第六話 初仕事
キズナとリィナの二人は今、街の下層区にある冒険者ギルドに来ていた。
二人の身なりは旅装としてのものであり、あまり華美であったり目立つ装いではないが、それでもキズナが不意に周囲と自分の格好を見比べると、自分達のそれらがこの場において浮いているのが分かってしまう。
何しろ、汚れやほつれ、それどころか破れたり色褪せていたり、でなければ何かの染みがついるような、そんな服装をしているものが殆どだったからだ。
自分達どころか、サンでさえもこの場では異端なのだということが身に染みて分かってしまう。
そのサンはというと、数歩先で受付の女性に声をかけており、二人を振り返り示しながらやり取りをかわしていた。
そうして促されるまま、キズナたちは受付嬢の案内を受けながら登録の手続きを済ませていく。
正確に言えば、リィナは案内など聞かずに書類を受けとりさっさと記入していっており、愛想のいい笑顔を浮かべていた受付嬢がむっとするのが見える。
キズナは気まずい思いをしながらも、自分よりも後に記入を始めた筈のリィナが凄まじい速度で空欄を埋めていくので、追い付かれまいと記入を急いでみる。
しかし結果的には、最終的に五馬身くらいには差をつけられて記入を終えることとなり、勝ち誇るような笑みを浮かべられてしまった。
「くッ……というか、あんな話をしておいて普通に入るんだなお前」
「何よその言い方。仕方ないでしょう、事情がなければ私だってこんな所来たくなんかないわよ」
「いや、俺は別に入りたくないなんて言ってねえけど……何がそんなに嫌なんだよ、お前らしくもない」
冒険者としての登録には自身の魔力と血液を込めたカードの作成も必要であり、二人はそんな作業を行いながら話していく。
ちなみに、そこにギルドマスターと呼ばれる人物の魔力が込められた捺印を押されることにより、ようやくカードは世界共通で使用可能となる。
証明書としての強度を保つ意味合いでも、ギルドマスターは力を持った長命のものが選ばれ、必ずしもギルドに一人置かれる訳ではなく、概ね複数のギルドを同時に管理し殆ど代変わりのないことが通例である。
実質管理者の不在であるのが、このギルドが荒れている原因であるのではないかと、キズナはリィナに問いかけながらぼんやりと思考した。
「うるさい、単に嫌いなのよ。そもそもらしいってなに」
「そういうのを表に出すっつうのがらしくないって……いや、もう一旦いいや。まあともかく、これで俺も晴れて冒険者の一員ってことだな」
昨日ギルドの話が話題に上ってからというもの、リィナの機嫌はあまりよくない。
その際に通りすぎるのみであった場所に、こうした形で戻ってくることはキズナには思っても見なかったことだが、彼が内心期待に胸を膨らませているのは隣のリィナにはとうに見破られている。
キズナが分からないのはやはり、それがどうしてこうも彼女の不興を買うのかというところであった。
「二人とも、登録は済んだか? 先ほども伝えたが冒険者登録は偽名で行うことは出来ない、契約魔術で偽証の類いは通用しないからな」
「ええ、知ってるわよそのくらい。いくつかの抜け道もあったり、平気で悪用するようなタイプの人間が冒険者やギルドには多いこともね」
彼女がまるで周囲に聞かせようとしているかのように声を出すので、目の前の受付嬢も含めて周囲の剣呑な視線が集まる。
キズナは思わず焦りながら周りを伺いつつ、彼女の脇腹を肘で小突いた。
「いやもう、やめろって……お前のその冒険者ヘイトマジでなんなんだよ……サン悪い、気にしないでほしい」
諌めるように口添えするキズナだったが、リィナからの返答としては腹を小突かれたのが大変不愉快だったらしい、肩を掴まれて無言のボディブロウが返ってきた。
腰の入ったそこそこ本気の威力に彼が声を殺して悶絶していると、サンからは思わぬ言葉が返ってきた。
「いいや、僕は別に気にしないよ。そうした側面があることも多分に事実だからね」
「お前もそっちなのかよ……」
振り絞った情けない声で答えるキズナにサンはため息をつくが、流石に同情したのか治癒魔法をかけて痛みを和らげるのを手伝ってくれる。
「おお……すまん、助かる」
「構わないさ、君も意外と気を遣うなんて事が出来るんだなと驚いた礼だよ」
「お前こそ気を遣いながら喧嘩売れるとか意外と器用ですね?」
キズナがこの場に自分の味方はいないことに軽い絶望を抱いていると、サンはそれを無視しながら受付の女性に声をかけていた。
「騒がせてすまない、客人は既に到着されているだろうか」
「あーはいはい、いらっしゃってますよ、お二階の応接室にてお待ちしていらしてます。もてなしがどうの奉仕がどうのと、大変礼儀正しい方でしたが」
リィナの態度が気に入らないだけでなく、その客人とやらも問題があったらしい、サンを不満の矛先としてどことなく捨て鉢な声色で女性が答える。
「そうか……すまなかった、迷惑をかけたね。ありがとう、いずれ礼をしよう」
しかしサンは、爽やかな笑顔でそう答え、礼儀正しく一礼して見せた。
顔を上げつつもやはり柔和に笑いかけるサンに対し、受付嬢は一瞬はっと目を見開いたのち、頬を赤らめながら恥ずかしげに目を伏せて反らす。
「い、いえ、お礼を言われるようなことは……」
キズナは「うわー」などと言いながらサンの背中を眺めているが、その受付嬢が彼の顔貌にも時折視線を送っていたことに彼は気がついていない。
ちなみに彼は、自分の見た目が人目を引くことをある程度理解しているが、それは自分の人となりを知るまでの事だと考えているためあまり興味はない。
悪目立ちと区別がつかないことや、基本的によく知らない女性に対しては苦手意識があるのもあるが、今はそれ以上に、ギルド内でたむろしている周囲の冒険者の視線の方がよほどに懸念するべきであったからだ。
「……なあ、やっぱかなりなんというか、気にされてるっぽいよな。お前の態度のせいじゃね?」
「ふん、それならその方がいいでしょうけどね。この鬱陶しい視線は入った瞬間から続いてるわよ、キズナも分かってると思うけど」
「あー、まあそりゃな……新規勢には厳しいタイプの界隈か?」
「なにそれ」
特に説明するつもりもないので、キズナは吹き抜けの直階段を上がっていくサンの後ろについていく。
酒場を兼ねた集会所のような形になっている一階と違い、二階部分は壁に沿って部屋の戸が並んでおり、中央奥にあるらしいギルド長代理の部屋の横、少し奥まった所にその応接室はあった。
こんこんと、サンが部屋の扉をノックすると、中から若く横柄な声が聞こえてくる。
「入れ」
部屋の扉を開けたサンに続き、リィナが入室する。
サンはリィナに対してエスコートするように傅いたのち、キズナが入室するのを無言で待ってから部屋の扉を優雅に閉めた。
「いちいちご苦労なやつ」
思わず皮肉が出たキズナを軽く無視しながら、サンは部屋で待っていた人物に向き直る。
「お待たせして申し訳ない、協力を申し出てくれたものがいるのだが、冒険者としての登録は行っていなかったのでね」
「冒険者登録がまだぁ? そんな連中がなんの役に立つというのだ、ぼく様の輝かしい初仕事に泥を塗る連中じゃないだろうなぁ?」
待ち構えていたのは、妙に身なりのいい、ともすれば悪趣味にも見える華美な服装の小男であった。
背後に三人の女中を控えさせながら、身の丈に合わない仰々しい態度で一人がけのソファに腰かけている。
彼はいやに鼻にかかるような、粘りつくような声で文句を言ってから、キズナたちを嘗め回すような不躾な視線で品定めした。
「ほう、そこのお前は中々美しい外見をしているな。いささか身体つきが貧相だが悪くないぞ、ぼく様の女にしてやろう」
その言葉を聞いて、キズナの眉根がぴくりと痙攣した。
髪の毛が逆立つような魔力をほんの一瞬発したのち、どうにか心を落ち着けてみせる。
「……なんていうかあれだな、いくらなんでもやりすぎってくらいの小物きぞぶッ!?」
言ってはならない事を言いかけた彼の後頭部が、リィナの風魔法で殴られる。
ちなみに、消音の魔法まで重ねられているので、端から見ればキズナがひとりでに妙な声を発しながら椅子から転げ落ちたようにしか見えなかった。
「そこのお前……いま何を言おうとした?」
「申し訳ありません、彼の言ったのはコモノキゾッブという彼の地方の伝説のことです。なんでも人々を導く神霊のことを指す言葉だとか、あなた様があまりに偉大に見えた為に口走ったのでしょう」
「ほう…………ほうほうほう、そうかそうか! ぼく様は思わず神霊と見間違うほどか! 男は興味ない、というかお前のようなのは見ているだけで不愉快ではあるが、その心がけは褒めてやろうぞ!」
椅子に座り直し痛みを堪えながら、キズナはリィナにだけ聞こえる声で「おぼえてろ」と凄むものの、当然そんな脅しが彼女に通用するはずもなかった。
「しかしながらボンチャス様、私めはラウルス教において第二洗礼を前にした修道女なのです。残念ですが、あなた様のものになることは出来ません。どうか全ての洗礼を受け婚姻が許された暁にまたお声がけください」
「ボン……チャス……ッ!」
相対する彼の名前を聞き、キズナは露見する事がないことを祈りつつ、肩を震わせて必死に笑いを堪えている。
すると今度は、後頭部ではなく身体の正面から先ほどの見えない殴打が彼の鳩尾を打った。
腹部を押さえて座りながら小さくなるキズナが静かになったのを確認し、リィナは先ほどの彼同様小さな声で「おぼえてなさい」と凄んだ。
キズナのそれとは違い、リィナのそれは本物であり、脅しではない。
キズナは腹の痛みのせいか脂汗が出始め、今度こそ完全な沈黙を選択した。
「第二洗礼ぃ? 五つあるうちのまだ一つ目のみということか、あと四つとは気の長い話だなぁ」
「ボンチャス様、通常第四洗礼に関しては必要のあるもの以外は行いませんので、あと三つにございます」
彼らの言うのは、ラウルス教徒の行う修行の段階の話である。
教会に属するものは修行を行い、一から五までの洗礼を通過することで信徒としての力を高めていく、信仰魔法を扱うための一連の儀式であった。
修道女の場合、最後の洗礼を受けたもののみが婚姻などを許されるため、殆どの修道女は未婚のまま終わることとなる。
「まあ、こいつは修道女じゃないから関係ないけど」
当然、彼らの身分は隠されていた。
冒険者登録に偽名は使えないが、何もその出自の全てを明かす必要はない。
また、冒険者としての情報は基本的に個人情報としてギルド内で管理されるため、ギルド内部の相手でなければ露見する事はない。
当然悪用するのをギルドの人間に咎められればすぐに露見してしまうが、今回に関してはその心配はないだろう。
「この男にあの受付嬢が好意的に教えるとは思えないし」
そんな風にキズナが思案していると、ふと室内の空気が変わっていることに気がつく。
それもその筈だ、やかましい鼻声が響いてこず、小太りの彼は無言で後ろの女中を睨み付けていたからだ。
「おまえ、ぼく様に意見したな」
「い、いえ、意見などと、そんなおこがましいことは……」
「ぼく様が間違ってるっていうのか? ご主人様に対しての礼儀がなっていないようだな」
「そんな、滅相も、私は────!」
「だまれ」
不意にボンチャスが左手の指輪を小さく掲げ、命令する。
するとその指輪は怪しく光り、先ほどから彼に釈明をしようとしていた、背の高い金髪の女中の口が強制的に閉じられることとなった。
「ひざまずけ……おまえたちはぼく様に絶対服従だろ? なぜならおまえたちはぼく様の女で、ぼく様のものだからだ。主人の間違いを質すなんてこと、絶対にあっちゃならない」
命令を受けその場に跪いた彼女を見下ろしながら、ボンチャスがそう口にして満足そうに息をつく。
一瞬、隣にいるリィナがひどく険しい視線を飛ばした気がしたが、キズナがそちらを見る頃には、理知と冷静をたたえた普段の表情に戻っていた。
「ふん、まあいい。そこの女、おまえの事は覚えたからな、洗礼を済ませたらいの一番にぼく様に連絡しろ。第二婦人くらいにはしてやってもいいぞ」
リィナは返答はせず、座ったまま無言で一礼をした。
キズナは先ほどから不愉快さで身体中がざわつくようであったが、ひとまず今はそれを表に出さず、リィナにならってすました顔でいる。
「申し訳ない、ボンチャス卿、そろそろ本題に入っては貰えないだろうか?」
「ふっ……」
サンが発したボンチャス卿という語感にキズナは再び笑いが漏れそうになったが、どうにかこうにかそれは表情に出さず口角を一瞬、ぴくりと動かすのみで耐えた。
「ふむ、そうだな。そこの女を娶るのはこの先の楽しみにしておくこととして、ひとまずは今回の仕事の話に移ろう」
キズナは笑いが漏れかけたのが一瞬で不快に戻されながら、娶ろうとする相手の名前も聞かない男の話を気を取り直して聞く体勢を作る。
「おまえたちに手伝わせてやる今回の仕事はな…………狼退治だ」
キズナは驚く。
神秘の森ウルフェムラ、超常の賢狼が治める土地を出た初仕事が、まさかそれとは、と。




