満州の曠野に真っ赤な夕陽が沈んで馬賊三人娘モーゼル撃ちまくって無双するのよーッ!! 中
パラレルワールドの物語という事で、固有名詞に関しましては近代のそれは変名、現代は一部伏せ字で処理しております。御了承下さい。
「さあて、嬢ちゃんたち。案内役に仕事をさせてもらうぜ。こっち来な」
ウチらはいったん馬から降りて、案内役であるじいじ──暗殺部最長老エペイオスのもとに集まった。
じいじは年齢六十くらい。禿頭(今はウチらと同様に、浅葱色の布を巻いている)、ぎょろ目、がっちり体型。前歴はエリスメンバーの中で一番謎めいている。元プロボクサーとか、中国のマフィア三合会の幹部だったとか、その他いろいろ。真偽不明。
はっきりしているのは、そのコードネームがトロイア戦争のギリシア側族長の名で、強豪ボクサー(ボクシング発祥の地は古代ギリシア)にしてモノ作りの名人(例の木馬を実際に作ったのはこの御仁だそうな)。じいじのキャラもおんなじ。だからダイダロスのおっちゃんとは呑み友達の親友。しかもケイロンのおじさんとボクシングで試合したら、現在までのところ三勝三敗一引き分け、うち二回はノックアウト勝ちという猛者なのだ。
「爺さんがもう十歳若かったら、全敗だ」
と、あのおじさんが舌を巻くくらい。
で、じいじの得物は何とあの「OK牧場の決闘」のヒーロー、ワイアット・アープ愛用のS&WアメリカンCAL44ってモーゼル大好きの私から見ても趣味走り過ぎ(笑)。もちろんレプリカなんだけど、何せじいじとおっちゃんの匠爺二人がコンビ組んで仕上げた入魂の作。シューティング・ルームでいっぺんだけってねだって撃たせてもらって痺れたわーっ。当然、じいじの銃の腕前は超一流。
おじさん、おっちゃん、そしてじいじと、ウチらの味方は力強い。それに比べてSCS上層部の親父とおっさんはほんと糞。その話はひとまず置いて。
じいじは地面の上に地図を広げた。ウチらはかがみ込んでそれをのぞき込む。ウチらの馬もウチらの肩越しにそれをのぞき込んでいる(この馬がとてもレアがコントロールしてるハリボテとは思えない。ホログラムと感覚操作で本物らしく見えてるだけなのは判ってはいても、さわると体温はちゃんとあるし、汗はかくし、ウチらが顔寄せるとヒンヒン鳴きながら頬舐めて来るし、もー可愛くてたまんなくなって頭抱きしめるとブルブル嬉しそうに反応するし。いかんまた止まんなくなった)。
「このあたりは旧満州の曠野になっているが、少し南に行くといきなり朝鮮・満州国境付近の山岳地帯になってやがる。まあさすがに虎や狼の出番は無いがな。そこを抜けるとまた曠野だが、こっちは戦争で荒廃した市街地の廃墟になっていて、敵が待ち伏せするにはいずれももってこいだな。ここを突破して、突き進む曠野のど真ん中に、めざす敵の本陣があるって寸法だ。そこにいよいよいわゆるラスボス、敵の頭目がお待ちかねって訳だ、お嬢さんたち」
じいじはそこで顔を上げ、ウチらをじろりと睨み回した。
「どうだい、行けるかい? 引き返すなら、今のうちだぜ」
ウチらは顔を見合わせた。そして二人がわざとらしく真剣な表情で私に尋ねる。
「いかがなさいます、包頭?」
ちなみに包頭って馬賊の戦闘隊長の事ね。私もまたわざとらしく腕組みし、立ち上がり、天井もとい空を仰いで尋ねた。
「ねーレア。じいじがこう言ってるけど、どうしよっか」
対話型AIレアが気さくなおばさん口調で答える。
『まあそりゃあんたたち次第だけどね。これまでのあんたたちの成績からすりゃ、このシチュエーションのコンプリートの確率は82・3パーセントだからねぇ。ここで投げ出すのは、もったいないのと違う』
「っておばさんが言ってんだけど」
私が三人にそう言うと、みんなニヤニヤ笑っている。レアの声が続く。
『おばさんとは失礼ねー。大体私はあんたたちより若いんだから』
「はいはい判りました」
「んじゃ行こか」
「ん」
ウチらは再び馬にまたがり、満州の曠野を駈け出した。
戦闘突入となれば解説してる暇が無いから、今のうちに「レア」について触れとくね。
レアっていうのは例によってギリシア神話の女神の名前で、原初の神の一柱、大地母神。そう言うといわゆるガイアと混同しちゃうけど、レアはその娘で、ゼウス達の母に当たる。まあこのへんはぐちゃぐちゃなんで割愛するね。
レアの主な仕事はこのバーチャル・システムの管理。SCSのシステム全体も統括してる。まああの親父の悪知恵以外の取り柄といえば、ウチらのそれをはじめとするネーミングのセンスなんて前Sでは言ってたけど、実はみんなレアの入れ知恵だったというのが真相らしい。なるほどね。
で、高性能対話型生成AIレアは、声を老若男女自在に変えられる上に、あらゆる言語に対応可能。加えて日々ネットとメディアより情報をリアルタイムで収集・分析している「彼女」は、日本語も各地方言から時代特定の話し方、さらにはいわゆる「ギャル語」もできてしまうのだ。
こないだなんか、旧リボルバー拳銃の扱い方にも習熟しておくべしという建前で、西部劇のシチュエーションをやったのね(このエピソードもそのうちやると思う)。その時普段無口な由美めっちも混じえて、ウチら面白がってついやっちゃったんだよねー。「ウチらバカだからわかんないけどさー」っての。もちろんウチらいわゆるギャルじゃないけどさー、敬愛する先輩が前回大暴れの無敵ギャル・キュっちんだしー。こんな感じー。
「わ。ただっぴろー」
「ここどこー」
「んとねー」
『西部っしょ』
「関西?」
「ウケる」
「アホ」
『十九世紀北米なワケ』
「え、めっちゃいいやん」
「激えも」
「それなー」
「レアァ。ここ、敵バズるぅ?」
『んー。教えん』
「え、マジ?」
「ありえんー」
「きっつ〜」
「ヒントだけー」
『えとねー。ここよか、西に一キロの峡谷、そこバズるみたいなー』
「マジそれ〜」
「ヤバ」
「荼毘に付しそ」
「あーだびふしねー」
「つか待ち伏せっしょそれー」
「えーマジしんどー」
「さすがにかー」
「あーこれ詰んだわー」
「ありえんー」
「えぐー」
「じゃあどする」
『えとねー。ウチが思うにー、手薄な北から回り込んでー、不意討ち、死ぬほど炎上、みたいなー』
「あ、それウケるー」
「エモい、てぇてぇ」
「めっちゃいー」
『これ内緒っしょ』
「レア、おけまるー」
「あざまる水産ー」
「よいちょまるー」
『イェーイ』
ここで案内役だったケイロンのおじさんが、カーボーイハットをわしづかみにして振り上げ、こう叫んだ。
「こらお前ら! 何語でしゃべってんださっきから! 俺は案内役だぞ! 置いてくな! 混ぜろ!!」
日頃冷静なおじさんらしからぬ反応にウチらは、
「ヤバ」「さすがに」「ビビったァ」『あぶねー』
そして「四人」そろって、
「『まじごめんやでー』」
てな訳で馬賊三人娘と洒落込みましたウチらの出で立ちたるや、浅葱色の布切れを三角折りにして額を包み込むようにきりりと巻き付け、身にまとうのは上が中国風羽織の馬掛児、下はズボンの袴子に伝統的な功夫靴、腰に子弾帯ぐるりと回し、右に木製ストック兼ホルスター入り匣子槍拳銃、左に短めの青龍刀(前Sでも触れてたけどあの先端幅広で反りのある刀の名は正しくは柳葉刀、だけど日本こっちも中国あっちもみんな「青龍刀」って呼んでるみたいだし、ここでもそうしちゃうから、よろしくっ)を佩いて接近戦に備えてる。
こっちの武装はこれだけ。だけど敵は輸入品密輸品横流し現地コピーで何でもありって設定。ま、そんだけレアがウチらの実力買ってるって事なんだけどさ。ちなみに日本じゃ二十世紀初頭前後に中国東北部を中心として活躍した武装集団を、「馬賊」と総称してごっちゃにしてるけど、あれこそまさしくピンキリで、自治集落連合の自衛組織から単なる山賊匪賊の類いまでほんといろいろだったのだ。そのへんの話を始めるとまた句読点無しでべらべらやっちゃって、二人に絞められるからやめとくね。
んでもって、今回ウチらは集落自衛組織の遊撃隊、即ち正義の味方。敵はそれを狙う残虐な匪賊、つまり悪党集団。
普通「何で俺達悪役なんだよー」って苦情が出ると思うんだけど、先方はそれでかえってノリノリらしいから、いいんじゃないの、うん。
日没までまだいくらか時間はある。ウチら四騎は案内役のじいじを先頭に、巨大な落陽を眺めつつ、果てしなき満州の曠野を疾走していた。
何という解放感、爽快感。
とてもこれがシミュレーション、「作られた世界」だなんて思えない。
前方になだらかな丘陵が見える。あれを越えると、ほどなく鮮満国境付近を模した森林地帯に達するのだ。
その時、じいじが振り向いて叫んだ。
「来るぞ、抜けッ!」
ウチらは一斉に右腰のホルスターからモーゼルを抜き、安全装置を外して、親指で撃鉄を起こすと、銃口を空に向けて振り上げた。
前方、丘陵上に、突如として敵匪賊の一隊が出現し、ウチらの進路を塞いだ。その数は十三騎。何て事。ラスボス自ら先頭切ってお出ましときた。これは「フラッグ戦」ルール適応のウチらとしてはチャンスだが、同時に緒戦で叩き潰される危険性が高い。
敵匪賊の頭目はアルゴス(百眼巨人)。ケルベロスの三ツ首筆頭であり、内務班々長。強敵だ。ウチらにとってはSCS上層部の親父共に次ぐ宿敵なのだが──おじさん・おっちゃん、それにじいじの三人が、口を揃えて言うのだ。
「あいつ、仕事離れりゃ、そんなに悪い奴じゃないぞ」
まあこのへんのところは前Sに出る話だから割愛するけど、今は当然この局面をどう打開するかが先決だ。段取りは決めてある。
「じいじ、後ろへ!」
「おうっ」
じいじが最後列に移り、ウチらは一列縦隊で突進する。敵匪賊は頭目を中心に、一列横隊。ウチらをT字型で迎え撃つ気だ。緩い丘陵を猛スピードで下って来る。
連中の得物はチェコスロヴァキア製のVz短小銃。当時、中国をはじめとして、政情不安な国や地域に大量輸出された銃だ。ウチらのモーゼルもドイツからのその口だけどね。ウンチク傾けてる場合じゃない。発砲を始めた。ビュンビュン飛んで来る。当然、先頭の私に狙いは集中するが、びびってたまるものか。私は馬腹を蹴って速度を上げた。後ろの三騎もそれに続く。距離をぎりぎりまで詰める。敵ライフルの銃弾が何度となく身をかすめるが、不安定な馬上からの射撃、容易に当たるものではない。
そして私は叫んだ。
「押アッ!!」
当時の馬賊の掛け声だ。
そのまま一気に敵中突破を図るかに見せかけ、私は馬首を突然左に転じた。同時に左手で鞍の角を握り、鐙に左足を引っ掛け、馬の腹の左側に身を隠して、モーゼルを鞍の上に横向きにして突き出し、四騎同時に斉射を開始する。
いわゆる馬賊撃ちだ。
ハリウッド映画でよくギャングが銃を横向きにして撃つけど、そのルーツがこれ。
モーゼルは大型で銃把グリップが小さく反動が激しい。東洋人の小さな手でも扱いやすい一方で、従来の撃ち方では銃身が上に大きく跳ね上がり、なかなか当たらない。更に撃つのは多くの場合、不安定な馬上からだ。
その為馬賊は「投げ撃ち」と言って、銃を大きく上下に振って反動を殺し、標的に向けて銃弾を放つ。半ば曲芸。でも現実にそれをやってのけたのだから、やっぱ凄いのだ。
「馬賊撃ち」はその反動の大きさを逆に利用する。横向きにしたモーゼルを連射して、左右に銃弾を撒き散らし、いわば弾幕を張る訳だ。ウチらが今シミュレーションで使っているのは、私の愛銃C96(実はその改良型M712で、看板に偽りありとびーびーによくいじられる)と同タイプ、従ってフルオートで二十発(プラス薬室の一発)撃ちまくれる訳である。そして最後尾のじいじはリボルバー早撃ちの名人、しかも一発必中だ。
かてて加えて、敵の目前で大回頭、横腹を見せながらの一斉射撃で圧倒する、肉を斬らせて骨を断つ、これぞかの日本海大海戦において、我らが東豪兵八郎連合艦隊司令長官による名作戦、いわゆる「東豪ターン」の陸上での再現、ロシア海軍バルチック艦隊は木っ端微塵、哀れ海の藻屑と消え果て、敵将ボリショイヴェンスキー提督は後に海軍病院にて東豪長官の見舞いを受ける名シーンで締めくくられる、ついに今、それをやる時が来たのだーっ!!
将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、敵匪賊は次々と馬をやられて放り出され、あるいは馬ごとずっこけていく。ハリボテとはいえ馬が可哀想なんて思ってはこちらがやられる。心を鬼にしなくてはならないのだ。
敵横隊の眼前をあっという間に横切り、相手が概ねこけているのを視界の隅で確認すると、ウチらは再び馬にまたがり、一気に丘陵を乗り越え、眼前に広がる森林へと駆け込んだのであった。
私は叫んだ。
「見たか、これぞ名付けてカサンドラ・ターン!!」
「しっかしよくもまあ臆面も無く叫べたものよねー、『見たかーっ、これぞ名付けて必殺カサンドラ・ターンじゃあーッ!!』なんてさー」
後ろでおちゃびーの奴が呆れた口調で言ってやがる。
「おい、捏造すんな。『必殺』とか『じゃあー』とか、言ってないぞっ」
私はドスの効いた声で言い返す。
「大差無い」
めっちがぼそっとつぶやく。
月明かりの森林、けもの道をじいじの先導で慎重に進むウチらは、緒戦の踏み潰しに失敗した敵の次の襲撃を警戒しながら、いつもの軽口を叩き合うのであった。
「こら、そのへんにしとけよ。そろそろ回り込んだ敵さんが、お迎えに上がる頃だ」
じいじが振り向かぬままそう言い、ウチらはこれまたいつものように答えた。
「はーいっ」
と。
馬をあらかた潰された敵さんも、闇の中のけもの道をのたのた進むウチらの先回りするくらいはたやすい事だ。
それと西部劇シチュエーションのところで、レアがウチらにヒントどころかアドバイスまでくれたのは、公明正大を旨とする「管理者・審判役」としての立場の逸脱も甚だしい、間違った意味での「非機械的」でけしからんと言われそうなのは判るけど、これって初期設定の段階でプログラマーの人(女性で美人だったらしい。やっぱしね)が、「杓子定規な対応じゃつまんないっしょ、もっと柔軟にした方が面白いっしょーっ」とか言って、あの古参ヲタ親父を乗せちゃった結果、こうなったらしいのね。
でも基本公平なのは当然の事で、あのあとちゃんと敵の方にも警告したらしいんだ。「あ、そろそろ来るわよー、三人娘」ってな具合に。もっとも、その時にはもう遅かったんだけどさ(笑)。
けもの道はだんだん険しさを増していき、草ぼうぼう、木の根やら石ころやらででこぼこもいいところ。もうけもの道とすら言えない。馬はおっかなびっくり、のたのた歩きに拍車が掛かる。じいじも閉口してついに「おい、歩くぞ」と馬から降り、手綱を取って進み始め、ウチらもそれに倣う。
そこに突然茂みの陰より「アチョーッ」と奇声を張り上げ、上半身裸、下は黒のカンフーズボン、ヌンチャクを振り回すお兄さんが出現し、ウチらの前に立ちはだかったのだった。
ウチらは絶句し、嘆息する。
「あー」
「出たよー」
「あれって」
今はどんな言い方をしても差し障りがある、「性同一性障害」のお兄さん、元海上自衛軍機関兵にしてフェンシングの名手、メラニッポス(竜牙戦士)だった。この御仁は後にSCS上層部との最終決戦の際、ニケ様に下半身タイツのハムレットのコスプレでフェンシングの決闘を挑んだくらい、何と言うかアレでアレなキャラであって、今もこれはもう説明の必要が無いくらいの香港の伝説的スターになり切っちゃっているのであり、困ったなー、どうしよう。
ウチらがトホホ状態に陥っていると、じいじが馬の手綱から手を離して、つかつかとお兄さんの前に歩み寄った。
その場でぴょんぴょん飛び跳ねているお兄さんの、猛スピードで回転しているヌンチャクを、あっさりと左手でつかみ取り、アチョーのアの字で固まってしまったメラニッポスの顔面に、無言のまま右ストレートを叩き込んだ。
メラニッポスは数メートル吹っ飛んで茂みの向こうにひっくり返り、何やら昔のマンガのように、両足を天に向けて突き出したまま、ひくひくとケイレンしている。
じいじはヌンチャクをポイと投げ捨て、大人しく待っていた馬の顔を軽く叩き、再び手綱を手に取ると、何事も無かったかのようにウチらに言った。
「行くぜ」
そのいかつい背中を見つめながら、ウチらは改めて渋い大人の強さに痺れるのだった。
「じいじカッケーッ」
少し道が開けたかと思うと、今度は真ん丸のお月様をバックにして、三つの人影が立ちはだかった。
ウチらは再び「ああーっ」。
元渋谷で番張ってた、スケバントリオの成れの果て、自称ケルベロス・スケバン三人娘、その実体はアラフォーおばさん三人組だ。
なんかこのヒトたちを相手にするたびに、ウチらは一種の痛ましさを覚えずにはいられないのだが、そのへんが先方にはまたカチンと来るみたいなのだ。だもんだからもうどうしようもないのよね。ちなみにいつもの痛すぎロングスカートのセーラー服姿じゃなくて、いかにも女山賊風コスプレやってんのがせめてもの救い。こっちの方がずっと似合ってるから、今後リアルでもこうすればいいのに。良くないか。
リーダー格のエキゾナ(半人半蛇)のおばさんは、いつもの鎖鎌の代わりに流星錘という、縄の先端に錘と呼ばれる、重さ数キロの物体をくっつけた得物を、得意そうに振り回している。
パイア(白猪)のおばさんは、得物の刺身包丁をぺろぺろ舐め回す癖があるが、バーチャルの青龍刀でそれはできないから、よだれだけ垂らしてる。汚いからやめてよっ。
ハルピュイア(女面鳥身)のおばさんは、いつものカミソリ付きヨーヨーが飛鐃っていう、幅十数センチの金属製円盤二枚を縄でつないだ得物に代わってる。
「こっから先は行かせないよ、小娘共ッ」
くわえ煙草をペッと吐き捨て、エキゾナのおばさんが叫んだ。
「今日こそは膾のてんこ盛りに仕上げてやるからね。三人でおいしく頂いてやるよッ」
パイアのおばさんがさらによだれを垂らしながら言った。ひえー勘弁してよーっ。
「いつまでも若くて可愛いまんまだなんて思うなよ。お前らだって歳は喰うんだッ!」
ハルピュイアのおばさんが嫉妬心剥き出しで叫んだ。そりゃウチらだって判ってるけどー、やっぱ「歳の取り方」っていうのがあるよねー。少なくともさー、このおばさんたちみたいには、なりたくないもんだよねー。
「俺は引くぜ」じいじがうんざり顔でそう言うと、馬の手綱を引いて下がって来た。「馬は任せろ。お前らで何とかしな」
「うん」「そだね」「する」
ウチらは自分の馬の手綱を次々とじいじに預け、前に出た。私がエキゾナ、佳代っちがパイア、由美めっちがハルピュイアとそれぞれ向き合う。
「さあどうする。飛び道具を使うかい? こっちだって飛ばせるんだぜッ」
錘をビュンと振ってエキゾナが叫ぶ。
「そーねぇ」
「そうしてもいいんだけどさー」
「弾丸は節約しなくちゃ」
ウチらは一斉に青龍刀を抜き払い、片手でビュンビュンと軽く振りまわして、切っ先をおばさんたちに向けたのだった。
「舐めるなッ!!」
おばさんたちはそう叫ぶと、一斉にウチらめがけて襲いかかって来た。
まず私は、飛んで来た錘を青龍刀で軽く跳ねのけ、エキゾナの眼前に一息で迫った。焦るおばさんの頭を刀の柄でゴツン。
びーびーは文字通り猪突猛進して来たパイアのおばさんに足払いをかけた。おばさんはそのままエゾマツの幹に激突し、意識を失う。
めっちは飛んで来た二枚のヒモ付きシンバルを、チンチーンと青龍刀ではたき落とす。啞然とするハルピュイアの懐ろに飛び込んで、刀の柄でみぞおちを一撃。必殺技「メドゥサのまなざし」を使うまでもない。
「片付いたな」
じいじが言い、ウチらは青龍刀を鞘にしまって、各々の馬の手綱を手に取った。のびているおばさんたちを後に残し、ウチらはけもの道を進むのであった。
「森はこの向こうで抜けるはずだ」
じいじがそう言い、ウチらはホッとした。エゾマツやモミの生い茂る枝葉に月の光も遮られ、暗い茂みの陰から得体の知れぬものが現れるというのは、そろそろ勘弁して欲しい。
その時、月が暗雲に覆われたらしく、乏しい光も失われ、周囲は闇に閉ざされた。ウチらの視力はこんな場合もたじろぐ事は無いけれど、何かが迫りつつある気配は感じられた。鳥ともけものともつかぬ不気味な鳴き声が、木々の隙間の闇の彼方から洩れ聞こえる。
「嫌な雰囲気だ」じいじが足を止め、押し殺した声でつぶやく。「油断するなよ」
「はいっ」
ウチらはそう答え、銃と刀、どちらもすぐに抜けるよう身構えた。
その時、普段冷静沈着無口のメドゥサ求塚由美が、
「きゃああああああああっ」
と、年頃の女の子らしい悲鳴を上げたのでびっくりした。
あのめっちに悲鳴を上げさせるとは一体。
ウチらもハッと地面を見やり、そこでごそごそうごめいているものに気づいてのけぞった。
「ひいいいいいいいいいっ」
「嫌アアアアアアアアアッ」
私もおちゃびーも甲高い声を思いっきり張り上げながら、バンバン死にもの狂いで足踏みを繰り返した。
暗い地面には蠍、百足、馬陸、毒蛇、毒蜘蛛、大蝦蟇等々、中国でいわゆる「毒虫」と総称される生き物で溢れていたのだ。
これには銃も刀も意味が無い。馬も怯えて飛び上がり、手綱を振りほどこうといななきながら暴れている。
だがじいじはさすがに冷静さを失わず、足にまつわりつく「毒虫」を睨んでいた。
「落ち着け、お前ら。これはホログラムではない。幻術だ。へぼ奇術師リュムナデスのしわざだ。あの下種が、またこざかしい手を使いおる。おい。ふざけるのも大概にせいッ」
じいじがそう一喝すると、地面を埋め尽くしていた「毒虫」はあっけなくその姿を消した。
ウチらはぜいぜい肩で息をしていた。さすがのウチらもこの種の心理攻撃──生理的嫌悪感を突かれると、まだまだ弱い。反省点が見えた。
「また次、来るね」
脂汗を流しながら、おちゃびーが言った。
「許せん」
めっちがつぶやく。真っ先に悲鳴を上げた自分が許せず、そうさせた相手が許せないのだ。私は佳代っちと視線を交わし、頷きあった。我らがメドゥサを怒らせて、ただで済む訳が無いのだ、愚か者めが。
大体リュムナデスというのは、人を水辺に誘い込んで溺れさせる性悪な魔物の事で、その名を頂いた男は元サーカスの奇術師、踊り子を幻術で惑わせてレイプしようとして失敗し、叩き出されたという前科の持ち主だ。
最低野郎。
そいつが次に何を仕掛けて来たかというと、闇の中から次々と出現した中国風ゾンビ、と言ってもキョンシーみたく可愛いものではない、諸☓大☓郎作品に出て来るようなどろどろ腐りかけの半ば骸骨、幽鬼とでもいうのか、そんなのが不気味な唸り声を上げながら襲いかかって来たのだ。馬達はあまりの恐怖にすっ飛んで逃げて行く。ウチらもスクリーンやテレビ画面で見るのとは桁外れの恐怖に腰を抜かしそうになった。
落ち着け、いくらリアルに見えてもこいつらは所詮幻影、と言ってもウチら三人、ただでさえホラーはそろって苦手、歯を喰いしばり、悲鳴を必死に噛み殺すのがやっと、青龍刀を振り回しても、相手はせせら笑うだけ、ええいそんなら無視して前進、と思った途端、実体の無いはずの相手のぐずぐずぼろぼろの両手がいきなり私の首にかかり、絞め始めたので仰天した。
「うぐぐぐぐーっ」
呻きながら私は後ずさり、エゾマツの幹に背中を押しつけられた。
「わあっ、美貴ッ!」
「何で!?」
「今行くぞ!」
三人は「幻影」に絞められて、もがき苦しむ私の姿に驚き、さえぎる幽鬼の群れをかき分けて、こちらに駆けつけようとする。だが幽鬼に加えて「毒虫」の塊までが壁となって立ちふさがり、三人はそれらに「押されて」転倒した。
これは一体。
いや待て。
そうか。事は単純だ。
「ふざけるなッ」
私は背後のエゾマツの幹に、思い切り右の肘打ちを喰らわせた。
「ぐはあッ」
と、声を上げて、黒繻子の長袍に黒眼鏡、ドジョウ髭というスタイルの、それこそ幽鬼のように痩せこけた、貧相な男が姿を現し、右脇腹を押えてうずくまった。怪しい中国人風リュムナデスの右腕が、今まで私の首を絞めていた幽鬼の手、その左手に握られている紐が、佳代っちらに足払いをかけたものの正体だ。
たちまち幽鬼の類は姿を消した。こけていた三人は、足にかかっている紐を外して立ち上がり、腕組みをしてリュムナデスを睨んでいる私のもとに集まって来た。みんなほとんど鬼の顔だ。
リュムナデスはうずくまったまま、不敵な笑いを浮かべてウチらを睨み返すのだった。
「ふっふっふうっ、小娘三人に糞ジジイめが、私の幻術はこれからが本番なのだよ、さあこいつを喰らえッ!!」
リュムナデスは立ち上がり、両腕を大きく広げて、いかにも「必殺技」を放ちますというポーズを取った。次の瞬間、巨大な怪物の顔が空中に出現し、大口を開けて咆哮しながらウチらめがけて襲いかかった。
饕餮という奴だ。全身精緻にして不気味な紋様に覆い尽くされた、古代中国殷代の伝説の怪物。その怪物がウチら四人を呑み込もうと迫る。が、怪物は一瞬空中で固まり、すぐに消え失せた。
メドゥサ由美が進み出て、その双眸を見開き、リュムナデスを睨みつけていた。必殺技「メドゥサのまなざし」だ。リュムナデスはさっきの恥ずかしいポーズでドヤ顔のまま固まっている。
ウチら四人はつかつかと歩み寄り、この下種で狡猾陰険姑息な三流魔法使いを取り囲むと、無言のままリアルに殴ったり踏んだり蹴ったりして、思いっきりボコボコにしてやった。もちろん一番力が入っていたのは由美めっちだ。
森の中に逃げ隠れていた馬達を呼び戻し、幽鬼みたくボロボロになってひくひくケイレンしている阿呆を後に残して、ウチらは再び馬にまたがり、「恐怖の森」から抜け出した。
私は満天の星空を仰いで尋ねた。
「ねーレアァ。シミュレーションの中で幻術なんて、反則と違うの?」
『まあルール上特に規定は無いけどねぇ。あんたらも修業してやったらいいじゃん』
「できるか!」
という訳で、下に続くっ。




