第五話 孤児院の事情
「で、なんでこうなってんだよ」
仏頂面でつぶやくキズナの前を、パンツ一枚の男児が駆けずり回っていく。
その後ろから追いかける少し年上の男児が持った枕が、駆け抜けざま横殴りに顔面にヒットし、仏頂面には皺がひとつ増えることとなった。
「仕方がないだろう、客間の数はあまりないんだ、女性陣に明け渡すのが当然というものじゃないか? 悪いが君はここに寝泊まりしてくれ」
「だったら俺はそっちの部屋でいいわ! 別にリィナとは元々同じ部屋で寝てたし、サヨのやつは普段からここに来てるなら女子の方の子供部屋でよくねえか!?」
「馬鹿を言うな、君とリィナ殿下がどのような関係かは知らないが、ここは教会なんだ。爛れた行いでもされては困る」
「しねえよ! そんな関係じゃねえ!」
キズナが今いるのは、孤児院の中の男子用の寝室だった。
子どもたちは男女で寝室が分かれており、そのうちの当然男子側の大部屋に彼の寝床が用意されたのだった。
リィナとサヨには個別の寝室が用意されており、そのうち片方は本来サンの使用している部屋であったが、今はサヨに明け渡されている。
「くらえ!」
「へぶッ!」
齢七、八にも満たなそうな男児の投げた枕が、本来の標的であるパンツ一丁の男児から逸れてキズナの顔面にクリーンヒットする。
ちなみに、子供の投げたものとは言え魔力の込められた膂力で放られたものだ、地球で言えばプロレスラーの投じたものと変わらぬ威力である。
「そんなものを年下に投げるな!」
喚きながらキズナが下手人に投げ返し、見事に復讐は果たされ茶髪の男児は同じ威力の枕を顔面に返報された。
ちなみにすぐさま発言と行動が矛盾していることは本人も気付いていない。
「び、びえぇぇぇ!」
「ふ、勝利は常に強者のものであり、強者とは常に大人のことなのあだだだだだ」
ベッドの上に靴のまま胡座をかきながら、大人げもなく勝ち誇ろうとしたキズナの顔面が、サンのアイアンクローで締め上げられる。
キズナも思わず驚くほどの力だ、振りほどこうとしても離れないので、仕方なくタップする。
万力のような左手が離され、キズナは顔を押さえながら傍らに立つサンを睨み付ける。
「てめ……いきなり何しやがる」
「それは僕の台詞だ、大事な子供たちに手を上げるなら許さない」
「だったらもう少し監督責任ってやつをだな!? やられた身にもなってみろよ!」
「子供のやることにむきになる大人なんて教育上不適切だよ、かわさない方が悪い」
「ぐぬ……」
睨みをきかせるサンを、ばつの悪そうな顔で見つめたのち、キズナはベッドにそのまま倒れ込んでしまう。
サンはというと、キズナの投てきを受けた子供に気を遣いながら、騒がしくする子どもたちを諌めるように声をかけていた。
「まったく、なんでこんな事に……」
荷解きもそこそこに、キズナは床につけていた靴も脱いで完全にベッドへ横たわり、そのままシーツを被ってしまう。
徐々に暑くなってきた季節ではあるが、この孤児院の立地のせいか暑さは感じない。
適度に冷えたシーツの感触に浸りながら、騒がしさも無視して寝入る態勢に入っていた。
ここで、リィナの話を思い出す。
『サヨがついてくる条件が、このサンという男を連れていくことなの。サヨの話じゃ戦力的にも申し分ないし、しばらく寝食をともにして連れていける機会を探るわ』
彼女がそうした方針を決めた以上、キズナは反対意見を示すだけの道理を持たない。
正直気は進まないというのが本音だったが、これを断れば戦力的にはサヨも抜けて二人での旅路になるという事だ、リィナとしては何かと困るということなのだろう。
「けどなぁ、この手のやつには一度拒否されたら、意見を覆させるのってそうそう無理じゃね……?」
そう、サンは今回の旅の誘いに対して明確に拒否の意思を示している。
『僕はこの孤児院を離れる気はない。それになにより、勇者というものを僕は信用していない』
そんな言葉を、キズナは彼の背中を眺めながら思い出している。
すると、不意にその男がこちらに顔を向け、なにかに気がついたようにずんずんと歩いてきた。
「眠るのなら着替えてからにしてほしい、シーツを汚されては困る」
目の前で仁王立ちしてプレッシャーをかけながら口にするサンに、キズナは大きくため息をついた。
「母ちゃんが増えた……」
◇
「改めて、だ。俺の名前はナモリキズナ、そこの仏頂面に召喚された異世界人の一人で、勇者として選ばれて旅に出たばかりなんだが……こいつの話じゃ戦力が必要らしい、そこでお前の力を貸して欲しい、ってことらしい」
「仏頂面とかこいつとかやめて貰える? 失礼ね」
「らしいらしいと、自分の意見はないのか、君は」
キズナの煮え切らないとも適当なとも言える口ぶりに、左に座るリィナと、正面に座るサンの双方からブーイングがあがる。
だが当の本人はあくまでばつの悪そうに頬を掻いて目をそらすばかりであった。
「いや、そもそも俺はこいつの実力も知らねえし、嫌がるのを無理に連れていきたいとも思わねえんだよな……」
そう言いながらキズナは、話し合いのテーブルから離れたところでひとり裁縫を行っているドルティエの方をちらりと眺める。
ちなみに、サヨはというと子供たちの面倒を見るべく炊事や洗濯などの仕事を請け負っていた。
普段は子供たちのなかの年長組が協力して行っているそうだが、彼女はここを訪れる時に普段からそうしているらしい。
キズナはこの場に意識を戻して考えるが、やはり彼は、サンという男はこの孤児院にとって大黒柱のような存在なのではないか、それが昨日の子供たちに対する様子を見たキズナの率直な感想であった。
サンの年齢は見たところ自分と大差ないか、落ち着きぶりからしても二、三歳上といったところだろう。
そしてこの男を除けば最年長で十四、五の男子がひとり、あとは同年代か少し下の女子と、殆どが齢十以下といった体だ。
その子どもたちを、サンとドルティエの二人で養い、面倒を見ているのが現状なのだとすれば、サンが抜ける穴は小さくない。
とても、そんな中でドルティエ一人に任せて彼が旅に出ても問題ないとは思えなかった。
いくら覇気を感じさせると言えど、老いた女性が一人で回していけるほど、孤児院の運営は甘くはないだろうと。
しかし、その視線を知ってか知らずか、そのドルティエがしゃがれた声を上げた。
「いいや、あたしはこいつを連れてくなら構わないよ、是非そうしてくれ」
「母さま、急になにを言い出すんだ」
リィナとは雰囲気の違うものの、冷静な部類に見えるサンがドルティエの言葉に動揺を見せる。
彼としては、まさかそんなことを言われるとは思っていなかったようで、思わず立ち上がって振り返っているのがその証拠だった。
「急なんかじゃないさ、前々からお前には世界を見てこいと言ってあった筈だよ」
「僕にとっての世界はこの孤児院だ。僕を守り導いてくれた貴方と、ここを守ることこそが僕の役割であり、本懐なんだ。あまり意地の悪いことを言わないでくれ」
「だから、そんな考えだから世界を見てこいと言っているんだい。お前はもうちっと広い世界で見識を深めて、人の役に立ってきな」
そう口にするとドルティエは手元の作業が済んだのか、道具を片付けてさっさと奥へ引っ込んでしまった。
サンは軽くため息をつきながら椅子に座り直し、手元のカップから飲み物を口にする。
「……母さまはあんな風に言っているが、やはり僕がここを離れるわけにはいかない。この孤児院の置かれている状況は芳しくないんだよ、到底、母さま一人に負担をかけて立ち去ることなんて出来ない」
キズナはあっけらかんと言ってのけて立ち去ったドルティエに呆気に取られていたが、サンがそれまでとトーンを変えてきたのを察して、椅子に座り直して話を聞く態勢を作る。
彼とリィナの二人が黙って聞くなか、サンはつらつらと、口にしがたい様子で事情を語り始めた。
「この孤児院はもう二十年近く、長いこと街や教会本部からの支援を受けずに運営されている。数年前までは有力な商人が後ろ楯となっていたんだが、病に侵されてしまったらしくてね……もう随分と連絡もない」
「孤児院でどこからも支援を受けずに運営なんて可能なのか? 収入源もなけりゃあの数の子供なんか養えないだろ」
「ドルティエ母さまは、昔は名の知れた服飾職人だったんだ。百年ほど前は、マレミアの首都で彼女の作る服や装飾を見たことがない人はいなかったそうだよ」
「あー、なるほどな。道理でやけにいい服を着てると思ったわ、生活の水準に対して違和感だったんだよね」
キズナの口にした通り、サンや子供たちの着ている服は孤児の着ているものとは思えないほどに上等そうに見えるものだった。
つまり彼らの着ている服はすべてあの老女の作ったものだということなのだろうか。
「それにしても、服を作る腕があっても材料がなけりゃ作れないだろ、それはどこから調達してんの?」
これも当然の疑問であると言えよう。
いくら凄腕の職人であろうと、糸や布が無ければ服は縫えず、何も作れない筈であった。
「それは彼女のもつ魔法によるものだよ。母さまは正に衣服の製作に特化したような魔法を持っていてね、母さまにかかれば、例えば石や木材、金属でさえも糸や布として分解し、衣服の材料に出来る」
「ふーん、なんかやべーこと言ってる気がするけど、つまりは元手ゼロで商売が出来るってこと? それなら生活には困らなさそうだけど……」
キズナが率直な疑問を口にした。
ちなみに、先ほどからリィナは殆ど口を挟まずに、時折目の前のカップを口元に運んでいるのみだ。
「そう、本来それでこの孤児院は回っていた……数年前まではね」
「その、商人とやらの後ろ楯がなくなったのがそんなに痛手だったのかよ」
「それもある。だが問題はそれだけじゃない、というよりはその背後関係が問題だ」
病に侵されて連絡が途絶えたことの背後関係、というのがなにを指すのかがキズナにはさっぱり分からなかった。
彼が思わず首を傾げると、隣にいたリィナがようやく口を開いて会話に入ってくる。
「つまり、手を回されたということでしょう。品物が売れず、他の支援者も現れないように」
「流石は慧眼で名高いリィナ様です。そう、これはこの孤児院を疎ましく思う人物が、ドルティエ母さまの作る服や、この孤児院の悪い噂を流し、かつ多方面に圧力をかけて回っていることによるものです」
「うーわ、どこかの誰かが嫌がらせしてるってことかよ」
どこかの誰か、などと濁したが、キズナの頭には明確な人物が浮かんでいた。
有力な商人に優秀な取引先を手放させ、かつその後釜にも誰も座らせない、そんなことが出来るような力をもつ人物など限られているのだから。
「そのせいで母さまはそれまでの安定した販路も失い、その上新しく顧客を得ることも出来ない」
「元々教会の孤児院なのだから、必要以上の蓄えもしてこなかったのでしょう。生活の厳しさは昨日出された食事を見れば察しはつくわよ」
それを聞いて、キズナは昨晩の食卓に並んだ食事を思い返す。
宗教的な理由でそうなっているのだと思っていた彼なのだが、確かに、これではいくらなんでも育ち盛りの子供たちに出されるには貧相だと、その時も思わなくもなかった。
「ここまで聞けば分かるだろう、こんな状況のなかで僕がここから立ち去ってしまうことなどとても出来ない。さして多くもないが、僕の冒険者としての稼ぎもここには無くてはならない身入りなんだ」
結局のところ、結論は最初にキズナが考えた通りのものに落ち着いた。
この話を聞いて、彼をここから無理に連れ出そうとはやはり、キズナには到底思えないのが本音である。
「……つーことらしいけど、どうすんのさ」
キズナは頭の後ろで手を組みつつ、困ったような顔で隣のリィナの顔色を伺った。
「どうするもなにも、方針は変わらないわよ。この男は連れていく、私たちの旅のためにね」
キズナは思わず唖然としてしまう。
だが、それ以上に彼の前に座る男の方が驚いている様子だった。
「リィナ様、失礼ですが話を聞いてくださっていたのでしょうか。僕はここを離れられない、その理由をたった今説明したのですが」
「ええ、聞いていたわ、もちろん。でも方針を変えるつもりはない。さしあたってはサン、あなたが今抱えている仕事の話をしましょうか」
きっぱりと言い切る様子に、さしものサンも唖然とする。
まるでこちらの言い分をすべて聞いていなかったような台詞が、この聡明そうな彼女から出てくるのが。
それはつまり、自分の意見や立場を慮る必要が全くないとでも思われているのではないかと、彼はにわかに信じ難かった。
「あの、キズナ……彼女は」
「すまんな、こういうやつなんだ。諦めて付き合ってくれ」
思わず敵視していたキズナに助けを求めてしまうほどに、真実警戒すべきが誰だったのかと、サンは認識を改めることとなった。




