第三話 恵まれた人間
キズナが一通り見て回る限り、ブランの街の様相は、東西南北で全く別の側面が表れるものであった。
歩いていて目を惹かれるものが多かったのは、北部から西部にかけての地域だ。
北西方面にはいくつかの街や小国を経由して中央王国へ繋がる街道があり、そこから少し下って西南西には、ブランの街が属する王国であるマレミア王国の首都へと繋がる門がある。
行商や派遣の衛兵、学者、出稼ぎの若者など、往来の殆どはそこに集中する。
そのために、宿や商店などはそちらの地域により多く構えられ、街の雰囲気も栄えていた。
その逆に、東部地域はより純粋な街の住民が居を構えていることが多く、ベッドタウンと言えるだろう。
北東側に広がる地域に畑や畜産業の行われる区画もあるため、より街に居着いた人間が集まりやすい。
そして、キズナが今訪れているのが、南東の区画だ。
「かなり……見られてるな」
「あまりじろじろ見ないで、変に刺激しない」
「わかってるよ」
相も変わらず子供扱いのようなリィナの物言いに辟易しながら、キズナはため息をつく。
しかし、彼女の言い分も最もである。
何故なら、彼らが今いる南東の地域は、奥に行くほど治安の悪さが顕著になるようだったからである。
「この辺に冒険者ギルドがあるんだっけ? やっぱ登録して路銀集めに使うんだよな」
「はぁ? そんな訳ないでしょ。冒険者ってつまり金を積まれて依頼を受ける傭兵よ? 一国の代表として旅立ったあなたがそんな立場になれる訳ないから」
「げ……そうなんだ」
当然と言わんばかりにぴしゃりと否定され、キズナはかなり残念そうに肩を落とす。
ギルドらしきエンブレムが掲げられた建物が見え、彼は思わず指をくわえて眺めてしまう。
だが一転、その様子を見てリィナの言わんとするところを理解するに至った。
「まあ、確かに荒れてんな」
自分の得心して見せた様子に、リィナがわずかに得意になる気配をキズナは感じたが、彼でなければ分からぬほど微細なものであるため突っ込みはしない。
「当然よ、いわゆる冒険者が力を持つ地域というのは、軍が魔物の討伐なんかに対応しきれていない地域、つまりは治安維持が機能していない国なの。慣習的に殆どの国に置かれてはいるけれど、まともな国ほど冒険者の質というのは落ちる」
「質……か」
キズナはちらりと、建物の前でたむろしている集団に目を向ける。
彼らはにやにやとキズナたちを眺めながら、うち一人などはこれ見よがしにナイフを放って弄んでいた。
「とはいえ、国にもよるけどねー。普通に冒険者ギルドがまともな組織として機能してるところも少なくはないよ? 魔物の脅威は地域によってかなり差があるから、民間の手を借りる必要があるとことかね」
リィナの言葉に、サヨがフォローを入れるように補足をする。
キズナはまだ詳しく聞いていないが、どうやらサヨは世界をまわって旅をした経験があるらしく、地域の実情のようなものは彼女の方が詳しいかもしれないと彼は考えた。
「基本彼らは傭兵やならず者が多いけど、旅人なんかも冒険者を生業とする事が多いからさ。それに、英雄伝説みたいなのとか物語に語られるような人たちには、冒険者も少なくない。純粋な憧れや人助けの意思でやってる人だって多いよ?」
その言葉を聞いてキズナは少し目を輝かせる。
彼女の言うような冒険者こそ、キズナの想像していた冒険者の姿かもしれない。
「それにさ、ウルフェムラだって大元の大元は冒険者ギルドから発足した義勇軍じゃん?」
「それだってかの亡国の圧政が原因でしょう。国が秩序の手綱を握れていないが故の必要なの」
「そうは言うけど、冒険者がみんな荒くれ者って訳じゃないよ。ちゃんと管理下にあったり、地域の人たちと共生関係にあったり」
「けれど結局、彼らに依存した地域は政治的な問題を孕みやすいのは事実でしょ? 治安の悪化だってデータ上の事実として無視できない」
「まーた姫はそんな話ばっかし。机にばっかかじりついて主食が木材になっても知らないからね」
「冒険者なんて他に仕事にありつけなかったならず者の仕事であるのが事実でしょう。単に戦う力を活かしたいなら騎士や兵士になればいいんだから」
「お国に仕えるのが性に合わない人だっているじゃん! 皆が皆姫みたくお利口さんな生き方がしたい訳じゃないの!」
「それは暗に、冒険者がろくでもない連中だって認めたことにならない?」
「姫ってばあたしも冒険者の仕事してるの分かった上で言ってるの、それ!?」
なにやら議論が始まってしまったのを見て、キズナは彼に似合わず焦ってしまった。
「待て待て、なんで喧嘩っぽくなんだよ! 分かったからその辺はおいおい聞かせてくれ、なんかややこしそうだし。とにかく今の俺らには関係ねーってことは理解したよ」
一歩前へ出て振り返り、二人に両手を待てのポーズで差し出してキズナが止める。
どうやら、彼女らは二人とも、何か経験上思うところがある話題らしかったのを察し、彼は自分がやぶ蛇をつついたことを理解してしまった。
リィナはひとつため息をついて一呼吸置き、いつものように髪を翻して見せた。
キズナが思うに、これは彼女が自分の感情をリセットするためのある種のルーティンのようなものなのだと理解していた。
「そ、ならいいわ。とにかく路銀集めに関しては当面心配無用だから。国の名前を背負って旅に出てるんだし、当然でしょう?」
キズナもその言い分に納得する。
サヨはともかく、リィナに関しては珍しく一方的な物言いに感じられた。
ともすれば、この話題に関して彼女には特に嫌な思い出でもあるのかもしれない。
「とりあえず金の心配がねーなら文句ねえよ、冒険者としての仕事、みたいなのに憧れてたのは否定しないけどな」
「繰り返すけど問題ないわよ、お祖父様の権限で国庫から充分な金額は持ち出してる。勇者召喚にどれだけ予算が割かれたか忘れたの? 人が数人旅をするのに必要な金額なんて、数年分は持ってきてるから」
それもそうだった、そもそも召喚の儀式には街ひとつ買えるほどの金額が使われているのだ。
キズナには絶対に触らせて貰えない財布用のマジックバッグには、一国の事業としての予算が詰め込まれているのだろう。
「それにそもそも、姫は姫だしねー」
「そういやそうだな、プリンセス」
「馬鹿にしてるのはなんとなく伝わったわ、いい度胸ね」
キズナの茶化すような言い方に引っ掛かったのか、リィナがぎろりとキズナに睨みをきかせる。
彼はあとが怖いなと考えつつ、首をすぼめて舌を出し目を反らし誤魔化した。
「いやいや別に……でもま、そういうもんなのかねぇ……」
なんとなく白けてしまった様子で、キズナは周囲の町並みを眺める。
南東地域は奥に行くほど勾配を下る、そのために下層区とも呼ばれるらしいと彼は聞いた。
だが、その呼称はそれだけが理由ではないだろう。
建物は増改築を繰り返されたのか歪に入り組んでおり、治水やごみ処理がまともに機能していないためか、段々と悪臭も漂い始めている。
道を歩く人々の格好も貧相で、彼は不意に、痩せこけて道端に倒れている男と目が合い、反らした。
固い石畳の上にござを一枚敷いただけの地べたに寝転ぶ彼は、キズナの表情を見てなにか言いたげにしたが、キズナはそれを意識からどうにか外す。
「……なあ、リィナ、そんなに潤沢に予算があるなら、ここの人たちに少しくらい────」
「馬鹿言わないで、無尽蔵にある訳じゃないし、意味のない無駄遣いなんて出来ない」
「……無駄ってお前、そりゃどういう」
しかし、彼は言いかけた言葉を引っ込めた。
視線を向けた彼女の目が、普段のそれとは違ったからだ。
余人から見れば変わりなく冷静なものでも、彼にしてみれば、その鋭さには普段にはない険があった。
「……わかった、忘れてくれ」
彼は思う、もし自分にその財布が渡されたなら、この区画を整備するために使ってしまいたいのにと。
若干の気まずさがそれぞれ漂い、三人は少しの間無言になる。
しかし、耐えかねたのか、不服さの表れか、キズナが冷めた声で言った。
「勇者って、恵まれた人間がやるものなのかね」
「さあ、それはそうなんじゃない?」
興味がないのか、はたまた敢えてか、素っ気なく返すリィナの声に、歯がゆさを覚えるキズナだった。




