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ルッキズム死ね。でも美少女にはなりたい。  作者: :)
第五章『終わるもの』

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ふんわりした心を揮発した酒にのせる

家に帰った僕を、コア子とカナモリがクラッカーで迎えた。


「吸血姫!じんぐるべぇ!」


…クリスマスってクラッカーとか鳴らすんだっけ?尤も、そんな疑問は今にキラキラのテープまみれになった僕を見て爆笑しているコア子には関係のないことなのだろうが。


 カナモリが僕からエコバッグを受け取って言う。


「…お使いありがとう。手を洗ってこい。もう晩御飯は出来てるから」


香ばしい匂いは玄関まで漂っていた。

多分、食卓には既に料理が並んでいるんだろうな。


リビングの扉を開けると、柔らかな暖気がふわっと僕を出迎えた。ただの石油ヒーターの熱なのに、今日は何だか一段と暖かい。日本の住宅用の小さなクリスマスツリーにプレゼントが二個並んでいる。一個はコア子の分だろうに、アイツ、よく開けるの我慢できてるな。

そう思っていたら、彼女が背後から僕の肩を叩いた。「早く食べようぜ!」と言って僕の腕を引っ張った。


あぁ…、心を優しく撫でてくれるような、この幸せ過ぎる瞬間は…、


「またか」


僕が自分の首をもぐと、たちまち消えた。

そして白い空間だけが僕の前に残った。


「…あのさ、いい加減変な夢を見せるのはやめろよ」


いつも通りソファに座る吸血姫は弱った顔をして泣いている。


「だってぇ…、君の心の健康が心配でぇ…」


「…」


あれ以来、吸血姫は僕を本気で夢の中に閉じ込めようとはしない。しても網走さんに連れ出されるのが分かってるから。

代わりに彼女は、僕に甘い夢を見せようとする。毎夜毎夜。


「幸せを押し付けてくんなよ。…そんなにお前の本当の力とやらが暴走するのが怖いのか?」


「それもあるけど…。今の君は、なんだか大変なことに向き合おうとしている。それが、苦しいんじゃないかって、辛いんじゃないかって…」


だから楽しい夢を見せて癒やしてあげようと?

…やっぱりズレてるんだよなぁ、コイツ。


「別に良いから、そういうの。…もうそろそろ朝だよな?じゃあ、僕、起きるから」


うんざりして吸血姫の元から去ろうとした。

直前、吸血姫は僕を引き止めようと声をかけた。

なんだよ?


「…一つだけ忠告だ。君は最近、あの強力な祓魔師の言葉を反芻して、『自分に恵んでやれるもの』を探しているようだが、それはあまり賢い行いではない。何故なら問題は、君が恵まれているか如何ではなく、『お前は恵まれない奴だ』と君を指差す社会にこそあるのだから」


僕は「うるせぇ」とだけ返した。





「お、おまたせしました。えっと、あの、も、もす?なんか蚊みたいな名前のやつです」


「モヒートだね、ありがとう」


9月27日。お手伝いはまだ慣れない。


…出勤前、コア子が家に帰ってきた。風呂に入っていないのか、臭かった。


彼女は僕を見るなり、抱きしめた。驚いた僕に、「じっとして」と言った。しばらく、僕達はそのままでいた。出勤予定時間はとっくに過ぎてたけど、網走さんは何も言わなかった。


僕は、先日のことを謝った。「あんなことを言ってごめん」と。

コア子は「うん」と言ってくれたが、顔は暗いままだった。


彼女は僕を抱きしめる力を強めながら、繰り返し言った。


「大丈夫。私が全部なんとかする。なんとかする。なんとかする。なんとかする。なんとかする。なんとかする。だから大丈夫…」


…狂気的な目をしていた。


そしてまた、彼女は家を出た。止めることは、出来なかった。出来る訳がなかった。どんだけアイツを振り回す気だよ。


僕の代わりに、網走さんが出ていこうとするコア子に凄く怒って、引き止めてくれた。だけど、アイツは「余計なお世話だよ」としか返さなかった。そして、無理やり押さえつけられる前に走って出て行った。


「…」


思い出して、分かりやすく落ち込む僕の肩に網走さんが手を置く。


「心配よね…。あの子、必死になると周りが見えなくなるきらいがあるから。危ない橋を渡っていなきゃいいけど…」


「うん…」


「ああなっちゃったら、もうあの子は止められない。能力の関係で探し出すことも難しい。だから、帰りを待ちましょう。あの子がどんな姿になって帰ってきても迎えられるように、ね…」


網走さんは、僕の肩をポンポンとして、仕事に戻った。今はモヒートおじさんの愚痴を聞いている。優しい顔で、時々笑みを見せながら。


「…」


僕は急に一人ぼっちになった気分に襲われた。

周りのみんなは凄い。辛いことがあっても、とにかく前に動き出せる。

一方で僕は、いっぱいになってしまった心の動かし方を知らない。体は義務感という糸で何とか動かせても、その糸は細くて、少しもしないうちに簡単に切れる。


悪いけど、今日はもう休ませてもらおうかな…。


そう思った矢先、店の静寂を守る扉がバンッとやかましく開いた。


「おう網走!来てやったぞ!」


「…アゼヲちゃん!?うそぉ何年ぶり!?久しぶり~!」


網走さんが驚く、彼女は大柄の女性だった。


ただし、見目はおおよそ現代社会のものではない。頭から生えた二本の大きな角に、金色の強膜と褐色の肌。豊満な体を包むインドだねって感じの民族衣装もカレー屋くらいでしか許されない。


畔乎あぜを』。

吸血姫よりずっと前の時代から生きている鬼で、羅刹国を三度滅ぼしたことがあるらしい(どこ?)。


そんな彼女は迷うことなくモヒートおじさんの真隣、網走さんの真正面になるカウンターチェアにドカッとあぐらをかく。


「久しぶり?んぉ?もうそんなに経ってたか?」


「だってこの前来たのって、コア子ちゃんが本町家に通ってた頃でしょ?6,7年は余裕で経ってるわよ。もー、私はただの人間なんだから、死ぬ前にもっと顔を見せてよねー?」


嬉しそうな顔をして手を動かし始める網走さん。多分、アゼヲの『いつもの』を作り始めたのだろう。こうなれば網走さんは一時的に常連さんとの世界に浸るから、僕は存在感を消してつきだしのミックスナッツの用意を始める。


「まぁー、会いに来てやりたいのは山々じゃが、ワシも神々との戦争で忙しいからなぁ。用が無いと来たくても来れん。代わりに、死んだらお前を魔の住人として蘇らせてやるから勘弁してくれ」


「嫌よ。私は私の人生だけで満足なの。…それで?そんなに忙しいのに来たってことは用があるんでしょ?何かあったの?」


グラスに注がれたのはフォアローゼズとかいうヤツだ。なんか台形の瓶のヤツだ。

差し出されたそれを、アゼヲは鬼らしくグビのみするわけでもなく、一口つけたら、琥珀色に染まるグラスを切なそうな表情で見つめた。


ポツリポツリと話し始めた。


「探し人がな、見つかると思ったのじゃ。数日前にこの辺で『凍りつく程美しい少女』を見たという情報を耳にしたから、もしかしてと思い飛び出したのじゃが…」


「凍りつく程美しい少女…」


網走さんは「あっ」って顔をする。

その表情を確認して、アゼヲは頷く。


「うむ。十中八九、主様じゃろう。思えば、直近の急激な寒冷化もそうじゃし、慌ただしそうに動く祓魔師共もそうじゃ。あの方は間違いなくこの近くにおる。じゃが…」

「…どうしても感じられんのじゃ、主様の力が。もし、本当にあの御方が近くにいるのなら、もっとビシビシ感じるはずなのじゃ。魔都京都の気など全て覆い隠す程の凄まじい力の波動を…。じゃのに、ということは…」


アゼヲは先程までの朗らかな態度を一変させる。

まるでウイスキーの香りにやられたように、心が締まるような表情をして俯く。


「おそらく主様の身に何かあったのじゃ…。その力を急激に弱体化させる事態に陥るような、危機的何かが…。あぁ、気の毒じゃ…。そんな時に主様の傍に居てやれないなんて、ワシは従者失格じゃ…」


「…えっと、あの、お通しのナッツです」


「ん?あぁすまんな。…それでだ網走。お前に力を貸してほしいのじゃ…!主様を探す手助けをしてほしいのじゃ!」


「…んふっ」


網走さんは笑いをこらえながら言う。


「お通しのナッツだって」


「…え?あぁ。分かっておるよ。ありがとうな。いや、そんなことよりもじゃ!頼む!この通り頭も下げる!報酬だって相応の額を払う!だからお願いじゃ!主様を…、主様を助けるために協力してくれ!」


「だから、お通しのナッツ」


「だから、分かっておると言っておろうに!何をそんなに強調することがあるんじゃ…、ン?」


…まぁ、その、焦っていたのだろう。態度には出ていなかったが、アゼヲはきっと、入店前から網走さんに話を持ちかけたくて必死だったのだろう。

だから、モヒートおじさんが隣にいることだって気にしなかったし、俯いて作業するお手伝いのことなんて視界に入らなかったのだろう。

あと、二人を気遣って僕が存在感を消したのも良くなかったのだろう。


「あ…、どうも」


とりあえず、僕はお辞儀をしておいた。


直後、アゼヲは物凄い勢いでカウンターを乗り越え、僕にしがみつき、言葉にならない声で泣いた。


彼女が飛び上がった拍子に、フォアローゼスと一緒にモヒートおじさんのモヒートがひっくり返っていた。

可哀想に、彼もまた涙目になった。

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