人生のご褒美回
成長するにつれ培った奇妙な潔癖症のせいで、海を楽しめなくなった気がする。
虫に触れなくなるみたいなもん。潮が汚いものだと思うようになっちゃった。
湘南かぁ…。
地元やん。
…待望の海だが、もちろんというか当然、あの事件が起きた週末なんかに行けるはずがなく、そんなテンションになれるはずがなく、結局、僕達がもにゅっとした砂浜を踏みつけることが出来たのは、色々あって夏休みに入った8月のことだった。
クラスの男共は、もれなく全員付いてきた。うぜぇうるせぇ。ファミリーカーでうっとおしい駐車場に対抗するかのように、駐輪場が平成初期になる。
「シバルちゃん!ひ、日焼け止めはいかがっスカ?これっ、UV99.9%カット…!」
「雑魚が!引っ込め溝口!こちとら99.99%カットなんだよ!」
「雑魚はテメェもだよバカ松。大体二人共、シバルちゃんのためのコスメをドンキで買ってんじゃねぇよ?」
「ディッ、ディオールの日焼け止め!?たかだ日焼け止めだぞ…!?気が狂ってるのか…!?」
「ふふ…、ってことでシバルちゃん、僕がしっかりと塗ってあげるからね…。この8900円×2本を…!」
「…ふっ」
「なっ、何がおかしい北見!?」
「UVカット率だの…、ブランドだの…、お前らは見たくなかったのか…?小麦色に焼けたシバルちゃんを…!」
「「「!?」」」
「サンオイル…!それだけが唯一の答え…!さぁシバルちゃん…、俺に背を向けて…、焼き立てのパンみたいになろう…!」
「あ、僕もうコア子に塗ってもらってるからいいや」
アホ四人は死んだ。
「しっかし…」
日焼け止めってすげぇな。この体だと、今日みたいな日差しがピーカンな日は一歩外に出るだけで立ち眩みやら何やらに襲われてマジでしんどかったのに、コレ塗ってるおかげで結構マシだ。
ディオもカーズもこれ塗ったら良かったんじゃないか?
(それに、何か、ちょっと良い匂い…)
女子みたいだ。ふぅー。
容赦のないチューブトップ(ライム色)を着たコア子に誘われて海に足を入れた。
ピチャ、ピチャと足元に海水を跳ねさせてるだけでちょっとワクワクする。
それに、人前での水着もドキドキする。
黒のビキニ、と言っても、そこまでフェミニンなものではないのが僕らしさ。上はスポブラタイプで、下はショートパンツ。
スポーティー。
まぁ、それでも脇も腹も、太ももも出まくってるわけだから背徳感は凄いけど。最悪、我に返って死ぬほど恥ずかしくなっても、水着の上下とセットで付いてきたビブス風のラッシュガードがある。今はまだビーチパラソル下の鞄の中に入ってるけど、それ着りゃいい。
コア子にいたずらでスネを思いっきり蹴り飛ばされる。ひっくり返って顔面から海面に落下する。「うおーシバルちゃんのカタキ!」と花沢と竹中が飛んできて、2人がかりでコア子を沖の方に投げ飛ばす。花沢と竹中が海中に埋められて犬神家の一族になる。面白くて笑う。
「おーいタカドノー!お前もこっちで遊ぼーぜー!」
はしゃいだ僕は、ビーチパラソルの下で僕とコア子の荷物番をしていたタカドノの元に駆け寄って、声をかける。「わっ!あっ!」と、まぁ、僕の水着姿に戸惑ったのだろう、タカドノが体育座りになって、顔を真っ赤にしながら僕から目を反らした。それも何だか面白くて、僕はわざとらしく前かがみになって、タカドノの腕を引っ張って、ビーチパラソルの外に誘おうとした。
次の瞬間だった。僕はグラッと意識が飛んで、その場にブッ倒れた。
「ほっ、細田さん!?細田さん!?」
「ふぇ…、えぇ…?」
それは、日差しが原因の体調不良だった。
あーね。今まで使ったことなかったから知らんかったけど、日焼け止めってこまめに塗り直さないといけないのね…。
…
暗がりが気持ち良いビーチパラソルの下。頭以外はレジャーシートの感触だった。
頭だけは…
「…起きた?」
「ぅぇ…、えっ…!?凪野さん!?」
凪野さんの、太ももの感触だった。
膝枕。まんまとされていた。
慌てて飛び起きて、キョロキョロした。別に周辺を確認したいからじゃない。凪野さんの存在がびっくり過ぎて、驚き過ぎて訳分かんなくなってるだけだ。
凪野さんは赤のホルターネックだった。流石というか何というか、こんなにもセクシーな水着なのにバッチリ着こなしていて、今はUVカットのカーディガンを軽く羽織ってるけど、それもまた大人っぽく見えて凄かった。
「凪野さん…!」
もう戻って来れたんだ…!嬉しくなって僕は呼びかける。
しかし、凪野さんは首を横に振って言った。
「おっと、別に戻って来れた訳じゃないわよ。今、この場にいるのは単に局長が便宜を図ってくれただけ」
そう…、なんだ…。僕がしょんぼりすると、凪野さんは、こっち、来て、と僕を自分の膝に招いた。
恐る恐る膝の上に座ると、凪野さんは首の後ろから優しく両腕を回した。
「ほー、なるほど、こりゃあ結構な抱き心地…。これが実は元男だなんて、信じられないねぇ…?」
「いやぁ、どうも…、へへへ…、へっ…!?」
膝の上で飛び上がる。
「なっなっ…!?それっ…、その秘密っ…、知ってるの…!?」
「知ってるっていうか、聞いた。どうせすぐに知ることになるからって、伊勢居地からね。なるほどなぁ。合点がいったよ。今までのアンタの不可解な点に…。いやぁ、ドン引きだわぁ…」
…じゃあ、なんで僕を膝に乗せたんだよ!?
って
なんか、この前も似たような困惑をしたな?
「ふふっ、別にいいよ。細田ならね。そりゃあ、正体を聞かされた時はびっくりしたけど…」
「それでも、細田がいつでも私に寄り添ってくれる友達であることには、違いないもんね?」
凪野さんがぎゅうと、更に僕を抱き寄せる。
「ちょっ…、凪野さん、近い…!」
「何よ。寄り添ってくれるんでしょ?それとも何?男なのに二言を言うの?」
「いっ、今は女だよ!」
「じゃあぎゅっとしても問題ないじゃない」
「えっ、あっ」
「ふふっ、馬鹿な細田。いいから黙ってくっつかせなさいよ」
「うぅ…」
混ざり合う体温が気持ち良い。
波の音が心地良い。
時が流れる…。
「…学校、辞めることになっちゃった」
凪野さんはぽそりと言った。
「まぁ、仕方ないわよね。いくら事故とは言え、街1つふっ飛ばして、山ほど人を殺したんだし。…本来なら、死刑になって当然なんだけど、局長が、戸籍上死亡したことにしてくれてね。代わりに侍衛係に永久就職ってことになっちゃったけど…」
「パパには悪いなーって思ったんだけどね。一人娘が急にいなくなるなんて、凄くしんどいだろうなーって思ったんだけどね…」
「…私、自分の葬式を端から見てたの。笑えるよね。遺体は爆発で吹っ飛んでどっか行きましたってことで、棺桶もない葬式でチョー意味不明だったんだけど…」
「…パパのヤロー、泣いてなかったんだよ。遺影も適当なやつでさ。大好きだったチョコケーキでも備えてくれるかなーって思ったら、焼香をあげて、親戚に挨拶したらそれで終わりにしやがんの」
「…後で伊勢居地の奴が調べてくれたんだけどさ、私、パパの子じゃなかったっぽい。クソッタレのママと愛人の子だったみたいで、それでもパパは自分の娘だからって意気込んで私を引き取ったけど、私の素行の悪さにママの面影を重ねていって、冷めていったんだって」
「…愛想を尽かしていったんだって。だから…、だからパパは、いつも仕事で家にいなかったんだって。…私はこんなでも、パパのこと、大好きだったんだけどね…」
…辛く、悲しい話だった。
しかし、凪野さんは涙を流してはいなかった。次の瞬間には、「あ、ダンゴはこっちで引き取ったよ?私と一緒に死んだことにしてね?今は侍衛係の寮で紫野さんと一緒に飼ってるんだー」なんて言って、にへっと笑った。
強いなぁと思った。
…僕たちの海で遊ぼうプランは15時までで、その後は、一旦近くの銭湯で汗を流して、18時からお祭りに行く予定だった。
凪野さんは、17時くらいまで一緒にいてくれた。少しタイミングをずらせばいいのに、一緒に風呂に入ろうとしてくるのマジで意味分かんなかったけど、何だかんだ、ゆっくり話せたから良かった。
本当。




