第三十一章 空虚にして退屈な勝利への道
「…………、」
ぶしゅう! と右肩の断面から鮮血が噴き出す。キアラの右腕は丸々消失していた。新『魔の極致』の面々を一人で圧倒するほどにレベルアップしたキアラが反応できないほどの一撃でもって、である。
トン、トン、と軽やかな足音が続く。
馴染みの場所を散歩でもするような足取りで、気負うことなく現れるは黒を基調としたラフな格好をした黒髪の少年であった。
見た目こそただの少年ではあるが、ただ一点──その瞳だけが銀と金が渦巻く不可解な色をしていた。
まるでネフィレンスのような異様な瞳。ミュウやルルアーナは端正な顔立ちの人間の女にしか見てない外見をしているので全員が『そう』であるわけではないのだろうが、
「ワタシたちと同じ、魔族みたいね」
「ハッ! おいおい老害がなんだって? 確かに俺は魔族だ、新『魔の極致』唯一のな。だが、ハハッ、同じたあ随分と自己評価の高っけえこって」
嘲る。
六百年前、大陸全土を巻き込んだ『戦争』の中核にして、国家単位での戦死者を量産した魔族たちを前にしても、黒髪の少年は嘲るだけの余裕があった。
「俺が、俺こそが真なる魔族だ。たかが大陸一つ征服できねえ落ちこぼれな老害どもとは全くもって別モンなんだよ、ボケが!!」
「……、へえ」
「まーあー? わざわざ『新』と冠をつけてやって、俺の下に属させてやった連中は揃いも揃って老害の始末すらできねえクソボケだったがな。ったく、俺としたことがゼリシアの腰抜けに乗せられてこんなクソボケどもを下に属させてやっただなんて、末代までの恥っつー話だ。老害の頂点殺すのなんざ俺一人で十分だっつーのによ。いくら数集めたって、こんなクソボケ揃いじゃ賑やかしにもならねえだろうが」
トン、トン、トン、と。
あくまで軽やかに、黒髪の少年が歩み寄ってくる。
「なあ、老害ども。俺はド派手に暴れてえんだ。そっちのほうが楽しいだろ? だがよ、俺は『強い』から、並みのボケが相手じゃチンケな殺しにしかならねえってわけだ。わかるか? ド派手に暴れるにゃあ、相応の相手が必要だからよ──老害どもの頂点誘い出すために、ちっとばっか死んでくれや」
トン、と最後の一歩が踏み出される。
黒髪の少年がキアラの真正面に立ち、キアラの右腕を吹き飛ばしたほどの力を解放──
「図に乗るなよ、ガキが」
ドッゴォン!!!! と爆発にも似た激震が炸裂した。キアラが無造作に放った蹴りが黒髪の少年の胸板に叩き込まれ、薙ぎ払った音である。
数十メートルもノーバウンドで吹き飛び、そのまま荒野と化した空間を突き抜け、その先の山の斜面へと激突、轟音と共に粉塵が空高く舞い上がる。
「レベルアップ。きひひ☆ 『強い』って? なるほど確かにさっきまでのテメェはワタシよりも強かったかもね。今はもうワタシのほうが上だけど」
キアラは経験値を使ってレベルアップし、ステータスを飛躍的に向上させる。ストックしておいた経験値を使えば、前までのステータスを超える怪物へと進化することができる。
先ほどまで黒髪の少年はキアラよりも強かった。
レベルアップを果たした今はキアラのほうが強い。
ただし、無条件に進化できるわけでもないのだが。
(やるわね、クソガキ。まさかストックしておいた経験値を全て使って、ようやく上回ることができるほどなんてね。同族としてテメェの存在は頭の片隅に置いておいてやるわよ)
そして。
そして。
そして。
ーーー☆ーーー
ゴッッッバァッッッ!!!! と。
迸る一閃を、その場の誰も視認すらできなかった。ただただ強大な力がキアラの心臓を貫いたのだ。
ーーー☆ーーー
「え、え? キアラ、え???」
「嘘、あり得ないんだゾっ。キアラが、そんなっ」
「キアラッ! クソッ!!」
「……、あ?」
ミュウやルルアーナ、それにネフィレンスだけでなく、先ほどまで新『魔の極致』の面々を圧倒し、黒髪の少年を薙ぎ払ったキアラですら何がどうなったのか、理解できなかった。
結果だけが広がる。キアラが反応できないほどの力で心臓を貫かれたという結果だけが。
「言ったはずだぜ、老害。俺は『強い』ってよ」
トン、トン、トン、トン、トン、と。
足音だけが続く。その歩みを、誰も止めることはできないがゆえに、ただただ声が響いていく。
「いいか、理解できてねえようだから懇切丁寧に教えてやるよ。俺はド派手に暴れてえんだ。勝敗なんざ俺の勝ちで確定しているなら、せめて過程を楽しみてえってわけなんだよ。何せ俺は『強い』。敵に勝てるほどに『強く』なる、単純明快な力を前に森羅万象ありとあらゆる存在は屈服するんだからなあ?」
ぐらり、と。
傾き、倒れていくキアラは見る。勝ち誇るわけでもなく、ただ当然の結果だと言いたげな退屈そうな少年の顔を。
ただ『強い』。
敵に勝てるほどに『強く』なる。
黒髪の少年にとって戦闘とは結末のわかりきったものでしかないのだ。腕を振るっても、足を振るっても、何なら仁王立ちしているだけでも勝負になれば敵に勝てるまで『強く』なって圧倒するだけなのだから。
彼が口を開く。
淡々と。
「いい加減出てこいよ、老害どもの頂点。俺が、新『魔の極致』第一席ザクロが楽しく消費してやっからよお」
ーーー☆ーーー
なぜ全知全能を司るゼリシア=キラーゾーンは第二席なのか。その答えは単純であった。
新『魔の極致』第一席ザクロの力もまた全の一部。ゆえにゼリシアも使うことができる。
では、相手よりも『強く』なる力を双方が使った場合、どうなるのだろうか?
答えは単純。より『強い』ほうが勝つ、だ。
魔法を知り尽くし支配する、音速超過での戦闘を可能とする、ありとあらゆる損傷を癒す、果てはこの世に存在する全なりし『知識』と『能力』を網羅しているときて、最後の最後、頂点に君臨したのは単純に『強い』者であった。
どんな複雑怪奇な性質の力を振るおうが、どれだけ多くの力を振るおうが、それに勝てるまで『強く』なればいいという単純な暴論。そんなものを振りかざすことができるからこそザクロは第一席に君臨しているのだ。
これがゼリシア=キラーゾーンの切り札。
十席から二席、すなわち己さえも補助と割り振り、ただ『強い』ザクロを『魔王』にぶつけることで人類滅亡の危機を阻止しようと考えているのだ。
ただし。
ただ暴れたいだけのザクロにとって人類の危機なんてものは頭の片隅にすら残っていない些事に過ぎない。ド派手に暴れた結果、大陸に住まう命が根こそぎ吹き飛んだとしても『ああ、楽しかった』で済ませてしまうだろう。
ただ『強い』。
ただ暴れたい。
ただ楽しみたい。
単純で純粋で──周りなんて一切気にしない完全なる自分勝手な猛威。己が目的のためだけに集まった新『魔の極致』の頂点にふさわしい怪物は、ただただ己の快楽のために暴虐を振るう。
ーーー☆ーーー
「にひ、にひひひひっ☆ ああスッキリしたわねーっ!! あれだけ私たちを痛めつけてくれた格上さんがなすすべなくくたばる。にひゃははっ、殺しはこうじゃなくっちゃっ」
キアラが倒れたと共にひときわ大きな声で嘲笑う女がいた。魔女っ子スタイルの新『魔の極致』第十席モルガン=フォトンフィールドである。
ニタニタと、心底楽しげな笑みを広げて、そして、
ゴッッッ!!!! と。
その笑みごと、魔女の上半身が吹き飛んだ。
何事か言う暇もなかった。おそらく己が死んだことにすら気づいていないだろう。
その場の誰も反応できなかった。それほどの猛威を振るうことができる者は一人しかいない。
「なーんか勘違いしてるな、クソボケ」
新『魔の極致』第一席ザクロ。
ただ『強い』少年は言う。
「まさか俺が味方だとでも? ハッ! 老害どもの頂点を誘き寄せられねえばかりか、老害一匹殺せねえクソボケどもに存在価値が残っているとでも? クソボケどもを俺の下に属させてやったっつーのが紛うことなき汚点なんだ。だから、まあ、死んどけ」
「……ッ!?」
瞬く間であった。
黒髪の少年が何かをした。その一瞬でもって残りの新『魔の極致』の面々が跡形もなく消し飛んだのだ。
第四席スフィアの力で再生できずに。
再生を許さないほどに『強い』暴虐でもって。
「退屈だな。なあ、退屈だとは思わねえか? 俺はとにかく暴れてえのに、俺が暴れればそれだけでケリがつくってんだ。こんなのせめて過程をド派手にして楽しむ他ねえよなあ?」
トン、トン、トン、と。
足音が響く。
「なあ老害ども。お前らの頂点、すなわち『魔王』は仲間意識なんつーくだらねえもん持ってると期待していいんだよな? お前らレイとやらのために出てきたみてえだし、頂点も似たようなもんって話になりそうじゃねえか。ここでお前ら皆殺せば、どこかに隠れている『魔王』が出てくるって展開になってくれよな。正直、殺すだけにゃあ退屈すぎるからよ」
「このクソガキが! 舐めるんじゃないわヨ……ッ!!」
その時、ネフィレンスは手持ちの力をフル活用した。あるいは空間を繋げる際にわざと摩擦を発生させて時空同士の接触による不可思議な摩擦熱をブレード状に解き放ち、あるいはハッキング能力によって全機能を掌握した『蠅の女王』を純粋な破壊のために稼働させ、あるいは初代聖女の亡骸という記号を増幅することで奇跡を体現して──とにかく世界征服のために集めに集めた力の全てを解き放ったのだ。
もちろんミュウやルルアーナもまた己が全力を解き放った。数で押せば突破口が見えるかもしれない。敵よりも『強く』なる、という力は個人を指して作用するものかもしれない。というか、それくらいの制限がないと理不尽すぎる。
だから。
しかし。
「ハッ、やっぱ退屈しのぎにもならねえなあ」
世界は甘くはない。どこまでも苦い現実が広がる。
『敵』の区分は個人でも集団でも構わない。ただ『強い』力が、必ず勝てるだけの力が、その場の命を一つ残らず消し飛ばした。




