17.ブルーレース
今話は唐突にシリアスがあります
『森の暴れもの』をどうにかした後、やはり森の外へは出られなくて、二人はいつものごとくに引き返した。
◇………◇………◇
気がつけば、誰かと背中合わせで魔物と戦っている。
ああ、またか。
そう思いつつ、これから起きる展開から逃げることも干渉することも出来ずに、ただ、目の前の出来事を見ていた。
『 ……!』
重症を負い、最後の力を振り絞って自ら魔界との境に飛び込んだその人を、ララノアは助けようとしたが間に合わず、倒れたその場から動くことすら出来ない。ララノアもまた、魔力を使い果たして生命力が尽きようとしていた。
魔界と繋がる一番大きな扉は封じられて閉じてゆく。完全にその扉が閉じてしまう前に、魂だけでもと手を伸ばした。最後の魔法は全ての生命力を奪って行った。
弾き出された一つの魂を、力を失った肉体を捨てて追いかける。
『 』
「…………!」
ララノアは飛び起きた。
よく見る悪夢。夢の中の人がエルミアに似ていたせいで、心がざわざわとする。いつものように友の健やかな寝顔を見て安心しようと隣を見たが、そこはもぬけの殻だった。顔を青ざめて探しに行く。
エルミアは、星降る草原の真ん中に佇んでいた。
すらりとした立ち姿。薄闇に浮かび上がる青白い横顔が、昨年よりも少し大人びて見える。それでもまだふっくらとした頬は少女らしさが多分に残されていた。
夢の中の人とは別人だ。けれど、似た雰囲気をしている。
彼女はララノアに気づいて振り向くと、いつものように微笑んだ。
「ララノアも眠れなかったの?」
「そうなの。エルミアも?」
「うん。なんだか、昔の夢を見たの。家族の夢」
みんな、元気にしているかな。と、星空を見つめるエルミアはとても寂しそうに見えて、ララノアは心が揺らぐ。
エルミアをこの『魔の森』の内側にずっと引き留めていたのは、ララノアだった。
ララノアは精霊樹から生まれ直したばかりで、まだ不安定だ。樹に頼らなければ生きていられず、遠く離れれば風に吹き散らされる綿雲のように簡単に消えてしまうだろう。だから、共に行くことはできなかった。
エルミアの為を思うのなら、早く帰してあげるべきだろう。それはわかっていても、決断出来なかった。
離れたくないという気持ちと、それ以上に
『前世では守れなかったから、今世では必ず守る』
という魂に刻まれたその誓いが、胸を焼くのだ。
ララノアはふと疑問に思う。
これは、本当に私の言葉だろうか?
と。
夢に度々見る悲惨な光景は、遥かな昔に、本当にあった出来事なのだろうという気がした。
そこにいて全てを体験したのは前世の私。悲しい最後を遂げたのは、前世のエルミアだろう。エルミアは、きっと憶えていない。けれど、私は殆ど憶えていない中で、あの場面だけを鮮烈に憶えていた。まるで、過去の亡霊が『忘れるな』とでも言うように。
本来ならエルミアと同じようにまっさらな状態で生まれてくるはずの魂が、深い傷痕を残したまま生まれてきてしまったのだ。
エルミアは、無邪気に星座の話をしている。
「あれがララノア座よ。ほら、明るい緑の星を線で繋ぐと、羽のように見えるでしょう。その近くにあるのがエルミア座ね。ララノア座より大きいから」
前世の私は、今の自分とは違う。ここにいるエルミアだって、前世とは違う人間だ。わかっているのに、切り離して考えようとすると、夢の中から過去の私が訴えてくるのだ。
ララノアは、自分の本当の気持ちが分からなくなった。
エルミアは好きだ。最高の友達だと思っているし、側にいると嬉しい。その気持ちの大部分が、ただ前世に引きずられているだけのものかもしれなかったら。
私の想いは重すぎるのかもしれない。
「ねえ、エルミア」
「なあに?」
「家族の元へ、帰りたい?」
「もちろん、帰りたいわ。いくら森が通せんぼしても、諦めないわよ」
守りたい気持ちも、ほんとうだ。だけど、これ以上拘束していては、彼女の人生が壊れてしまう。
あと何年か時がたてば私の存在が安定して、魔力も蓄えられ、外に出られる。そうしたら、一緒に行こうと思っていた。しかし、そんなにここに引き留めていては、エルミアは人ではなくなってしまう。
樹の巫女として、代わりが現れるまで永遠に生き続ける精霊のような存在になってしまう。そうしたら、それはまるで自分の意思とは無関係に働かされる奴隷のようなものではないか。
彼女には人として、今度こそ幸せな生涯を送ってほしい。
ララノアは追いすがる過去の亡霊を振り切って、彼女だけをとおせんぼしていた透明な壁を取り去った。
「どうしたの?」
光の粒を纏う妖精の姿は、夜の中にあっても小さくてもとてもよく見える。その彼女が手を握りしめて、とても辛そうな顔をしているので心配になった。
「エルミア、きっと明日は帰れるわ」
ララノアの唐突な言葉にエルミアは一瞬きょとんとして、意味を理解すると目を見開く。
これまで、励ます為でもララノアがこういった明るい未来を語ることは無かった。でも、嘘を言ったこともないので、きっとその通りになるだろうという気がした。
◇………◇………◇
城の図書室の司書であるブルーレースお爺さんは、図書室の壁に隠し扉を見つけた。どうにかこうにか開けることに成功すると、そこには一冊の本が仕舞われていた。
「ほう……これは古い時代の文字じゃ。わしには読めん。ああ、あの祭りで知り合おうた文字の研究者なら、あるいは見たことくらいはあるかも知れんが、あいにく魔素酔いの症状を患って国外に行ってしまったからのう。むむむ……」
□………□………□
書物は妖精の言葉で書かれていた。
そこには、かつての戦いの様子と、魔物の発生について記されていました。樹を守り、ひいては人々を守ろうとした守り人のことも。
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ブルーレースお爺さんは、内容はまだ分からずとも興味が湧いて、生涯をかけて解読することを決めた。
「まだ続くのじゃよ」




