第三十五章 そして始まるそれぞれの物語
あの騒動から三日が経過した。
何らかの心情の変化があったのか、あれからゼリシア=キラーゾーンは別荘にこもりきりであった。ピーチファルナに危害を加えることでレイの心を殺す、あるいは純粋な暴力でレイを殺すような真似をすることはなかった、ということだ。
そんなある日。
セレリーン伯爵家が一室にてシンシヴィニア=セレリーンとレイ=レッドスプラッシュが向かい合って椅子に腰掛けていた。
「『魔の極致』を抜ける、ですわよ?」
「ええ。それで私の罪が消えてなくなるわけではないけど、少なくともこれから先人類を害するようなことはしないという証明でごぜーます」
「まあゼリシアも今はまだ大人しくしていると言っているし、何もしないってんならそれでいいですわよ」
「……私の正体を知って、なおそう言えるのでごぜーますね」
「わらわは別に型にハマった正義の味方でいたいわけではないですわよ。最終的にみんなが幸せになれるよう動いているだけですわよ。ゆえに何もしないってんなら、わざわざ始末するだなんだそんな展開に持ち込む理由がないですわよ」
「本当に? 私の、旧『魔の極致』第七席である魔族の言葉が信じられるでごぜーますか?」
「レイ=レッドスプラッシュのことは正直信じられるわけないけど、レイ=レッドスプラッシュを信じるピーチファルナのことなら信じられるですわよ。だから、貴女がピーチファルナの側に立っている限りは信じてやるですわよ」
と、その時だった。
ドタバタと騒がしい足音が響いたかと思えば、バゴン!! と勢いよく扉が開かれ、
「レイさん、シンシヴィニアちゃーんっ! 早く早くうーっ!!」
叫び、飛び込んでくる影が一つ。
白を基調としたワンピース姿のピーチファルナがレイの腰にタックルでもするような勢いで抱きつく。
「早くしないとケファミアとオリミア行っちゃうよ!?」
「くふふ☆ そうでごぜーますね。……よろしいでごぜーますか?」
「元よりピーチファルナで縛りつけるってのでゼリシアを説得したですわよ。まあ他の連中のほうが優先度高いからってのもあるのかもしれないとしても。だから、ええ、断る理 理由はないですわよ」
「……? よくわかんないけど、とにかく早くっ」
ぐいぐいっと背中に回された両手で引っ張られる感触にレイ=レッドスプラッシュが口元を緩める。
「わかったでごぜーますよ、ピーチファルナちゃん」
ーーー☆ーーー
ピーチファルナ、レイ=レッドスプラッシュ、シンシヴィニア=セレリーンが伯爵家の正門まで移動すると、そこには二人の少女が立っていた。
ケファミアにオリミア。
女の身で騎士になるべく武者修行の真っ最中なケファミアと、そんなケファミアについていっているオリミアは一箇所に長期間滞在することはない。
過ごしやすい環境であったためにいつもより長く滞在していたが、それも今日まで。
なぜなら、
「ケファミアっ、今度の騎士になるための試験受けに行くんだよね!?」
「そうですね。まあ十中八九試験資格を満たしていないだなんだ言われそうだから、ちょっくら上位陣ぶっ潰して実力を認めさせることになりそうですけど」
「ケファミアなら絶対騎士になれるよっ。頑張って!!」
「……、ははっ。そうですね、頑張ってやりますよ!!」
コツン、と拳と拳を突き合わせるケファミアとピーチファルナ。そこまでなら美しい友情が織りなす一時だったのだが、
「まあ領主様の娘さんやレッドスプラッシュ公爵令嬢とやり合えなかったのは心残りですが。というかピーチファルナのお父様と再戦してないし、キラーゾーン公爵家が三女様とだって今度は一人で何の憂いもなく挑みたいし、むうう! もったいないです!! これだけ強者が揃っていて、五体満足で済む程度の実戦しか味わっていないだなんて!?」
「うわあ、これっぽっちも成長してないなあ」
じりじりと後ずさりながらピーチファルナがそう呟くが、脳筋に言葉の真意なんてもの理解できるわけもなかった。
むっと唸り、出された言葉はというと、
「私、ちゃんと成長していますよっ。あれだけの激戦があったんですもの、前よりも強くなっているに決まっています! ああでも、本当心残りですっ。こんなにも強者揃いなら、それこそ死の淵をさまようくらい強烈な実戦を経験できたはずですのにっ!! 騎士になるための試験がもう少し後だったら、絶対に私の身体ぶっ壊してもらったですのにい!!」
「わたし、知ーらないっ!」
ついには猛ダッシュでピーチファルナがレイの後ろに隠れた直後であった。
「ケファミア?」
ぼそり、と。
地獄の底より響くがごとく暗く低い声が一つ。
「おり、みあ? なんっ、なんでそんなに怒っているんですかあ!?」
「これっぽっちも! わかってくれないからさ!! この脳筋があ!!!!」
ぐいっ!! とスキルで巨大化させた手で首根っこを掴んでの叫びであった。オリミアの『好き』は特定の状況に限り最高に格好いいが、それ以外は本当にダメダメであった。
「ぐええっ!?」
「脳筋がやっぱり一勝負してからここを出るとか言いださないとも限らないし、そろそろ行くさ」
「そうだね。……ねえ、また会えるよね?」
「ぐえっ、あぶっ、ばぶぶっ!?」
「もちろんさ。どうせ脳筋のことだし騎士になれたとしても日々訓練だなんだ言って強者に喧嘩売り続けるだろうし、ここにも足を運ぶことになるさ。まあそんな理由がなくとも、友達に会いに来るに決まっているさ」
「そう、だよね。うん、そうだよっ」
「あぶぶ、ばぶばあ!?」
「それじゃあもう行くさ! じゃあねっ」
「うん、じゃあねっ。また、絶対に、会おうねっ!!」
「ばぶばぶばあ!?」
……感動的な別れの場面になるはずだった。巨大な手で首根っこ掴まれて引きずられているケファミアがばぶばぶ言ってさえなければ。
ーーー☆ーーー
シンシヴィニア=セレリーンは瞬間移動のスキルを持っている。ゆえに遠く離れた別荘に引きこもるゼリシア=キラーゾーンのもとを訪ねることも気軽にできる。
「ゼリシア、ちょっくら来たですわよ」
「あんなことがあったのに、呑気なものちゃん」
「何言っているんですわよ。あんなことあったからこそですわよ」
「……、ばーか」
別荘の一室、ゼリシアの私室にはひときわ巨大でふかふかなのが一目瞭然なくらいもふもふに埋め尽くされたベッドがある。そこにゼリシアは膝を抱えて腰掛けており、ぷいっとそっぽを向いてそう吐き捨てた。
そんなわけで、
「はいどーん、ですわよっ」
「なん、きゃあっ!?」
全知全能があるくせに呆気なく押し倒される少女が一人。それこそベッドにダイブするような勢いで突っ込んだシンシヴィニアがゼリシアを押し倒したのだ。
「色々あったけど、気にするのはやめにするですわよっ。わらわももうノブリスオブリージュだなんだと気にするのはやめにするから、おあいこってことにするですわよっ」
「はっはふっ、何がおあいこちゃん!? まったくもって噛み合ってないちゃんっ!!」
どことなく顔が赤いゼリシアの顔が下にあった。未だ引きずっているだろう少女の顔がだ。
──新旧『魔の極致』や『魔王』など対処するべき問題は山積みではある。が、もう全知全能だけに背負わせるつもりはない。
シンシヴィニアは知った。あの闘争の後、ゼリシアの口から聞いたのだ。
分け与えてもらった。
共に背負う起点が見えた。
もうゼリシアをひとりぼっちにはさせない。ノブリスオブリージュ、貴族としての立ち位置を鑑みて、貴族としての権威を維持するために距離を置くのはもうやめる。というか、もう我慢できない。
これからはキラーゾーン公爵家が三女とセレリーン伯爵家が長女としてではなく、ただのゼリシアの友達であるただのシンシヴィニアとして接していくと決めた。
あんなにも熱くぶつかったのだ。
今更距離を取るなんてできるわけがないのだから。
「なんでもいいですわよっ。ねえゼリシアーっ! 遊びに行くって話覚えているですわよ? まあどっちでもいいですわよっ。さあさあ、早く遊びに行くですわよっ!!」
「なに、ナニコレ!? あれだけのことがあったのに、どうしてそんなに、ちょっどこ触ってっ、ちゃん!?」
世界には未だ残された課題か山積みであったが、それはそれとして友達を抱きしめるくらいのお楽しみはあっていいはずである。




