事を座卓に並べているGBの傍を横切り、ユニットバスで軽く髪型を整え、玄関前の壁掛けにぶら下げている定期券やら何やらが入った紀伊國屋トートを肩にかけ、最後にロッテのキシリトールガムを一個口に放りこんだ。


「…朝ごはん、出来たけど?」


GBの一応の呼びかけに、フカはボソッと呟いた。


「置いといてよ。晩御飯にするから」


扉が、一人になりたいと言わんばかりにバタンと閉まった。


そして無言のまま鞍馬口駅に着いて気付いた。

彼は今日、11時出勤の日だった。現在8時27分。ここから職場までは電車と徒歩込み込みで25分。


仕方ないので、寄り道をしてから出勤することにした。

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