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ロシア料理店に殴り込みってピロシキでパイ投げでもする気かしら 上

 ウクライナ侵攻以降、すっかり世界の悪役となってしまったロシアですが、本作でも思い切り悪役を演じて頂くつもりです。

 とはいえ、当方はロシアの文学・音楽・映画をこよなく愛する者であり、現状は大変辛いものがあります。少しでもウクライナに有利な形で、という条件付きですが、一刻も早い終戦を望まずにはいられません。


 「チェックメイト」

 私はつぶやき、すっとナイトを移動させた。

 私のキングを右隅に追い詰め、既に勝った気でいた美貴は、一瞬何の事か判らず、穴の空く程盤面を見つめ、そしておろおろとのたまい始めた。

 「ななな何なのよこれは、どこに隠れていたのよこのナイト!」

 「隠れてないよぅ、ずっとここにいたよ」横で観戦していた佳代がニヤニヤ笑いながらそう言った。「攻めにばかり気を取られてたあんたの負けよ」

 「ははあ、こんな手がありましたか」盤面を興味深そうにのぞき込んでいたハリテルセス──通称ハリぽんが、腕組みをし、かぶりを振りながらそう言った。「いつもながらに、鮮やかな手並みですね、メドゥサ」

 「あーあ、あんたにゃかなわんわ、全く」

 苦笑しながら両手を小さく挙げて、美貴が言った。

 ここSCS本部(オリンポス)ロビーの窓際のテーブルで、私達は空き時間を備え付けのチェスで潰していた。私達三人娘に加えてその場にいたのが、暗殺班(エリス)のメンバーの一人であるハリテルセスだった。

 彼は年齢二十代半ば、小太り体型のメガネくんだけど、いつもニヤニヤではなくニコニコしていて、いわゆるキモデブという感じは全く無い(失礼)。

 服装は地味なジャケットに地味なTシャツ、そして地味なズボンに地味なスニーカー。肩にはいつもショルダーベルト付きのノートパソコン、そして黒いスーツケースを手放さない。彼の得物の詳細は後述。

 ちなみにハリテルセスとは「オデュッセウス」の端役の名前で、小鳥の言葉を解し、彼らと語り合うのを楽しみとしていたおじさんである。

 「んじゃ次、私とハリぽんでやろか」

 と佳代が言うと、そこに現れたのがエリスの女性メンバーの一人、アカンサスのお姉さんである。通称サス姉。アポロンの求愛を拒み、その顔を引っ掻いて、怒ったアポロンから西洋アザミ(アカンサス)の姿に変えられてしまったニンフの名がその由来というだけあって、このお姉さんもまた恐い。

 黒のショートヘア、黒のレザージャケット、ショートパンツ、網タイツ、ブーツと、ジャケット下の真っ赤なTシャツ以外は、黒ずくめだ。もちろん凄い美人。この人の得物についても後述。

 「おーい、びーびー。アガメムノンのクソおやじが呼んでるぞー」

 サス姉が大声でそう言った。彼女もまた内務班(ケルベロス)や上層部のおやじ共など屁とも思っていない。私達は固まってサス姉を見つめ、そして佳代っちを見つめた。

 びーびー佳代は微苦笑を浮かべ、肩をすくめる。

 「やれやれ。また単独のお仕事か」

 「そういう事。で、三十分経ったら、残りのメンバーで来いだとさ」

 「よっぽど私の仕事は楽でやさしいみたいね」

 私達の心配そうなまなざしをよそに、佳代は平然とロビーを後にしようとする。サス姉がその肩に手を置く。

 「気をつけろよ」

 「大丈夫だってば。ありがと」

 彼女は去った。サス姉が私達のもとに歩み寄り、ソファにどかっと腰を下ろして、

 「大ボスの前でタマ蹴りされてのたうち回っちゃ、そりゃ悔しいだろうけどさ。もとは自分の余計なひとことが招いた事じゃねえか」

 天井を仰ぎ、聞えよがしにサス姉は言った。

 「ったく、ニケの姐御を東南アジアに飛ばしてからは、やりたい放題だぜ。調子に乗りやがって、くそったれ共がッ」

 サス姉はそう言いながらメンソールの煙草に火をつけ、天井めがけて吹き上げた。

 「ちょっとちょっと、声大きいよ」

 さすがに見かねてハリぽんが言うと、

 「何言ってんだよ。どーせ小声で言っても聞かれてるさ。そーだろアルゴス、アガメムノンッ」

 美貴と私は顔を見合わせ、苦笑する。私達三人は事情があるので、ケルベロスの監視下においては慎重にやっているが、エリスのとりわけ女性メンバーに全員そんな気は皆無。殺れるもんなら殺ってみろという訳だ。ケルベロスと上層部は歯噛みもいいとこだけど、何せ相手が悪すぎる。一人一人が筋金入り、無敵のアサシンで、今SCSにいるのも目当ては高額の報酬のみ。フリーになりたきゃいつでもOKと、そこは「親の借金」で縛られている私達とは違うのだ。

 そんな彼らがどうして文句を並べつつここに居続けているかというと、リーダーのニケのおねーちゃん、その片腕かつ後継者のケイロンのおじさんに対する信頼度が高く、加えてこういう集まりにしては珍しく気の合う人ばかりで、居心地がいい、という事が大きい。嬉しい事に、私達三人娘もその要素のひとつらしい。そういう訳で、先輩達からはとても可愛がってもらっている。

 それでもって三十分後。私達四人はぞろぞろと、敬愛する上司の部屋へと赴いた。途中廊下で退室直後の佳代と行き合った。私達に心配かけまいとニコニコしている。

 「バックアップはダイダロスのおっちゃんだから、安心だよ」

 「······あー」

 「······そー」 

 「じゃ、行ってきまーす」

 まるで近所に買い物へ出かけるような口調でそう言い残し、「バッコスの信女」B・B佳代は去って行った。私達はしばし無言で、その小さな後ろ姿を見送る。サス姉がアガメムノンの部屋のドアをじっと見つめ、押し殺した声でつぶやいた。

 「ムカつく。殺るか」

 私達は彼女を囲み、無声音でささやく。

 (サス姉)(こらえて)(駄目駄目)

 サス姉は苦笑する。

 「冗談冗談」

 ハリぽんがドアをノックし、私達は上司の部屋へ平和裏に入った。 アガメムノンはデスクの前を落ち着き無くうろうろしていた。私達の怒りを買っている事くらいは理解できているようである。何やら懸命に愛想笑いなんか浮かべて(気色悪い)こう言った。

 「や、やあ、四人共よく来たね。かけてくれたまえ、うん」

 私達は憮然とソファに腰を下ろす。アガメムノンは向かい側に腰かけながら、訊かれもしないうちにぺらぺらと喋り始めた。

 「B・B壇ノ浦君には別の重要な仕事があるので、先行してもらったよ。君達は自分の仕事を片付けてから、手伝いに行けばよろしい。何、彼女は優秀だ。別に心配はいらないさ。はは、ははははは」

 私達は無言で上司の引きつり笑いを見つめていた。アガメムノンは咳払いをし、精一杯の虚勢を張って、こう言った。

 「言うまでも無い事だが、『仕事中』は他の現場への連絡が一切禁止になっておる。君達には自分の仕事に集中してもらいたい。『終了』の連絡が入った段階で、片方の現場の情報を伝える。これでよかろう?」

 「何で最強トリオのこの子達をわざわざ二つに分けるんですかねぇ。しかも片方は単独ときたもんだ」

 サス姉は断りもなく煙草に火をつけ、灰皿を引き寄せ、ついでに上司に向かって煙を思いきり吹きかけた。アガメムノンはげほげほとむせ返り、血相を変えて怒鳴り出した。

 「ア、ア、アサンカス! き君のその態度と物言いはッ」

 「アカンサスだよ」

 サス姉は何か文句あるのかとばかりに、唇の端に煙草をくわえ、右手をレザージャケットの中に潜り込ませ、左手を軽く振り上げてみせた。詳細は後述だけど、彼女の恐ろしい得物二つがちらりとのぞく。アガメムノンは震え上がった。舌をもつれさせながらのたまう。

 「けけけるへろすをよぶろっ」

 「呼べば? どうせ監視中だろ? 本来ならとっくに駆けつけて来なくちゃいけないはずなのに、どうしたのかねぇ」

 サス姉はニヤニヤ笑いながらそう言った。サス姉と同時に、私はナイフ、美貴はモーゼル、ハリぽんは護身用のジュニアコルトを、いつでも取り出せるように身構えていた。

 アガメムノンは冷汗脂汗に全身をまみれさせながら、両手を挙げ、必死の作り笑いを浮かべながら、こう言った。

 「ま、まあ、同僚を心配する、君達の気持ちはよく判るよ、うん。どうか落ち着いて、話を聞いてくれたまえ。はは、はははは」

 数秒の間を置いて、私達は構えを解いた。仕事前の打ち合わせ段階で、内輪の鉄火場が始まっては話にならない。

 アガメムノンは露骨にホッとした顔をする。それは監視室のケルベロスの連中とて同じ事だったろう。私達とまともに戦って、無事で済む訳がないのだから。

 だがそれはまだ少し先の話だ。今はとにかく、一人で戦わなくてはならないびーびー佳代の応援に駆けつける為、目の前の仕事をやっつけなくては。しかしこの顔触れで「やっつけ仕事」なんて馬鹿げてる。私達二人にサス姉とハリぽんを加えるなんて、相当手強い相手、しかも多人数に違いない。

 「それじゃ、話を聞かせてもらいましょうかね」

 サス姉は灰皿に煙草を押しつけ、もみ消すと、腕を組み、網タイツの脚を組んで、ソファにふんぞり返った。

 アガメムノンは、男なら目をやらずにはいられない、その美しい脚を怨めしげにちらりと見やり、またわざとらしく咳払いをして、口を開いた。

 「あー、端的に言おう。今回の君達の標的は、都内のロシア料理店のオーナーだ」

 「はあ」美貴がとぼけた声を出す。「まずかったとか、ぼったくられたとか」

 「ふ、ふざけるのはやめたまえ、カサンドラ、これは仕事だっ。徳川政府からの、非公式な要請による」

 「ははあ。最近このパターンが増えましたね」ハリぽんが頷く。「すると標的の正体はロシアのスパイ、工作員、あるいはマフィアの頭目(ヴォール)

 「ある意味すべて正解だ」

 アガメムノンはそう言いながら、例によってホチキス留めの資料を私達に手渡す。こういう点は実にアナクロだ。

 「ま、ざっと目を通してくれたまえ」

 私達の横柄な上司はそう言った。ここで「ざっと目を通して」すべて覚えなくてはならない。資料はその場で返却、即刻処分という訳だ。私達は数分で読み終え、返却した。資料をまとめてシュレッダー送り(SCSのシュレッダーは高性能で、ホチキス対応も完璧だ。とこの上司は繰り返し自慢してた)にするべく、背後の専用ケースに放り込むと、アガメムノンは薄ら笑いを浮かべてこう言った。

 「では、標的の名前を言ってみたまえ」

 やはりこれがやりたかったのだ。佳代っちならばバカバーカと鼻で嗤うところだ。私達は声を揃えた。

 「そちらが先に言って下さい」

 アガメムノンは青くなり、赤くなって、やむなくそのロシア人の名を発音しようとし、たちまち舌を噛む。

 「ゔ、ゔやちえすらぐうらじみ痛でででッ」

 私達は再び声を揃えた。

 「ヴャチェスラフ・ウラジーミロヴィチ・スヴィドリガイロフ」

 「うぐぐぐぐーっ」

 アガメムノンは顔面朱に染め歯噛みする。ほんとに馬鹿な中年だ。

 「遊んでる暇は無いんですよ」

 「概要は理解しました」

 「補足事項はありますか」

 「さっさと言って」

 最後のは私。 

 アガメムノンは咳払いを通り越して喘息患者のように咳き込み、しまいにはティッシュでびーびー鼻をかんでから、ようやく口を開いた。

 「こ、これは昨今の、不安定な国内情勢に鑑み、政府が秘密裏に依頼して来た仕事である事を、忘れぬように。作戦中の料理店周辺は、先方に気づかれぬよう、架空の事件の発生による検問と称して、警察が非常線を張り、封鎖状態にする手筈だ。ロシア大使館もそう遠くない場所だ。銃声はやむを得ぬが、爆発音はまずいから、カサンドラ、君のドイツ製手榴弾は、使用禁止だ」

 「えーっ。ひどーい」べそをかきそうな顔で美貴が言った。「銃声は良くて爆発音はペケってどーゆう理屈ですかァそれー。相手はトカレフにマカロフにカラシニコフも撃ちまくって来るに決まってるじゃありませんかー。ドイツ製手榴弾(ポテトマッシャー)でやっつけるのが一番手っ取り早いですよぅ」

 「警察からそう言われたんだから仕方が無いじゃないか。あきらめろっ。それと。資料にはあえて載せなかったが、これが今回の標的の顔だ」

 アガメムノンはそう言いながら、懐ろから取り出した一枚の写真を、叩きつけるようにテーブルに置いた。

 これにはさすがに私達も驚いた。

 「これは」

 「今の」

 「ロシア大統領」

 「そっくり」

 「ま、まあ、私もCEOも驚いたが、どうやら赤の他人らしい」

 「よく影武者に使われませんね」

 美貴が小首をかしげてそう言うと、

 「本人もそうされるのを警戒し、これまではカツラと髭とサングラスでごまかして来たそうだ。だが拠点を日本に移してほぼその心配が無くなるや、安心して素顔をさらし、まわりをのけぞらせて喜んでいるようだ」

 「悪趣味な奴」

 サス姉がつぶやく。

 資料とアガメムノンの補足の話を合わせると、ざっとこういう事らしい。

 前Sでもたびたび触れた事だが、現在の日本は西の薩長同盟・東の徳川政府・在日米軍の三すくみ状態であり、東西激突・内戦勃発と同時に、中立の立場の在日米軍は即時撤退を宣言しており、この機を逃さず中露そして半島が一気に武力介入するのは火を見るより明らかである。それこそ火中の栗を抱えて綱渡りをしているような危うさなのだ。

 それでも人々は会社に行き、学校に通い、家事をこなし、犬を散歩させ、店は通常営業、コミケ等イベントも普通にやってる。要するにアニメや特撮ドラマで、怪獣や宇宙人が毎週襲って来る環境でも、人々は日常生活を平然と営んでいるのと同じ感覚なのだろう。

 それはさておき。 

 日本のこのどっちに転ぶか判らない危機的状況に、漁夫の利を得ようとしている、その筆頭はロシアだ。

 武力侵攻によって北海道をむしり取り、残る本土の経済はロシアン・マフィアが支配する、そういう魂胆なのは間違いない。

 そして今回の私達の標的──元KGB(カーゲーベー)サハリン支局の工作員で、コードネームは「セマルグル」。以後この名で呼ぶ事とする。

 この名をめぐって美貴とハリぽんがおたっきーなやり取りを始めた。言うまでもなくこの二人は同類でとても仲良しだ。ただ私見だが恋愛とは無縁のようである。

 「これってロシアの戦闘機の愛称じゃん」

 「いやそれマンガのミグ31だよ」

 「ちょっと待って。すると実在のミグ31が」

 「フォックスハウンド」

 「イー✕トウッ✕の映画に出て来たのが」

 「ファイヤーフォックス」

 「あーややこしい」

 付け加えさせて頂くと、「セマルグル」はスラブ神話の神の名で、姿形は鳥と獣が合体したヌエのようなもの。能力的にはよく判らない。「機能不明の神」とされている。不気味な神だ。

 この男もコードネームそのもので、それこそヌエのような奴だ。

 ソ連崩壊後の混乱期にKGBを辞めてから、様々な職業を転々とし、中にはチェス・ボクシングの選手とかいうのもあって、訳が判らない。でも確かなのは、表向きの仕事が何であれ、本性は一貫して「ロシアン・マフィア」である事だ。

 これについての説明を美貴にやらせると、また句読点無しで延々になるから、私がほどほどにしておくが、まあソ連時代、いわゆる「マフィア」のような西側的犯罪組織は、我がソビエトには存在しないというのが建前だったけど、例によって大嘘で、しかもいろんな種類がある。

 地域古参系・少数民族系・ソ連崩壊後の成金系(オルガリヒ)・軍人崩れ系・そしてこの男のような情報部崩れ系等々。

 これら無数の魑魅魍魎(ちみもうりょう)の上に、壮麗なるクレムリン宮殿がそびえている訳で、もうロシアという国家自体、巨大なマフィアと言っても過言ではないのである。これじゃソ連や帝政期の方がマシだったという声があるのも当たり前の話だ。

 全く、文化芸術面ではあれ程までに、数々の偉大な才能を輩出し、まさに人類の遺産と呼ぶにふさわしい、膨大な名作を生み出して来たロシア人が、事政治となるとなぜあそこまで徹底的に無能で、システムを腐敗させてしまうのか、理解に苦しむ。

 この点について佳代・美貴と話した事があるのだけど、

 「でも有能なのもいたじゃん」

 「そーそー、イワン雷帝とか、ピョートル大帝とか」

 「でも暴君」

 「あー」

 「ねー」

 そういう事なのだ。

 話を戻すと、サハリンを拠点として活動していたこのロシアン・マフィアの頭目(ヴォール)は、主に日本相手の海産物・盗難車・麻薬・売春等々の密輸出入取り引きで荒稼ぎしていたらしい。

 そこに今度の「三すくみ状態」となり、チャンスと見たクレムリンは、日本における長年の活動によってその実情に通じた、元「セマルグル」に白羽の矢を立てた。

 そして来たるべき大混乱の日に備え、ロシアが中国・半島を出し抜き、有利に事を進められるよう、その尖兵として東京に送り込まれたという訳である。

 「一度国家に背を向けた男が、再び国家に奉仕する気になったと」

 ハリぽんがそう言うと、

 「どーせ金だよ」

 サス姉が肩をすくめる。

 ロシア大使館からそう遠くない場所に位置しているそのロシア料理店の名は「スペードの女王」。

 古い洋館を買い取り、料理店に改装し、セマルグルは「イワン・ジェルジンスキー」という、悪趣味極まりない名前(ソ連の初代チェーカー議長、つまり元祖KGBだ)のオーナーとして、ここを活動の拠点としている。

 表向きはまともな料理店として経営されているが、出入りしているのがほとんどスパイと工作員なのは当然の事だ。

 徳川政府としては、薩長同盟との内戦だけは何としてでも避けたいところであり、ロシア人を初めとする外国勢力の暗躍など、崖から突き落とされかけているところに、蜂がブンブン頭の上を飛び回るようなもの。

 つまりSCSの私達の今回の仕事は、殺虫剤の役である。

 私は個人として公方様を敬愛している。だが徳川政府に義理立てする筋合いは何も無い。矛盾しているかもしれないが、それが正直な心境だ。

 それでも日本国内の混乱に乗じて介入して来る外国勢力の存在というのは、やはり許す事ができない。

 やってやる。

 私は固く心に誓った。

 そして一人で戦っているびーびー佳代を、一刻も早く手伝いに行くのだ。

 「んじゃ、話、終わりですね」

 「行きましょか」

 「はーい」

 「うん」

 私達は一斉に立ち上がり、退出の許可も得ず、何やらぽかんとしているアガメムノンを残し、さっさと部屋を後にしたのだった。


             





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