最終章 幸せのままに、ずっと
「寂しくなるね」
帰り道でのことだった。
ピーチファルナがぼそりとそう呟いたのだ。
「ケファミアやオリミアがいつかいなくなるのはわかってた。シンシヴィニアちゃんにわたし以外の友達ができるのも普通だよね。うん、そうだよ、これが普通なんだよね」
レイ=レッドスプラッシュと並んで歩く帰り道であった。三日前の騒動では大勢が同じ方向を向いていた。誰もが己が大切な何かを貫くために戦う決意をしたがために交わった。だがそれは一時的なものだ。人にはその人だけの物語がある。ふとした時に交わることはあるが、いつまでも重なっているとは限らない。
ピーチファルナの物語は続く。
ケファミアやオリミア、シンシヴィニアやゼリシアの物語と重なる時もあるだろうが、それは永遠ではない。
「えへへっ、なんか暗くしちゃったねっ。いやあ、あはは、ごめんねレイさ──」
「私は、ずっと一緒にいるでごぜーます」
ほとんどもぎ取るように、激しく。
不安げに揺れるピーチファルナの手を握るレイ=レッドスプラッシュ。
ぐいっと引っ張り、そのまま抱きしめる。
もう離さないと言外に告げるように。
「わっ、れっレイさんっ!?」
「ずっと一緒でごぜーます。私、頑張るから、もう二度と間違えたりしないからっ、ちゃんとピーチファルナちゃんを頼って、あんな『失敗』しないように気をつけるから! 何があっても一人で抱えてピーチファルナちゃんを願いを汚したりしないから!! だからっ!!」
言って、叫んで、そして。
ぎゅう、と溶け合ってしまえと強く想うがごとく抱きしめて、耳元に口を近づけて──最後の言葉は小さな、怯えが滲む囁きであった。
「私、ピーチファルナちゃんとずっと一緒にいていいでごぜーますか?」
「ええ、と……」
困惑があった。
それだけでレイの魂は張り裂けそうだった。
『これまで』ならば違ったかもしれない。心通わせ、深く繋がり、『好き』で結ばれたことだってあった。
だけど、『今』は違う。
レイ=レッドスプラッシュには『これまで』の積み重ねがあるが、ピーチファルナにはそれがない。あくまで数日一緒にいただけの関係でしかない。
いくら『これまで』多くの『好き』を積み重ねていようとも、『今』に反映されることはない。他ならぬレイがなかったことにしたのだから。
だから。
だから。
だから。
「そういえば、あれ? わたし、レイさんがどっか行っちゃうなんて考えてもいなかった。なんていうか、あれだよ、レイさんとはずっと一緒にいて当然って思ってたんだよね」
「……、え?」
「変だなぁ。他のみんながそれぞれの道に進んでいくのは仕方ないって思ってたのに、レイさんがわたしと一緒じゃない道に進むのなんて想像すらできないんだもん」
というわけで、と。
ピーチファルナはレイの背中に両腕を回し、優しく抱きしめ返す。
「なんとなくずっと一緒にいるのが当然っぽいし、レイさんも同じ気持ちだっていうならずっと一緒にいようねっ」
「ピーチファルナ、ちゃん」
我慢なんてできるわけがなかった。
気がつけばただただ己が感情に従って、レイはどこまでも貪欲にピーチファルナを求め、貪っていた。
ーーー☆ーーー
「やあ、試作機。いいやキメラガール。元気してた?」
「……あう」
「はっはっ。なんでわたしが大人しくしていたかだって? 確かに先の騒乱は絶好のチャンスだったかもしれない。それこそ『天なりし最上』に帰るね。だけどさ、いかにちっぽけな世界の中で争う羽虫どもとはいえ追い詰められれば何をやらかすかわかったものじゃないのさ。そりゃわたしが掲げる新『魔の極致』第三席なんてのは力を隠しに隠した上での評価でしかないから、いかに堕ちた身となれど羽虫どもに敗北することはないとはいえね」
「わう」
「それじゃあどうするつもりかって? 何言ってるんだか。見ての通りさ。どんなに下等な生物でも追い詰めれば予想以上の力を発揮する、ならその反対は? つまりはそういうことさ。はっはっ。今回の物語はこれにて終演だけど、そこで全てがばっさり消えてなくなるわけじゃない。あるいは空白の続きに合流して、次なる物語が幕を開けることだってあるものよ。最低でも『魔王』は封殺しておくべきだろうし」
「あう……」
「…………、」
「ん? 量産機、じゃなくてファクティスも来てたんだ。ファクティス、よね? いやあ、めどが立ったのが嬉しくてつい『作りすぎた』とはいえ、ちゃんと全部に名前つけて仕分けしたもの。合っている、はず。わたしはちゃんと見分けられているはず!!」
「…………、」
「あれ、無言? これ無口なだけ、それとも間違って怒ってる感じ!? キメラガールっ、これどっち!?」
「わうう……こんなのが大天使だなんてこの世界は終わってるよ」
「なんかいきなり罵倒されたんだけど!?」
ーーー☆ーーー
世界には数多もの物語がある。人の数だけ物語があり、その道は時に誰かの道と交わることもあるだろう。
「待つさっ、ケファミアーっ! もう、本当、なんでケファミアはそんなんなのさーっ!!」
「待つわけないですよっ。そんな、危なっ、そんな大きな拳で殴られたら痛いに決まっているですものお!!!」
道が交わる時、あるいは誰かの道に困難が立ち塞がっていることが見えた時、手を差し伸べるかどうかで己が道もまた変化していくことだろう。
「ねえあなた。私たちの娘は真っ直ぐに育ってくれたわね。ふふっ、聖女だなんだ関係なく、私のために剣を握ってくれた誰かさんのように」
「後半はともかく前半はその通りだな。ピーチファルナは私なんかよりもずっと『強い』。世間一般の連中が『甘い』と評して逃げている、困難な道を貫く強さを持っているんだ。そう、ピーチファルナは周りに頼って頼られて、周りも含めて皆の困難を打ち砕く強さを持っているんだ。そうだよな、自分一人がどれだけ強いかなんてたかが知れているんだ。一人よりも大勢のほうが強いんだから、一人の問題を大勢で解決していく流れを作るほうがいいに決まっている」
「まあ誰が何と言おうが、私にとってはあなたが最強で最高なんだけど」
「…………、そ、そうか」
逃げることも一つの道だ。
見捨てることだって一つの道だろう。
己が幸せを追求することを否定する理由はどこにもない。
「せっかくの踏み台を消費して高みにのぼりつめるのは失敗、か。まあいい。ショートカットなど狙わずともシンシヴィニアなら絶対に上にいけるんだから! 何せ我が自慢の娘だからなあ!!」
「あれだよな、当主様って『貴族としての』顔さえ出なければただの親バカなんだよな」
「つーかシンシヴィニア様のこと溺愛しているからこそ、『貴族として』の生き方しか知らない弊害が出ているとか? 『貴族として』の愛し方しか知らなそうだし」
「はぁ。めんどくせえ。そんなんだから見捨てられねえんだよな、もうっ」
道は無数に広がっている。
ならば、だ。どうせ選ぶのならばより良い未来へと続く道を選んだほうがいいだろう。
「連続令嬢誘拐事件『予告』だあ!? なんだこのふざけたもんは!?」
「レッドスプラッシュ公爵令嬢が渡してきたんだ。治安維持部隊なら事件が起こる前に『真犯人』捕まえておけとかなんとか言ってたっけか」
「ご丁寧に時刻やら狙われる令嬢やら事細かに記載されてんな。どうする?」
「決まってるっ。傷つく誰かが出てしまうのかもしれねえってんなら、行動するのみよ!! 無駄足なら傷つく誰かはいないってことだからラッキーだし、他の狙いがあるってんなら打ち砕けばいいだけだよなあ!!」
ハッピーエンドへと繋げるのは困難かもしれない。ハッピーエンドへと繋げたとしても更なる困難が立ち塞がるかもしれない。
だけど。
だけど、だ。
「ゼリシアーっ! 早くいくですわよっ」
「全知全能ってば全く役に立たないちゃんっ。こうなるだなんて予測ちゃんすらできていなかったもん!!」
「むう。わらわとのお出かけに集中するですわよっ」
「うっ腕組んで、はうあっ!? だめ、そんな、待って、あんまりにも予想外で幸せで許容量遥かに超えてパンク寸前なんだけどお!! ちょっとは手加減してよ、もお!!」
切り捨てて、妥協して、それなりの結末を迎えたとして、理想とかけ離れた現実に納得できるものなのか。
できないからこそ、ハッピーエンドがいいと追い求める『甘さ』があったからこそ、掴めるものもある。
「くっくっくっ。……やっべえ、召喚したはいいけど誰一人退去しないのであるぞっ。待ってやめてそこはだめもう耐えられないのお!!」
「『お前たち』がミュウを求める気持ち、今なら理解できるのだゾ。だって、ああ、きゅんだゾっ。これぞ運命の出会い、これまでの全てはシーズリー様と出会うためのプロローグに過ぎなかったということなのだゾっ。トキメキが、きゅんきゅんが止まらないんだゾーっ!!」
二人きりの理想郷は確かに『好き』に満ちている。ただし、それだけだ。どうせならたくさんの『好き』で世界を覆ったほうが最高に決まっているのだ。
ゆえに。
だからこそ。
「ピーチファルナちゃんはかわいいなぁ!!」
「あれ、レイさんそんな感じだったっけ? いや、まあそんな感じだった気もするなあ」
「もう、もうもうもうっ! 大好きでごぜーますっ!!」
「うん。わたしもずっと大好きだったよ」
なんとなく選んだその言葉にこそ意味はあった。
世界の記憶という一例があること。レモンファルナが写し模倣したローランのスキルをピーチファルナに付加した防御策、それを幾億もの挑戦を繰り返してきたレイが一つ『前』で初めて観測したこと(『これまで』ピーチファルナが殺されてきた時に一切超常が使われなかったとは考えられないため、繰り返していく中で防御策を施そうと考えるようになった)──すなわちなんとなくという形をした怯え。そう、それくらいしないと失ってしまうという怯えがあったからこそなのだ。
加えて『これまで』の人間関係は引き継がれていった。なんとなくという衝動に従って。
そこに意味があるのだとすれば、もしかしたらレイ=レッドスプラッシュが積み重ねてきた物語は明確な形には残っておらずとも──
「えへへ、レイさん大好きっ」
「くふふ☆ 私もでごぜーますよっ」
点と点は繋がり、続いていく。
幸せのままに、ずっと。
「えへ、えへへっ。わたしのほうが好きだもんっ」
「む、私のほうが好きでごぜーますよ! 幾千幾万幾億と繰り返したって諦められないほどにでごぜーますっ」
「むむ。よくわかんないこと言ったって無駄だもん!! ほら、わたし今めちゃくちゃ心臓ドキドキだもん!! えへ、レイさんと抱き合っているからだよ、こんにゃろーっ!!」
「くふ、くふふっ。そんなの私も同じでごぜーますっ。ほら、私の鼓動を感じるでごぜーますよっ!」
「なにをおっ! わたしのほうがドキドキなんだからなーっ! ほら感じて、私を全身で感じてよお!!」
……甘すぎて胸焼けしそうなほどに、ずっと続いていくことだろう。
〜終〜
これにて本作は完結となります!
予想以上に長くなった本作ですが、ここまで読み進めてもらいどうもありがとうございました!!
本作は色々と実験しながら進めていったので読みにくい点もあったかと思います。わかりやすい所だと知っているか知らないかで印象がガラリと変わる、といったところでしょうか。まあ最後はいつものノリでガンガン進めていったのですが。
……初期構想では暗躍ヒロインが無垢な主人公を骨抜きとする、といった感じだったのですが、それだとハッピーエンドで締められないなと思い、こんな感じになったという経緯があったりします。監禁エンドもありっちゃありなのでしょうが、それで満足する主人公というものを作者がイメージできないんですよね。やっぱり頭空っぽにしてイチャイチャしているほうが良いですし!
さて、『わたし、甘い蜜のような令嬢に溺愛されています』、どうだったでしょうか? 楽しんでもらえたなら幸いです。ついでに下のほうで評価いただけたり、感想いただけると凄く嬉しいです。
……もしよろしければ下のリンクから新作読んでもらえると幸いです。本作ほどインフレはしない、はず。




