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満州の曠野に真っ赤な夕陽が沈んで馬賊三人娘モーゼル撃ちまくって無双するのよーッ!! 下

シミュレーションもの第一弾、完結でございます。


 森林を抜けると、元の満州の曠野が拡がり、東の地平線に陽が昇り始めた。

 ちと早すぎる気がするが、何せバーチャル世界だから24時間のサイクルが早い。

 前方に街が──正確にはその廃墟が見え始めた。

 じいじが先導し、ウチらは無言でそこに足を踏み入れる。

 市街戦の惨状が眼前に迫り、ウチらは思わず息を呑んだ。

 死体が転がっていないのが不思議なくらいだ。

 建物は高くても三階くらいで、戦前はにぎやかな商店街だったところが、今は無人。窓という窓はすべて砕かれ、壁という壁は弾痕だらけ、砲撃を受けて崩れた家屋、炎上しかろうじて看板だけが焼け残っている商店。

 通りの幅は十メートル程だが、そこかしこに荷馬車の残骸やら瓦礫の山やら倒れた柱やらが散乱し、馬で駆け抜ける事は難しい。

 何やら胸のむかつきを覚えながら、私がその事を訊こうか訊くまいか悩んでいると、代わりにおちゃびーが尋ねてくれた。

 「ねーレアァ。この廃墟の設定って······」

 『あーそれね。一九二〇年代の地方軍閥同士の紛争による戦禍って事だからね。日本軍がやった訳じゃないから。満州事変も日華事変もまだ先の話よ』

 そうは言っても。ウチらは複雑な表情で視線を交わし合う。このへんの歴史的経緯について語り出すときりが無いからやめておくが、旧満州の日本軍つまり関東軍は、誰が見たって「悪役」だった。

 じいじは憮然と黙り込んでいる。戦争に直接関与したのはじいじのお爺さん以前の世代だが、ウチらとは比べものにならないくらい、その心中は複雑だろう。

 ほどなく、じいじが振り向き、言った。

 「おい、ここじゃ馬は役に立たん。そこの酒場の跡の中に引き込んで隠しとけ」

 「はーい」

 ウチらは気を取り直し、これから始まるであろうバトルに大事な馬が巻き込まれないよう、その元酒場の廃屋の中へと馬達を引き込んだ。

 扉は外れ、カウンターはひっくり返り、穴だらけの椅子とテーブルが、ぼろぼろの床の上に転がっているという有様だが、それでも馬四頭をテーブルの脚につないでおくだけのスペースはある。

 「いい子にしてんのよ」

 ウチらはそれぞれの愛馬の顔を撫でて言い聞かせる。馬達はヒンヒン鳴いてそれに応える。ほんと、生きてるようにしか思えない。

 表に出ると、空はすっかり明るく、春(頃)の柔らかな陽射しが降り注いでいる。ウチらは各々銃を構え、周囲を警戒しながら廃墟の中を進んだ。どんな罠が仕掛けられているか、判らない。

 敵は六人やっつけた。あの時、私の「カサンドラ・ターン」でやられてなければ、残りは八人(さすがにレアも正確な数は教えてくれない)。ゲームオーバーがかからない以上、敵のラスボス・アルゴスは健在で、今度は本陣でどんと構えている事だろう(本来ラスボスが先陣切るなんてあり得んけど、反則ではない。敵ながらあっぱれとさえ言える)。

 ではこういう所で待ち伏せをするようないかにもキャラ、いや奴と言えば──

 まず性悪ケンタウロスの名を頂いたリペウス。あいつは珍兵器マニアだ。現代戦ではおよそ役立たずの代物ばかり使いたがる、元警官にして窃盗犯。懲戒解雇(クビ)になった理由は同僚のロッカーから財布を盗んだからってもー開いた口がふさがんない。

 もう一人はポレアス。暴れ者の北風って意味だけど、元陸自軍の脱走兵で、銃を盗んで逃げ出した理由は銀行強盗って言語道断な野郎。幸い未遂に終わったけど、五年の実刑喰らってる。戦前なら間違い無く銃殺だ。こいつの得物はリアルじゃM3SMG、通称「グリース・ガン」(ニケ様に言わせると「下品な銃」)をバリバリ撃ちまくるのが大好きという、アサシンとしちゃ大味で芸の無い奴。ここで一九四二年正式採用のグリース・ガンが出て来るとは思えないから、果たして何がお出ましになるやら。

 あと一人か二人、いるかもしんないけど、どいつもこいつもろくでなしばっか。それでも油断は絶対できない。

 「何か臭わない?」

 おちゃびーが言った。すぐに私も気づいた。油だ。

 「そこ」

 めっちが数メートル先の地面を指さす。帯状に黒ずんでいる。次の瞬間。 

 「伏せろ!!」

 じいじが叫ぶのと同時に、ウチらは一斉に地面に身を投げた。間一髪、ウチらの上を火焔の帯が、花火だか何だか判らない火を噴く無数のモノが乱れ飛び、爆発し、まるで中国全土の旧正月の大騒ぎがまとめて押し寄せて来たような有様と相成った。

 「ぎゃーっ、何よ何よ、何なのよこれはーッ!!」

 頭を抱えながらおちゃびーが喚いてる。頭を少しでも上げたらたちまち吹き飛ばされるか、火だるまにされそうな凄まじさだ。

 これは。そうか。やはりあいつだ。

 珍兵器マニアのリペウス。

 これらは中国中世期、宋から明代の武器兵器のレプリカだ。

 火焔放射は宋代の猛火油櫃(もうかゆき)。粗製ガソリンとも呼ばれる猛火油(ナフサ)(タンク)にたくわえ、横筒(ポンプ)で吸い上げて噴射、火薬で熱した部品で点火、火焔が放たれる仕組み。

 乱れ飛んでいるのは火箭(かせん)ってロケット矢。これをこれだけ一気に飛ばしているのは、多発火箭。小は三発の神機箭(しんきせん)から大は百発の百虎斉奔箭(ひやっこせいほんせん)といろいろあるけどって解説してる場合か。このままでは動けん。あの油の帯にはまだ引火していないが、まわりの残骸には火が回って来た。ヤバい。しかし。私は叫んだ。

 「ちょっとレアァ! これってどこまでリアルでどこまでエフェクト!?」

 おばさんが答えた。

 『いやーそのへんは微妙ねえ。でも大丈夫。熱気は感覚操作だし、銃弾と刀剣同様、焼かれようが吹っ飛ばされようが、リアルには失神するだけで、死ぬ事はまず無いから、安心して』

 「安心できるか!」

 まず無いって何だ!

 その時、油の帯の向こう側、約百メートル離れた残骸の陰から陰に、人影が素早く動くのが見えた。とにかく、このふざけた攻撃を一刻も早く終わらせねば。あれがリペウスかどうかは判らないが、仲間の一人なのは間違いない。私はモーゼルを構え、身をかがめつつ、その人影めがけて数歩踏み出した。途端に、

 「危ない!!」

 後ろの三人が一斉に叫んだ。ハッと振り向く。鳥? 無人機? ドローン? 何だか判らないモノが猛スピードで私めがけて突進して来た。発砲は間に合わない。とっさに油の帯を跳び越えて転がった。モノは油の帯に激突、大爆発。私は吹っ飛ばされた。地面をごろごろと転がり、荷馬車の残骸にぶつかって、止まった。何がエフェクトだ。マジ死ぬとこだったぞ。

 「あたたたたーっ」

 私は唸りながら身を起こした。それでも右手に握りしめたモーちゃんを離さなかったのは我ながらさすがだ。威張ってる場合か。油の帯は焔の壁と化して、仲間の三人と私を隔てている。分断された。これが狙いか。やられた。私がほぞを噛んでいると、耳をつんざくような銃声が続けさまに鳴り響き、身を伏せるのが少し遅れたら、危うく蜂の巣になるところだった。

 あのやかましい銃声、そして切れ目の無い連射は。あれだ。ソ連製SMG、PPsh1941、ドイツ軍はバラライカ、ソ連侵攻時の関東軍はマンドリンと呼んで恐れたあのって、

 「レアァ! あれってできたのこの時代から十何年も後の大戦中じゃないのさ! こんなのってありィ!?」

 私がそう叫ぶとレアのおばさんはいけしゃあしゃあとこう答えた。

 『まー例の戦車アニメだって、基本第二次大戦のモノって事になってるけど、「設計が済んで試作にかかってればオッケー」てな訳で、実戦参加してないセンチュリオンとかもガンガンやってたじゃん。あんまり細かい事気にしちゃ駄目よ、かっちん』

 「つかいー加減なァ」

 文句を言っても始まらん。反撃しなければ。うわ火の壁を突破してまたさっきの奴が飛んで来た。だけど今度のは狙いを大きく外れ、しかも火だるまになって空中で爆発した。私はまた身を伏せてかろうじてしのいだ。だが何が飛んで来たのかこれで判った。

 あれは神火飛鴉(しんかひあ)、または火龍出水(かりゅうしゅっすい)って、紙と竹でできたハリボテの鳥や龍に火薬を詰め、推進用の火箭四本を装着、目標めがけて発射という、いわば原始的な弾道ミサイル、多段式ロケットなのよね。これって攻城用や水上戦用の兵器なのに、近距離で生身の人間めがけて(しかもウチらみたいな可憐な美少女達にィ。いやじいじもいるけど)ぶっ放すとは何事だ。ふざけやがって。どこまでがリアルでバーチャルなのか、あえてはっきりさせていないところがまた危ない。こういう点はレアも負けず劣らず根性悪だ。

 前門は中国中世ミサイル・ロケット、後門はマンドリン機関銃って、文字通り虎と狼に挟まれたようなもの。絶体絶命だ畜生ーッ。さあどうする。こっちの武器は拳銃と刀だけだ。とりあえず、前門は佳代っちらに任せ、私は後門に専念しよう。

 今マンドリンをバリバリ撃ちまくっているのは、当然あのポレアスだ。姿形は猿そっくりなのだが、動きもまたそうなのだ。残骸の陰から陰へ、走り回るというより跳び回って、装弾数七十一発のドラム弾倉から、毎分九百発もの高速弾をこちらめがけて浴びせ続ける。

 これを現実にぶちまかされた関東軍やドイツ軍の前線兵士達は、どれだけ苦戦したかが実感できた。時おりけけっけけっなどと猿そのものの声で笑っているのが聞こえる。何て奴だ。調子に乗りやがってエテ公め。

 一つのドラム弾倉を撃ち尽くすと、素早く取り置いたスペア弾倉と交換し、また全然違った位置から射撃を始める。こちらはバリケード代わりの残骸からモーゼルを突き出す暇も無く、後ろの焔の壁をぶち抜いて飛んで来る火箭も警戒しなくちゃいけない。

 ええい、こっちもフルオートで撃ちまくって。いや駄目だ。あっちは七十一発、こっちは二十一発。初めから勝負にならない。

 ならばこちらは一発必中、一撃必殺。これしかない。

 私は荷馬車の残骸の下に潜り込み、右腰の木製ホルダーを外して、モーゼルのグリップにストックとして装着、狙撃体勢を取ると、距離調整のタンジェントサイトを百メートルにセットした。前部銃把(フォアグリップ)代わりの二十発弾倉を左手で握りしめ、とりあえず、今ポレアスが撃ちまくっている瓦礫の山のはざまに狙いをつける。そこはいわば「銃眼」状になっていて、撃ち手の姿を見る事はできない。だが敵も私の正確な位置を把握している訳ではなく、ひたすら「いそうな場所」に銃弾のシャワーを浴びせているだけだ。

 それでも乱れ飛ぶ銃弾の雨は、瓦礫や残骸の破片、地面の石ころを飛ばして、私の身体を痛めつける。背後から飛んで来る火箭が至近距離で爆発し、熱風が皮膚を焦がす。感覚操作なんだと思おうとしても、実際に悲鳴を上げたくなるくらい痛い、熱い。でも私は耐えた。後ろの三人だって耐えている。

 銃声が絶えた。弾倉を交換すべく、ストックを置いてある位置に移動している。素早く、抜け目無く、だが一瞬、今まで撃ちまくっていたはざまから、ほんの一メートル程離れた「隙間」にその姿がよぎった。私は銃身をわずかに移動させ、トリガーを絞った。銃弾──正確にはレーザービームがターゲットを射抜いた。「ぐわっ」というくぐもった呻きに続き、ドサッと倒れ込む音。

 マンドリンの嵐は沈黙した。

 私は荷馬車の残骸の下から這い出すと、倒れたエテ公には見向きもせず、焔の壁の三人の加勢に赴こうとした。だが焔は左右の廃墟にも燃え広がり、どこからも突っ切る事ができない。火箭は相変わらず乱れ飛んでいる。爆発音で声は聞こえない。うわーっ。佳代。由美。じいじ。どうか無事でいてくれーっ。てな訳で、焔の壁の向こう側、「前門」の戦いについては、由美めっちに語ってもらいましょう。

 

 ではここからしばらく私求塚由美が、珍兵器マニア・リペウスとの戦いの模様を語らせて頂きます。

 私はこの種のモノにはあまり詳しくはないのだけど(美貴ならば頼みもしないのにぺらぺらまくし立てるのは言うまでもない)、あくまで後知恵という事であしからず。

 美貴と焔の壁で分断され、火焔と火箭、原始的ミサイル・ロケットのつるべ撃ち攻撃にさらされ続けた私達は、ひたすら物陰に隠れ、地面に這いつくばりながら、火を噴いて飛んで来る物を撃ち落としていた。敵があらかじめそこかしこに仕掛けた物を、片端からぶっ放しているのは確かだが、射ち手の姿が見えない。とにかく、どれだけの量の「花火」を仕掛けたのか判らない以上、元を断たなければ駄目だ。

 私は這って、同じく悪戦苦闘中の佳代とじいじの所ににじり寄った。

 「このままじゃ埒が明かない」

 私が騒音の中で叫ぶと、二人は頷く。焔の壁の向こうからは、一方的な機関銃の乱射音が聞こえる。美貴も苦戦しているようだ。当然、こちらの火箭もあちらの銃弾も、焔の壁を突き抜けて飛び交っている。危険な事この上ない。

 私はいったんモーゼルから手を離し、二人の空いている左手をつかんだ。私はしゃべるのがどちらかというと苦手で、指モールスの方が話が早い。私が大急ぎで考えを伝えると、二人はすぐに目で答えた。

 「よし、やろう」

 私はモーゼルをつかみ、右側に向かう。佳代は左側。じいじは瓦礫の山の陰。

 「じいじ、援護よろッ」

 私達はそう叫び、飛び出した。乱れ飛ぶ火箭の嵐の中を身をかがめて突き進む。そして「まだ撃って来ない」物陰めがけて銃弾を送り込み続けた。

 私の考えはこうだ。

 最初荒れ狂っていた火炎放射──猛火油櫃(もうかゆき)は現在沈黙している。これは導火線に火を点けて回るだけの火箭とは違い、ナフサをタンクからポンプで吸い上げ、点火して吹きつける者が常にへばり付いていなくてはならない。つまり火炎放射が届かない所から集中射撃を浴びせれば、容易に仕留められるという事(美貴なら一発だ)。そこには今、誰もいない。

 リペウス及びその協力者は、火箭やあのハリボテミサイルが放たれた場所には、それに点火した次の瞬間、他の仕掛けに移動している。故にまだ射って来ていない、それらしき場所に銃弾を送り込み続け、もしあの手間暇かかるハリボテを構えているところを見つけたら、すかさずそこに集中射撃を浴びせるべし。

 私達はこう打ち合わせ、即実行に移したのだった。

 だが敵もさる者、なかなか手応えが無い。逆に反撃を喰らい、二方向から同時に飛んで来た火箭に挟み撃ちにされる寸前、私は目の前に転がっている木箱の中に飛び込み、どうにか直撃を免れた。火箭は左右の瓦礫の山にぶつかり、爆発した。木箱はよく見たら穴だらけの棺桶だ。中国では子は親の生前にできるだけ立派な棺桶を用意するのが親孝行という慣習があると(今はどうか知らないけど)、何かで読んだ記憶がある。だからこんな所に転がっていても不自然ではないかもしれないが、やっぱりこれはちょっとあんまりだ。

 私は憮然として棺桶の底から廃墟を見上げた。

 そして十メートル程前方の、崩壊寸前の雑貨屋の瓦屋根の上に、ハリボテの龍の頭がにょっきりと現れるのを見たのだった。

 私は棺桶からモーゼルを突き出して、二人にそれを指し、合図した。そしてがばと身を起こし、私の小さな手には余る大型軍用拳銃を両手で構え、発射寸前のそのハリボテ───火龍出水(かりゅうしゅっすい)の頭部に狙いを定める。佳代とじいじ、私は、同時に発砲を開始した。龍の頭はたちまち穴だらけとなり、次の瞬間、目のくらむような大爆発が発生、私達は地面に(私は棺桶の底に)伏せて、これをしのいだ。

 顔を上げた時、周囲は白煙が立ち込め、あちこちで火災が起きていたが、火箭の乱れ射ちは止まっていた。道路の真ん中には屋根の上から吹っ飛んだらしい、真っ黒焦げの人らしきものがひくひくとケイレンしている。あれがリペウスだろう。協力者達はリペウスがやられたと見るや、さっさと逃げ出してしまったとみえる。

 私達は立ち上がり、次の戦いに備えて素早く装弾した銃をホルスターにしまうと、事の張本人の所に歩み寄ろうとした。その時、佳代が振り向いて言った。

 「あれ? 何か向こうも終わったみたい」

 そういえば、機関銃の音も止んでいる。気がつかなかった。やった。美貴も勝ったんだ。でもまさか、相討ちなんて事は。私達の一瞬の危惧をよそに、いくらか下火になった焔の壁を跳び越え、美貴がストック付きモーゼルを振り上げながら、こちらに駆けて来た。

 「おーい、やっつけたぞー、そっちもかーっ」

 「うん、めっちがハリボテ見つけた。発射前に吹っ飛ばしたよー」

 佳代が答え、美貴は満面の笑顔で私達とハイタッチをし(じいじもだ)、そして向こうで地面に大の字になっているリペウスを見やり、眉をひそめた。

 「ね。あれって生きてんの?」

 「ひくひくしてるけど」

 「リアル火薬は少量のはず」

 「大爆発はエフェクトだろうが」

 私達がぞろぞろと黒焦げリペウスを囲んだその時、

 『ハーイ、お目覚めの時間ですよー』

 と、レアの声が響き、「天井」から見えないスプリンクラーの水が一条、滝のようにリペウスの顔面めがけて落下した。私達は数歩飛びのいた。水しぶきが顔から弾けると同時に「ぶほーっ、がほげほごほぉーっ」と御当人が跳ね起きて、黒焦げの耐火マスクとおぼしき物を頭からむしり取り、咳き込んだ。私達はやれやれと顔を見合わせた。やはり死なれちゃ後味悪い。

 服も耐火繊維製の物を着用していたらしいが、それでも髪の毛はチリチリ、顔は真っ黒だ。元コソ泥警官のリペウスは、目の前の私達に気がつくと、途端に腰を抜かし、後ずさった。半べそ声で叫び出す。

 「わっ、やめて下さい。ボコにしないで。助けて。勘弁して。冗談だったんです。本気じゃなかったんですぅ」

 森で仲間がどんな目に遭ったか知ってるらしい。私達はうんざりしてじいじを見た。じいじが一歩進み出、ぶ厚い左の手のひらに、ごつい右の拳をバシッと打ち込み、吠えた。

 「うせろ、馬鹿者!!」

 「ひえええええっ」

 リペウスは転がるような勢いで、廃墟の向こうめがけてすっ飛んで行った。佳代が呆れて溜め息をつく中、私は美貴と再びパチンと手を合わせる。今度はバトンタッチだ。


 てな訳でまた私ことカサンドラ美貴が語らせてもらうわね。

 ここでの戦闘はひとまず終了との事で、廃墟にはエフェクトの雨がざあざあと降り注ぎ、そこにスプリンクラーのリアルな消火水が混じって、実際はわずかだった本物の火はたちまち消され(でもやっぱりほんとに燃えていたのだ。ぎゃー)、ウチらは濡れない雨の中で会話した。

 「馬を取りに戻るぞ。こっから敵本陣まで一気に駆け抜ける」

 じいじが言い、ウチらは一斉に「はーい」と応じる。短い雨も止み、ウチらが歩みかけたその時。

 「おっと、待ちな」

 どこに隠れていたのやら、いきなり巨大な影がウチらの行く手に立ちはだかった。

 ウチらはもはや呆れ果ててそいつを眺めていた。

 百首巨人、テュポン。元陸自軍。不名誉除隊。理由は連続少女レイプ。ニケ様が常々「軍や国ではない、人類の敵。ぶっ殺してやりたいッ」と言ってる野郎。除隊後実刑十年。無期懲役でもおかしくなかったのに、誰かさんのつけた弁護士がとても有能だったらしい。共犯じゃん。で、その誰かさんとは言うまでもない。事実上のスカウト。十年後の採用予定って、気の長い話。

 まあさすがにSCS入社後はCEO(ゼウス)から開口一番──あの悪党も経営者としての最低ラインくらいは心得ていたと見えて──「ここでヤッたら、命無いよ」とぶっすり釘を刺されたそうで。  

 そりゃそうだろ。見かけにだまされてキュッちんかウチらなんか襲ったら、佳代っちならずともまずタマを潰され手足へし折られて頭の鉢割られるのがオチだし、一般の無抵抗な女子社員や、通りすがりの女の子を手にかけても同じ事で、警察の手が及ぶ前に、ウチらが集団で報復するから、徹底的に。想像するのも恐ろしいわ。こいつもさすがにそれは判ってて、だからやむなく風俗通いで、合法的に発散してるみたいだけどね。下種野郎。

 そいつがノリノリの山賊スタイルで、しかも顎には馬鹿長い関羽髭なんぞくっつけ、右手にこれまた馬鹿長い青龍戟(せいりゅうげき)──つまり明代の「三国志演義」で描かれている関羽将軍御愛用の柄付青龍刀って事だけど、これは本当の三国志の時代から千数百年後の武器なのよね、実際の話。だけど本場中国の実写ものでも、日本のマンガやアニメでも、関羽将軍と言えばこの青龍戟で、「リアルに」剣のみで戦う関羽は髭無しの関羽とおんなじ、あり得ない。それはとにかく。

 こいつが偉大なる英雄・男の中の男・関羽雲長将軍気取りで(しかも山賊スタイルだ)いるなどと、冒涜以外の何だと言うのだろう。私は関羽ファンだ。私はキレた。許せん。ふざけるな。レイプ野郎の分際で。

 「さあさっさと腰の刀を抜きな。四人まとめて相手にしてやる。束になってかかって来やがれッ」

 普段巨大な(まさかり)(金太郎かよ)を得物にしている関羽もどきが、代わりに青龍戟を振りかざして吠え立てた。

 「つき合ってられっか」

 思いは同じ。ウチらは四人揃ってそうつぶやき、腰の刀ではなく銃を抜いた。関羽もどきがのけぞる。

 「ま、待て、卑怯だぞっ」

 問答無用。フルオートの21☓3にリボルバーの6、合計69発の銃弾を、ウチらは隈無くこのふざけた野郎の全身に叩き込んだ。文字通り蜂の巣血だるまとなったテュポンはその場にぶっ倒れ、ぴくりとも動かなくなった。ウチらは振り向きもせず、さっさと馬をつないである酒場跡へと戻って行った。

 後で聞いたらテュポンはリアルで丸三日意識不明だったそうだが、ケルベロス内ですら鼻つまみの嫌われ者で、同情の声はどっからも無し、「ほんとにくたばっちまえば良かったのに」とすら言われていたそうな。

 ま、アサシン組織の中での仲間割れは、本当の意味での末期症状だけど、それはもう少し先の話ね。


 廃墟を後にして、じいじの先導で馬を走らせる事十数分。新しい馬の蹄の跡を追う事になったが、あの丘陵の陰あたりに予備の馬を隠していたと見える。さすがはアルゴス、抜かりは無い。あれで部下達があんなまぬけばっかじゃなかったら、既に始まっていた私達の「内なる戦い」はさらに厳しいものになっていたはずだ。ま、何せ「ケルベロス雑魚十三人衆」だもんね(笑)。

 ちなみに連中が総出になっている間の内務班ケルベロスのお仕事はどうしているかというと、「ケルベロスの三ツ首」の残る二人、青銅巨人(タロス)海の怪物(スキュラ)が予備員を使ってやってらっしゃるはず。ごくろーなこった。

 さて、ほどなく前方に小規模な集落らしきものが見えて来た。十数軒の粗末な家屋が、人の背丈くらいのボロい壁に囲まれている。レアによれば「匪賊の襲撃前に住民が逃げ出して、今は連中が住み着いている」という設定だそうだ。当時はよくある話だったのだろうが、住民皆殺しじゃないだけまだましか。

 私達はいったん馬を止め、静まり返っている敵本陣を眺めやった。私が口を開く。

 「えーと。敵でまだ残っていると思われるのが。頭目ラスボスのアルゴスは当然として。それから──」

 「ミノタウロスよね。青龍刀使い」

 と、おちゃびー。元陸自輜重(しちょう)部隊員の荒くれ者だ。

 「ポリキュスとケト」

 由美めっちが溜め息混じりでつぶやく。巨人族(タイタン)の兄妹兼夫婦の名で、元暴走族のアラサー兄妹。チンピラ好みの得物が大好きで、ナイフ使いのめっちを目の(かたき)にしている。

 「ポリピュリオンか」

 指をぼきぼき鳴らしながらじいじが言う。タイタンのボスの名で、元暴力団幹部の巨漢である。じいじとはボクシングでいい勝負をしている。相手にとって不足は無いようだ。じいじがウチらに向き直り、凄みのある声でこう言った。 

 「奴らは集団同士の決戦ではなく、個別の決闘を挑んで来るはずだ。お前ら、受けて立つ覚悟はあるか?」

 ウチらは一斉に答えた。

 「はーい、ありまーすっ」

 じいじはしばしぼんやりと空を見上げ、やがて言った。

 「······俺は、いや俺達は、リアルに小学生を引率する教師の気分を味わっているようだ」

 じいじはくるりと背中を向け、馬腹を蹴り、叫んだ。

 「行くぞッ」

 「はいッ」

 ウチら四騎はあえて得物を手にせぬまま、集落めがけて突進した。やはり撃って来ない。集落の入口、木製の門扉は、どうぞお入り下さいと言わんばかりに開いていた。ウチらはためらう事無く一気に中へと駆け込んだ。

 集落中央には広場があり、そこに先ほど名を挙げた面々が、ずらりと並んで待ち構えておられた。皆腕組みをし、ニヤニヤ笑いを浮かべている。

 ウチらは広場の隅にある馬駐(うまとど)めに各々の馬をつなぎ留めると、彼らの前へと歩み寄った。自然に、さっきウチらが自分で口にした相手の前に立つ事となった。

 じいじとポリピュリオン。元ヤクザの親父の得物はスレッジハンマーとオートマグナムだが、今はどちらも手にしていない。

 「おいおい、丸腰かい」

 と、じいじが言うと、

 「そりゃあ爺さんと一対一なら、これでなくちゃな」

 と、親父はファイティングポーズを取って、歯を剥き出した。ここのシステムでボクシングの本格的な試合会場のシミュレーションを組んで、じいじやケイロンのおじさんたちが試合してる訳(実際の観客はウチら社員十数人なんだけど、満員の会場の臨場感が味わえる)で、この親父ももちろん常連。

 「おう。望むところだ」

 じいじも自分の得物を地面に置くと、すぐに拳を構えて向き合った。

 「いつぞやは不覚を取ったが、今度はそうはいかねえぜ。グローブ無しの俺の鉄拳、味あわせてやる。手加減抜きだ。覚悟しな」

 「ぬかせ、ヤー公。両の小指の無い拳がなんぼのもんじゃい。仕上げてやる、来いッ」

 「うぬ、おのれ、糞ジジイがッ」

 シミュレーション内でリアルの殴り合いが始まった。凄い。できればずっと見ていたいが、我慢だ。

 由美めっちとポリキュス・ケト。元暴走族兄妹が両手に構えているのは、大きさ五十センチ程の、三日月状の刃を交差させ、中心部を握り手とした、鴛鴦鉞(えんおうえつ)と呼ばれる格闘武器だ。まあでかい刃物付きナックルダスターといったところか。

 あの二人がいつも使ってるアパッチピストルってのもアレだけど、また妙なモノ持って来やがって。あ。めっちが無表情に尋ねてる。

 「あのー。ひとつ訊いてもいいかな。さっき街の廃墟で花火バンバン射ってたの、あんたたち?」

 「あたぼうよ!」

 「リペウスが昼飯一週間おごるって約束でさっ」

 「そんな事だろうと思った」

 めっちは腰の銃にも刀にも手をつけず、懐ろから匕首(ひしゅ)と呼ばれる両刃の短剣を取り出し、鞘から引き抜いて身構えた。ナイフ使い・由美にのみ、レアが許可した得物である。一見わざわざ不利にしか思えない得物を手にしたようで、鴛鴦(おしどり)兄妹(あー気色悪)もそう感じたらしい。頭から湯気立ててる。

 「舐めるなーッ!」

 「小娘ーッ!」

 と、叫んで襲いかかった。

 まあ拳法の達人が使えば相当な威力を発揮する得物なんだろうけど、あいつらたかが元チンピラ、匕首を自在に操り縦横無尽に動き回る我らがめっちに、そんな慣れない代物振り回してもかなうはずがないのだ。毎度の事とはいえ、少しは身の程をわきまえたらどうなんだろ。

 めっちの動きにいつものように翻弄されるアラサー兄妹が、

 「おのれーっ、ちょこまか動きおってーッ!」

 「ちょっとはじっとしたらどうなのよーッ!」

 と、悲鳴を上げ始めた。これもいつも通り。時間の問題。

 そしておちゃびーとミノタウロス。こちらは青龍刀同士の対決である。牛くんが言ってる。

 「お前の日頃の得物は脇差だろう。満足に振れるのかよ、それ」

 「ふん」

 佳代っちは鼻で笑うなり、青龍刀を抜き払い、右手一本、上下前後左右、目にも止まらぬスピードで振り回し、頭上に放り投げ、回転させ、くるりと身体も回して左手で柄をつかみ取り、これまた猛スピードで振り回し、また頭上に放って回転させ、右手に持ち替え、サービスのつもりか一発バク宙までキメると(おいおい)、ぴたりと切っ先をミノタウロスの顔面に突きつけた。刃が風を切る音は後から聞こえたような気がした。ほとんど稲妻、光速。びーびー恐るべし。

 「どう、合格?」

 ミノタウロスは数秒ぽかんとすると、すぐさま自分の青龍刀を引き抜き振りかざし、顔を紅潮させながら叫んだ。

 「ち、ちょっとばかり早く振り回したくらいでいい気になるな! 小娘め、本場の凄さを思い知らせてくれるわ!」

 「わあ、期待できそ」

 ちなみにミノタウロスの本名は王玉王(おうぎょくおう)。国籍は日本だけどルーツは大陸。こちらは文字通り火花を散らす、凄まじい剣劇の幕開けと相成った。うー見ていたいけど我慢だっ。

 そして私とアルゴス。仲間の三組が戦い始めるのをよそに、私達はどちらともなくそこから離れ、十メートル程の距離を置いて向かい合った。移動中、ホルスターの中に手を突っ込んで、安全装置を外し、撃鉄を起こした。相手も同様の事をしているだろう。お互いプロだから撃ち合う前に暴発させるようなヘマは犯さない。それとあのレイプ野郎を蜂の巣にした後、それまで着けていた二十発弾倉を、通常の十発のそれと交換した。早撃ちに備え、少しでも引っかかりを減らす為だ。

 風帽(フォンマオ)と呼ばれる毛皮の帽子をかぶったアルゴスは、比較的小柄な身でありながら、見るからに匪賊の頭目、ラスボスの貫禄充分。ノリノリじゃん。

 その頭目は、右の親指で戦う三組を指さし、こう言った。

 「飛び道具を使うのは俺達だけだからな。あいつらに当たっちまったらまずいから、銃撃戦は無しだ。お互い一発で決めようぜ」

 おゝ見上げたものだ。やはり他の奴とは違う。私は微笑み、答えた。

 「望むところよ」

 私達はホルスターに収まったままの互いの得物に手をかける、その寸前の姿勢で睨み合い、固まった。完全に西部劇の一騎討ちである。互いの隙を待ち、肩で息をし、ひたすら抜き撃つタイミングを推し測る。こういう場合、焦って下手に動いた方が、絶対に負ける。その中で、私の頭は回転を続ける。

 アルゴスの普段の愛銃はFNブローニングハイパワーだが、今回のシチュエーションではそれよりずっと前の、M1900か1903を使っていると思われる。全長十六センチ程で私のHScと大差無いが、小型な上ハンマーレスで引っかかりの少ないその構造ゆえに、ホルスターから抜きやすい。

 この点私のモーゼルは逆に大型でごつくて引っかかりが多くてしかも重い。弾倉を十発のに戻してもここは圧倒的に不利だ。

 だが。

 アルゴスがどれだけ自分の得物に愛情を抱いているかは知らないが、私は自分のモーちゃんを毎晩抱いて寝るくらい愛し抜いているのだ。今ホルスターにあるのはもちろんそれとは別物だが、愛の深さ強さは変わらない。こういうところをおちゃびーから変態呼ばわりされるんだけどうるさいほっとけ。多少のハンディなど私のモーちゃんに対する愛をもってすればどうという事はないのだ。恐れ入ったか。

 私達が睨み合い固まっている間に、あちらの方は次々と決着がついているようだ。少しでも視線をそちらに向けた瞬間、ぶち抜かれるのが判っているので、眼球をぴくりと動かすのもままならないが、声と音だけで様子は明らかだ。

 まずは「きゃあああっ」というケトの甲高い悲鳴、ポリキュスの「タマヨーッ!」という叫び、続いて同「ぎゃあああっ」と絶叫。ケトの本名は珠代さんで、あの二人はシミュレーションでも試合でもどっちかがやられると「お兄ちゃーん!」「珠代ー!」と叫んで、次に自分がやられてしまうのだ。兄妹仲がいいのは結構だけど、いい歳こいてあの調子なのはやっぱキモい。

 続いて猛烈な青龍刀同士の激突音が延々と続いた末、濡れタオルを叩きつけたような肉切音、「ぐわっ」という男の野太い悲鳴、ドサッと倒れ伏す音。 

 相変わらず見事だ、由美と佳代。さすがは我が畏友達。

 そして。男のぶ厚い筋肉同士のぶつかり合い。骨も砕けよとばかりの壮絶な激突音の連続。その果てに。重いボディブローの響きと共に「ぐぼっ」という呻き。巨体が崩れる音。「ふいーっ」というじいじの溜め息。やった。じいじも勝ったぞ。凄い。じいじカッケーッ。

 いよいよ私も負ける訳にはいかない。

 緊張が高まる。

 凄愴たる風が吹く。

 三人が身を寄せ合い、こちらを息を呑んで凝視しているのが判る。

 さあ抜くか。

 いつ抜くか。

 どうする。

 どうする。

 じれたら負けだ。

 隙を見せたら負けだ。

 耐えろ。

 ぴくりとも動くな。

 これがリアルなら抜かずにホルスターをちょいと持ち上げ、そのまま撃つという反則技もありだが、何せ実際放たれるのはレーザービーム、それをやっちゃおしまいだ。

 アルゴスの風帽の下の狭い額に汗がにじみ、つっと流れ、左目に入った。反射的に目をしばたくのが見える。

 ここだ。

 私は抜いた。 

 アルゴスも抜いた。

 完全に腰だめで、私は放った。

 アルゴスの銃はブローニングM1900。より旧式の方だ。前述の理由で、抜いて撃つまでのスピードはアルゴスの方が上だった。だがわずかな目のしばたきが狙いを微妙に狂わせた。

 アルゴスがかがみ撃ち──クラウチング・ポジションで放った「銃弾」は、私の馬掛児(マーコワル)の左側をかすめて引き裂き、私のは彼の心臓を直撃した。

 アルゴスは細い目を大きく見開き、私を睨みつけ、そしてニヤリと笑い、うつ伏せに崩れた。

 「やったーッ!!」

 おちゃびーとめっちが飛び上がって叫び、腕組みしたじいじが「よしっ」と頷く。

 私達は走り寄り、抱き合って、互いの健闘を称え合うのだった。そこにレアのおばさんの声が響く。

 『はい、おめでとー。見事、ミッション・コンプリートね』


 数日後。SCS本部(オリュンポス)の廊下をウチら三人が歩いていると、向かい側からアルゴスが歩いて来るのに行き合った。まー意識回復したらまた全滅かと散々怒られたに違いないから、ちょっと気の毒ではあるんだけど。ウチらは何気に会釈して、通り過ぎようとした。

 むっつり押し黙ったまま通り過ぎようとしたアルゴスが、ふいに声をかけて来た。私にだ。

 「あー、その、か、カサンドラ」

 「はい?」

 ウチらは立ち止まり、私は振り向いて答えた。

 「何でしょう?」

 アルゴスはうつむき、ぼそぼそと言った。

 「あー、その、何だ、先日のシミュレーションだが、······完敗だった。お前の手腕は見事だ。指揮も、······銃も」

 顔を上げ、私を見た。頬が赤い。

 「それだけだ」

 くるりと背中を向け、歩み去った。ウチらはしばらくぽかんとして、その後ろ姿を見送った。やがて佳代と由美がささやき合う。

 「負け惜しみでも言うかと思ったけど」

 「意外」

 私は小さくなっていくアルゴスの背中を見つめていた。敗北を潔く認めて去る男の背中。じいじのそれとはまた違って、私は素直に思ったのだ。

 カッケー、と。

 




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