日常
「ナギちゃん、ウチら中学からの友達だよね?」
校舎の屋上で峰が言った。中森が私の目をじっと見つめる。
「覚えてる?中1の時、チョーシに乗って大学生とゴーコンして、ベロベロに酔わされて、三人まとめて処女食われたの」
「意味分かんなかったよね。三人でずっと泣いてたよね。綺麗になりたくて、慰め合ったりもしたよね。…あの時から、私は、どんなことがあっても、ナカモとナギちゃんだけはずっと同じ穴のムジナで、仲間だと思ってたんだよ」
「思ってたんだよ?」
峰がグリッと首を傾げる。
「1時間後」
中森が背後から私の肩に手を置いて言う。
「1時間後に、西川駅前のカラオケの、207号室に細田を連れてきてよ」
「…」
「ね、せっかく細田と仲良いんでしょ?なら、出来るよね?」
「…細田に何するつもりだよ」
「アンタが考えそうなことするんだよ」
「…ッ!」
中森の手を払った。「二度と話しかけてくんな」と言って、細田の所に戻ろうとした。
「えぇー?断るのー?私達友達じゃんー?」
その時、峰が煽るような口ぶりで言った。スマホの再生ボタンをポチッと押して、6.2インチの小さい画面をこちらに見せた。
そのスマホからは、私の嬌声が鳴っていた。
「…!!」
背筋が凍る。
「いつものパソコンオタクが作ってくれたんだぁ。良かったねぇ、アンタのハメ撮り、立派なAVに加工してもらえたよ?FC2にアップしたら幾らくらい再生数稼げるかな?」
立ち止まって震える私に、峰はコツコツと近づき、そして、耳元で囁いた。
「逃げんなよ。お前が今までしてきたことだろ?」
二人がじゃあねーと屋上から消えた後、私は愕然と崩折れた。体が、まるで雪山に置き去りにされたみたいに寒くて、自分で自分を抱きしめても体が凍っていくのは止まらなかった。
「誰か…、助けて…」
都合良い言葉だよな。先に友達を裏切ったのはお前だろうが。
それを、もう一度やれってだけだろうが。
あの時の、言い出しっぺ野郎。
…
教室に戻る。
こういう時に限って、細田の傍にいるのはタカドノだけだった。
なんでだよ。なんで伊勢居地が居ないんだよ。アイツさえいれば、今から細田を貶めようとする私を止められただろ。何やってんだよ。ふざけんなよ。ちゃんと細田を守ってやれよ。
「細田…」
呼びかけに、細田が「ん?」と振り向く。「…ちょっと、付いてきてほしい」と言うと、疑うことを知らずにトコトコ付いてくる。「じ、授業サボるのって初めてかも…」なんて言って、学校の外までも、ワクワクしながら付いてくる。
なーんにも事情を知らない、バカ丸出し。
「…駅の方に向かってるの?」
「おー…。カラオケボックス…。は、入るの…!?僕、持ち歌とか無いんだけど…」
「…え?もう受付済ませてるの?…スマホ予約?」
「おおっ、見て見て凪野さん。『オススメの混ぜ合わせ』だって。メロンソーダ×烏龍茶って…。コーラにしよー…」
「うおー…、あの部屋の人、歌めっちゃウマ…!ねぇ凪野さん、凪野さんってば…!」
207号室の前に立つ。
扉のガラス面に細田の無邪気な顔が映る。
…もう、何も見たくなくて、両目をギュッと閉じる。
…いいじゃないか。細田なんて、ついこの間つるみ始めたばかりのポッと出だ。ソレに比べたら峰と中森は私の一番の悪友だ。痛いことも、苦しいことも、みんなあの二人と共有してきたんだ。ママの愛人にボコボコにブタれて、もう家に居られないってなった時に匿ってくれたのもアイツ等だ。せっかく離婚してママが消えたってのに、小遣いを渡すばっかりで滅多に家に帰ってこないパパのせいで、いつも一人きりだった私に飽きることなく構ってくれたのもアイツ等だ。横山先輩に騙されて、黒のタントで拉致られそうになった時に必死に駆けつけてくれたのもアイツ等だ。
ソレに比べたら、細田なんて、細田なんて…
…取っ手から手を放す。そして
「…ごめん、細田」
「私は海、行けそうにないわ…」
振り返って、必死に笑顔を作ってそう言った。
直後、私は大声を上げて細田に伝えた。
「逃げて!逃げて!ココから逃げて!」
両腕で思いっきり細田を押した。細田がコーラを床にぶち撒けながらコケた。
騒ぎを聞きつけて、207号室から人が出てきた。大柄の、首から腕にかけてタトゥーが入った男だった。コイツが今回の竿役か?細田、多分処女だぞ?怖いだろ。ちょっとは加減しろよ。男に腕を引っ張られ連れ込まれ、ソファに押し付けられ顔面をボコボコに殴られる。峰がニヤニヤして近づき、『アップロード完了』と書かれた画面を見せる。
痛い。苦しい。怖い。助けて。
チクショウ、チクショウ、なんでだよ?
なんでこんなにも、細田のことが大事なんだよ?
身も心もボロボロにされて、人生までグチャグチャにされて、それでも峰と中森にごめんって思うのは何でだよ?
私はどうなりたかったんだよ?
何を間違えてたんだよ?
何があれば、こうならなかったんだよ?
私は…
「弱かったからだよ」
「…!?」
私の目線の先に居たのは、そこの、ローテーブルを挟んだ先に立っていたのは、登校中に会った、天パで、青い瞳で、革ジャンの、あの男だった。
峰とか、他の奴らにはまるで見えていないようだった。聞こえていないようだった。
ソイツは、何もかもを見透かしたような口ぶりで、私に言った。
「お前は頭が弱くて、心が弱くて、それでも努力なんてしなかった。だからお前はイジメという短絡的な娯楽に手を付けて、本性を知りもしない女を友人と呼んだ。自分の体を大切にしないで、自分の将来を大切にしなかった。考えることが出来ない頭と、情に簡単になびく心で、その都度その都度の最適解を選んだ気になって、実際には何の問題も解決しなかった。最近になってようやく今までの自分に後悔し始めたようだが、人生を取り返すにはあまりにも遅かった。今ある現実は、全てお前への罰だ。全てお前への罰だ。全てお前への罰だ」
「…だが、お前は、そうだ。良かったな。お前は他の奴らとは違い才能がある。お前には強いオーラが宿っている。何もかもを破壊して、それでも有り余るほどのオーラが」
そして男は、懐をまさぐった後、言った。
「手伝ってやるよ。お前が力を手に入れられるよう、悲しみをな」
男は、私の前にポイと投げ落とした。
「へ…?」
目を見開いて、
コーラでベチョベチョの細田が207号室に飛び込んで来たことなんて気にしないで、
私が目にしたソレは、
ブスの、パグの、
ダンゴの首だった。
血まみれで、胴から首を引っこ抜かれたみたいで、首の断面からプランと食道と血管が垂れている、
ダンゴだったものの、首だった。
なんで?と問うよりも先に私の口から漏れたのは、
慟哭だった。
言葉にならないような声で、ドロリとした涙で、
その場の全てを吹き飛ばすような、悲しみだった。
…
「…速報です。午前9時40分頃、西川駅前で、大きな爆発がありました。繰り返します。午前9時40分頃、西川駅前で、原因不明の大爆発がありました。現在も、爆発は続いており、近隣住民の方は、絶対に、現場には近づかないでください。近隣住民の方は、絶対に、現場には近づかないでください。」




