オタクに優しいギャル
まるでラノベみたいな出会い
細田縛。
俺はそう呼んだことないけど、皆は彼女をシバルちゃんと呼んでいる。
縛ってなんだよ。
博と書き間違えたんだと思う。
いやヒロシって何だよ。
多分、細田さんは留学生なんだと思う。同じクラスの伊勢居地さんの家にホームステイしていて、細田縛って名はセカンドネームってヤツなのだろう。きっと、日本語は勉強中で、話せるけど、言葉の細かなニュアンスはあまり理解していないのだろう。
だから、縛なんて名に疑問を持たないし、話し口調も男口調なのだ。
初めて細田さんを見た時、俺は彼女を、俺の対義語みたいだと思った。
タカドノリョウとは全く真逆の過程で生成された美の頂点だと思った。
同じ日に転校してきた伊勢居地さんもビックリするくらい美人だったけど、細田さんは桁外れだった。
だから、俺とは無縁の人だと確信していた。
そもそも俺は、オタクに優しいギャルとか、『クラスで一番可愛いあの子が俺にだけデレデレ!?』みたいな創作物の論理を信じていない。
どころか毛嫌いしている。
あまりにもリアリティが無さ過ぎる。
機序が分からない。なぜ美女が、世に数多いる男の中から、わざわざ劣等種寄りの人材に声をかけるのか。
生命の道徳に反している。より優秀な遺伝子を搾精したいと働くメスの本能に反している。
美女がブサイクにメロリンするなど、生物学的に有り得ない。
…だから、細田さんがエロパンを晒しながら話しかけてきた時、俺は16年の生涯で培ってきた常識がガラガラと崩れていくのを感じた。
異常は、思えば少し前から始まっていた。
細田さんは何故か、事あるごとにチラチラと俺を見ていた。最初は自意識過剰だと思っていたが、数度目が合うことがあって、気の所為じゃないと確信した。
そんなに俺が珍しいか?外国にこそデブは沢山いるだろ。真相は少しして分かった。細田さんはアニメが好きだった。
日本に来た外国人あるあるだよな。「アニメデニホンゴベンキョシマシター」とか、萌えアニメの外国人キャラで見過ぎて今更「へー」としか思わない。
細田さんは、俺のことをオタクだって見た目で判断して、だから俺のことを気にしていたのだ。癪。
エロパン事件以降、細田さんは俺に話しかけてくるようになった。
っても、別に大したことはない。
たとえば伊勢居地さんがトイレに行った時とかに、細田さんが俺の方にてててっと寄ってきて、「先週のヒナまつり見た?」とかって質問をコソッと投げ掛けてくるのだ。そして、伊勢居地さんが戻ってきたら彼女は再び伊勢居地さんと輩みたいな会話を始める。
だから、俺達は、せいぜい5回程しか言葉をパスし合わない。
それ以上の関係の進展はない。
けど、俺はそれでいいと思ってた。
だって、俺が細田さんに話しかけてもらえてるのは、あくまでこのアホクラスに俺しかオタクがいないからであって、もしも、同じクラスに、俺と同じくらいオタクで、しかも俺より顔が良くて話が面白い奴がいたら、
彼女はきっと、簡単に鞍替えする。
俺に特別な要素なんて無い。
そんな素養は持ち合わせていない。
だから、俺は細田さんとはそんなに仲良くなりたくなかった。
というか、なるべきでないと自分に言い聞かせていた。
俺はつなぎだ。
彼女の人生のつなぎだ。
いつかは無視され、置いてかれ、忘れられる存在だ。
だから、細田さんのことでそんなに浮かれるのは良くない。俺は彼女に遊ばれているということを自覚しなければならない。
…なのに、彼女の笑顔を見ると、つい俺も頬が緩んでしまう。
もどかしくて、心の中で何度も呻いた。
…
今朝は梅雨らしい土砂降りの雨だった。
窓の手前に設置された転落防止用の手すりに男も女も濡れた靴下を干す。汚い。臭い。窓際の席であることを唯一後悔する最悪の日だ。
しかし不潔度で言うなら俺の方が上だ。
デブの見た目の油っこさは、雨の日こそ真価を発揮する。湿気のせいで、表皮から肉汁のように汗を流す。それが気化して、臭いとなって部屋中にぶち撒けられる。おまけに細くて薄い髪もべたんこになってハゲジジイみたいになる。
ブサイクキモメンは今、最高に磨きがかかっていた。
なのに細田さんは、今日もせっせと俺の傍にやって来た。
同じ雨の日なのに、俺と細田さんじゃ恐ろしいほど違った。夏服特有の生地の薄い半袖シャツを身にまとう上に、湿気で汗ばんで濡れ感がある彼女は、何だかいつも以上に妖艶だった。
綺麗だ。素直にそう思った。
しっとりとした銀髪が、もわっとした俺の席周りの空気を撫でる。大きくて綺麗な紅い瞳が憂鬱な雰囲気を切り裂く。本当、細田さんは吸血鬼みたいな見た目をしている。伊勢居地さんがそう呼ぶのも頷ける。おまけに彼女は八重歯だ。キャラ付け完璧。本当、天に愛されている。
「今日、コア子の奴、風邪で休みでさぁー…」
そうらしい。細田さんが登校して来て間もなくそれを知った花沢等が「姐さんのお見舞いに行くぞ!」と叫んで、カースト上位のヤンキー等を連れて、土砂降りの中単車を走らせて行ったから、俺も知っている。
故に、教室はいつもより少しがらんとしている。俺の前の席、花沢に次ぐ武闘派である竹中の席も空いている。
…ねぇ細田さん?だからって、その席に座らなくても良くない?しかも、背もたれを抱えて逆座りするなんて…。開いた大股が目に毒過ぎる。なんで美人なのに警戒心無いんだよ。豪胆過ぎるよ。男勝りなのは口調だけにしろよ。
あまつさえ、彼女はこんなことまで言う。
「アイツが休みだから、今日はクラスにタカドノしか友達がいなくてさ。…お前まで風邪で休みだったらどうしようって思ったよ」
そう言って、俺の机に肘をついてもたれて、彼女は笑う。
伊勢居地さんだ。伊勢居地さんが悪いんだ。細田さんが無防備で無遠慮なのは、傍若無人なあの人がいつも彼女の隣にいるせいだ。悪影響を、あの人が与え続けているんだ。
「今朝は大変だったんだよ~。コア子の奴が『お前が看病してくれなきゃヤダ!』って泣きじゃくってさぁ~」
「…」
俺のこと、友達って言ってくれるんだ…。
…
バラの隣にラフレシアを置く植物園なんてない。リスの隣にカバを置く動物園なんてない。
物事は2つ集まれば釣り合いってものが求められるのだ。
「タカドノ!お前今日もお弁当だよな?僕もだから、一緒に食べようぜ」
そう言って、また竹中の席を占領する。
細田さんには、そもそも普通が似合わない。
世界観が違いすぎる。彼女はきっと、俺みたいに将来を想像して絶望したこととかない。
以前、彼女の噂を聞いた大手芸能プロダクションのスカウトマンが校門前に張り込みをしていたのを俺は見た。それも一社だけじゃない。何社ものスカウトマンがいた。
凄いよな。普通の人は有名になりたくて、ちやほやされたくて必死に色んな努力をするのに、細田さんはただ存在してるだけで全てを手に入れられるんだ。
くたびれたゴムパッキンが汚らしい弁当箱に突っ込まれた昨日の残り物の煮物を箸で転がす。一方で細田さんは丁寧に折られた包み紙を剥がしておしゃれなベジタブルサンドをかじる。
本当、何もかもが凄いな、この人。
俺なんて、そのベジタブルサンドほどの輝きもないのに。
「んぁ?これ?これはカナモ…、パパが!パパが作ってくれたんだー。へへへ…」
「へ、へぇ…」
…陰キャになったキッカケなんて分からない。なりたくてそうなったというより、環境が、いつの間にか俺をそうさせていた。
小学、中学と歩む過程で積み重ねてきた小さな屈辱が、俺から光を奪っていった。体育の時間でいつも50m走の相手になる田中に毎回2,3秒の差をつけられて負けて、運動で努力する気がなくなった。塾で自分だけ成績が上がらなくて、皆の前で叱責されて、自分は馬鹿なんだと理解した。
高校だけじゃなくて、中学の時も、俺は背が高いくせに何も出来ないデブってのを理由に虐められていた。
中3の頃、耐えきれなくなって、一度だけ虐めっ子達にキレたことがあった。その時、別に何をされていた訳でもないけど、募りに募った怒りが急に爆発して、休み時間中に立ち上がって、机を蹴って、筆箱を投げた。一瞬、クラスはシンとしたけど、直後、虐めっ子達は嗤った。周りの奴らも冷笑を始めて、やがてクラス中が俺への小馬鹿に満ちた。俺は負けじと椅子も蹴って、小さい声で叫んだけども、結局俺は、惨めに呻きながら筆箱から飛び散ったシャーペンと替え芯を拾った。
時々思う。俺が俺であるのは、ブスだとか、デブだとか、馬鹿だとかが原因なのではない。俺は俺だから、トータルでダメなのだ。
それこそ"似合わない"ってヤツなのだろう。細田さんに普通が似合わないように、俺にも普通が似合わない。普通に運動して、勉強して、誰かと仲良くして、笑ったり怒ったりする人生が、神に許されていないのだ。
俺が俺だから。それだけを理由に。
だから、その常識を嫌と言うほど理解しているから、今に嬉しそうに俺に話しかけてくれる細田さんが、異常で、不浄に見える。
「?どうした?箸止まってるぞ?」
小首を傾げる細田さんは、確かに俺をジッと見ている。
こんな、俺を。俺をだ。
どうしよう、ヤバい。至近距離の細田さんは何かを勘違いしてしまう程に可愛い。
「あ、良かったら一口食べる?さっぱりしてて美味しいぞ?」
俺の口元に食べかけのベジタブルサンドを差し出して、ほほ笑む。
いいのか、俺は、こんなに幸せで。
…
「…チッ!」
放課後になるといつも俺に絡んでくる劣等ヤンキー三人組(和田、他)が、今日もすごすごと教室を出た。
細田さんが話しかけてくれるようになってから、多分、俺のクラス内カーストは自動的に上がった。というか、細田さんの背後に伊勢居地さんがいるから、下手に手出し出来ないんだと思う。
おかげで最近の俺の学校生活はそこそこ平和だ。
静かに帰ろうと思った。幸い雨は止んでいた。二階から一階に降りる。その間際、例の三人組がD組のメガネ男子を捕まえてカツアゲしていたのを見かけた。俺は、可哀想な彼に目を合わせないようにしながら階段を下った。
下駄箱の近くに差し掛かった時、声が聞こえた。
「シバルちゃん!」
声の主は、いつもカワサキのZRX400で登校してくる三年の松崎先輩だった。
校内じゃ有名な人だ。ヤンキーだけど、金持ちで、顔も掘りが深くてイケメンで、しかも、トーク力も高いから女子人気が高い人だ。
そんな人が、細田さんの下駄箱の前で、細田さんに右手を差し出して頭を下げていた。
「前から好きでした!お友達からで構いません!俺と付き合ってください!!」
鬼の居ぬ間に洗濯、ってヤツは今朝からの風潮だった。
伊勢居地さんがいないことを良いことに、学校中の男共は今日、こぞって細田さんに告白をしていた。しかし、それらの大半は真面目さが欠けるもので、半ばノリと性欲で行われていたものだった。
だから、松崎先輩のマジの告白を目撃した時、俺は見ちゃいけないものを見た気がした。
「え…、ごめんなさい?」
間髪入れずにフラレて愕然と立ち尽くした松崎先輩は、本当に見ちゃダメなヤツだった。
俺は現場から遠ざかろうと、階段を後戻りしようとした。なのに
「あっ、おいタカドノ!待ってたぞコラ!せっかく雨止んだから、とらのあなに寄って帰ろうぜ!」
やめろよぉぉぉぉもぉぉぉぉ!!こっち見て手を振ってくんなよ!笑顔で駆け寄ってくんなよ!松崎先輩めっちゃこっち見てるじゃねぇか!
俺は自転車置き場に置かれたビショビショのZRX400にすら申し訳なく思いながら校門を後にした。
…
「…ねぇ」
俺が口を開くと、目当ての男の娘モノの同人誌を買ってホクホクしていた細田さんはピンと反応した。
普段の俺達の会話は細田さんが一方的に喋ってるだけだから、俺から話しかけるのは珍しい。
だからか、細田さんはいつも俺が話す時は小さな背を伸ばして聞いてくれる。
「松崎先輩のこと…、なんで断ったの?」
「えっ」
なんでって、なんで?みたいな顔をする彼女に、俺は更に尋ねる。
「別に、今スグ付き合えとは言ってなかったじゃん?友達になってくださいってだけなら、断る理由なんてなかったんじゃないの?」
「えー」
細田さんは矢継ぎ早な質問に戸惑いを見せつつも、苦笑いして答えた。
「まぁ…、色々あるけどさぁ。なんつーか、種族が違うよね。“僕なんか”と松崎先輩じゃあ。付き合うってのはその…、論外として、友達付き合いでもやっていける気がしないよ」
「…僕みたいな人間は、ああいう人とは釣り合わないよ」
…え?
「…は?」
「いや、だから、釣り合わないだろって。僕と松崎先輩じゃ」
「は?」
「えっ、また聞こえなかったの?いや、だからぁ…、僕と松崎先輩じゃあ…」
耳を疑った。
今コイツ、なんて言った?
誰を指して、『自分には不釣り合い』と?
「細田さん…、何言ってんの…?」
ひょっとして、この人は自分を理解していないのか?
「細田さんに釣り合わないのは、俺とか、その同人誌の方だよ…」
泥が、穢として避けられるのと同じだ。
輝きは、手の届かない存在でなきゃいけないんだぞ?
「?そうかな?僕達って結構気が合うと思うんだけどな?現にこうやって、オタ友やってるわけだし?」
「だから…、それがおかしいって言ってんじゃん…!いや、外国人の細田さんには分からないのかもしれないけど、俺達は本来なら決して隣同士を歩いて良い存在じゃないんだよ…!どこにでも転がってる野良犬の糞みたいな俺と、世界でたった一つの花みたいな細田さんじゃ、細田さんじゃ…」
「…松崎先輩ですら、釣り合わないくらいだよ…」
…俺は、一体何を伝えようとしているんだ?
こんな事実を細田さんに突きつけて、だからもう近寄らないでくれとでも言いたいのか?
…そんなの、嫌に決まってるだろ。
だって細田さんは、こんなクソッタレな俺の人生を初めて照らしてくれた光なんだ。もう、俺の中じゃ自慢になってるんだ。細田さんと仲が良いことが。細田さんが、誰でもない、俺を選んでくれることが。
でも、俺と細田さんが並んで歩くと、周りは皆、嗤うんだ。まるでメイド喫茶のプリプリしたキャストと"ご主人様"との同伴を見ているような目で、
あんな組み合わせ有り得ないって。きっと女の子の方が罰ゲームで付き合わされてるだけなんだって、もしくは付きまとわれてるだけなんだって。女の子の方が可哀想だって。そう、直接言われたことは無いけど、嗤い声が、そう聞こえるんだ。
「ごめん…、俺、帰るよ…」
俺は足早にその場を立ち去ろうとした。
とにかく細田さんから離れようと、帰りの駅とは反対の方向に闇雲に歩いた。
棲み分けだ。
決別だ。
それは俺という豚の責務だった。
俺という底辺の責任だった。
しかし、取り返しのつかないことをしている気分だった。
俺は一歩一歩進む度に惨めになって、虚しくなって、悲しくなった。
細田さんの笑顔が脳裏に何度も浮かんだ。
苦しいのがどんどんこみ上げた。
でも、これで良いと思った。良くないけど、これが互いのためだと思った。
…なのに、細田さんは付いてきた。
「待って…!」と言いながら必死に俺に付いてきた。あまつさえ、彼女は小さな手で俺の手を掴んで引き止めた。
俺は振り返るしかなかった。
向き合った俺に、彼女は声を振り絞るようにして言った。
「なんで…、なんで急にどっか行くんだよ…!それに釣り合う釣り合わないって…、お前の言ってること、訳分かんねぇよ…!」
…あぁ、そうか。外国人の細田さんには難しい話だったのか。
そう思って、俺はもっと噛み砕いて説明しようとした。
が、寸で止まった。
言えなかった。
だって細田さん、その時、泣きそうな顔をしていた。
俺の手をぎゅうと握って、別れたくないって訴えていた。
そんな様子で、震える声で、
「僕達…、友達じゃないのかよ…?」
そんなことを言われたんだから、俺はもう、細田さんの気持ちを無視出来なかった。
…周囲のざわめき、世間の目。みじめで、みじめで、みじめな俺には不幸がお似合いだとケタケタ嗤う。
和田たちだって俺を嗤う。女子なんて全員、俺を嗤う。
お前は醜い。お前はダサい。お前はデブでハゲで木偶の坊で、いじめられて当然だと。恵まれなくて当然だと。
…俺だって、俺を嗤う。みんなそうするから俺もそうする。そうすべきだと言うのがこの世界だから…。
…だけど、もし、わがままが許されるのなら…
俺だって、俺だって…
「俺だって…、細田さんと友達でいたいよ…!」
情緒不安定かよ。俺はいつの間にかボトボト涙を零していた。でも、俺の心はそれくらい苦しかった。細田さんの手は温かくて、辛かった。
「細田さんだけなんだよ…!こんな俺を嗤わないでいてくれたのは…!いつも笑顔で話しかけてくれたのは…!」
「一緒にいたいよ…。本当はもっと話したいし、いっぱい遊びたいよ…。でも、みんながそれを許してくれないんだ…。俺みたいな陰キャは調子に乗るなって、もっと社会の隅っこにいろって、そう言うんだ…。だから駄目なんだよ…。俺と細田さんは仲良くなっちゃ…」
「タカドノ…」
…細田さんは本当に優しいよ。デブスの泣き顔なんてキモさそのものだろうに。
なのに、こんなキモ男に同情して、いっぱい悲しんでくれるなんて。俺の苦しみなんて分からないだろうに、心を痛めたような表情をして俺を見つめてくれるなんて。
よく、強がりな漫画やアニメが『同情されることの辛さ』、なんてものを書くけども、あんなの、元から多少なり周りに恵まれてる奴のぜいたくだ。
同情だって誰かに寄り添ってもらえてるんだ。本当に独りぼっちな奴にとって、それは苦しいほどにありがたいんだ。
だから、俺は、恥ずかしいけど、細田さん相手に甘えてしまった。弱さをすべて曝け出すように、前かがみになって、呻くように泣きじゃくった。
そんな俺を、細田さんは腕を静かに広げて、潰れるほどに抱きしめようとしてくれた。
その時だった。
「あー!タカドノと細田さんって付き合ってたんだー!」
下品な笑い声。
アイツ等の笑い声。
俺をいじめることが趣味の女共の嗤い声。
今日は三人だった。
ガングロの目黒と、つけまつげの水樹と、付け爪が5cmの高野だ。
クレープを握っていた。
そういや最近のアイツ等の口癖だったな、細田さんの陰口。
鬱憤が溜まってるんだろうな。
だって細田さん、お前らなんかよりずっと美人で、優しくて、頭良くて、人気だし。
だからか、奴等は、伊勢居地さんが居ないのを良いことに好き勝手言い始めた。
「細田さんさぁ、そんなオタクにまで手ぇ出して楽しいわけ?いい加減、姫プ見てんのもウザいんだけど」
「つーかタカドノはアタシ等の犬だよね?何勝手に飼い主を鞍替えしてんの?」
「あ!そうだタカドノ、アレはもう細田さんに話したの?この前、女子トイレで囲んでオナニーさせてやった時に、細田さんの盗撮パンチラ写真をオカズにさせてやったの!」
瞬間、細田さんの肩がビクッと震えた。
それは多分、悪寒。
付け爪高野が動揺する細田さんに更に告げる。
「ってか、最近の定期オナニー会のオカズは細田さんばっかりだもんね?知ってる?この豚、細田さんの写真を見たらすぐに限界MAXまで勃起するんだよ?マジキモいよねー。それなのに細田さん、よくそんな奴の手を握れるよね?もしかしてビッチ?むしろ自分をオカズにされたいAV女優希望なの?」
三人の、『この二人を確実に傷つけてやる』という意志が俺達を確実にグサグサと刺す。
細田さんがワナワナし始めた。
俺は、終わったと思った。
動機がどうであれ、アイツ等の発言は事実だ。この後軽蔑されるであろう俺はもう、二度と細田さんの隣には居られない。
それが俺の最後なのだろう。
…嫌だ。
こんなことで終わりたくない。
だから、俺は声を出して必死に弁解しようとした。
だけど、俺の弱ったらしい、アイツ等には勝てないと思い込んでいる遺伝子は、この土壇場でも声を上げることが出来なかった。
間もなく、細田さんは声を荒げた。
「…お前らがそんなんだから、タカドノは苦しんでるんだろ!?」
(…え?)
ただし、それは俺にではなく、
アイツ等にだった。
「…は?」
「は?じゃねぇよつけまつげ!お前たちだろ!?お前たちが、僕達みたいな陰キャのただでさえクソな人生を更にクソにしてるんだろ!?」
「何だよ!何の権利があってそんなことをするんだよ!?デブだとか、キモいとか、オタクだとかってそんなに悪いことなのかよ!?悪いのはそれをあげつらうお前たちの方だろ!?お前たちだよ!お前たちみたいなのがいるせいで、僕達は自信が持てないんだよ!人並みに誰かと付き合う勇気が持てないんだよ!お前ら、僕達と違って、そこそこ整った顔で生まれてきてんだろ!?幸せになれるように設計されたんだろ!?だったらそれで満足しろよ!相対的にまで幸せになろうとするなよ!これ以上、僕達に不幸を言い聞かせるなよ!どっか行けよ!僕達の幸せを邪魔するなら、頼むからどっか行けよ!」
細田さんは、確かに三人に訴えた。
誰でもない、俺を、俺達を守るための言葉をその口から発した。
…なんで、細田さんはこれ程までに俺の代弁が出来るんだ?
分からない。しかし、その言葉には熱があった。魂があった。誰にも反論させないという意志があった。
だからか、ゲス女三人は閉口したまま言い返してこなかった。
…いや、違う。
「…あっ、やべっ」
三人が言葉を発さないのは、今に"氷漬け"になってるからだった。
…は?氷漬け?何で?見ると、細田さんから液体窒素も顔負けの冷気が溢れ出ていた。
「ど、どうしよ…!勢い余ってやっちゃった!なぁ吸血姫!どうしたら良いと思う!?」
細田さんが、まるで誰かに相談しているような口ぶりで独り言を発して、頭を抱える。
その時だった、俺は彼女の小さな口からチラッと見えた八重歯が、八重歯ではなく牙であることに気がついた。
彼女は、そうだ。俺は完全に彼女の正体を理解した。銀の髪を持ち、紅い瞳を光らせる、まるで吸血鬼みたいな彼女の正体は、
紛うことなき、吸血鬼だ。




