第三十二章 最強決する邂逅
ゼリシア=キラーゾーンは倒した。が、それだけだ。別にゼリシアをやっつけることが目的ではなく、ゼリシアが抱えている『何か』を暴き出すことが目的なのだから。
「ゼリシア」
「何も言わないもん」
ぷいっとそっぽを向いての言葉だった。
膝を抱えて座り込んでいる女の、令嬢らしさなんて微塵も感じさせない言葉であった。
全知全能の使い手にしてキラーゾーン公爵家が三女、人類の中で最も『持っている』ゼリシア=キラーゾーンが頬を膨らませてそっぽを向いていた。
完全に、拗ねていた。
「あたしのほうが『持っている』もん。シンシヴィニアちゃんを巻き込んだって何も変わらないもん! だからいいじゃん、あたしだけが抱えていればさあ!! なんで暴こうとするんだよ、もお!!」
「なんで? そんなのゼリシアが心配だからに決まっているですわよ!!」
「心配……って、だからといってシンシヴィニアちゃんが首を突っ込んでいい理由にはならないわよっ。どうせすぐ死ぬに決まっているもの!!」
「死なないですわよ!!」
「よくもそんなこと言えたものよねっ。『敵』はこのあたしでも、全知全能でも勝てるかどうかわからないほどの脅威なのよっ。シンシヴィニアちゃんなんて瞬殺よ、瞬殺っ」
「はぁ!? わらわたちに勝てなかったゼリシアがなんだって!? 今、誰にぶん殴られて敗北したと思っているんですわよ、負け犬があ!!」
「ふぐっ。あ、あれは、だって、シンシヴィニアちゃんが相手だったからで、シンシヴィニアちゃんと同レベルの他人が相手だったら勝てたもん!!」
「何言っているんですわよっ。わらわと同レベルの誰かなら、さっきみたいにゼリシアをぶん殴って勝っていたですわよっ。訳の分からない言い訳するんじゃないですわよっ」
「いや、だからシンシヴィニアちゃんが相手だったからで、ああもう! なんで分からないのよおっ!!」
「分かるわけないですわよっ。いいからさっさと抱えているもの言えですわよお!!」
「だーかーらー! シンシヴィニアちゃんを死なせたくないから、絶対に言わないわよお!!」
ついには額と額をぶつけてのぶつかり合いへと発展していた。言葉と言葉を叩きつけ合っているサマはまさしく互いが互いを大切に想っているがゆえのぶつかり合いなのだが……当の本人たちはなんで分からないのかと感情を爆発させていた。
「よっし、なんか知らないけどうまく纏まりそうだねっ」
「ピーチファルナちゃん、それ本気で言っているでごぜーますか? 武力から言葉に変わっただけで、平行線上で激突していることに変わりはないでごぜーますが」
「怪我しない類いのぶつかり合いなら、そのうち綺麗にまとまるってっ。ケファミアが脳筋丸出しで自分の身を鑑みていない時のオリミアと一緒だよね、あれ。単純に心の底からただ心配しているだけなんだけど、まったくこれっぽっちも通じないわ同じこと繰り返すわだから、どうしてもキツイ言葉をぶつけたり、怪我しない程度にシメちゃう感じにねっ。だから、ほら、脳筋じゃなければそのうち話まとまるって!」
「ぶふっ!? なんかこっちに飛び火してきたさっ」
「ん? いやいや、それは違うですよピーチファルナ。オリミアは自分の思い通りにならないとすぐ手が出る短気さんなだけですよ。オリミアが私のこと心配って、ははっ、絶対にないですよ」
「…………、」
「ん? あれ、オリミアどうかしたですか???」
「あれだよね、ケファミアって正義感の塊みたいなヒーローではあるんだけど、そこ以外は本当駄目駄目だよね」
「え、え? ピーチファルナ、何を……痛ったいです!? おり、オリミア、なん、なんで脇腹をつねって、いひゃあ!? なんで怒っているんですかあ!?」
「本当、本当こいつはさあ……っ!!」
「はぁ。オリミアがすぐ手が出るのは、ケファミアが駄目駄目だからだよっ。ちょっとは反省して、すぐ近くにいてくれる人を大切にすることだねっ。まったく、あからさま過ぎるってのにどうして気付かないんだか」
「どういう、ピーチファルナ、何を、ふぎゃあ!? とにかく助けてくださいピーチファルナあっ!!」
……ケファミアが本気になればオリミアを跳ね除けることなど容易い、という点を加味すれば、意識的・無意識的かは不明だが、『じゃれ合い』であることは想像に難くない。
と、その時だった。
ゾンッッッ!!!! と迸る力の波動に、ピーチファルナ以外の全員が全身を震わせた。
「チッ! なんだ、この異質で強大な波動は? さっきまで近場でドンパチやってた連中を全滅させるほどだと? しかも殺された中の一人はあのネフィレンスだなんてよ……くそっ。あの歪んだ性根を叩き直す前に殺されてんじゃないぞっ」
「まずいな。もしやこの力の波動の持ち主がゼリシア=キラーゾーンが背負っている『何か』に関わっているのか? こんなの一伯爵家が関与できる限界を遥かに超えているぞっ」
ローランやセレリーン伯爵家当主はそう吐き捨てながら自身や仲間の状態を確認していた。何が起きているかは依然として不明なままである。炸裂した力の波動の持ち主がゼリシアが背負っている何かと関わりがあるかどうかもわかっていない。
が、ただ一つ言えることがあるとすれば、あの力の波動の持ち主と殺し合うような展開にだけはなってはならない、ということだ。絶対に、何があっても、殺し合いに発展させずに逃げる必要がある。
全知全能はまだ反撃の起点があった。無数の超常によるごり押しをローランが封殺し、肉体を使った暴虐を数で押し流すことができた。
だが、これは違う。
こうして力の波動を感じただけで勝ち目がないことを理解させられる。
勝てる、なんて思わせないほどの圧があった。
本能に訴えてくる存在感があった。
戦闘になれば、必ず負ける。
その破滅の名を、ゼリシア=キラーゾーンが口にする。
「これが新『魔の極致』第一席ザクロよ。こんなものを持ち出さないといけないくらいぶっ飛んだ『敵』が相手なのよっ。わかった!? わかったらさっさと逃げてよ!! いつ『敵』が、人類を消し飛ばすことさえ容易い『敵』が現れるかわからないんだから!!」
「ふざけるんじゃないですわよっ!!」
即答であった。
勝てるわけがない、と本能で理解させるほどの力の波動を浴びて、それでもシンシヴィニアは即座にこう叫んだのだ。
「だったらなおさらですわよっ。こんなゲテモノ持ち出さないといけないくらい危険な『敵』とやらとゼリシアがぶつかるってんなら、何が何でも助けてやるに決まっているですわよっ!!」
「な、ん──」
「なんで、なんて舐めきったこと聞くつもりですわよ? わらわがゼリシアを助けるのは当然のことですわよっ。わかったら、さっさと! ゼリシアを苦しめているクソ野郎が誰か教えるんですわよお!!」
そして。
そして。
そして。
ーーー☆ーーー
「ハッ! こいつは僥倖だ。まさか仲間意識なんつーもんがあったとはなあ。何事も挑戦してみるもんだな、うんうん」
草原だったとは思えないほどに荒れ果てた地に立つ少年が一人。新旧区別なく殺し尽くした少年の名はザクロ。新『魔の極致』第一席にして、敵対者よりも『強く』なるという単純にして絶対の力を持つ者である。
その力はどこまでも肥大化する。
例えば新『魔の極致』第九席は他者の超常的財産を略奪する力を持つし、新『魔の極致』第四席は死を自覚する数秒間の間ならば死を覆すほどの超高速回復を可能とする。
それら特殊な性質を力づくでねじ伏せるほどに『強く』なるからこそザクロは第一席であった。
水は炎を消す性質を持つが、膨大な炎を少量の水では消せないように、性質を無視するまでに『強く』なるということだ。
……全知全能ですらもそこまでではなかった。そこまでの力があれば、ローランの超常無効化スキルをねじ伏せるほどに『強く』なっていたはずだ。
これが新『魔の極致』第一席。
六百年前の『戦争』の後に生まれた若き魔族、その頂点。
怪物は笑う。
勝つまで『強く』なるからこそ、何も恐れるものはないために。
「やっと出てきたか、『魔王』」
いつからそこにいたのか。
どうやってやってきたのか。
「…………、」
『彼女』は静かに佇んでいた。
ザクロの真正面に、ただそこに。
『彼女』は自己紹介すらしていなかった。六百年前に消息不明になったために、六百年前よりも後に生まれたザクロが顔を知っているわけがなかった。
それでも確信できるだけの圧がそこにあった。
『彼女』こそが『魔王』だと。
旧『魔の極致』第二席キアラ、すなわちナンバーツーが霞むほどに、『彼女』はただただ強き者として君臨していた。
「ハッ! ハハッ!! いいなあ、お前。こいつは予想以上だ。誇れよ、『魔王』っ。お前は俺が出会ってきたやられ役どもの中でも一番強えぞっ!!」
「…………、」
ゼリシア=キラーゾーンは『彼女』を殺すためにザクロを利用しようとしていた。つまりザクロには『彼女』に太刀打ちできるだけの力があるということ。
六百年前に人類滅亡さえも視野に入るほどに猛威を振るい、最終的に『勇者』によって『封印』され、数年前より観測できなくなったために『封印』を破り自由になったのだろうと推測されていた、史上最強の災厄。
大陸中を鮮血と死で埋め尽くした災厄は、しかし新たなる金字塔によって破られる。どんな金字塔にも打ち破られる瞬間というものは必ず存在するのだから。
ゆえにザクロは右腕を突き出す。
力を解放する。
ただ『強い』。敵対者に勝てるまで『強く』なる単純にして絶対の暴虐はどんなに高くそびえ立つ金字塔であろうとも軽々と粉砕する。
こうして相対した時点で『魔王』の命運は一つに絞られた。せめてド派手に散ってザクロを楽しませること、それ以外の選択肢は存在しな──
ごっぶう!!!! と。
突き出した右腕が、そうザクロの右腕が、沸騰する液体のごとく内側から膨れ上がったのだ。
「な、あ……っ!?」
ありえないことが起きていた。
ただ『強い』、敵対者に勝てるまで『強く』なるはずのザクロがダメージを受けていた。だが、こんなこと起こるわけがないのだ。ザクロは勝つ、勝てるまで『強く』なる。ゆえにダメージを受けるほどの力の差が生まれるわけがない……はすなのに、
「なにが、なんっ、ぐえっぶう!?」
伝播する。
ぼごっ、ほぶう!! と次から次へと内側からの膨らみが発生していく。腕どころか胴体や脚、頭まで。
内側からの猛威が続く。
何らかの攻撃を受けており、それを防ぐことができていない──と、ありえないはずの現象にありえないはずの推測が生まれる。
瞬間、ザクロの顔に浮かんだのは歓喜であった。
ありえないと考えもしなかった。自分と対等に殺し合える存在がいるなんて。
せめて過程だけは楽しもうと──それこそ世界が滅ぶくらいド派手にぶちまけてやろうと──それくらいしか期待していなかったというのに、だ。
現れてくれた。
自分と並ぶ強者が。
「ハッ! はっはっ、ハーッハッハッハア!! 最高だ、お前本当最高だよお!! 『魔王』、ハハッ、『魔王』おっ!! やっとだ、ようやっと楽しく暴れられるっ。さあ始めよう、終わらせよう!! こんなちっぽけで退屈なボケしかいない世界ぶっ壊すくらいド派手に! 最高にぶっ飛んだ殺し合いをなあ!!」
そして。
そして。
そして。
「はぁ。セシリー様とのお時間を削ってまで出てきたというのに、無駄足だったみたいですね」
そこに、
目の前に、退屈そうな顔が、
「アタシとしたことが判断ミスですね。予想以下です。自滅する程度の雑魚、放っておけばよかったですね。まったく、キアラたちってばこの程度の連中相手に無駄に派手に暴れすぎです。人騒がせにもほどがありますよ」
「な、にを……? なんで、そこで! 退屈が顔を出す!? ほら、殺し合おうぜ!! ここからだろうがよお!!」
「もしかして気づいていないんですか?」
不思議そうに『魔王』は首さえ傾げていた。
そして、言う。
「アタシ、何もしていないですよ。お前は勝手に『強く』なって、勝手に耐えられずに自壊しているだけなんですから」
瞬間。
ザクロは、その言葉の意味を理解できなかった。
「まあアタシ自身押さえつけるのが限度なんですから、アタシよりも『強い』力を制御しようなんて無謀な挑戦と評するしかないんですがね」
「待てよ! だって全知全能が、ゼリシアは俺をぶつけて『魔王』を殺そうとして、だったらせめて殺し合えるくらいには拮抗しているはずで……ッ!?」
その時、ザクロは気づいた。気づいてしまった。
数年前、全知全能でさえも観測不可能となったために『魔王』は『封印』を破り、その事実を隠蔽した上で自由に歩き回っている、と考えられていた。
それが正しいとすれば、『魔王』討伐を計画したゼリシアは数年前『まで』の情報を元にしていたとなる。
数年前『まで』の『魔王』であれば、ザクロでも殺し合えるくらいには拮抗していたのかもしれない。が、数年という月日が『魔王』をより強大な怪物と変えていたとすれば?
それこそザクロでさえも受け止めきれないほどにその力を増幅させるだけの『何か』があったとして、全知全能はそれを探知することはできないのだ。
「待て、待てよっ。俺は常に『強い』んだ、必ず俺が勝つように世界はできていて、だから、待てよ!! なんで、くそっ、待てよお!!」
「はいはい、わかったからさっさと自滅することですね。いくら無駄足にしかならない雑魚とはいえ、セシリー様の害となる可能性が万に一にもあるのならば、その存在を許してやる理由はないですからね」
退屈だけがそこにあった。
まるで意趣返し。これまでザクロが退屈と共に大勢を殺してきたように、退屈しかない世界に押し潰されていく。
ぱんっっっ!!!! と。
己が生み出した力によって、弾けて消えた。
新『魔の極致』第一席はそうして死んだのだ。
「さて、後はベルゼ……いいえ、レイやら全知全能やら、騒がしいのを片付けてきますかね」
『彼女』──メイド服を肩に羽織る黒髪黒目の女、旧『魔の極致』第一席にして『魔王』ミーナが動き出す。
ただ『強く』なり、必ずや敵に勝つ少年を退屈と共に潰すほどの暴虐がレイ=レッドスプラッシュやゼリシア=キラーゾーンへと襲いかかろうとしていた。
ーーー☆ーーー
全知全能さえも凌駕する『強き』者は戦いの場に立つことさえできずに死滅した。そう、ありとあらゆる『知識』と『能力』を宿す全知全能が選んだ切り札さえも通用しないとなれば──この世に『魔王』に勝てる者は存在しないということだ。
最強が、迫る。
大陸中を鮮血と死で埋め尽くすような悪がまとまりつつある場へと足を踏み入れ、悲劇を撒き散らさんと。




