第三十章 願いはただ一つ、ゆえに貫くのみ
結果だけ見れば圧倒的であった。
「が、ばぶ……ぁ!? ここ、まで差があるもの、カモ!?」
例えば新『魔の極致』第十席は魔法を知り尽くし、またコンプリートしているばかりか他者の魔法を乗っ取ることも可能だが──魔法以外の力でもって魔女の力を上回ればいいだけだ。
例えば新『魔の極致』第九席は他者の物的・知的・超常的財産を略奪する能力によって武具や知識や何らかの性質を付加した超常を奪い去るが──何らかの性質を持たない純粋なエネルギーで吹き飛ばせばいいだけだ。
例えば新『魔の極致』第八席はありとあらゆる物理攻撃を無効化、またその身に宿りし膂力を極限まで引き上げる力を持つが──物理攻撃以外の力でもって貫けばいいだけだ。
例えば新『魔の極致』第七席は獣の因子を組み込むことで五感や身体能力を高めており、常に死角に入り込むことで極至近距離にて姿を消すのだが──そもそも視覚に頼らず気配を察知すれば、いかに死角に隠れようとも捕捉することができる。
例えば新『魔の極致』第六席は音速超過での挙動を可能とするが──ならばそれ以上の速度で対応すればいい。
例えば新『魔の極致』第五席は血の首輪により他者を意のままに操れる奴隷と変えるが──そんな体質、力づくで打ち破ればいい。
例えば新『魔の極致』第四席はどんな損傷も癒す超高速回復スキルを持つが──再生速度を上回る損傷を与え続けるなり、回復スキルを具現するエネルギーがなくなるまで損傷を与え続けるなりすれば、いつか必ず殺すことができる。
「きひひ☆ まあよくやったほうよね」
七つの災厄を、たった一人が圧倒していた。
旧『魔の極致』第二席キアラ。経験値、ステータス、レベルアップという不可解な性質の力を振るう女である。
一つ、キアラはありとあらゆる経験を値として蓄積することができる。ゆえに戦闘を続ければ続けるだけ経験値を貯めることができる。
一つ、キアラは自身の能力をステータスという形で定義している。膂力や魔法力などを数字で表現可能なのだ。
一つ、キアラは各分野のステータスへと経験値を割り振ることでレベルアップを果たす。つまり一定以上の経験値を割り振った時点で飛躍的にステータスが向上し、レベルに応じた能力を獲得することができるのだ。
簡単に言おう。
戦闘を続ければ続けるだけキアラは進化する。ゆえにいつか必ず敵対者を圧倒することができるのだ。
「は、はう……われ、あひに力が、はいりゃな……ふにゅう」
「どやぁっなんだゾ☆ キアラにかかればこんなものなんだゾっ!!」
旧『魔の極致』第九席ミュウはなぜか全身粘着質な液体にまみれた状態で地面に倒れており、旧『魔の極致』第五席ルルアーナは何もしていないのに胸を張っていた。
二人が手を出さずともいいくらいには戦力差が開いていた。それほどまでにキアラがレベルアップしているとも言える。
と、その時だった。
ぐぁばぁ!! と空間が引き裂けたかと思うと、そこから旧『魔の極致』第三席ネフィレンスが歩み出てきた。
「もう終わっちゃっタ?」
「そうね。無駄に治癒スキル持ちが頑張っているから未だに死者はゼロだけど、まあ後は消化試合よね」
「だといいケド」
「何よ、その意味深な台詞は?」
訝しむように眉をひそめるキアラへと、ネフィレンスはこう告げた。
「新『魔の極致』に関してはレイからのお願いでゼリシア=キラーゾーンを無力化するってことになってから調査してきたのヨ。その調査で第十から第二までは能力から何から全部暴けたんだケド……新『魔の極致』第一席のことだけは何一つ分からなかったのヨ。それこそ世界の記憶で『今』の時間軸を調べても何も出てこないくらいだシ、おそらく新『魔の極致』第二席の全知全能か新『魔の極致』第一席の何らかの能力で小細工しているってことなんだろうけどネ」
「それがなんだってのよ? どんな敵であれ、ワタシの能力があればいつかどこかで絶対に勝てるわよ」
「マァ、そうなんだけどネ。わざわざ隠蔽しているってのが気になるのよネ。何せ全知全能を第二席に位置付けているくらいだしサ。全知全能も干渉しているってのが不安材料だケド、一応はハッキングできている『蠅の女王』とか色々と使えそうなもの用意しておくかネ」
と、その時だった。
トン、と足音が響き、
「ハッ、んだこのザマは。寄せ集めとはいえ俺の下に属している自覚あるのか、クソボケども」
ゴッッッボァッッッ!!!! とキアラの右腕が吹き飛んだ。
ーーー☆ーーー
一番に前に踏み込んだのはローランとセレリーン伯爵家当主であった。ピーチファルナやシンシヴィニアが矢面に立つ前に迅速に決着をつけようとしたのだ。
だが、立ち塞がるは全知全能。
いかに青い光のドームで超常を封じられようとも、武術や身体能力など多種多様な『能力』を網羅していることに変わりはない。
ゴァ!! と空気を引き裂く拳があった。単純にして莫大な膂力による一撃を、右腕をへし折られているローランは身体をさばくことで回避。右足を跳ね上げ、ゼリシアの顎を狙う。
「そんなの……」
衝撃があった。
跳ね上げたローランの右足に合わせるようにゼリシアが額を振り下ろし、蹴りにぶつけたのだ。
「効くわけないじゃんっ!!」
バギリッ!! と右足から骨が軋む音が響く。攻撃を繰り出したローランのほうがダメージを受けていた。
「づ……っ!?」
「チッ! どけ平民っ」
そこにセレリーン伯爵家当主が突っ込む。彼は一切容赦することはなかった。その手に握られしは地に伏す私兵からもぎ取った剣。その刃をゼリシアの心臓めがけて突き出す。
「だから……」
対してゼリシアは限界を振り切った身体を振り回す。右手を横に薙いで、迫る刃の側面を叩いたのだ。
「そんなの効くわけないじゃないのよお!!」
異音が響く。鉄の刃が弾かれ、半ばよりへし折れたのだ。
……真っ向から受けていたなら、ゼリシアの腕のほうが斬られていただろう。ゆえにゼリシアは剣腹へと右手を叩きつけたのだ。
高速で迫る斬撃を正確に見抜く動体視力があってこその芸当であった。それくらい容易くできるからこそゼリシアは全知全能であるのだ。
「く、そ! やっぱり厄介だな、この踏み台っ」
そこで止まらない。今度は全なりし『能力』が唸る。
「朱雀制圧術・灼斬ノ型、ノーグフェルト拳三式、金色流奥義・舞踏蓮華っ!!」
一挙に三つもの『武術』が炸裂する。
大空を舞う燃え盛る巨大鳥・朱雀を制圧することを想定した十三もの型の一つ、拳のみで数多もの魔獣を討伐してきたノーグフェルトが編み出した独自の格闘術、五百年もの長きに渡り受け継がれてきた古武術が奥義。
右手にて灼熱の翼さえも切り裂く手刀が、左手にて己が拳を鋼鉄さえも穿つ打撃へと昇華させ、右足にて踊りにも似た変幻自在の蹴りを放つ。
その全てが一生をかけて習得できるか否かと言われる奥義の数々であった。どんな天才であれ系統が全く異なる三種の高度な武術を一個人で習得など不可能であるはずだった。
ゼリシア=キラーゾーンのみが不可能を可能とする。全知全能、生まれた頃よりありとあらゆる『知識』と『能力』を獲得した、恵まれに恵まれた令嬢だけが。
だから。
しかし。
「一つは私が対処するさっ!!」
だんっ!! と踏み込んできたオリミアの声を聞き、ローランとセレリーン伯爵家当主が動く。
手刀はローランが左手で受け流し、拳はセレリーン伯爵家当主が全身で体当たりするように受け止め、蹴りはオリミアが両手で弾く。
「な……っ!?」
「少し前、ピーチファルナのお父上が言っていた通りさ。状況に適した武術を選べていないし、奥義を通すための『流れ』を作ることもできていないし、そもそも奥義を万全に振るえていないさ。つまり!!」
オリミアの口元がつり上がる。
致命的な弱点を突きつける。
「お前は武術を『使える』だけで、決して『使いこなす』ことはできていないのさっ!!」
叫びと共にオリミアの拳が唸る。類稀なる動体視力を持つゼリシアは軽々と避けるが、その顔には先のオリミアの言葉で歪んでいた。
「またそれ? そんなのあり得ないわよっ。あたしは全知全能の使い手よっ!! ゆえにこの世全ての力はあたしの手の中にあるのよ!!」
「確かに全知全能ってのは嘘じゃないみたいさ。朱雀制圧術、ノーグフェルト拳、金色流奥義。どれもこれも有名で困難な武術さ。この三つを一個人が会得するだなんて、それこそ全知全能でも持ち出さないと不可能さ」
だけど、と。
オリミアは続ける。
「三つ同時に使用した時点でボロが出まくっているのさ。思った以上にしぶといから数でごり押ししようとしたんだろうけど、そう考えた時点で『使いこなせていない』ことが丸わかりさっ」
「な、にを……!?」
「魔法やスキルならそれで良かったかもしれないさ。状況なんて関係なく、ダース単位でボコスカ使うことでごり押しできたかもしれないさ。だけど! 武術は違うさ!! 例外はあれど、基本的に武術とは全身を使って振るうものさっ。打撃の際にも踏み込む足の位置やタイミングなんかが重要になってくるものなのさっ。それこそ奥義ともなれば、全身全霊をかけて当然に決まっているさ! 決して同時に他の技を使える余裕なんてあるわけないのさっ!!」
「っ!!」
だからこそ、不完全であった。
きちんと両の足で地を踏みしめて振るうべき手刀や拳は同時に蹴りを放ったために軸足が不安定となって威力が半減した。蹴りだって手刀や拳を振るったばかりに上体がブレて、思うような威力は出せていなかっただろう。
もしもそれらを長きに渡る鍛錬や実戦にて身につけていたならば、そんなミスはしなかっただろう。だが、ゼリシアは違う。全知全能。生まれながらに恵まれた体質によって何の努力もせずにありとあらゆる武術を網羅したのだ。
ゆえに『使える』だけで決して『使いこなせていない』。ほんの些細なミスさえも気づけないほどに。
「だから……それがどうしたってのよお!!」
今度は武術も何もあったものではなかった。
身体能力の限界突破。肉体が内側から弾けるように壊れるほどの負荷をかけての拳が真っ直ぐにオリミアを狙う。
が、
「くふふ☆」
ゴッバァン!! と間に割って入ったレイ=レッドスプラッシュの拳がゼリシア=キラーゾーンの拳と真っ向から激突する。
凄まじい轟音が響き、そして受け止める。
拮抗する。
「肉体のリミッターを解除して、己が肉体が自壊するほどの負荷をかけてでの挙動でごぜーますよね。それ、私もできるのでごぜーますよ」
「て、めえ……っ!!」
「ああそれと一つ言いたいことがあるのでごぜーますが──どうしてリミッターを解除した状態で武術を使わなかったでごぜーますか?」
さらに、歪む。
全知全能、圧倒的に有利なはずのゼリシアの表情がだ。
「思うに武術とリミッター解除は相性が悪いのでごぜーますよね? あまりに強大な力を武術に乗せようとしても身体が振り回されてうまくいかないから、武術とリミッター解除を分けて使っているのでごぜーますよねえ?」
「……ッッッ!! ほざくなよ、殺人鬼があ!! なんで、てめえが!! 『戦争』で多くの人を殺したてめえみたいなクソ野郎が『そっち』に立っていて、なんであたしは、こんな、ふざけんじゃないわよお!!!!」
耐えられないと、もう限界だと言うように吐き出し、吐き出し、吐き出して──そこに大上段より剣を振り下ろしながらケファミアが突っ込む。
「いい加減、終わらせるです!!」
斬撃は、しかしレイと拳を合わせたものとは逆の手が唸り、弾く。びりびりと手首に走る衝撃に顔をしかめるケファミアめがけて肉体のリミッターを解除した猛烈な蹴りが襲いかかる。
「させ、ないさっ!!」
横からオリミアが突っ込み、ケファミアを押し倒した直後にゴッ!! と蹴りが何もない空間を走る。一瞬遅ければケファミアの頭部は腐った果物のように弾け飛んでいただろう。
「ああもうっ!」
だんっ!! とゼリシアがバックステップで間合いを切る。ありえないことだが、劣勢になりつつある流れを切り、押し切られることだけは防──
「俺らのこと! 忘れてんじゃねえぞ、コラァ!!」
「これ以上! シンシヴィニア様くらいのガキどもが傷つくの見てられるかっつーんだあ!!」
跳ね起きる、飛び込む。
地に伏していたはずの、倒したはずの治安維持部隊や私兵たちが、だ。
「な、んッ!?」
ゼリシア=キラーゾーンは全知全能を宿す。人の壊し方など知り尽くしている。
ゆえに、だ。
百近い有象無象どもはとっくに限界を迎えていたはずなのだ。もう倒したと、これ以上は立ち上がることはないと、そこまで徹底的に痛めつけたからこそ捨て置いていた。
そんな彼らが殺到する。
無事な箇所を見つけるほうが困難なほどに傷だらけのくせに、後ろに下がり体勢を整え、嫌な流れを断ち切ろうとしていたゼリシアへと突っ込んでいく。
──どこかから飛んでくる武器を掴み、全知全能へと真っ向から立ち向かう。
「うじゃうじゃと、鬱陶しいのよっ」
腕の一振りで薙ぎ払うことはできる。
足の一振りで吹き飛ばすことはできる。
だけど、それでも、突っ込んでくるのだ。いかにローランやセレリーン伯爵家当主よりも弱敵とはいえ、叩き潰すためには『一撃』が必要となってくる。
体勢を整える暇なんてなかった。
単なる『一撃』で倒せるとしても、それが十でも百でも迫ってくれば、その分だけ多くの『一撃』が必要となってくる。
「……ッッッ!?」
元より流れを断ち切り、戦況を立て直すためのバックステップであった。そこに私兵や治安維持部隊の面々が殺到してきたことで立て直しの時間が作れず、『誤差』が広がっていく。
『一撃』を振るうごとに少しずつ、ほんの僅かなブレが生じていく。
積み重なり、広がる。
ほんの些細なブレであっても、十でも百でも積み重ねていけばそのブレは致命的なまでに広がっていく。
「『持っていない』くせに……」
低く、暗く、それでいて泣き叫ぶように全知全能を持つ少女の声が響く。
「あたしはキラーゾーン公爵家が三女にして全知全能を宿す令嬢よっ。それが、こんな、うじゃうじゃと『持っていない』連中が無駄な努力をしてんじゃないわよ!! 全人類の中で最も『持っている』あたしに! 有象無象が勝てるわけないってのによお!!」
だから。
だから。
だから。
「今、なんと言ったですわよ? 有象無象??? ゼリシアにとって、わらわは! 有象無象の一人だとでもいうんですわよお!?」
ダァンッ!! と大きく前に踏み込む少女が一人。
シンシヴィニア=セレリーン。キラーゾーン公爵家が三女だの全知全能を宿しているだの関係なく、ただのゼリシアへと真っ直ぐに踏み込んでいく。
それこそがシンシヴィニアの『願い』だから。
そのために命をかけて戦っているのだから。
「あ、今のは、ちが……っ!!」
「ええそうですわよね、ノブリスオブリージュを貫くためにわらわはゼリシアと表立って仲良くはしていなかったですものね。とっくに切り捨てられていてもおかしくないですわよ。ならばそれでもいいですわよ。わらわの想いが一方的なものだとしても! わらわがゼリシアの力になりたいと思っていることに変わりはないのですわよ!!」
だから!! と。
真っ直ぐに、ただ真っ直ぐにシンシヴィニア=セレリーンは踏み込む。固く拳を握りしめて、熱く燃える想いのままに。
「いい加減!! 一人で抱えるのはやめにするですわよォおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
ゴッドンッッッ!!!! とシンシヴィニアの拳がゼリシアの顔面に突き刺さる。全知全能、ありとあらゆる『知識』に『能力』があれば避けるのも防ぐのも容易かっただろうが……身動き一つできなかった。
シンシヴィニアの全身に刻まれた怪我がなくなっていた。あれだけ魂を削って、ようやくあれだけ追い詰めたのに、全部なくなったのだ。
……もう一度あれだけの暴力をシンシヴィニアに振るわないといけないのか? いいや、あれだけ暴力を振るっても折れなかったのだから、最低でもそれ以上は必要なのだ。
そう考えてしまったら、もう駄目だった。
どんな理由があろうとも、もうこれ以上友達を傷つけられるわけがなかった。
「……、ばか」
それは誰に向けた言葉であったのか。
その言葉と共にゼリシア=キラーゾーンは崩れ落ちた。
ーーー☆ーーー
ちなみにピーチファルナは武器が壊れていた私兵や治安維持部隊の面々に抱えている武器を投げ渡していた。
「やった、勝てたっ」
「馬鹿娘のことだから馬鹿正直に突っ込むかと思ってたけど、まさか支援に徹するとはね」
「ん? いや、単にいっぱい持ったはいいけど動きにくかったから他の人にあげてただけだけど?」
「馬鹿娘め……」
「よっし、さっさとゼリシアとやらを助けて、シンシヴィニアちゃんの『願い』を叶えてやるぞーっ!!」
「……、はぁ。本当馬鹿娘なんだから」




