第二十九章 例え最強ではなくとも
結果だけ見れば、当然の光景が広がっていた。
超常を封じられてもなお猛威を振るうゼリシア=キラーゾーンを相手にそれでも諦めずに立ち向かい、結果として百に近い男たちが地面に倒れていた。
ゼリシアのほうが強いから。
『持っている』から。
ゆえに、しかし。
全知全能、ありとあらゆる『力』を持つ体質の怪物へと立ち塞がる影が二つ。
ローランとセレリーン伯爵家当主。
片腕が折れていようが、体内がぐちゃぐちゃに壊れていようが、それでもと繋げてみせた。
「できれば、こうなる前に決めたかったものなんだがな」
「はぁ。逃げろと言ったというのに」
男たちがそう吐き捨てた直後であった。
「ゼリシア、そろそろ決着をつけるですわよ」
ザッ、と。
男たちの横に並ぶはシンシヴィニア=セレリーン、だけではない。
「こういった喧嘩はあまり楽しいものじゃないですし、さっさと終わらせるに限りますよね」
「ったく、どいつもこいつも脳筋丸出しで真っ向勝負挑んでさ。『何を』背負っているのか裏でコソコソ調査するとかって話に持っていっていればここまで面倒なことにはならなかったんじゃないのさ?」
腰の剣を引き抜くケファミアに拳を握りしめるオリミア。そして、
「事後処理のための根回しは終わっているし、後は粉砕するだけでごぜーます」
レイ=レッドスプラッシュ。
最後に、
「ねえ、そろそろ、こう、みんなに頼るノリに突入してもいいんじゃない? ほらほら、素直に『何を』背負っちゃってるのか言っちゃおう! そうしたら、わたしたちが戦う理由なくなるし」
ピーチファルナがそう言えば、バギリッ!! と異音が響いた。
音源は正面。
強く、強く、それこそ奥歯が砕けるほどに噛み締めたゼリシア=キラーゾーンが口を開く。
「何も知らないくせに……ろくな力も『持っていない』くせに! 適当なこと言うんじゃないわよっ!! あたしはゼリシア=キラーゾーンっ。キラーゾーン公爵家が三女としての『義務』があり、全知全能という人類の中で最も優れた力を『持つ』者としての『義務』があるのよ!! 弱者が、何も『持っていない』奴らが首を突っ込んでも、ゴミのように消し飛ぶだけなのよ!! だから!!」
「よっし、そういうことなら文句は言わせないからね」
がちゃがちゃ、と。
おそらくはゼリシアがピーチファルナに突き刺した武具の数々を抱えた少女は不敵な笑う。
笑って、言い放つ。
「『持っている』だの『持っていない』だの、わたしたちが弱いからってのが理由だというなら、そこをぶっ壊してやるっ。一番『持っている』お前を『持っていない』わたしたちが倒せば、わたしたちのほうが強いってことになるよね。そうなったら、『持っている』からこそ一人で抱えないといけないって思い込みがなくなったら、わたしたちを頼るべきって話になるよねっ!!」
理解できなかった。
ゼリシア=キラーゾーンは強い。だからこそ私兵や治安維持部隊の面々はすでに地に伏している。未だ立っているローランやセレリーン伯爵家当主だっていずれは叩き潰すことができる。
ゼリシアのほうが強いから。
『持っている』から。
だというのに、ピーチファルナは未だに勝つつもりでいる。いいやピーチファルナだけでない。性懲りもなく挑もうとしている連中は全員が勝つつもりなのだろう。
理解できるわけがなかった。
巻き込めるわけがなかった。
なのに、
「そうですわよね、ピーチファルナ。あの頑固者にはそれくらいやらないとですわよねえっ!!」
「……ッッッ!!!!」
シンシヴィニア=セレリーンは前に踏み込んでくる。『甘い』言葉に乗ってしまう。
──ゼリシア=キラーゾーンは知っている。全知全能、ありとあらゆる『知識』があるからこそ、否が応でも知ってしまう。
人類滅亡を招く絶対的な脅威。
六百年前に観測され、現在どこにいるのかすらわからない破滅の因子。
そんなものを相手にするのは『持っている』者だけでいい。弱者を巻き込んだって死者が増えるだけだし、それに──シンシヴィニアを死なせたくなかった。
なぜならゼリシア=キラーゾーンは知っているから。世界の記憶やありとあらゆる『知識』、そんなものなくとも知っているに決まっていた。
『どいつもこいつも、なんでこんなくだらないことに熱中できるんですわよ……』
一般的な『貴族らしさ』をくだらないと吐き捨てる優しい性質を。
『今の貴族制度を壊すとして、わらわには「その先」が見えないですわよ。能力や多数決のように「上に立つ基準」が思いつきはするけど、わらわの思いつく程度のルールで歪みをなくせるとは思えないですわよ』
理想は気高く、しかし理想を追い求めるがあまり現実的でない行動によって悲劇を量産するのではなく、あくまで己にできる範囲で誰かを救おうと前に進んでいることを。
『……、うん。わらわも貴女に出会えて良かったですわよ』
心揺るがす何かがあったわけではない。
ただ、はじめて出会った時にはもう心奪われていた。
なぜ、なんて聞かれても答えられないけど。
もしかしたら『これまで』の積み重ねに引っ張られているだけなのかもしれないけど。
あの時、知りたいと思ったのだ。
世界の記憶だとかありとあらゆる『知識』なんてものがもたらす叡智ではなく、ゼリシア=キラーゾーンという一人の少女としてシンシヴィニア=セレリーンと接し、知っていきたいと思ったのだ。
そう思えたのだ。
そう思える友達なのだ。
だから。
だからこそ。
ノブリスオブリージュだとかそもそもシンシヴィニアの力では太刀打ちできないだとか、そんな話ではない。
そう、そうなのだ。どれだけ建前を並べようが、結局本音は一つしかないのだ。
シンシヴィニアに死んで欲しくないから、ゼリシアは何がなんでも隠し、抱えようと決めた。
例えこの手でシンシヴィニアを傷つけようとも、最後の最後にシンシヴィニアが生きていてくれるのならばそれでいい。
それでいい、と言い聞かせるしかないではないか。
だから。
だから!
だから!!
「ばか、ばかばかばかっ!! このあたしに、全知全能に! 勝てるわけないじゃないのよお!!」
負けられない、負けてたまるものか。
ゼリシア=キラーゾーンはシンシヴィニア=セレリーンにとっての悪でいい。結果として友達を守れるのならば、暖かな場所から背を向けることも許容する。
本当は泣き叫びたいほどに辛いけど、耐えられそうにないけど、だけどこの場にゼリシアよりも『持っている』者は誰もいないのならば……そうするしかないではないか。
ーーー☆ーーー
かつて人類は滅亡の危機に瀕していた。
六百年前、魔族どもが鮮血や死を撒き散らした大陸史上最悪の『戦争』。その中でも最も強き脅威、それを人々は『魔王』と呼んだ。
あらゆるものを消し飛ばし、あらゆるものを生み出し、あらゆるものを再生し、あらゆるものを見通し、あらゆるものに触れ、あらゆるものを移動させ、あらゆるものを防ぎ、あらゆるものの活動を封じる、最強最悪の魔族。
知らなければ、安穏と暮らしていけた。
知らなければ、幸せだった。
知らなければ、シンシヴィニアと戦うことはなかった。
だけど、ゼリシアは『持っていた』。全知全能、ありとあらゆることを知ってしまう体質があったのだ。
旧『魔の極致』第一席──すなわち『魔王』。
全人類どころか、大陸や惑星を吹き飛ばす可能性さえある最悪の脅威。六百年前、『勇者』と呼ばれる英傑が『封印』したのだが──数年前から世界の記憶において『封印』されているという情報さえ消失していた。
世界の記憶には今を含む全時間軸での情報が刻まれる。『魔王』が『封印』されたままならば、『封印』されているという情報が刻まれ続けるはずなのだ。その情報さえも消え、何も刻まれていない──すなわち世界の記憶を消しているということに他ならない。
加えるならば、その消去を復元することもできなかった。全知全能の力があってもできないことがある、それがどれだけ異常なことかは全知全能の使い手たるゼリシアが一番理解していた。
炎に水をかければ、炎を消すことはできる。
だがあまりにも巨大な炎に少量の水をかけても、炎を消すことはできないだろう。
つまりはそれだけの話。
全知全能という性質を圧倒するだけの『力』でもって『魔王』の消息は隠されている。そんなことができる者がいるとすれば、新『魔の極致』第一席を除けば当の『魔王』本人しかいないだろう。
──己が復活したという情報を隠蔽して、『魔王』は大陸を自由に歩き回っている。全知全能の性質さえも圧倒する、『魔王』と呼ぶにふさわしい脅威を抱えて。
ゼリシアは知っている。六百年前、『魔王』が大陸中の国家を滅ぼし、大勢の人間を殺し、人類滅亡さえも視野に入るほどの被害を撒き散らしたことを。
同じことが起こる。
今度『魔王』が暴れた時、かつてのように食い止められるかどうかで人類の未来は決する。
だからゼリシアは抱えた。
『持っている』から、知っているから、できることをしようと決意した。
そのためならば何の野望もなく、ただ好き勝手暴れたいだけの新『魔の極致』第一席を含む巨悪どもを利用するのも厭わない。
まずは最も危険な『魔王』から倒す。その邪魔をさせないためでもあるし、『魔王』と同じく六百年前多くの死を撒き散らしたような悪を粉砕するためにも、『魔王』の仲間である旧『魔の極致』メンバーをゼリシアたちの存在を察知されない形で排除しておく、というのは失敗に終わっていたか。
理想通りとはいっていないが、未だに『魔王』が現れていないのならばその間に旧『魔の極致』メンバーを排除すれば少しでも『魔王』討伐が楽になるはずだ。そのためなら自分勝手な目的のために被害を撒き散らす新『魔の極致』を利用するが──『魔王』を倒した後は新『魔の極致』だって人類の敵であることに変わりない以上、その手で倒すと決めていた。
全知全能があろうとも、生き残れる可能性は限りなく低いだろう。『魔王』からして全知全能の性質を打ち破るほどの猛威であり、新『魔の極致』にしてもゼリシアは第二席に位置付けられているくらいだ。
ゼリシアは『持っている』が、決して最強ではない。それでも頂点に君臨する怪物どもが揃いも揃って悲劇を撒き散らすクソ野郎どもであったがために戦うことを決意した。
『義務』である、と思っていた。
だけど、それ以上に守りたかったのだ。
今だって命がけでゼリシアのために戦ってくれているシンシヴィニアのことを、そんな友達だからこそ守りたかったのだ。
そのためならばゼリシアはなんでもする。
シンシヴィニアをこんな場所から逃がすためなら、いくらでも傷つける。……本人すら気づいていないが、標的である旧『魔の極致』メンバーたるレイ=レッドスプラッシュ討伐よりも優先しているほどである。
その度にゼリシアの魂は軋み、悲鳴をあげて、涙が溢れるくらい辛いことだとしても──最後にシンシヴィニアが生きていられるのならば、それがハッピーエンドというものに決まっていた。
そうやって一人で抱える以外の生き方を、生まれた頃から『持っている』ゼリシアは知らなかったのだ。
──『魔王』や新『魔の極致』第一席よりも『持っていない』としても戦うことを決意した奥底にこそ、ゼリシアよりも『持っていない』シンシヴィニアたちが戦っている理由と同じものが燃えていることに、本当の本当に気づきさえしていないのだ。
今まで、ずっと、『持っている』側だったから──『持っていない』のに戦うことはなく、誰かに頼ることなんて絶対になかったから。




