再開
タカドノは、おじいちゃんの家が近くにあるから、そこで着替えてから来ると言った。
鳥居の前で、アホヤンキー共に構ってあげて、「先行ってるわ」と鳥居をくぐっていったコア子と、それに付いていく奴らを見送って少しした後、タカドノは来た。
「細っ…!だ…、さん…!?」
タカドノが指さしたそれは、「きっと面白い反応するから」と、コア子と凪野さんに浴衣を着せられ、髪を結わえられ、化粧までされた僕だった。
正直、死ぬほど恥ずかしかった。だってこんなドッキリ、完全に女子じゃん。特に化粧なんて、したことなかったから顔がソワソワして仕方ない。
あぁ、コア子のヤローは今頃、僕とタカドノの様子を能力で眺めて腹の底から爆笑してるんだろうなぁ…。そして後日、このことを凪野さんに報告してまた笑うんだろうなぁ…。
くそぉ…。
「こ、コア子らは先行ってんだ。い、行こうぜ」
「う、うん…」
人混みを進む。
でも、僕の小さな体じゃ周りに押し負けて、いつの間にか、タカドノがリードする形になる。けど、タカドノの一歩は大きくて、僕の一歩は小さくて、だから、はぐれないように、僕は自然とタカドノの手をきゅっと掴む。
あっ、と気になった屋台に立ち止まって、「りんご飴かぁ」なんて悩んでたら、吸血姫が勝手に体を動かして、勝手に買いやがる。二個も、三個も。仕方ないのでタカドノと分ける。吸血姫が、「わ、私が買ったんだぞ!」と抗議するが、「僕の金で買ったんだろーが!」と黙らせる。デカい独り言にタカドノがびっくりしてりんご飴を落としそうになる。慌ててキャッチしたタカドノが滑稽で、クスクス笑う。タカドノも釣られてクックと笑う。
そのままの勢いで、僕達は屋台を巡りまくる。射的も、くじも、かき氷も、お面屋も…。
楽しいなクソ。本当に楽しい。
最初こそ、こんな女みたいな格好じゃドキドキして楽しめないんじゃないかと思ってたけど、
そんなことないや。水着も、浴衣も、着れば何だって同じだ。たとえ化粧をしてたって、大切な友達と一緒にいれば楽しさは同じだ。
タカドノがじっと僕の笑顔を見ていた。コイツも僕と同じ気持ちだといいな。
…
「うっわ、何してんのコア子?」
御神木の幹にもたれて、顔を真っ赤にしてくたばっているコア子を、僕は見下した。
花沢が教えてくれた。
「姐さん、止めといたほうが良いって言ったのに、俺達のチューハイを奪って飲み干したんスよ。自分だけコーラ飲んでることにムカついたのか、『お前たちには何もかもにおいて負ける気はねぇ!』って…」
コア子の足元に転がっているロング缶×3本を一瞥して呟く。
「…アホなの?」
「アホだったんだと思います…」
…残念だけど、今日はここでお開きかなぁ。仕方ないから、僕はコア子を背負って皆に挨拶しようとした。
が、
「別にイっすよ?シバルちゃん。姐さんのことは俺達が見ておきますから」
「えっ?い、いや、悪いよ…。花沢たちだって遊びたいだろうに…」
僕が遠慮すると、竹中が言った。
「いーっスよ。俺達、姐さんに振り回されるの嫌いじゃないっスから」
花沢も続いた。
「それに、シバルちゃんには笑顔でいてほしいンスよ。俺も、竹中も、皆シバルちゃんのことが大好きっスから」
…そこまで言われたら、もう何も言えなかった。
僕は、ずるいなぁと思いながら、「じ、じゃあ皆の分の唐揚げ買ってくるから!」と約束した。
皆は、去る僕に手を振った。
同時に、花沢がタカドノの背を押した。どうしたら良いのか分からなくてオロオロしていたタカドノを、だ。
「ほら、お前も行ってこいよ」
「えっ、えっ、えっ?」
「いちいちドモんなよ。クソが。俺等全員、嫉妬してんだぞ?お前だけがシバルちゃんの友達やれてることに」
「あっ、うっ、ご、ごめん…」
「謝んなよ。それより…」
「頑張ってこいよ」
「…!」
タカドノは、間もなく僕の隣に来た。
頑張るって…、遊ぶのに頑張るもクソもないだろ。
なぁ?って思ってウェイウェイとタカドノを肘で小突いたが、妙に反応が悪かった。
「?」
…
19時半から花火が上がる。
観覧席なんか取れない。かと言って混雑は避けたい。だから、タカドノの土地勘が頼りだった。確かに僕もココらへんが地元だけど、毎年この祭りに参加しているらしいタカドノはもっと詳しかった。皆に唐揚げと、飲み物に三ツ矢サイダーを渡してから(屋台価格で結構な額が吹き飛んだけど大丈夫。お金なら、なんか無駄に150万もあるから)、僕たち二人はテクテクと夜道を歩く。
縁日から少し離れた、丘の上の住宅街にひっそりとある静かな空き地は、海岸からは少し遠いけど、夜空を独り占めにできた。
花火、一番楽しみにしてたのはコア子だったんだけどなぁ。本当アホ。仕方ないからタカドノにスマホ貸して?と言った。写真を撮って、後で見せてあげようと思った。
もうすぐ始まるかな?と思って、スマホを構えながら待つ。
じっと、しーんと、草っぱがうっとおしい空っぽの空間で。
名前も知らない虫のさざめきが、何だか夏だなぁって気にさせる。
僕達を感傷的にさせる。
だからかな、タカドノがぽそぽそと話しかけてきた。
「お、俺、さ…」
「こんなに楽しいの、生まれて初めてだよ…」
ふと気がついた。タカドノは、僕の横顔をじっと見ていた。
のに、僕が振り向くと、タカドノはサッと目を反らした。
タカドノは、いやに緊張しながら話を続ける。
「そ、それもこれも、全部細田さんのおかげだ」
「僕のおかげ?」
タカドノはコクリと頷く。
「細田さんが学校に来てくれたから…、それまでの俺の日々はクソそのものだったけど…、細田さんと一緒に過ごすようになってから、毎日が楽しくて、明るくて…」
「し、視野も広くなった気がするんだ…。いつの間にか、花沢とも、凪野さんとさえも、普通に話せるようになって…。細田さんや、伊勢居地さんに対してもそうだったけど…、みんな、思ってたより良い人だったんだって、気づいてきて…」
「…本当に変わったんだ。俺の世界は…。細田さんが初めて話しかけてくれた、あの時から…」
一拍置く。そしてタカドノは、僕をじっと見る。
目が合う。タカドノは顔を真っ赤にする。
けど、今度はそっぽむかない。
タカドノは、息苦しそうに、それでも、勇気を振り絞って言う。
「細田さんは、俺の光なんだ…!俺の人生を変えてくれた最高の友達で、一緒にいて一番楽しい、…何よりも、その、綺麗で、可愛くて…!」
「だ、だから、俺、その、細田さんのことが、す、す…!」
その瞬間、
「それは違うと思う」
僕はつい、口を挟んでしまった。タカドノが何かを言いかけていたのに。ごめん。
ただ、これだけは、どうしても違うと思って、それだけは違うと言いたかったんだ。
「タカドノは、そんなに受動的な奴じゃないよ」
「分かるんだ。僕が本当に受動的な奴だから。コア子に腕を引っ張られて、守られなきゃ何も出来ない奴だから、分かるんだ」
「タカドノは、最初から凄い奴だったよ。それこそ、僕なんか必要ないくらいにな」
分からない、という顔をするタカドノに、僕は尋ねる。
「なぁ、何でイジメられても学校に通えたんだ?」
…別に急な質問って訳でもないだろ。
ずーっと気になってたんだ。タカドノの、その心の強さの秘密。僕との違い。同じ陰キャデブなのに、僕は死んでいて、お前は生きている、その差。大層に言おうと思ったらいくらでも言えるな。けど、それくらい大きな違いだと思うんだ。
僕が、タカドノという人間に惹かれた理由だと思うんだ。
タカドノは、戸惑った。戸惑ったけど、「…まぁ、細田さんになら…」ってな顔をして答えてくれた。
「…別に、そんなに大したことじゃないよ。ただ、休みたくはなかったって、それだけで…」
「…おばあちゃんがお金を出してくれたから、無駄にしたくなかったってだけで…」
「おばあちゃん?」
「うん…。俺さ、本当は高校になんて行けなかったんだ。中学の頃にお父さんが事業に失敗して、貧乏になっちゃったから…。卒業したら、家に金を入れるために工場かどこかに就職するつもりだったんだ」
「けど…、おばあちゃんが言ってくれたんだ。高校は出ろって。そのために、おばあちゃんは、ひいおばあちゃんの形見だって言って大事にしてた着物を売ってくれたんだ。おじいちゃんから貰った結婚指輪まで売ってくれたんだ」
「…本当、申し訳なかったよ。俺なんか、バカ丸出しで、勉強なんて出来なくて、俺自身だって勉強なんか諦めてたから…、結局、受験は失敗して、あんな高校しか受からなかったけど…」
「それでも、おばあちゃんは俺の合格を喜んでくれたんだ。金が無いってのに、すき焼き用意してくれたんだ。かったい肉だったよ。けど、それが本当に、美味しくてさ…」
「だから、休むことなんて出来なかった。高校にちゃんと行くことは、おばあちゃんとの約束だから。けど、入学早々目をつけられて、イジメられるようになって、それでも、おばあちゃんのためだからって、学校には行かなきゃいけなくて、でも、学校に行かなきゃいけないことをおばあちゃんのせいにはしたくなくて…、だから…、だから…!」
タカドノは、うなだれて、僕の両肩に手をおいた。
そして、浴衣をギュッと握りしめて、苦しそうに、でも、解放されたように、涙を流しながら言った。
「細田さんは、救世主なんだよ…!」
きゅうと喉から音を鳴らしながら、全身を震わせて泣き崩れる。
僕は、咄嗟にタカドノを抱き寄せて支えた。その過程でタカドノのスマホが地面に落ちたけど、下が土だったから良かった。
「ごめんっ…、俺…、急に泣いちゃって…。男なのに…、キモいよな…?ごめんな…、ごめんな…」
「そんなことないよ…。お前凄いよ…。誰かのためにそこまで戦えるなんて…。本当に凄いことだよ…」
僕が慰めるほどに、タカドノがうん、うんと頷く。
そうだ。タカドノはもっと自分を肯定して良いんだ。お前は本当に凄い奴だ。一人で戦ってきたんだ。心に雨が降りしきっていただろうに、今でもこんなにも清らかな心の持ち主なんだ。それは本当に凄いことなんだ。
心の底から尊敬するんだ。「おばあちゃんも、きっと喜んでるよ」なんて言って、こんな良い孫を持てたおばあちゃんは幸せ者だなって思って、タカドノの涙を親指でそっと拭った。
「そうかな…、ばあちゃん、天国で喜んでるかな…?」
「…!」
そっ…、か…。
「ごめん…」と謝った。「別に謝らなくていいよ」とタカドノは言ってくれたが、それでも申し訳なかった。
「別に、細田さんが謝ることじゃないよ…。そう、細田さんは謝るべきじゃない…」
謝るべきは、
謝るべきは、
アイツなんだ。
タカドノがそう言った。
直後だった。
吸血姫がハッとして僕に叫んだ。
『耳をふさげ!それ以上ソイツの話を聞くな!』
「は…?」
意味が分からなかった。僕は困惑した。
困惑して、動揺している最中に、タカドノの話は僕の耳に入ってきた。
入ってきてしまった。
「ばあちゃん、今年の3月に事故に遭ったんだ…。近所の男子中学生の自転車に轢かれてさ…」
「…頭がばっくり割れて、死んだんだ」
その男子中学生は、前方不注意だったらしい。
事故の後、近くを通りすがった乗用車に飛び込んで自殺したらしい。
何の罪も償わず、
自己保身に走って、
のうのうと、
それは、
全部、
全部、
僕の話。
「細田さんっ…!?細田さんっ…!?」
気づくと、僕はビチャビチャに吐いていた。
吐かずにはいられなかった。
誰に?自分に。
卒倒するほどに憔悴し、窒息死するほどに絶望し、両指の爪で顔面をえぐるように引っかき、ボトボトに自責の血を流した、その時
上がった花火が鳴ると同時に、僕達を挟み撃ちするように現れた青年二人が、木材で僕達の後頭部をぶん殴った。
再開しようか。
お前の人生。




