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ルッキズム死ね。でも美少女にはなりたい。  作者: :)
第五章『終わるもの』

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これは責任を問う物語

誰だってハッピーエンドを望んでいます。

だからきっと、この物語の終局も、そういうところにあるはずです。

無意識だからしょうがない。悪いが今回はそういうことにしておいてくれ。


コア子は、路上で倒れていた自分を心配して声をかけてくれた親切なサラリーマンの顎を反射的に蹴り飛ばしてしまった事実を前に、そう思った。


「んぁ…、お?」


…路上で倒れてた?

なんで?


現状飲み込めず、とりあえず胡座をかく。


それにしても


(背骨、痛…)


なんというか、体がバキバキだった。地面で寝てたからだろう。グッと伸びをしないとマトモに動け出せなかった。

それと、水っ気をまとった制服が肌にまとわりついていた。

髪も逆さにドライヤーを当てられたみたいにひっくり返っていた。

乗り物酔いのような感覚もあった。

体の内も外も気持ち悪い。口を開けたまま風呂に潜って、内臓の壁まで洗いたい気分だ。


…だが、それらを差し置いて、今にコア子を一番苛つかせているのは、時差ボケのような感覚だ。

戦闘機に乗った後のような感覚でもある。

急激な移動による不快感。


…目の前に広がるこの街は一体何処だ?


(いや、知ってる…。あれって確か、曽根崎警察署だよな…?)


阪急メンズ大阪に面した観念論的に狭い歩道から一望して思う。


「梅田か…?ココ…?」


なんで梅田にいる…?


しかし、そんな疑問は、次の瞬間に見かけた、向かい側の歩道の、ちょうど阪急百貨店の入口前でくたばっている吸血姫の姿を前にして、吹き飛んだ。


「吸血姫っ…!きゅうけっ…!」


吸血姫の周りに出来ていた人だかりは、間もなく彼の懐に飛び込み、我が子を守る母犬のように吠え散らかすコア子によって、サッと散った。


まだ9月のはずだった。現にコア子も吸血姫もまだ衣替えの前で、夏服の制服だった。

しかし、人々はみんな厚手の格好をしていた。おかしいのは彼女たちの方だった。


触れたら溶けるくらいの儚い雪が、寂しそうに降っていた。





阪急百貨店うめだ本店一階、ちょうど吸血姫が倒れていた入口のすぐ傍にあるりそな銀行をとりあえずの避寒地にする。


(あったかい…)


靴なんて履いちゃいない、靴下だけの足にカーペットの床は有り難過ぎた。

人形のような吸血鬼を壁にもたれさせ、座らせた。そして、自分も隣に座り込んだ。


…銀行、と言ってもATMだけが並ぶ出張所のような場所だった。故に銀行員はおらず、今のところ、警備員も見られなかった。ただ、利用客だけが財布片手にギョッとして、二人を孤児を見るような目で見ながら去るだけだった。


まぁ、そんなの別になんてことない。

周囲の目なんか気にも留めない。コア子はただひたすらに吸血姫を見つめる。


「…」


吸血姫、いつの間にか物凄く変わっている。背中からコウモリのような羽根を生やしている。耳をエルフのように尖らせている。瞼を開けてみるとヤギ目になっている。


そして何より、ピクリとも動かない。頬をペチペチ叩いても目覚めない。どころか、呼吸の一つすらしていない。自立しないから、自分の肩にもたれさせてあげなきゃコテッと倒れてしまう。その実、この世の何よりも強い存在なのに、今やガラス細工のように砕け散ってしまいそうな儚さが同居している。


そんな彼の変化の理由を、コア子はそっと、自分の首筋にもとめる。


(二つの小さな穴…)


まぁ、これなんだろうな。現状の全ての原因は。


吸血姫の肉体の変化は血で力を取り戻したからで、目覚めないのは…、これはちょっと何でか分からないけど、多分、変化に伴う何かなのだろう。


まだ9月後半なのに気温が冬並みに低くて雪まで降ってることについても、十中八九コイツの力の影響に違いない。


そして梅田にいる理由は…、おそらく、逃げてきた、とかじゃないかな。ちょうど血を吸ってる最中にカナモリが帰ってきたとかで、慌てて獲物である私を抱えて家を飛び出した、みたいな。

飛び出して、そして、飛んできたんじゃないかな。今に制服がビチョビチョなのは飛翔中にいくらかの雲を潜ったから、とか。で、ちょうど梅田辺りで力尽きて今に至る、みたいなね。


…当の本人が眠っている以上、真相は分からないけどね。このことについては、もはや、あれこれ考えても仕方がないのかもしれない。


「…」


というか、考えるって行為をしたくない。

色んなことが一気にありすぎて、コア子はもう、疲れていた。

エアコンの暖気で少しずつ乾いていく制服が心地良かった。もう、寝たかった。未来のことは、明日の自分に全部やってもらいたかった…。


なのに、


「あの、ちょっと、ここで休憩するのは止めてもらっていいかな」


警備のオッサンに起こされた。

クソが。

でも反論は出来ないので、彼女らはすごすごと立ち去った。





今に靴を履いてない奴が財布なんて持ってるわけがない。でも金がなきゃ何もならない(官憲を頼れ?うるせぇ死ね)。ということでコア子はしばらくの間、自販機の下やらを探っていたのだが…。これが、どうして、中々見つからなかった。


「500円玉!探しゃ見つかるもんだなぁ~!」


だから、2時間の格闘の末、奇跡的に大当たりを引き当てたコア子は思わずホロリと感涙した。


(コレでカナモリに連絡が出来る…!駅なんだからどっかに公衆電話くらいあるだろ…!)


あった。適当に地下に降りて、ホワイティ梅田を雑に歩き散らかしてたら見つけた。早速駆け寄る。

しかし、2004年生まれのコア子は立ち止まる。


(よく考えたら公衆電話って使うの初めてかも…。これ、どうすんの?お金入れてから電話番号を押すの?)


あれ、500円玉戻ってきちゃった。

どうやら受話器を上げてからお金入れるのが正解らしい。


「おぉ、…んお?」


500円玉じゃダメらしい。

面倒臭いな。

近くのゲーセンで両替してきた。

100円×5枚。


(お、ツーって鳴ってる。これは、いけたのかな?今のうちに番号を打てばいいのか?)


コア子は、片手で吸血姫のおしりを支えながら、もう片方の、受話器を握った手の、小指だけをピンと立てて番号を打ち始める。えっと、番号何番だったっけ?と思い出しながら、


090…、


残り下四桁まで打った。

瞬間、コア子は電流に打たれたみたいに気づいた。


(本当に連絡していいのか…?)


みょうちくりんな疑問だった。非常時に親に連絡する。そりゃ当然の行動だろ。

だろうよ、"普通の親子なら"。


しかし、コア子達は"一定の条件下で飼育を許可されている怪物"だ。カナモリは、あくまで彼女らの最終的な責任者であり、親代わりであっても"親ではない"。


なればこそ、だ。コア子は『電話してはならない』という事実をゾクゾクするほどに理解した。


(アイツが吸血姫の味方でいられたのは、あくまで吸血姫が"血を吸っていなかったから"だ。それなのに、今、"この状態の吸血姫"と一緒にいることをアイツに伝えたらどうなる…?)


嫌。その先は考えたくない。想像したくない。というか、想像を否定したい。


しかし、コア子は分かる。分かってしまう。彼からビロンギングとしての手ほどきを受け、一流としての仕事の仕方を叩き込まれた彼女は身に染みて理解している。


こういう時、カナモリは必ず"やる"。


分かる。それは彼を信頼していないからではない。

信頼しているからこそ、心の底から分かる。


震える手で受話器を置いた。コトっと、せっかく用意した100円玉が返ってきた。


(つか…、それで言うなら私全然ダメじゃん…。一流のプロとして、やるべきことが何にも出来てないじゃん…)


しかし、背中から伝わる温もりを放すという選択はまるで浮かばない。

むしろ、彼の存在を肌で感じるほどに、コア子は彼への想いを募らせていく。


「はは…、バッカでぇ…。アイツと肩を並べた気になってやがったの…」


役立たずの500円を虚しく握る。

ペタペタと情けない足音が鳴った。





そうだ、京都だ。

吸血姫を安全な場所に逃すためにはそこしかないとコア子はそう思った。


何故京都って?つまりは『木を隠すなら森の中』だ。


事実として、関西圏は他の地域とは比べ物にならないくらいキャスタウェイ…、もとい、妖怪や怨霊の類が多い。特に、京都はその歴史的な事情により、強力な妖魔が集いやすく、同時に、同じくらい強力な陰陽師や僧侶が集まりやすかった。

その人魔の流れは結果として京都全体に巨大なエネルギーの集合を生み、集合は、それよりも小さなエネルギーを隠す傘となったのである。実際、その恩恵に与ろうと京都に駆け込み、のうのうと暮らしているキャスタウェイは多い。


吸血が中途半端に中断したのは不幸中の幸いだった。フルパワーの吸血姫はともかく、今の彼なら、本当にギリギリではあるが…


だから京都だ。ということは電車だ。手元には500円しかないけど、無賃乗車でも何でもすれば何とかなるだろ。ともなく改札内に入れりゃこっちの勝ちだと、そう思ったのに。


冷や汗がジワリと頬を撫でる。


(…公安か!?特別情報局の指示で動いてるのか…!?)


JR大阪駅地上一階、改札前に辿り着いたコア子は、私服なれど明らかに目が据わっている男たちを前に慌てて柱に身を隠す。

Station To Stationで彼らの視界を傍受する。一人が開いたスマホの画面には…、間違いなく特別情報局と関連する連絡先が映っている。


(クソッ…!吸血姫が放つエネルギーを追って来たのか…!?)


それで、大体の居場所が大阪北区ら辺だということは分かっているが、しかし、詳細な現在地は分からないので、こうして主要な場所に張り込んでいるというわけか。

そういやさっきヘリが上空を旋回していたが、アレも思えば、テレビ局なんかではなく捜索の目なんだろう(今の今まで見つからなかったのは純粋にラッキーだっただけ。…思想信条で交番を頼らなかったのもね)。


こうなった以上、公共交通機関は使えない。

バスも、タクシーも、ヒッチハイクすら、梅田を中心に規制線が張られているだろうから、多分。


駅前から離れつつ考える。


(歩いて行く…?)


けど…


コア子は灰色の空を見上げて思う。


(靴も履いてねぇのに加えて、ただでさえこんな天気だ…。このままじゃ遠回しの自殺にしかならねぇ…)


なら…


(ある程度の準備のために、金がいる…!)


手の内でジャリジャリ言う500円が汗でまみれる。


それはさておき、捜査網がある以上、コア子達は梅田駅を離れる必要があった。


「…」


隣駅の十三までは自力で歩いた。





(やっぱり靴があると大分マシだな。…百均のサンダルだけど)


靴下がズルズルに破れてきたタイミングでダイソーを見つけられて良かった。アスファルトの出っ張りやらが足裏に刺さって、もう、痛くてしょうがなかったから。


「つか、ゴメンな?吸血姫…。お前を助けるためのお金を、私のために使っちゃって…」


って、なんだその罪悪感…。


「…」


…阪急線の線路沿いを一駅分歩いただけ。道のりにして、多分4kmもない。

けど、人一人背負っては流石に疲れた。十三駅前の、レイクやらプロミスやらが入りに入った人生の墓場ビルの前でくたばる。うだーっと大股開いて地面に座って、吸血姫の体は正面から枕みたいに抱く。


社会は今、退勤時刻。

商店街からいい匂いがする。あったかい匂いがする。あれはきっと、人を待つための匂い。

しかし、500円すら下回った彼女の手持ち金では何も出来ない。


金を稼がねば。


(けど、どうする…?また小銭が落ちてないか探し回るか?いや、もう“同じことを考えて生きてる奴ら”が見回った後だから期待できないか…。誰かに乞食する?いや、警察を呼ばれそうだな。警察を呼ばない相手との商売…、ロリコンでも探すか…?いや…、そんなことしたらカナモリも吸血姫も悲しむよな…。駄目だよな…。うん…。でも、なら、どうしたら…)


あ、


(…昔、妄想するだけして止めた、アレやってみるか…?)


それは、アホな発想であり、危険な挑戦であり、そんなもんが上手くいったら世の中苦労しなかった。

けど、今となっては、彼女はこれくらいしか頼れる綱がなかった。


早速コア子は手近なリサイクルショップでジャンクスマホを買った。ジャンクもジャンク。起動しない、画面も割れてる、micro-USB端子には埃が詰まっている。税込みで300円。野太いノッチとdocomoのロゴが産廃感を醸し出している。控えめに言ってゴミ。


だが、彼女が仕事をする分には十分だった。


(制服姿なのも、これを思えばちょいラッキーかも…っと)


早速コア子は、"見つけた"。

南方300m、準急京都烏丸行きの電車に乗る"痴漢"を。


が、


(…チッ。まぁ、やっぱ下りの電車じゃなきゃココで降りる輩は多くねぇだろうな…)


…つまり、コア子の金策とは、こうだ。


能力で痴漢魔を見つけて、ちょうど十三駅で降りてきたところでジャンクスマホを突きつけて脅して、口止め料をせしめようというわけだ。


なんの社会的貢献にもなってないところがイイね。


(おっ…!)


やっぱり梅田行きの電車の方が上々だった。最初の痴漢を見つけてから30分、日が暮れつつある中で彼女は遂に十三駅で降車する痴漢を見つけた。


が、


(ッ!クソッ!反対側の改札かよ!)


コア子は慌てて吸血姫をおぶり、そして走った。痴漢が目指しているのは西口の改札。彼女らは現在東口前。

故に追いついたのはギリギリ。コア子は、ICOCA定期券で出てきたばかりの中年肥満痴漢サラリーマンを、寸でのところで捕まえた。


「はぁッ…!はぁッ…!待てッ…!このッ…!」


…しかし、その息切れは悪手だった。

『お前を追っていた』、そう示さんばかりのコア子の様子は、ただでさえやましいことをした後で、周囲に酷く警戒していた痴漢野郎の恐怖心を最高潮まで昂らせた。


「ひっ…やぁぁぁっ…!」


故に、痴漢デブは間もなく逃げ出した。正面に立ちはだかったコア子を腹の贅肉で押し飛ばして、本一商店街の方へと消えていった。


「あッ、痛ッ…!おい!待て!痴漢ッ!」


後ろめりに転けてしまって、吸血姫が重しとなって中々起き上がれないコア子に痴漢を追うことなんて出来るわけがなかった。


その後も、散々だった。


そもそも都合良く痴漢がいないことは言うまでもなく、いたとしても十三で降りてくれるとは限らず、たとえ奇跡的に降りてくれたとしても…、


「っ…!」

「あっ…、またっ…!」


逃げられたり…


「何やねん!?脅そうっちゅうんか!?おおやってみろや!そしたら逆にお前を痴漢冤罪で訴えたるわ!」


逆ギレされたり…


「…ほなら、その証拠映像とやら見せてみろや。その動画にホンマに俺が痴漢してる場面が映ってるってんなら、ケーサツでも何でも行ったるわ」


嘘を見抜かれたり…


…気づけば、夜のラッシュ時も過ぎていた。


0時30分。昼間でさえ軽く雪が降るほどに寒かった外は、冷凍庫よりも残酷に街を凍らせる。鳩さえもはや見かけない。


(こんなに…、上手くいかないの…?)


垂れる鼻水が止まらない。同じくらい涙も溢れる。使えもしないジャンクスマホは投げ捨てた。特別情報局の職員だけじゃない、警察に見つかるわけにもいかないから、業務妨害覚悟でマクドやコンビニに無銭で入り浸るわけにもいかない。


ビルとビルの隙間の、室外機が辛うじて暖かかった。でも、店の営業時間が過ぎて電源を切られてしまえば、それまでだった。吸血姫をぎゅっと抱きしめても、彼だって、寒気にやられて氷のように冷たい。


「やだ」と「助けて」を何回呟いたか分からなかった。寝ることも出来ずに何度も何度も呟いた。

だけども夜は、彼女を嘲笑うように長かった。





十三駅前商店街を抜けた先にある公園で、土木作業用の一輪車を見つけた。ネコ車ってやつだ。公園の真横にある神社の、ちょうど境界に建っていた物置に立てかけられてたから、まぁ、十中八九神社の所有物なのだろう。

神様には…、手持ちのお釣りを全部賽銭箱に投げ込んでやったんだから、これで許したってや。


吸血姫を入れてみたら、ものすごいピッタリだった。

くぼみの中で足を畳んで、首を丸めてスヤスヤ眠る吸血姫。


(ふふっ…、ベビーカーに乗った赤ちゃんみたいでかわいい…)


ホコリ汚れた銀髪をそっと撫でた。

そして、持ち手を掴んで前を見た。


「道だけは、間違えないようにしねぇとな…」


早朝の道路は凍った霜でキラキラしていた。サンダルで歩くには滑って危険で、実際、二度三度転けた。転ける度にネコ車から吸血姫をぶちまけてしまって、大変だった。


お腹が空いた。


途中、通りすがりのおばあちゃんに「アンタ大丈夫…!?」と心配されたが、無視した。今は、常識人ほど危険だ。家にでも連れて行かれたら最後、そのまま警察を呼ばれるかもしれない。警察が来るってことは、つまり特別情報局が来るってことだ。

…詰みってことだ。


誰も頼れない。


「はァ…ッ、はァ…ッ」


私が、やるしかない。


「…ッ!あァッ…!」


摂南大学が見えてきた辺りで、赤信号で立ち止まった瞬間、コア子の足は急にガクガク震えだした。立っていられなくなった。たまらず彼女は膝をついた。信号が青になった。反対側で待っていたロードバイクが、今、コア子たちのことを横目に見ながら心配そうに通り過ぎた。コア子は慌てて立ち上がろうとした。しかし、足は思うように動かず、心臓のバクバクは止まらず、結局、また赤信号になった。


肉体的疲労、精神的疲労は、彼女に簡単なことさえ許さなかった。


(クソッ…!まだ15kmも歩いてねぇだろ…!?こんな程度でくたばる木偶になったのか、私は…!?)


十数分かけてなんとか起き上がって、ようやく淀川沿いまで来る。フラフラと、瀕死の鹿みたいな歩みで淀川新橋を目指す。が、


「ッ…!!やっ、あッ…!」


焦点の定まらない視界、蛇行、もつれた足は間もなく、コア子をネコ車ごと土手に突っ込ませ、彼女は吸血姫の肢体と一緒に河原に転がり落ちた。

半袖のせいで、スカートのせいで、二人にいっぱい擦り傷が出来た。

尤も、吸血姫の方は瞬く間に回復するのだが。

一方で、ただの人間は、ね。


「…ふっ、あっ、ははは…」


それでも、コア子は、血まみれになっても、消えかけのろうそくの火のように立ち上がり、呪われたようにネコ車に吸血姫を載せて、彷徨う亡霊のように歩む。


歩む。


歩む。


歩む。


「あ…、ひらかたパーク…」


歩む。


歩む。


歩む。


歩む。


(ッ!規制線!クソッ!迂回するしかねぇ…!)


歩む。


歩む。


歩む。


歩む。


歩む。


(食べ残しのカップ麺…!ありがたい…、ありがたい…!)


歩む。


歩む。


歩む。


歩む。


歩む。


(京都府の看板…!もうすぐだ…!長岡京あたりまで行けば、エネルギーの中に入り込める…!)


もうすぐだ。

もうすぐだからな、吸血姫。


お前、辛いこと、いっぱいあったもんな。悔しくて、悲しくて、寝込んじゃうのもしょうがないくらい傷ついたんだもんな。


…私が、傷つけたんだもんな。


今になっても答えは分からない。局長からの依頼を受けてお前を調べて、そして、正体を知ってしまった時、私は、お前に真実を伝えるべきだったのか。どうするのが最善だったのか。それは今でも分からない。


けど、事実として、私はお前に何も伝えなかった。伝えなかったどころか、何も知らずにタカドノと笑い合うお前のその幸せを、壊しちゃダメだと支えすらした。


その結果がこれだ。


この悲劇だ。


私のせいだ。


全部私のせいだ。


ごめん。


本当にごめん。


死んじゃいたいくらい辛いよな。


ごめん。


こんなことで許されるとは思わないけど、


私は、何があってもお前の味方だよ。


たとえ世界中が敵になっても、


絶対、絶対、私が守るからさ。


お前を一人になんてしないからさ、ずっと傍で支えるからさ。


だから、今はゆっくり寝ていてよ。


ゆっくり、ゆっくり、傷を癒してよ。


元気になってよ。


だから、


だから、


吸血姫


「お願いだから…、早く目覚めてよ…」





今夜は一段と雪が降る。

長岡京駅前。


横転したネコ車の傍で少女が二人横たわる。


ふと、キャスタウェイが通りすがった。

京での縄張り争いに負け、この地に流れ着いた二足歩行する毛むくじゃら、山犬が立ち止まった。


「吸血姫…?へへへ…」


彼女の首元、カッターシャツの襟を鷲掴んだ。持って返って犯して殺そうと言うのだ。

グイと引っ張ると、吸血姫に絡まった凡人の少女が連れた。彼女の腰に少女の腕が絡んでいた。剥がそうと吸血姫から少女を振りほどこうとするも、少女の手は、吸血姫の服の裾を掴んで離さない。

苛立った、山犬は少女の腕を切り落としてしまおうと思った。


だが、山犬が剥いた牙は、立てた爪は、次の瞬間に引っ込んだ。

背に、圧倒的強者の気配を感じたのだ。


「コア子ちゃん…?」


キャンキャン鳴き走り去る山犬を他所にそう呟いたのは、手に持っていた『山崎』の紙袋を落として慄く、時代遅れのボディコンワンピで身を包んだガタイの良いオカマだった。

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