同情ではどうしようもないこと
不意に会ってしまったものは仕方ない。こうなることが分かっていたから、互い、会わないように振る舞っていたのに。
…いや、互い、というのは買い被り過ぎかもしれなかった。少なくとも、買い出し中に通り過ぎたフードコートで、露骨なソイツを見つけた時、カナモリはそう思った。
フードコート特有の足がなよなよしい二人用テーブルに、後頭部を鷲掴みにされた局長の顔面が二度三度叩きつけられる。
周囲の混乱、悲鳴。しかし、カナモリは気に留めず目の前の女性を睨む。
「…どうだろうか?これで少しは気が晴れたかい?」
ゆっくり顔を上げた、美しい容姿をした冷徹な淑女…、そのはずだった局長が、鼻を折り、机に鼻血を垂らしながらカナモリに尋ねる。
「…局長。俺の方はお前に会う予定なんて無かったんだ。なんで汲んでくれねぇかな」
「そんな慮りが出来たら、私たちはもっと上手くやれてただろうね?」
「…そんなわけあるか」
局長から手を放し、替えの洗剤や歯磨き粉が入ったエコバッグを床に下ろしたカナモリは、局長の正面の席に腰掛けた。
局長は、鼻血を拭い、折れた鼻を元に戻しながら言った。
「しかし、ありがとうね。相変わらず優しいねシンちゃんは。執務室に居ることに耐えられなくなった子供のワガママに付き合ってくれるなんて」
「…ついでに、もう一つだけ、私のワガママを聞いてくれるかい?」
「ダメだ」
「ならば何故、この場を去らず、そこに腰掛けた?」
「…」
「ふふっ、つくづく優しいな。なら、遠慮なく吐き出させてもらうが…」
「…こんなつもりじゃなかったんだ。私はただ責務を全うしただけで、そこに意味なんてなかった。日本国民の幸福と安全を守護する組織の長として、やるべきことを淡々と行っただけだ。…そうだ、やるべきことをやっただけなんだ…。あんなものに、私の意志が含まれてる訳がないだろう…?」
「破ったって良かったんだ。あの状況なら、寧ろ…。情状酌量の余地だってあった…。なのに、なんで…。日常を守るため、なんて言ってしまったのが良くなかったのか…?脅し過ぎたのが良くなかったのか…?だから彼は、責任を感じて、葛藤して、あんな選択をしてしまったのか…?なら…、こんなことになるくらいなら…、私は…、私は…!」
言いかけた。
その言葉は、立場を鑑みれば撤回すべき内容だった。
だから、カナモリは口を挟んだ。
「フユカ」
「…!」
そう呼ばれた彼女、『寝屋川冬香』は、塞ぎ込みかけていた顔を上げて驚く。
「その呼び方はいつぶりかな…?」
「もう二度と口走るつもりはない」
しかし、カナモリはフユカに語りかける。
「お前は、お前の信じる正しさに突き進んだだけだ。それは立派なことだ。誰にも咎めることはできない。お前は何も間違っちゃいない。だから、お願いだから自分の行いを振り返るな。ああすれば良かったと後悔するな。でなければ、お前だけじゃなく、アイツまで惨めになり過ぎる」
フユカは、スパッとそう言いのけるカナモリに、思わず目を細めた。
「…強いな、シンちゃんは。本当に、本当に最強だ」
「そんなことは…、ねぇよ」
「…!!」
…次の瞬間、フユカは更に驚いた。
だって、今に見た、カナモリのその顔は、
今までのどの危機に直面した時よりも、どの絶望的状況に陥った時よりも、混乱していて、憔悴し切っていたのだから。
「俺だって分かんねぇよ…。こういう時、どうしたらいいのか…。いつも読んでる本には、そんなこと書いちゃいないからよぉ…」
フユカは彼の涙を、久々に見た気がした。
…そんな彼に、今から言わなきゃいけないのかと絶望した。
『伊勢居地コア子から極秘裏に上がってきた情報』
きっと、今の彼には死体蹴りになる情報。
でも、もうすっかりあの子の親である彼には伝えなきゃいけない情報。
『"彼"の正体についての情報』




