16.樹の巫女
それから精霊樹の元に暮らして魔法を練習したりするうちに、夏がきて、秋が来て、冬が来て、それからもう一度春になり、夏を通りすぎて秋になった。
森の方から風に吹かれて落ち葉が飛んでくる。ひらり、はらりと落ちてきたそれを捕まえて、集めておいた他の材料と纏めて魔法で服に作り替えた。
今着ている長いスカートとヒラヒラ靡く袖の服では森を歩くのに不便なので、動きやすいようにスカートの丈を短くして袖も腕に沿うようにする。裸足の足には草で編んだ靴を履き、脛と腕には布を巻き蔦の紐で固定した。
「木の葉模様が良い感じ。これで弓矢でも背負っていたら、完璧な森の民ね」
残念ながら武器は何も持っていない。その代わり攻撃魔法で身を守りつつ、今日もまたエルミアは森を抜けようと挑戦する。
○………○………○
これまで森では何度も『森の守護者』と出会い、戦う羽目になった。
まだ魔法の習い始めたばかりのときは、突然の攻撃に頭が真っ白になってしまい、咄嗟に避けることも、攻撃魔法を放つこともできなくて、ララノアの助けがなければその鋭い角で刺されて勢いのままに弾き飛ばされていたことだろう。
その事があってから暫くの日々は森へ行くのが怖くなり、精霊樹の周りで過ごした。
魔法で空を飛ぶことが出来れば森を通らずにその向こうへ行けるのではないかと思い立ち、ララノアにその魔法を教えてほしいと頼んだ。しかし、魔力量が足りないために無理だと言われてしまった。少し身体を浮かせることはできても、遠くまで飛んでいくためには、膨大な魔力量が必要らしい。
仕方なく、地道に攻撃魔法や、盾の魔法を練習した。朝から晩まで殆どの時間を魔法の練習に費やし、気晴らしに悪戯魔法や服を作る魔法や、風を操って空中に絵を描いたり、樹の太い枝にブランコを作ったり、滑り台を作ったりして遊んだ。魔法で遊ぶのが楽しくなって、目的を忘れかけることもあった。
あるとき、馬の寝床の洞が崩れかけているのを見つけて直したら、その後、樹に住む動物達が時々エルミアたちの洞を訪ねてくるようになった。ただ遊びに来る時もあれば、なんらかの事情で困っていて助けを求めて来ることもある。怪我をしていたり、産気付いていたり、喉になにかが詰まっていたり、事情は様々だ。
樹が病気にかかり、腐り始めているところを、住民たちが大勢で知らせて来たときは、
「なんだか、みんな私を『樹のお医者さん』とでも思っているみたいね。いや、治癒魔法を使うから『樹の巫女』かしら」
と呟きながらも、その後気合いを入れて樹に癒しの魔法をかけ続けたら、気を失って倒れた。その時ばかりはララノアに大層怒られた。
「あなたって子は、ちょっと目を離した隙にこれですもの。いいこと? 沢山力が必要になるときは、必ず私を呼びなさい。分かりましたか?」
「ハ、ハイ……」
その威圧感に逆らえず、エルミアはこくこくと頷いた。
「まったく……とても心配したんだから」
それからは、ララノアを怒らせないようにしようと、魔力量には注意するようになった。
ある日唐突に帰らなければならないことを思い出した。ここが、すっかり居場所のように感じていたので、本来の居場所ではないことを忘れていたのだ。ついさっき目が覚める前まで、懐かしい人たちの夢を見ていた。
エルミアは飛び起きて、支度をして森へ向かう。もちろん、ララノアを連れて。
そして、やはり森の守護者に遭遇したあげくに、惨敗して大怪我をしてしまう。ララノアに泣かれて、敬語で冷たく説教されるより悲しい思いをした。
怪我が治った後も、諦めずに森へ向かっては、弾かれたり刺されたり踏まれかけたりして散々な目に遭う。
それも、繰り返すうちに慣れてきて、今では守護者を倒すことはできないものの、鋭い角や爪のある前足の攻撃を魔法の槍でいなして反らし、突進する勢いを空気の盾で僅かながら遅くし、進路を変えさせることくらいは難なく出来るようになった。ただしそれは、ララノアの助けがあればこその話だ。
ララノアはここへ来る以前から魔法の使い方をよく知っていたようで、エルミアの何倍も上手く使いこなしている。魔力切れになる前に止め時もわきまえていて、エルミアが使いすぎていると止めるよう忠告して休ませてくれた。
森の守護者がいる近くには、森で迷ったか、守護者に挑戦しに来たのか、人が倒れていることが稀ではなくある。その人たちをそれ以上傷つけないように注意しながら守護者の突進を躱したり、魔法で進路を調整するのは大変な事だった。
気絶している怪我人は、安全を確保してから治癒魔法をかけて治す。エルミアには特に治癒魔法の才能があるようだった。
治った人たちは、目覚める前にこっそりと森の外へ送り届ける――そう、エルミアはとっくに外への道を見つけていたのだ。それなのに、なぜ留まっているのかといえば、単純なこと。『出られないから』。他の人は出られるのに、なぜかエルミアだけが森の外へ出られない。
「『魔の森』だからかしら? なにか、不思議な力が働いているみたいね」
ララノアに相談しても、首を左右に振るばかり。彼女にも理由は分からないのだろう。
○………○………○
その日も、今日こそは出られるかもしれないと、森の出口へと向かった。
行きがけに湧水を飲み、水筒に入れて腰に下げる。ここへ来てからほとんどこの水だけを飲んでいた。不思議とお腹は空かないし、飲めば元気が出る。
森の入り口辺りでベリーの実る小さな木を見つけてからは、口寂しいときはここからいくつか摘んで食べていた。今日もその木の横を通りすぎがてら、四、五粒摘まんで口に放り込んだ。甘酸っぱさが口一杯に広がり、水だけでは得られない味と香りを楽しむ。
ララノアにも一粒あげて、二人で食べながらのんびりと歩いているとき。
「きゃっ」
後ろから小さな悲鳴が聞こえて振り返ると、木と木の間に張られた蜘蛛の巣に、緑色の珍しい小鳥が引っ掛かっている。
助けたところ、それはララノアだった。ふわふわとした緑色の髪が小鳥の姿に見えたのだ。背中の羽が薄く透き通る氷のように、鋭く羽ばたいて絡み付いた糸を切り裂いた。
「ありがとう、エルミア。ちょっと油断したわ。ベリーがあまりに美味しくて」
「あはは! ララノアにもそういうところあるんだね。魔法でなんでも出来るから、失敗なんてしないのかと思ってた。今のだって、私が助けなくても自力でなんとか出来た感じだし」
「そんなことはないわ。この森の生き物は、一筋縄ではいかないことがあるから、気を付けないといけないわ。今回は普通の蜘蛛だったけれど」
「普通じゃない蜘蛛って、なに?」
「魔物が取り憑いた生き物よ」
ぎょっとして口許が僅かに引きつる。
「人に魔物が取り憑いたのは見たことがあるわ。でも、他の生き物に取り憑いたらどうなるのかしら。たとえば蜘蛛だったら、魔力が強くなって襲ってきたりするのかな」
「魔物の意思で魔法を使うようになると思うわ。蜘蛛のポテンシャルを活かして、巨大化して糸を吐き出したりするのかもしれない」
「うそ、じゃあ、兎とかだったら?」
「魔物の考えは分からないから、実際は違うかも知れないけれど、巨大化して、二足歩行になってジャンプして、途轍もないパワーでキックしてくるのかもしれないわ」
「それなら、『モンストルム・ドラコニクム・シルウァエ・サクラエ』ならきっと大変なことに――」
……グワオォォォ……
「なんか、微かに咆哮が聞こえない?」
「聞こえるわね」
……ドドドド……バキバキッ……
「足音と、木が被害に遭っている音がだんだん近づいて来るんだけど、気のせいかしら」
「気のせいじゃないわね」
……ドドドド! ドーーン!!
「来たーー!!」
土埃を上げてこちらへ一直線に走って来る。
背を向けて全速力で走りながら魔法の準備を始めた。
「ねえ、いま気づいたんだけど、まさか名前を呼ぶと来るってこと?!」
「そうかもしれないわ。これまでも、そんな気がしていたわ。『森の守護者』も駄目かも」
「もう、二度と呼ばないわ。これからは『森の暴れもの』って呼ぶ!」
まだ続くよ(*・ω・)ノ




