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ルッキズム死ね。でも美少女にはなりたい。  作者: :)
第五章『終わるもの』

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悩んでる時はとりあえず体を動かすといいよ

次に寝室から出た時、リビングにコア子はいなかった。


「あ、おはよう。お腹空いた?」


いるのは、恐らく出勤前なのだろう、古い香りがするミニスカワンピを身にまとい、化粧をしてケバケバになっている網走さんだけだった。


お腹は、空いてないと言った。すると網走さんは「そう?」と軽く返事した。家を出る前に、晩御飯は冷蔵庫に作り置きを入れてあること、この部屋にあるものは好きに使っていいことを伝えてくれた。


16時。

一人になった2LDKで、僕はしばらくポツンとした。


こたつの前のソファに小さく腰掛けた。リモコンを手に取り、点けた。

気を紛らわせたかった。


4チャン。関西のチャンネル。見慣れない番組。報道バラエティ。関西弁しか聞こえてこない。


旅館に来たような感覚に陥る。

架空の気圧差により自律神経の不調を感じる。


気分が悪くなったので、番組表を見て見知った番組に変える。8チャン。ドキュメンタル番組だった。多頭飼育崩壊の取材。


ぼんやり眺める。17時。天候は冬丸出しなのに、外はまだ若干明るい。多分僕発祥であろう寒波が世界を歪めていることを物語る。


ふと、このテレビにクロームキャストが付いていることに気づく。

どのチャンネルの番組も集中して見れなくて、うんざりした気持ちになっていた僕は入力切り替えを押す。YouTubeが開けることに気づく。そういやこの体になってから殆どネット動画に触れてないな。前はつべもニコニコも死ぬほど見まくってたのに。最近だとタカドノのスマホでちょっと見たのが最後だ。


ホーム画面を開く。網走さんのアカウントのホーム画面なので、当然、知らない動画ばかり並ぶ。フィッシャーズとか見るんだ、へぇ。検索ボックスに移動する。『マイクラ 工業化mod』とでも入力しようとした。


何故か僕は、『交通事故 被害者』と入力していた。


単身用の32インチテレビの画面いっぱいに検索候補の動画が出てくる。ニュース映像の転載。弁護士による慰謝料請求の解説。後遺障害逸失利益の取り方。安全運転の啓発ビデオ。


カチカチと十字ボタンを動かして、決定ボタンを押す。流れる動画を、僕は目でじっと追う。


「私の息子は…、殺されたんです…!」という父親の声が痛ましく響く。


「娘の痛みを代わってやれたら…」と言ってさめざめと泣く母親の声が悲しくこぼれる。


「そんな、今更謝られたって、誠意なんて感じられんとですよ」と憤る寡男の枯れた手が加害者の手紙と共に映る。


僕は…、気づいたら吐いていた。

吐いた後も過呼吸が止まらない。脳が痺れて、心が潰れる感覚に襲われる。手が震えて、涙が滲んで、冷たい視線が世界中から飛んできてるみたい。


不快感が全身を包む。

しかし、僕は、何故か気持ちよさを感じていた。


適当にテレビ番組を見るよりも、多分、YouTubeでマイクラの実況動画を見るよりも、

こうやって他人の怒りに自分の罪悪を擦り付けている方が、自分をちゃんと使い潰せているような気がして、何かに貢献できているような気がして、生きている感覚さえ味わえる。


満たされる。

狂っている。


自分でもそう思った。多分これはリストカットのようなもので、一種の自慰行為なのだろう。怒れる彼らを通してタカドノに怒ってもらえてるような気になって、自分にちゃんと存在価値があるんだと確認しているんだろう。


自分の醜さに嗚咽が止まらない。


18時前。

日はすっかり沈み、部屋はテレビの明かりだけに照らされていた。





一夜明けてもコア子は帰ってこなかった。

一夜どころか、数日経っても…。


網走さんから聞いた。彼女は僕を助けると言って出ていったらしい。止めたけど、寝てる間に、ぱったりと。


「あのへそ曲がりがそこまでするなんて。貴方、相当好かれてるのね」


9月25日。

網走さんはキッチンで出勤前のカフェオレを穏やかに愉しみながら言った。


「確か貴方達って、会ってまだ一年も経ってないんでしょ?凄いわねぇ。私なんか、あの子に心を許してもらうまで本当長かったのよ?」


聞けば、網走さんは元侍衛係の職員で、カナモリ、局長とは同期だったらしい。30歳を越えたあたりで退職したらしい。理由は、長年夢見ていた自分だけの店を持つことと、これ以上、キャスタウェイを殺すのが嫌だから。


「本町家のお屋敷が市役所の近くにあってね?私の店の最寄り駅が西大路御池だから、ちょくちょく足を運んでくれてたのよ。…東西線で一本って言ってもそこそこ遠いのに、カナカナ、そういうところ律儀だから」

「コア子ちゃんと初めてあった時は今でも覚えてる。『なんだこの女装ゴリラ』って滅茶苦茶怖がられたの。泣かれて、喚かれて、何度も撃ち殺されそうになったわ。けど、何度も会って、あの子の好きな料理を作ってあげたり、一緒にゲームで遊んだりしたら、徐々に心を開いてくれたの」

「だから、あの子の制服姿を見た時、ちょっと感動しちゃった。あぁ、大きくなったんだなぁって。…尤も、季節外れの夏服だったからすぐ着替えさせたけどね」


そう言って網走さんはクスクス笑った。細めた目をゆっくり開いて、風呂にも入らず着替えずのまま、こたつで縮こまる僕を見つめた。

そして言った。


「あの子にとって、貴方と会ったことは、本当に大きなことだったんでしょうね」


「…」


目ヤニまみれの目で声の方へ向く。だけど、

素直に受け取れない言葉だった。


「…さ、そろそろ出勤時間かな…。っても、私の店だから、私が店についたその瞬間が定時なんだけどね」


網走さんは空になったカップをシンクで軽く濯いだ後、動き出した。

僕は、無意識に硬直した。こたつからキッチン、そして玄関までは手足を伸ばしたって届かない距離なのに、僕はどうにも網走さんの邪魔になってはならないという義務感に駆られていた。不思議だけど、こういうことってあるよな。カウンター席で、自分の隣に座られた時に、絶対に相手に干渉するはずのないコップをちょっと自分の方に寄せる、みたいな。


あれはきっと、『ここに自分の世界があること』を表明しているんだろうな。

だから、近づかないで、私に触らないでって、言おうとしているんだろうな。


だのに、網走さんは、僕に気楽に尋ねた。


「せっかくだから貴方も来る?」





シャワーを浴び、目測で用意されたが故に全体的にオーバーサイズ気味な着替えに腕を通す。Tシャツにパンツスウェット、その上にボアブルゾン、ダウンジャケット。ラフ、だけど失いかかったフェミニンは心象に対してどこか心地良い。

ナイキの白スニーカーで雪を踏み、熱を帯びた頬とドライヤーで乾かしたばかりのふわふわの髪で外気を撫でた、後。


「…」


通りから外れてポツンと佇む店なんかを見ると、よくこんなところで営業を続けられるよなぁと思う。

どうしても疑問に思う。誰がわざわざ来店してるんだろう?とか、回していけるくらいの集客が本当にあるのか?とか。


…まぁ、それは僕がチェーン店ばかりを好む人間だから思うだけなのかもしれないけど。


考えてみれば、個人店に入るのはこれで人生二回目くらいだった。僕の記憶が定かなら、小学3年くらいの頃に母親に近所の謎居酒屋に連れて行かれたのが最後だった。その時は、母さんや見知った友達の親たちが、知らない飲み物を飲んで、知らない顔をして、知らない話で盛り上がってるのが怖くて、僕はカニチップだけ食べて、後はずっと店の外で待っていた。


網走さんのお店は、思ってたよりずっとシックだった。みんなが想像するバーって感じのバーで、狭くて、暗くて、落ち着きがあった。

失礼なことだけど、どうせゲイバーなんだろ?って思ってた僕は面食らった。


「静かな空間が好きでね。だから、こんな感じにしたの」


…なら、制服として着ているそのミニスカワンピはノイズ過ぎないか?と思いながら、僕はカウンターチェアに腰掛けた。

開店準備をする網走さんを目で追う。


「あの…、それで、僕は何をしたら…」


問いかけに、網走さんはうーん?って顔をした。


「お店の手伝いしてみる?」


その言葉に、ちょっとドキッとした。働くってヤツに心が身構えたのだと思う。一度断った。断ったが、「でも、何かしてた方が気分転換になるわよ?」と言われて何も言い返せなかった。


やるのは分かった。が、一つ気になることがあって尋ねた。


「これはどうするんですか…?」


僕は、自分の背中に生えた羽根を指さした。あとエルフ耳も。煌々と輝くヤギ目も気になった。これら人外要素は、隠そうと思ったら隠せるものではあった。実際、家から店まではつば広のキャップと、ダウンと、イヤーマフで隠していた。

…つまりあれか?室内でも同じ格好をすれば平気だろってことか?


「いやぁ、そんなの別に大丈夫よ。わざわざ隠さなくても、酔っ払い相手なら平気平気」


「えぇ…?」


い、いいのかな…?


よかった。結論から言えば。

お客さんには確かに驚かれはするが、別に、それ以上のことは無かった。拍子抜けな程に。通報されたり、SNSに拡散されたりなんてなかった。

意外と世間って僕に興味ない。


僕は、テーブルを拭いたり、網走さんが作ったものをお客さんに出したり、「かわいいねぇ、バイトさん?」という絡みに「は、はぁ…」と返したりした。


正直、いらない手伝いだと思った。お客さんは少ないし、注文だって中華屋みたいにバカスカ来るわけでもない。そもそも、網走さんはずっと一人でこの店を回していたわけだから、今更僕が加わったところで何の戦力になるわけでもなかった。


けど、お客さんから「ありがとう」と言われるのは、ちょっと嬉しかった。


「やっぱり、可愛い子が一人いるだけで店が華やぐわねぇ」


0時が過ぎ、店に人がいなくなったタイミングで、網走さんは呟いた。

テーブル席のグラスを片付けていた僕は、「こっち向いてー」と言われたので振り向いた。「はい、ピース」と、スマホでパシャリと写真を撮られた。


写真、この体になってもまだ苦手。モヤッとした。そんな僕に、網走さんは写真を見せて、「でもほら、可愛い」と言った。その後も網走さんは、僕の写真をじっと眺めていた。


少しして、網走さんはふと我に返って言った。


「…って、あ、ごめん。ついうっかり。そうよね。別に貴方はなりたくてそうなったわけじゃないのよね」


「あ、いえ…」


僕は、片付けの手を止めて言った。


「なりたかったですよ。僕は…」


「え?そうなの?貴方もその…、"そうだったの?"」


「いえ、そういうわけではないですけど…。なりたかったですよ、僕は」


「…?そ、そう…。それは…、良かったわね…?」


困惑する網走さんに、僕は、また余計なことを言ったなと反省した。話したがり。辛いときこと自分のこと話したがり。そして周りを苦しめる。


…ってか、あれだな。この人はナチュラルに僕の事情を知ってるな。いや、知ってるか。この人相手なら、コア子も全部話していそうだ。


「…」


しかし、自分から振っておいてなんだけど、この人と"この話題"をするのはちょっと心が痛い。


(可愛い、ね…)


…あの目。写真に写った僕を眺める網走さんのあの目は、羨望の眼差しだった。

それは、通りすがりの女性から向けられるものとはまるで性質が違う。


生物学的な諦念を含んだ、

重い眼差しだった…。


「…」


俯く僕に、網走さんは言った。


「…ごめんね。なんか、余計な心配させちゃって」


「…!」


僕の心境を見透かしたような言葉に驚いた。鋭いのか、それともそういう能力を持っているのか。

分からないけど、網走さんは僕の不安を汲み取りながら続けた。


「でも、大丈夫。私はもう、分をわきまえてる。諦めっていうか、ね。自分にゃ『可愛い』が似合わないってことは、もう嫌と言うほど分かってる。こんな自分嫌だ、死にたい、消えてしまいたいって思うのも飽きちゃって。だからもう、羨ましくても嫉妬なんてしないわ」


「そう…、なんですか…?」


でもそれは、少し、寂しいような気もする…。夢が叶わなかった人の無念というか、穏やかにならざるを得なかったというか…。


「そんなもんよ。まぁ、年取ってがっつく体力が無くなっただけかもだけどね」

「残念ながら、人生ってそんなもんよ。恵まれなかった事実は変わらない。貧困国の子供と比べられても、自分をラッキーだなんて思えない。それでも、不幸にも恵まれなかった自分に『生まれてきて良かった』って思ってもらうために精一杯恵んであげる。それが生きるってことだと、私は思ってる」


…強い言葉だった。僕にはとても言えない言葉だと思った。どうなんだろう。その発言が正しいのかどうかさえ、僕には分からない。


大人ってずるいよな、って思った。納得するのが難しい言葉を、満足気に語ってくれる。いや、別に僻んでいるのではない。斜に構えている訳ではない。その言葉が凄くありがたいものであることは、何となく分かるから。


だから、僕は、口に出したりしなかった。


「僕は恵まれたのに、結局幸せになれなかった」とは。


その後、店が閉店する1時までに新たなお客さんが来ることはなかった。


頑張ったご褒美に開けてもらったナッツをつまみながら閉店作業をして、帰りにサイゼに寄った。


ドリアを完食すると、網走さんは今日一番の嬉しそうな笑顔で僕の頭を撫でた。

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