第二話 勇者が嫌いな人
「おい見ろよリィナ! なんだこの生き物、見たことねえ!」
街の中央通り、ここは人々の往来が最も多く、然るに伴って商店なども相応の数が居並ぶ場所だった。
マレミア王国、ウルフェムラの隣国にあたり、中央王国と呼ばれるアストルム王国を中心とした七大連合国の一角を担う商業大国の、東の端がこのブランの街である。
マレミア中央に比べれば小さく、隣接するウルフェムラが他国と交易を行わないこともありはするが、それでも大森林との境とは思えないほど栄えた活気のある街だ。
キズナはそんな街の往来のなか、そこかしこから漂う香ばしい匂いや、人々の喧騒に興奮の色を隠すことを忘れていた。
「こいつ、面白いな! うさぎと猫を足して割って体型に犬が混ざったみたいな……とにかく地球にゃいないぞこんなの!」
ご婦人が散歩させているペットであろう生き物を撫でくりまわしながら、キズナはリィナに笑いかける。
「みっともないから落ち着きなさい、おのぼりさんみたいになってるから」
「実際そんなもんだししょうがないだろ! ていうかもっと小遣いくれ、食ったことないもん色々あって全然足りねえんだ!」
「はぁ……あなたね、子供じゃないんだから」
喧しく騒ぎながらもキズナは女子二人を置いて先へ先へと進んでいってしまい、行く先々で目を輝かせてはヘラヘラと笑っている。
「おーう、キズナってばめっちゃテンションあげてんね」
リィナの横に並んだサヨが困惑したように彼女に笑いかける。
「そうね、他人のふりしたいところね」
「ええー? そんなこと言いつつじゃない?」
「馬鹿言わないで、赤っ恥だわまったく」
平然と受け流すリィナだが、サヨはへらへらとその顔を覗き込んでいるばかりだ。
「旅に出た自覚が悪い方に傾いたみたいね、行楽のための旅行じゃないことは自覚してほしいものかしら」
「ふーん、素直に楽しそうにしてて嬉しいって言えばいいのに」
魔道具の露天商で妙なものに触り全身をびかびかと輝かせ、子どもたちにポーズを取っているキズナの様子に苦笑しながら、サヨはリィナへ呟くようにする。
「まあ……元々あいつは、ああやって知らないものに目を輝かせて喜ぶようなやつだったわ。うちの国じゃそんな余裕なかったみたいだから、性根が出てきたのかもね」
ため息混じりに髪を翻すリィナに、やはりサヨは笑いかける。
「ふふ、姫、やっぱり嬉しそうじゃん」
「別に、ただの勘違いよ。これから先の馬鹿のお守りに憂鬱なくらい」
そう語るリィナの目元は、少しだけ柔らかに緩んでいる。
「ひとまずは領主の館に向かうわよ、滞在が長くとも短くとも、挨拶くらいはしておかないと」
「面倒じゃない? ハンゾーくんはそんなのしてなかったけど」
「そういう訳にもいかないでしょう。勇者という立場で関所も越えてるし、私たちが街に入ってることは領主の耳にも入っている筈。無視されたとなればそれこそ面倒ごとになりかねない」
「へいへーい」
口を尖らせながら、サヨはリィナの後に続く。
「ほら、物見遊山はあとになさい。先に領主のところにいくから」
剣に巻き付いた竜の工芸品を食い入るように見ていたキズナは、リィナに首根っこを捕まれて頸動脈を極められる。
「う、うぉえッ、ま、待て、分かったから離して」
「離したら勝手にどこか行くでしょ、ちゃんと言うこと聞けるの?」
「子供扱いすんな! なんで一々保護者面すんだよおま──ぐえっ」
抗議の声も虚しく、キズナは一瞬で頸動脈を締め上げられ意識を落とされる。
そのまま彼はリィナに引きずられて、周囲に唖然と見送られながら連れられていった。
◇
「これはこれは、お待ちしておりましたぞリィナ王女殿下! ……しかしそちらは、お噂の勇者どのでよろしいのですか?」
リィナたちが屋敷の中の大きな一室、領主の執務室に通されると、そこには張りつけたような笑顔で迎える地位の高そうな男と、他に数名の執務官らしい人物が待ち構えていた。
領主の男らしい小太りの大男は、蓄えた髭の奥で口を歪めながら、口調とは裏腹にリィナたちを品定めするような目で見下ろしていた。
ちなみにキズナは未だリィナに絞め落とされ気絶したまま、彼女に首根っこを掴まれて引きずられている。
「お初にお目にかかります、領主ボワルト殿。ウルフェムラ森林国より参りました、リィナ・ソルバシア・ウルフェムラと申します。本日はこちらのブランの街に滞在するにあたり、軽くご挨拶を」
「やっほー領主さん! あたしの事は知ってるもんね、何度か顔あわせたし」
ボワルトと呼ばれた男は、一瞬サヨの顔を斜めに見るようにねめつけると、すぐにリィナへハリボテの笑顔を向け直した。
「それはそれは、わざわざご足労いただきまして恐縮ですとも。もし宿などがまだお決まりでなければ、私どもが手配いたしますがいかがなさいますかな?」
「ありがたい申し出ですが、お構い無く。既に宿泊先は決まっておりますので」
「ほう、どちらの宿ですかな、このブランの街はさして大きい町ではありませんが、王室の方でもご満足いただける宿はいくつかございますからな」
両手を上下に合わせて揉むようにしながら、ボワルトは目を細めてリィナの顔色を伺う。
「……宿泊先と言っても、宿ではありません。街の外れの方にある孤児院に話をつけています、そこにいる人物に用がありますので」
だが、その彼女の返答を聞いてわずかに自身の顔色が変わった。
側にいる執務官のひとりとほんの一瞬目配せをしたが、リィナはその挙動を見逃すはずもない。
「それはそれは、そうでしたか。ですがあの辺りの地区は決して治安がいいとは言えず、王族であられるようなお方が身を置くべき場所では御座いませぬゆえ……」
「改めて、お構い無く。それに今の私は王族という立場ではなく、あくまで勇者一行の魔術師として彼に同行する立場にあります。であるならば、今後の旅路でいくらでもそうした地域に身を置く機会はあることかと。ここが初めてというだけです」
「……そうでしたか、承知いたしました。ですが、もし心変わりなされましたらいつでも仰って下さい。街で最高級の宿をすぐにでもご用意いたしますので」
ボワルトの言葉にそれ以上の返答はせず、リィナは一礼をして、キズナの襟首を掴み直し部屋を後にする。
「あ、姫ってば待ってよー! それじゃ領主さん、またねー」
サヨはボワルトにひらひらと手を振り、リィナを追って部屋を出ていった。
後に残されたボワルトたちは、彼女たちが扉の向こうへ立ち去ったのを確認したのち、顔を合わせてしかめ面をした。
「おい、どうするんだあの連中。ウルフェムラの姫は変わり者と聞いてはいたが、まさかあれほどとは。勇者とやらは気を失ったままで、極めつけはあの忌々しい雪女だ、あれが来るといつもろくなことが起きん」
「ボワルト様、よりによってあの連中、孤児院に滞在すると言っていましたが……」
「まったく頭の痛い……何故このようなタイミングで、これでは計画の邪魔になる」
「どうにかして、やつらを孤児院から引き剥がすほかないでしょう。なに、所詮恵まれた暮らしを送ってきた小国の姫君です、貧民街の生活などすぐに音を上げますよ」
「そうさな……だがいくつかの手は打っておくとしよう。おい、ギルドの連中から使えそうなやつを見繕ってこい」
「は、かしこまりました」
ボワルトが顎をやって、執務官のひとりに指示を出す。
ボワルトはそれが出ていくのを眺めたのち、丁度館から外へ出たところのリィナたちを窓から見下ろして睨み付ける。
「ふん、何が勇者一行か。所詮魔族との戦争の道具風情が大きな顔をするなど。王族としての立場でやってきたのなら機嫌のひとつも取ってやろうというものだがな、そうでないならただの厄介者でしかない」
ボワルトはカーテンを閉め、吐き捨てるようにそう口にした。
◇
「なーんか、領主とやらは随分と露骨な男だったな」
「なに、いつから起きてたの」
館から出て少し歩いたところで、リィナに引きずられたままのキズナが、その無様な姿のまま腕を組んで仏頂面をする。
リィナは投げ捨てるように彼を手放すが、キズナはそれに合わせてバク転の形で起き上がる。
「あいつ、いかにも下心しかなさそうだぞ」
「あら、当然じゃない? こんな絶世の美女を前にすれば」
「いや……そういう意味の下心ではなく」
「しかも二人いたからね、絶世の美女!」
キズナは話を拗らせるサヨを一瞬呆れた顔で見た後、とりあえず無視してリィナに続ける。
「まあこいつがこんな感じで、俺が気を失っていたってのはあるけど、明らかに王族のお前としか話す気がないって────」
「それくらい分かってるわよ、というか、そもそもあの領主にいい噂は聞かない。面子を立てるために挨拶に出向いただけだから、今後関わるつもりもないわ」
「ふーん、あっそ」
キズナは引きずられている際についた砂や土をパンパンと払ったのち、両手を頭の後ろに合わせて歩き始める。
「なんとなく、いい気分はしなかったな。勇者なんて言っても歓迎されるばかりじゃないんだって、分かっちゃいたけどさ」
「まあ、門番の人たちは随分と喜んでくれてたからねー」
サヨが言ったのは、彼らが街に入る際の関所での話だ。
キズナが魔王討伐のために旅をする勇者だと知るやいなや、門番の兵士たちは大層喜び、門出に立ち会えた幸運をしきりに感謝していたのである。
「それはそれ、これはこれよ。喜ぶ人間もいるならそれでいいでしょ、別に」
「そういうもんかね」
キズナは納得のいったのかいかないのか、自身でも判然としないまま、後頭部をぼりぼりと掻いて小さくため息をつく。
「とにかく、この後は孤児院とやらだろ? その会いに行くっつーやつはどんなやつなんだよ」
キズナがサヨの方へ首を向いて問いを投げると、手持ち無沙汰か氷魔法で遊んでいたサヨはあろうことかこう返した。
「んー? そだね、めっちゃ勇者が嫌いな人かな」
「…………おい、聞いてねえぞそれ」
立て続けにそんな人間に会うことに、思わず顔をしかめたキズナだった。




