第三十三章 一切の勝ち目がないとしても
ピーチファルナは首を傾げていた。
なんだかみんなの様子がおかしい……というか、先程まで自分だけは全て把握している風だったゼリシア=キラーゾーンですらも顔色悪く震え出しているくらいだった。
「ありえない……。ザクロが瞬殺って、どこまで規格外なのよっ。数年前とは比較にならないくらい強くなっているだなんて、こんな、どうしろってのよ!?」
「……なるほど、これがゼリシアの『敵』ですわね」
「ええそうよ、だったらなに!? 『敵』を殺さないと人類は皆殺される、それが全てよ! で、だったら!? シンシヴィニアちゃんがこのこと知って何ができるわけ!? 『敵』は! 全知全能を第二席と置くほどの切り札さえも軽々と殺してのける怪物なのよ!? そんなのシンシヴィニアちゃん程度にどうこうできるわけないでしょうがよお!!」
八つ当たりであることはゼリシアもわかっていただろう。それでも、吐き出さないと内なる恐怖で潰れてしまいそうであるがゆえに我慢できなかった。
対して。
彼女『たち』は自然とこう言っていた。
「そんなの関係ないですわよ。ゼリシアのためなら、どうこうするだけですわよ」
「よくわかんないけど、やること見つかった感じ? じゃあみんなでなんとかしよっか!!」
シンシヴィニア=セレリーンにピーチファルナ。
二人の少女はそう言って、顔を合わせて、コツンと軽く拳をぶつけ合う。
わかっていてなお踏み込むか、わかっていなくとも理由さえあれば踏み込むだけなのかの違いはあれど、助けるためなら仕方ないと思えるがゆえに。
「やめてよ……。あたしはシンシヴィニアちゃんを助けるためにここまでしてきたのにっ。シンシヴィニアちゃんを巻き込んで、死なせたりしたら……ッ!!」
「死んだりしないですわよ」
「だから! そんなの理想論よ!! 現実は全知全能でさえも好きにできないくらいに不条理に満ちているんだから!!」
「それでも! ゼリシアを救うためなら力の差を覆し、不条理の一つや二つ叩き潰してやるですわよ!!」
だから、と。
ノブリスオブリージュではなく、友情を胸にシンシヴィニア=セレリーンは言う。
「全部終わったら、友達としてどこかに遊びにいくですわよ。それくらいのご褒美、期待させてもらってもいいですわよね?」
「な……っ!?」
突拍子もない、だろうか?
いいや違う。最初の最初からそういう話であった。
ノブリスオブリージュだの人類滅亡の危機なんてどうでもいい。友達を、好きな人を助けたい。それだけなのだから。
わかってしまえば、それだけだった。
「ああ、ああもう! この分からず屋め!! わかった、わーかーりーまーしーたー!! ええやってやるわよ、シンシヴィニアちゃんと友達として遊びにいくためなら! 圧倒的力の差だろうが、人類滅亡クラスの不条理だろうが、ぶっ飛ばしてやるわよおーっ!! これでいいわけえ!?」
もうヤケクソであった。
全知全能に真っ向から喧嘩を売るような馬鹿の精神を折ろうとしたことがそもそもの間違いなのだ。
馬鹿は死んでも治らない。
ゆえに立ち塞がったならばこちらが折れるか、それとも馬鹿を殺すかしないといけないのだ。
……そんな馬鹿のことを好きになってしまった以上、遅かれ早かれゼリシア=キラーゾーンが折れるのは目に見えていたのだ。
「やっと分かってくれたようで何よりですわよ」
「このっ、ばーかあ!!」
ーーー☆ーーー
その時。
ピーチファルナは気づいた。
「あれ? レイさん……???」
その場にレイ=レッドスプラッシュがいないことを。
ーーー☆ーーー
『魔王』とは不条理にして終焉の象徴である。
旧『魔の極致』に属しているレイはそのことを嫌というほど思い知っている。
六百年前のことだ。
退屈しのぎに大規模な破壊を撒き散らし、村や町を吹き飛ばすなど日常茶飯事であり──それに巻き込まれて殺されたこともある。
その時は魂魄情報を過去に送信することで『魔王』の退屈しのぎから逃れることはできたが、逆に言えば逃げるくらいしかできることはない。
対峙した時点で破滅は確定する。
退屈だから、なんとなく、ちょっと軽く運動したくなった、『衝動』に従って……『魔王』が力を振るう理由なんてそんなものだ。
明確に敵対せずとも、味方として懐に入っていても、完全に無関係だとしても、『魔王』にとって他者とは一律でどうでもいい存在であった。
ゆえに、その命がどうなろうが気にしない。
ゆえに、簡単に消し飛ばすことができる。
ゆえに、『魔王』を前にした時の最適解は逃げることなのだ。
まさしく災厄。
目についたからと腕の一振りで軍勢を消し飛ばすような不条理はこの世全てをどうでもいいと切り捨てる。
ゼリシア=キラーゾーンのように敵対していたがゆえに裏で暗躍するのではない。敵対していようがいまいが、目についたらとりあえず殺し尽くす。それが、それこそが普通の魔族を極限まで肥大化させた『魔王』であった。
少なくとも、六百年前はそうだった。
(思い通りにならないでごぜーますね)
キラーゾーン公爵家の別荘、すなわちゼリシア=キラーゾーンと激突していた山を猛スピードで駆け下りながらレイ=レッドスプラッシュは舌打ちをこぼす。
本来は全知全能を『奪って』終わらせるつもりだった。
一つ、ネフィレンスにはハッキング能力があり、『蠅の女王』の能力をフル稼働させることができる。もちろんベルゼ=クイーンエッジから始まり、レイ=レッドスプラッシュへと魂魄情報を受け継がせるために使用された力を振るうことも可能である。何せベルゼ=クイーンエッジの肉と血と骨と臓と神経を材料としている『蠅の女王』にはベルゼ=クイーンエッジの力が丸々内蔵されているのだから。
一つ、ミュウは土くれから遺伝子レベルで同一な人間の女の模造品を作り出すことができる。
一つ、ルルアーナはその手で触れたものを材料に、その材料が宿す『力』を使用可能な兵器を作り出すことができる。
これだけあれば、ゼリシア=キラーゾーンを殺した上でゼリシア=キラーゾーンの人格だけを切り離し、全知全能を奪った上で生かす──すなわち最低限ピーチファルナを納得させる展開を用意しながら、ネフィレンスたちに全知全能というご褒美を提示することで利用できる、というわけだ。……それくらいしないと、ゼリシア=キラーゾーンの意思を残すような展開にネフィレンスたちを付き合わせることはできないのだから。
途中まではうまくいっていた。
ピーチファルナを筆頭に甘く、眩しい魂の持ち主たちが予想以上に奮闘したためにゼリシア=キラーゾーンを殺す必要すらなくなってしまったが。
加えて、全知全能を奪ったネフィレンスが野望のために残りの新『魔の極致』を殺し尽くせば邪魔者はいなくなる、と考えていたのに、当のネフィレンスたちが全滅したばかりか『魔王』という予想外の怪物が登場する始末である。
どうあっても魔族という本質から逃れることはできず、しかし魔族という本質だけでどうにかできる状況ではなかった。
マイナスだけでなく、プラスにだって。
しょせんは第七席。悪の頂点に立てない半端者には悪の頂点はおろか、善に輝く彼女たちにだって遠く及ばない。
だからこそ憧れた。
だからこそ守りたい。
だからこそ──
「久しぶりでごぜーますね、ミーナ」
だんっ!! と。
荒れ果てた地に立つ『魔王』ミーナの前にレイ=レッドスプラッシュは立ち塞がる。第七席と第一席。六百年前の古き序列ですらも大きな差があり、加えて今の『魔王』は古き時代の頃より遥かに強大な力を持つ。
勝ち目なき強者に一人立ち向かう。
それを認めないと善に輝く眩しき者たちは戦っていたとわかっていて、それでもレイ=レッドスプラッシュは一歩前に踏み出す。
言葉を。
突きつける。
「それ以上進んでみろでごぜーます。ぶっ殺してやるでごぜーますよ!!」
ーーー☆ーーー
決着に要した時間は一分足らず。
『魔王』は最強にして絶対の災厄である。この世全ての戦力を結集したって勝てるわけがない。
そう。
『魔王』を敵に回せば、辿る結末は一つである。




