第二十六章 守りたいから、命をかける理由などそれだけあればいい
レイ=レッドスプラッシュはシンシヴィニア=セレリーンや残り二人の少女にこう伝えていた。『ピーチファルナちゃんを助けるために、青い光の外にピーチファルナちゃんを出すでごぜーますよ』、と。
超常の無効化フィールドの外に出れば、超常による治癒を施すことができる。とはいえシンシヴィニアは治癒系統の力を持っていないのだが……レイには何かしらの『アテ』があるのだろう。
他に手段がない以上、それに賭けるしかない。
だから、
「ピーチファルナ、ちゃん……っ!!」
ぶじゅう! と傷口から鮮血が噴き出すのも構わず手を伸ばしたシンシヴィニアが小柄な少女を抱きかかえる。つまりはピーチファルナを。しっかりと、決して離すものかと力強く。
「絶対に、絶対に! 助けるですわよっ」
人間一人の重量は相当なものだ。万全の状態でさえ数十キロにも及ぶ重量を持ち上げるのは負荷のかかることである。ましてや今のシンシヴィニアは決して軽くない損傷を負っている。立っているのが不思議なほどであり、それでも──ギヂベヂバギッ! と全身から悲鳴をあげながらも、持ち上げる。それでもと繋げてみせる。
なぜなら友達だから。
限界を超える理由なんてそれだけあればいい。
「お、おお、おおおおっ!!」
一歩踏みしめるだけで神経を引っ張り出されたかのような激痛が走る。半径五十メートル。青い光のドーム、その外に到達するまでには何歩、何十歩必要なのか。
関係ない。どれだけ長き道のりだろうとも、必ずや踏破してみせる!!
ーーー☆ーーー
バギィンッ!! と。
骨の砕ける音が響き渡った。
ーーー☆ーーー
「っづ……がぁ!?」
ぶらん、とローランの右腕が力を失う。その手に握られていた剣が地面に落ちる。
剣を弾かれ、腕の骨を折られた。
結果だけならそれだけなのだが、そうはならないだけの技術の差があったはずだ。受け流し。力の差を覆す技術でもってゼリシア=キラーゾーンの猛攻を耐えていたはずだ。
だけど、だけどだ。
「力が、増した……? 武術じゃない、これはまさか単純な膂力の増幅か!?」
「こんなはずじゃなかった。なかったのよ」
ギヂィ、バギィッ!! と異音が響く。
ゼリシア=キラーゾーンが己の剣の柄を握りしめた勢いのまま握り潰したのだ。
カラン、と刃のみとなった剣が地面に落ちる。その刃をあろうことか振り下ろした足でもって粉砕してのけた。
……超常を抜きにすれば十代の少女でしかないゼリシアにそんなことができるわけがない。わけがないのにできたということは──
「肉体の、リミッター解除。肉体が自壊するのも構わずにかっ! 無茶しやがって!!」
ぼたぼたと腕が内側から弾かれたように壊れているというのに、一切気にすることなくゼリシアが前に踏み込んでくる。
ゴォッ!! と速く、鋭く、一直線に。
「こんなはずじゃなかったのにい!!」
振るわれるは剛腕。真横に振るわれたゼリシア=キラーゾーンのそれには武術なんて何もなかった。だから、しかし、
吹き飛ばされた。
ローランが受け流せないほどの莫大で純粋な力による一撃が骨や肉がひしゃげる轟音を炸裂させる。
「違う。こんなことが目的じゃない。あたしはただ全知全能たる『義務』を果たすために行動しているだけなのに。ああ、ああ! なんで、こうなって、あたしはこの世の誰よりも『持っている』はずなのにい!!」
ドゴォッ!! と地面を踏み砕き、足の肉を弾けるように壊しながらも、猛烈な勢いでゼリシア=キラーゾーンが射出される。
レイ=レッドスプラッシュのそれに酷似した挙動でもって、ピーチファルナを抱きかかえるシンシヴィニアへと真っ直ぐに。
──間に私兵や治安維持部隊が立ち塞がったが、その全てをただぶつかるだけで薙ぎ払っていく。
「が、ぶ!?」
「くそ、いきなりなんだってんだっ」
「止めろ! これ以上女子供を傷つけさせるかよ!!」
その身を呈して、しかし止められない。
全知全能。例え超常を封じられようとも、肉体由来の『能力』を限界以上に搾り出す今のゼリシア=キラーゾーンをただの人間に止めることはできない。
「……ちくしょう」
逃げろ、とは言えなかった。
私兵や治安維持部隊の面々が命がけで守ってくれていなかったらとっくの昔にシンシヴィニアは粉砕されていたのだから。
自分だけの命ならともかく、友達の命まで背負っている以上、そんなことは決して言えなかった。
ギヂリッ!! と。
その腕にかかる重さは軽々しく投げ出せるものではないから。
「ちくしょう!!」
ただの突進で人を落ち葉のように吹き飛ばす猛威。それはまさしく台風や落雷にも似た、圧倒的にして避けられない災害であった。
ゼリシア=キラーゾーン。
全知全能という名の猛威。
ただ強い。ゆえにこうも簡単に我を通すことが可能な『持っている』者。最も恵まれていて、なのに泣きそうな顔をしている女の子。
彼女を悪党のままでは終わらせたくない。殺人犯になんかにしてたまるか。それでも、なのに、力不足ゆえに最悪の結末へと突き進む流れを止められない。
だから。
だから。
だから。
腕が伸びる。人を粉砕することも容易いゼリシア=キラーゾーンという名の猛威がシンシヴィニア=セレリーンを捉える──その前に、割って入った影が一つ。
轟音が炸裂する。
受け流す、なんて器用な真似はできていなかった。ただ全身で受ける。止める。バギベギバキ!! と肉体が壊れる音を響かせながら、それだけの破壊を撒き散らす剛腕がシンシヴィニアを襲うことだけは阻止する。
「お父、様……?」
セレリーン伯爵家当主。
まるで抱きかかえるようにゼリシアの剛腕を受け止めて、全身全霊でもって動きを封じた男は血反吐を吐いていた。
シンシヴィニア=セレリーンを助けるために。
『貴族として』、口を開く。
「シンシヴィニア。お前がどれだけ気の迷いや判断ミスしようとも、軌道修正ならいかようにでもしてくれる。その身に宿りし血と才能はセレリーン伯爵家の発展のためだけに使われるべきだからな。だから、だからだ。こんなところでセレリーン伯爵家唯一の跡取りを失うつもりは毛頭ないと知れ」
「そう、ですわよね……」
「だから、さっさとどこにでも逃げろ。セレリーン伯爵家唯一の跡取りの命を無駄にするな。わかったか!?」
そこで終わらない。
今度は真横からゼリシア=キラーゾーンの頬を拳が打ち抜く。
ローラン。
セレリーン伯爵家当主が足止めした隙を狙い打ち、人を粉砕することも容易い猛威をノーバウンドで数メートルも吹き飛ばしたのだ。
「ローランさんっ」
「シンシヴィニア様。ピーチファルナのこと任せていいか?」
「も、もちろんですわよっ。でも、ゼリシアは……」
「ああ、もちろん殺さず止める。『みんな』を助けてってのがピーチファルナのお願いだったからな」
そこまでだった。
これ以上会話に使う時間はないと言いたげにゼリシアへと向かうローランを見つめ、シンシヴィニアは改めて前に歩を進める。
男たちが稼いでくれる時間を無駄にしないために。
友達を救うために。
ーーー☆ーーー
ゆらり、と。
ゼリシア=キラーゾーンが立ち上がる。
対してローランはほんの僅かな猶予の中、隣に並ぶ男に視線を向けていた。
セレリーン伯爵家当主。
真に『貴族として』行動するなら『貴族らしくない』シンシヴィニアを切り捨てて、分家から優秀な養子を迎え入れるという選択肢もあるはずだ。いかにシンシヴィニアが優秀とはいえ、『貴族らしくない』彼女を頂点に据えれば相応の問題が発生することはわかりきっているのだから。
それでも、と繋げた。
その命をかけてでも助けた。
そうしたかったから、だとするならば、
(もうちょっと素直になればいいものを)
並び立つ両雄に対して、ゼリシア=キラーゾーンはまるで迷子の女の子のように瞳を暗く揺らし、口元を歪めて、泣き叫ぶような言葉を漏らす。
「こんな、はずじゃなかったのに! なんで、どうして、邪魔するのよお!! あたしはただ巻き込みたくなかっただけで、『持っている』あたしがやらないといけないことで、あたしだけが、こんなあ!!」
「……、やりにくいな」
「ふん、ああなっても抱えているものを晒す気はない、と。だからこそ追い詰められているんだろうがな」
がしがしと頭をかいたり、首を横に振ったりしながら、それでも男たちは前に踏み出す。
ロクなダメージを受けていないというのに、気がつけばズタボロに追い詰められているゼリシア=キラーゾーンが相手だろうとも容赦をすることはない。
なぜなら、
「だとしても、これ以上は傷一つだろうとも許容しない、できるものか」
「踏み台ごときに我が自慢の娘をこれ以上傷つけさせるわけにはいかん。分かったらさっさとくたばるが良い」
彼らは父親だから。
娘を傷つける猛威がそこにあるというのならば、真っ向から立ち向かうのみ。
父親が娘のために命をかけることなど、当然のことなのだから。




