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ルッキズム死ね。でも美少女にはなりたい。  作者: :)
第五章『終わるもの』

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思考のノイズ

「んぁ…」


しかしまぁ、目覚ましを使わずに起きることに肯定的になれないのは一種の現代病なのだろう。


「今何時…、いィッ!?」


寝ぼけながらスマホを開いて、僕は布団から飛び上がった。

隣で僕のタオルケットを奪って抱き枕代わりにしているコア子の頬を叩く。


「おいコア子!起きろ!あと30分で上映時間だ!」


耳元めがけて叫ぶ。

しかし、コア子は「んーん」と呻いて身動ぎして、目覚まし僕から逃げるだけ。


「ゃあ…」


「嫌ぁ、じゃねぇんだよオイ!テメェが予約したんだろ!?僕の予定も確認せずにさぁ!」


東大阪の臭い学生アパートに怒声が響く。


別に大したことはない。僕達はただ日雇いバイトで食いつなぐ社会のゴミってだけだ。





「…あ」


日雇いで食いつないでるって発言、撤回。

今、口座を見たら、またカナモリからの仕送りがあった。


見計らったようなタイミングでLINEが届いて、見ると、カナモリが『おげんきですか』と手打ち感のあるメッセージを送っていた。あとネコのスタンプを連投していた。


「…別にいいって言ってるのに」


…ただでさえ、僕達はカナモリの期待を裏切って、立場から逃げて、身勝手に暮らしてるってのに。


知らない人の名前が書いてあるキャッシュカードを財布に仕舞ってりそな銀行から出る。

自動扉の横でうんこ座りしてたコア子が「お?」と反応して立ち上がった。

僕と同じ、Tシャツに短パンの部屋着のままの格好でふざけている。


「今月は週ナニでラーメン屋行けそう?」


「…貯金を考えなきゃ毎日行けるけど」


「よっしゃ!じゃ早速行こうぜ!託生がいいな!ライス食べ放題だしさ!」


「お前、ついさっき2000円無駄にしたばっかだろ」


「でも電車賃浮かせることには成功した!片道280円×2の往復分だから合わせて1120円!つまり私には1120円分の食事にありつく権利がある!」


「すげぇ無茶苦茶言うなお前」


平日の昼間にダラダラと近鉄奈良線沿いを歩く。

僕達は他人の目にどう映ってるんだろうな?少なくとも僕は、まぁまぁ気分が良いが。





この前拾った近所の大学の学生証を参考に偽造した僕達名義の学生証が思いの外バレないって事実が嬉しくて、今回も麺大盛りにしてしまった。トッピングの海苔にしとけばよかった。食べ放題の米も合わせたら死ぬほどお腹いっぱいになるってのは、前回前々回で分かってたのに。


「ほい、お前の分」


ファミマのトイレで気張ってきた僕を待っていたのは、ストゼロのロング缶を二本持っていたコア子だった。


「腹いっぱいだって言ってんだろ。殺す気かテメェ」


それでも、しばらく歩いてたらアホの胃腸がさっき昼飯を食べたのを忘れたみたいなので、一本貰った。

一口目から不味い。眉間にシワを寄せる。が、二口、三口と飲んでいると段々胸のあたりがポカポカ温かくなってくるから、良い。


よくあるよな。幸せな気持ちの表現として『胸がポカポカする…』って。多分それだよ。口当たりはクソだけど。

隣でダル絡みしてくるコア子はもっとクソだけど。


「なぁなぁ~、お金いっぱいあんだろ~?じゃあさぁ、帰る前にあそこ寄ろうぜぇ~?」


お酒激弱のフラフラ酔っ払いが、僕の肩にもたれながら交差点の向こうのしょっぱいゲオを指す。


「Wiiのソフトいっぱい買おうぜ?」


「そもそもWii持ってねぇだろ」


「じゃあ買えばいいだろ!?」


「そもそも買わねぇよ」


「なんで!??」


「耳元でデケェ声だすなよ…。いや、なんでもクソも、今あるお金は全部生活費なんだからさ…」


「やだやだやだ!明日死んでもいいからWiiで遊ぶ!私もやりたかったんだもん!友達の家でWiiスポーツするみたいなヤツ…!」


「うっ…!過去を引き合いに出すなよ…!否定しづらいだろ…!じ、じゃあ5000円までな?」


「…んふっ、ふふっ…、お前のそういうとこすきー」


「ちょっ…、抱きつくな馬鹿…!酔い過ぎだって…!」


…買い物ではしゃぎ疲れたのか、ゲオを出た時、コア子は僕の背中で眠ってしまっていた。

コイツ、いつもこうなんだよ。そんなに酒に強いわけでもないのに直ぐ飲んでさ。そんで、帰りは僕がおぶって帰るんだ。


僕は低所得者にお似合いな1Kアパートに帰宅した後、予算オーバーで総額7000円した箱無し中古Wii本体とリモコン2つ、マリオカートWii1本がシェイクされたレジ袋を部屋の隅に置いて、二人じゃ狭すぎる6畳間の大部分を占拠しているダブルサイズの敷布団にコア子を寝かせた。


(…なんでシングル二枚にしなかったんだろ)


今となっては若干後悔している。だってコイツくっついてくるんだもん。真夏のクソ暑い夜中に、エアコン代節約ねって言って設定温度を28度にしていても、「あ゛つ゛い゛~」って言って僕を離さないんだ。うぜぇったらありゃしねぇ。おまけに寝相も悪いから、いつの間にか顔面をボコボコ蹴られたりすることもある。


「はぁ…」


身銭を切って買ったwiiも、起きた時には忘れられてるんだろうな。

カナモリの奴、本当に苦労してたんだな。


「…」


…あの家で一人じゃ、寂しいだろうな。

コア子の頬にそっと触れる。赤くて、熱を帯びた頬。お酒のせいだ。

「きゅうけつきぃ~…」と呻いてるからでは、ないはずだ。


同じように横になった。右向いてるコア子に合わせて左向きに寝た。面と向かう。日はまだ傾いてすらいなくて、社会人はきっとコーヒー休憩を入れたくらいだろう。ニトリで700円で買ったアウトレットの丸形掛け時計がコクコク鳴る。あれ存在意義あんのかな。少なくとも、今日のところは、ない。


「…」


ぼんやりする。ふと、今日のフルキャストの求人を確認してなかったことを思い出す。スマホを開いたけど、ブルーライトが嫌になってすぐに閉じる。預金残高を思い出す。見えない明日への不安が襲ってくる。なんでラーメンなんか行っちゃったんだろうと後悔する。すると、さっき食ったラーメンの後味が段々不味くなっていって、胃液とアルコールが混ざっていく様子を想像できて、ゲロを吐きそうになる。


けど、こういう時はコア子のことを抱き寄せてやると、不安は少しずつ静まる。


(コイツも不安だから、僕にくっつくのかな…)


泥水に溺れかけてるみたいな日々だ。受験勉強もせず大人になってしまった僕達にこの先の人生なんてない。この社会に生かしてもらえる間だけは生きられて、見限られたら、死ぬんだろう。


けど、それで良い気がするんだ。


だってこうやって、二人で一緒にいる間は、幸せなんだから…。


…テトンと音が鳴った。


僕のスマホからだ。


タカドノからだ。


…タカドノ?


「…あれ?」


少し体を起こした体勢のままLINEの画面を眺める僕は、不意に考え出す。


僕とタカドノって、今、どういう関係だ?


あれ?


なんで『友だち』の欄にタカドノがいるんだ?


なんでまだアイツと繋がっているんだ?


僕はアイツに、言わなきゃいけないことがあるはずなのに?


はずなのに?


あれ?


なんで僕、幸せを噛み締めてるんだ?


あれ?


あれ?


あれ?


あれ?


あれ?


「ここ…、どこだ…?」


呟いた。その瞬間、僕の視界が一気に歪んだ。


違う。視界じゃない。世界の方が歪んだ。僕以外の全ての物質がブラックホールに吸い込まれたみたいに小さな黒点の中に集約して、そして消えた。

手の内にあったスマホも消えた。身につけていたものも何もかも消えた。


そして、落下するような感覚に襲われて…、

トンネルの出口を見たみたいに、白い世界が見えて…、

今となっては馴染み深い、アイツと面と向かって話すためだけの世界が見えて…、


今、頭から着地した。


「ッ―!!」


頭蓋骨がジンジン痛む。涙目で周囲を見渡すと、いつもの向かい合ったソファとローテーブルと、ソファに座ってこちらをムスッと見つめている吸血姫を見つけた。


「なんで目覚めちゃったのさ。幸せだったろうに」


そうぼやきつつ、彼女は僕をチョイチョイと手招きする。僕は彼女の態度に気分が悪くなりながらも言う通りにする。対面のソファに座って、彼女と対峙する。


膝で顎肘を付いた吸血姫が言った。


「何故彼のことを思い出した?」


「何故って、そりゃ…」


…思い出すだろ。


「…早くココから出せよ」


「彼に謝りに行くためか?」


「アイツだけじゃないよ。他にも…」


色んな人の顔を思い浮かべる。

その中で一番強く出るのは、やっぱりコア子の顔。

めちゃくちゃ傷つけちゃったもんな…。


しかし、吸血姫は毅然と言った。


「ダメだ」


「…は」


「君をこの世界から出すことは出来ない。少なくとも君の精神が安定しないうちは」


「はぁ…!?」


僕は身を乗り出す。ローテーブルに両手をバンとついて、「何でだよ!?」と吸血姫を怒鳴る。

が、彼女は全く動じない。むしろ僕をジロリと睨んで、僕以上に不機嫌そうな顔をする。


「血、飲んだだろ」


…!


「そ、そりゃあ、まぁ、飲んじゃったけど…」


「だからこそ無理だと言うのだ。君が飲んだ量は"私の力を呼び覚ますには十分過ぎた"。このまま覚醒して、今の精神状態の君に力の主導権が渡ることだけは絶対に避けたい」


力って…、なんだよ…。


「こっ、氷の力が強まったくらいなんだよ…!?それくらい平気だよ…!それよりも、僕は早くみんなに謝らなくちゃ…!それくらいのことをしたんだから…!」


ため息をつく吸血姫。焦る僕に、切り出す。


「…そもそも、謝罪することに何の意味がある?」


「…!?」


人外らしいクソッタレな発言。

僕は瞬く間に吸血姫を侮蔑した目で見る。


が、彼女は続ける。

さも論理的と言わんばかりに、言葉を羅列する。


「そもそも君は謝罪という行為にどんな意味を見出している?社会的責任を感じている?人間としてあるべき姿を想像している?しかしな、私の目からすれば、それらの謝罪はどうも自分が楽になるためのものにしか見えん。周囲に嫌われたくないから、言ってスッキリしたいから、そういう魂胆が見え透いているのだ。…当然、君の発言からも、それは感じられる。君はそんなもののために目覚めようというのか?…力の暴発というリスクを犯そうというのか?」


彼女の言葉が銛のように深く刺さる。

が、僕は負けずに言い返す。


「そっ、それはお前が捻くれてるからそう思うだけだろ…!?謝罪の意味は、謝罪を通して考えればいいじゃないか…!カウンセリングを受けるみたいにさぁ…!難しくて、分からないことだからこそ、時間をかけて、真摯に向き合わなきゃいけないんじゃないか…!?それこそが、謝罪という行為なんじゃないか…!?僕が背負うべき責任じゃないのか…!?僕はアイツのことを、みんなのことを大切に思っていて、大好きなんだ…!だから、だからこそ、傷つけた責任は取らなきゃ…!」


「くだらない言い分だ」


だが、彼女は僕の発言なんか簡単に一蹴する。


「君が定義する謝罪とは、つまり、『正義とは何か』を問うようなものだ。どうも、近年の人間は『自分なりに考える』などと言って、答えがない問いに挑むことを素晴らしいことだと思い込む節があるようだが、しかし、『答えが出ない』という事実をどうして軽視できる?答えは、出ないのだろう?ならばそんなものに時間を費やす意味はない。もし、その行為に何か意味を見出だせたような気がしても、それは単に言葉に酔いしれているだけだ。不健康だ。答えが出なくて、苦しいだけで、ただひたすらに精神が不安定になるだけだ。であるならば、益々、君にそんなことはさせられない」


「…ッ!なら…、なら…!」


言葉が続かない。言い返せない。

考えてみりゃそりゃそうだ。年の功のアドバンテージがある以上、年上を言い負かすなんて困難なんだ。数千歳離れている相手なら尚の事。


僕は、負け惜しみのように呟いた。


「なら…、どうしろって言うんだよ…」


気づけば僕は、泣いていた。

彼女に言い負かされた悔しさというよりも、彼女の意見を心の底から否定できない自分の愚かさが理由だった。認めることに異常なまでの悪を感じる彼女の論理に丸め込まれたくなかった。これ以上、彼女に影響されたくなかった。


だのに、彼女は僕に語らい続けた。人でなしの方へ、人でなしの方へと僕を誘った。


「…この世には、事故で人を殺したことを一生悔やむ者がいる一方で、故意に殺人をしたのにのうのうと暮らしている者もいる。社会的に高潔なのは間違いなく前者だろうが、心身ともに健康で在れるのは間違いなく後者だ。つまり、罪の攻略法とは、偏に責任などという幻想を捨てることと、断罪者から逃げ切ることだ」

「…尤も、君一人ではこれらを為すことは難しいだろう。君はまだ若いからね。だが、私なら出来る。君に力を施してやれる。…とりあえず150年ほど、君の脳を甘い夢で包み込んでやる。頭の中を幸せでいっぱいにしてやる。それだけの時を過ごせば、君が謝るべき対象なんて余裕で死んでるし、君自身も、幸福に脳が焼き切れて、辛い過去なんて何も思い出せなくなっているはずだ。…ふふ」


言い終えた後、吸血姫は立ち上がった。

そして、僕の手を掴んで、引っ張ってスタスタ歩き出した。

歩き出した先には…、先程見た黒点があった。

その黒点はのぞき窓みたいで、魚眼レンズで撮ったみたいに夢の中の世界を…、コア子とのあの生活を映していた。


あの中に、もう一度閉じ込めようというのだ。


僕は、首を横に振った。「嫌だ…!嫌だ…!」と言ってその場で踏ん張ろうとした。

しかし吸血姫は、僕と同じ体のくせに、僕よりずっと力が強かった。


ズルズルと引っ張られる。恐怖がこみ上げた。僕を僕でなくそうとする吸血姫が悪魔に見えた。あの黒点がギロチン台のように見えて、死に向かって歩かされているみたいで、視界が、今度は本当に歪んだ。過呼吸になって喉が引きつった。


が、


次の瞬間、僕は突然、首根っこをグイと掴まれた。

僕の体は、吸血姫の引っ張る力とその力の間で静止した。


「えっ…?」


何が起きた?僕は振り返った。

ココは、僕と吸血姫だけの世界じゃなかったのか?だのに、今にある、明らかに誰かに掴まれている感覚。何が、一体何が、僕に干渉しているんだ?


知りたかった。

知った瞬間、知らなきゃ良かったと若干思った。


僕の首根っこを掴むソレは、おじさんだった。


ただし、ただのおじさんではなかった。


筋肉隆々、カナモリにも匹敵する身長と肩幅がある一方で、赤いリップが輝いていて、つけまつげがピヨンと長くて、何より、


僕達と同じで、全裸。


乳首が黒い。


オカマだ。


知らないオカマが僕の精神世界にいる。


えぇ…、なにそれ…、怖…。


そう思って顔をしかめた直後、彼は「ちょっとごめんね?」という掛け声と共に吸血姫から僕をひったくり、そのままの勢いで僕を小脇に挟んだ。そして彼は、彼に力負けして「うわぁ」と前方にこけた吸血姫を他所に、黒点とは反対方向にスタスタと歩き始めた。


「えっ」

「えっ?えっ?」


動揺しているのは僕だけじゃない。


吸血姫も「…?????」ってな顔をして彼を見つめている。


「だっ、誰ですか貴方…!?」


尋ねた。

だが、彼は、名乗りはせず、ただ一言。


「間に合って良かったわ」


と、ホッとした表情で僕に言ってくれた。

その瞬間、僕は、今に彼に助けられたのだと理解した。


世界の端に着くと、間もなく世界は暗転した。

やがて僕は、担がれてる感覚を失って、再びベッドに横たわっている感覚に包まれて…、


「ほぅら、目覚めた」


先程のおじさんが、…裸じゃない、今度はちゃんとジャージを着ているおじさんが、僕の額から手を離してニヤリと笑んだ。


僕は何がなんだか分からなくて、体を起こそうとした。だが僕は、直後に飛びついてきた何かにベッドに押さえつけられて、起き上がれなくなった。


何だと顔を上げた。

するとそこには、僕の胸で泣きじゃくるコア子がいた。


幻覚じゃない、本物の、髪がグシャグシャで顔もグシャグシャなコア子がいた。


僕は、嬉しさと申し訳なさでぐちゃぐちゃになりながら、彼女をぎゅっと抱きしめた。


何度も「ごめん」と言いながら、ボロボロに泣いた。

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