第四話 廃棄孔の孤児院
「こりゃ……なんだこれ、なんで街の中にでけえ穴が?」
サヨの案内で下層区を進むと、キズナたちは街の外れにある大穴と呼ぶべき場所にたどり着く。
巨大なクレーターのような窪地で、長い階段を下ってようやく降りることの出来るらしいそこは、荒れ果てていても街並みと呼べるものがあった下層区でも尚のこと異質であった。
「一応ここも街の一部だよ。ウルフェムラがまだ七大連合の傘下に入る前、マレミアとの戦時下にあった頃の古戦場なんだ」
「こんな大穴が出来るって……どんな戦いがあったんだよ」
「それはまあ、キズっちもよく知ってるあの子の仕業さー」
彼がキズっちという知らないあだ名で呼ばれたことに顔をしかめながら彼女を見やると、何やらサヨは髪の毛を両手でツインテールのようにまとめてふりふりと振っていた。
「ああ……なんとなく分かったわ。やっぱヤバイなあいつ」
彼はその素振りから、自分を地面に叩きつけたり、候補生に半ば洗脳のような訓練教育を施していた赤髪の悪魔を思い出す。
キズナの渋面がより険しくなったのを見てサヨはけらけらと笑うと、しかしふと力が抜けたように大穴を見つめて緩やかに笑った。
キズナにはその表情が、どことなく空しさの伴ったものに見えた。
「今はゴミ捨て場みたいな扱いでさ、街の人からは、廃棄孔なんて呼ばれ方してる」
「ふーん……まあ確かに、足元見るとゴミ山っぽいのが見えるな」
キズナが足元を覗くと、打ち捨てられた木材やら何やらが遠くに確認できた。
街の住人たちがここから投げ捨てたものなのだろう。
「いや、つうか孤児院に用があるんだろ俺たち? なんだってゴミ捨て場なんかに来てるんだよ」
「そりゃもちろん、孤児院がここにあるからだよー」
「いや……えー、マジか」
サヨは当然のごとく言ってのけながら、階段を二段飛ばしどころか、ひょいひょいと十メートル飛ばしで降りていってしまった。
リィナは先ほどのやり取りからずっと無言で、いつものように杖から形成したボードに乗って飛んで降りていってしまう。
仕方がないのでキズナもサヨを見習って階段を降りていく、彼の場合は石飛びのように降りるサヨと違い、パルクールじみた体術でのものだが。
大穴に降りた直下、キズナが感じたのはまず酷い悪臭であった。
上から見ると分かりづらかったが、投棄されたゴミの類いには生ゴミのような腐臭を放つものも多いようだ。
他には使われなくなったであろう家具や雑貨の類いに、何かの道具や薬品なども見受けられる。
処理に困るものはなんでもここに投げ捨てられているらしい。
例えば、死体のようなものですら。
「うッ……」
鼻をつまみながら、キズナは視界の端に一瞬映ったそれを見ないようにした。
不意に、先ほどのござに寝転ぶ男が思い出される。
彼が思った以上に、この街の裏側はよくない面を持っているらしい。
「なにしてるのー、置いてっちゃうよー」
遠くからのんきな声で呼ぶサヨに意識を引き戻され、キズナはゴミ山の中から一足跳びで抜け出る。
今しがた見たものについて二人に聞きたいような気もしたが、ろくな答えが返ってくる気がせずに口をつぐんだ。
キズナが苦いものを含んだような気分で二人の後をついていくと、いつの間にか、周囲の景色は別のものになっているのに気がつく。
大穴はかなり広く、階段下は西日で陰になっていたが、中央付近は日差しが入るようで、地面に草花が生えているのが分かる。
街の暗部をそのまま示したかのような大穴において、その場所だけが穏やかな景色のなかにあった。
「ここが……話してた孤児院か」
「そう、ブランの街唯一の孤児院、ドルチェ孤児院だよ。中央の方にもっと立派なのがあるけど教会も兼ねてて、牧師のおばあちゃんが一人で運営してるんだ」
「へえ……」
キズナは宗教にあまり興味がなかったが、建物の持つ質素でありながら静謐で瀟洒な雰囲気には惹かれるものがあった。
草花に囲まれた建物に夕陽が差し込む様子は、まるでそれまでの景色には似つかわしくないほどに素朴な美しさが感じられる。
「それに……あれ、世界樹の分かれ木だよな」
孤児院の後ろに立っている大樹はウルフェムラほどの大きさではないが、それと近しい神気を感じさせる。
キズナは隣を歩いているリィナに確認したが、彼女は無言のまま返答しなかった。
どうやら、先ほどのやり取りが尾を引いているらしく、未だに機嫌を直してはいない様子で、キズナは困ったように頭をボリボリと掻く。
「あ、サヨねーちゃんだ!!」
すると、孤児院の方からこちらに気がついた子供が一人駆け寄ってくる。
「お、タンザこのやろー久しぶりだなー! またドル婆困らせてない?」
「困らせてねーよ! 俺いい子にしてるもん、サヨねーちゃんこそまた街で暴れたりしてねーだろーな!」
「それはどうかなー、むかつくお貴族様とかを氷漬けにしちゃったかも?」
「うわこわっ! ねーちゃんマジでやるんだもんな……」
「わはは!」と笑いながらポンポンと頭を撫でるサヨは、どうやらここの子どもたちとも仲がいいらしい。
キズナの印象では面倒見のいい性格には見えなかったが、どうやら誤解していたらしいと認識を改める。
タンザと呼ばれた少年は「ねーちゃんがきたー!」と叫びながらサヨから逃げ出し、孤児院の方へと向かっていく。
「まるで鬼でも出たみたいに言うなよなぁ」
へらへらと笑いながらその背を見送るサヨに、キズナは改めて意外なものを感じさせられたが、口には出さなかった。
すると、孤児院から二人の人影が出てくる。
厳密にはそれ以外にも子どもたちがわんさと出てきていたが、大人の背丈の影はその二つだった。
「お、きたねー。おーい!」
サヨがそう言いながら手を大きく振ると、その二つの影もこちらに気がつく。
彼女が小走りで彼らのもとへ向かってしまうので、キズナとリィナの二人もそれに続いた。
二つの人影は、ひとつが背の高い老婆、そしてもうひとつが、若い男であった。
彼らは教会に似つかわしい厳かながら柔和な雰囲気を纏ってはいたが、キズナはしかし二人からして、常人とは違うただならぬ気配を感じる。
「おや久しぶりだねえサヨ、しばらく見ないもんだから、ついに狼藉が行き過ぎて騎士どもの世話になってるのかと思ってたよ」
「ドル婆こそ相変わらず元気そーじゃん、この調子なら天使も嫌がってしばらくお迎えはなさそうだね、安心安心っ!」
「ったく、口の減らないガキだねえ」
ドル婆と呼ばれた女性は顔には皺が寄り杖こそ突いているものの、背中は曲がっておらずにぴんしゃんと立っている。
キズナはその様子にある種の覇気すら感じ、牧師の女性と聞いていた印象とはまるで違ったものを受けた。
その隣に立つ金髪の男は、その精悍な顔立ちでキズナの方をちらりと見たのち、なぜかリィナの前に跪いてみせる。
「お初にお目にかかる、リィナ姫殿下。僕の名はサン、この孤児院の出であるため家名など持つ身の上ではないが、以後お見知りおきを願いたい」
のけ者のような気分で目を丸くしているキズナをよそに、あろうことかサンと名乗った男は、リィナの手を取ってその甲に口づけをした。
「あら、これはご丁寧に」
「な、は、あぁ!?」
思わず声を荒げたキズナに一同の注目が集まり、彼は取り繕うようにごほんと咳払いをして気を鎮めた。
ちなみに何故気を鎮める必要があったのかを、彼は全く自覚していない。
「いやーすまんすまん、俺も自己紹介が必要だよな。俺はナモリキズナ、ウルフェムラから旅立った勇者だ、一応な。あ、俺もそちらのご婦人に口づけでもした方がいいか? つっても俺は別に貴族の出でもないし、あーいやでも孤児院の出の癖に気取ったことしていいんだってんなら俺も別にやったっていいんじゃないかって思────」
「長い、うるさい」
キズナの後頭部にすぱんとリィナの平手打ちが入り、彼は痛みにうずくまりながらリィナを恨みがましげににらみ上げる。
「なんだよ、男前にいい扱いされてご満悦ってか? 姫殿下さまよ」
「狭量な男ね、この程度ただの挨拶でしょう。何をごちゃごちゃ抜かしてるの」
「……別に、ごちゃごちゃなんて」
不貞腐れて黙るキズナに、リィナはふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。
その後ろでサヨがにやにやとしていたような気がするが、不愉快なのでキズナは意識から外すことにする。
「いやあすまないねえ、うちの男前が。昔からあたしが礼儀作法を叩き込んだらこうなったのさ、お陰で今じゃ貧民街の王子なんて呼ばれて街の婦女子の人気者さね」
「ドルティエ母さま、僕はその呼び名を好かないと前々から言っているだろう」
キズナは叩かれた後頭部をさすりながら立ち上がり、サンの姿を睨み付ける。
確かにこの男は立ち姿からして、粗雑なキズナとは対照的に優雅さとも言うべき所作が身に付いているように思える。
服装は動きやすさを重視しつつも騎士のような洗練さが見え、綺麗に設えられており、到底貧民街の出とは思えず、どこぞの貴族、あるいは王子とでも言われた方が納得する様子だった。
「しかし……君が話に聞いていた勇者とはね。思っていた通りではあるが、あまり信頼できる人物ではなさそうだ」
「はぁ……?」
怪訝な顔をしながらキズナはサヨの方を見やると、彼女が合点のいったような表情でその意図に気がついた。
「サンくんとは手紙のやり取りで事前に話をしておいたの、孤児院に押し掛けるにしてもアポなしじゃ困らせちゃうからねー」
「そんで、俺のことはどんな風に伝えてたんだよ」
「いやー、わたしもキズっちとは直接会う前だったからさ。姫から聞いてた話をそのまんま伝えただけだから」
キズナは流れるように視線を変え、今度はリィナの方を睨み付ける。
「……別に、大した話しなんかしてないわよ」
「─────」
キズナは声にならない声でリィナにプレッシャーをかけようとするが、暖簾に腕押しで全く効果がない。
自分の様子とやらが伝言ゲームでどのように伝わったのかが分からないのが大変不本意ではあるが、そのまま事実としての振る舞いが伝わっていると考えただけでも脅威であった。
「とにかくまあ、俺がその思っていた通りの勇者さまだよ。お互いこれから長い旅路になるんだ、信頼なんてゆくゆくしてくれりゃいい」
ため息をつきながらキズナが口にすると、しかしその場には妙な間のようなものが生まれてしまった。
自分が何かおかしなことを言ったのかと彼が不安に陥りかけると、サンが怪訝な顔をしてこう口にする。
「長い旅路……? なんの話だろうか、君たちは単に滞在中ここに寝泊まりするだけじゃないのか?」
サンの言葉に、キズナは思わずサヨの方へ顔を向けて凝然と睨み付ける。
「てへっ」
可愛く舌をだしたサヨに、キズナはぷるぷると拳を震わせたものの、直後に力が抜けて肩を落とした。




