第二十五章 極大の怪物ども、その激突
「にひ☆ 『旧世代』どころか魔族ですらない奴が何の用? 場違いにもほどがあるんだけど」
「貴女がたに恨みはないけど、全ては娘のため。ええそうよ、綺麗事なんて言うつもりはないわよ。娘のために死んでちょうだい」
新『魔の極致』第十席モルガン=フォトンフィールドと対峙するはかつて穢れし聖女と呼ばれていたレモンファルナであった。魔族ですらない、ただの人間が過去に大陸全土を敵に回して互角以上の勝負を繰り広げた『旧世代』に並ぶ新たなる金字塔と対峙しているのだ。
無謀なのかもしれない。
そして、彼女は無謀を押し通さないと幸せを掴めないことを知っている。
押し通したから、レモンファルナは幸せを掴み取った。今回もまた同じことを繰り返すだけだ。
「にひ、にひひっ☆ 人間より始まり、人間を遥かに超越した魔女を敵に回す、と。だったら楽しく殺される覚悟もあるよねーっ!?」
瞬間、展開されるは魔法陣。
放たれるは漆黒に染まりし上級魔法。
『風の書』第九章第二節───風神ノ鉄槌。
ゴッゥバァッッッ!!!! と世界を突き抜ける漆黒の暴風を、まるで鏡に写すように漆黒の暴風が迎え撃つ。
写し模倣する。
今現在具現化されし超常をそっくりそのままコピーする穢れし聖女の得意技。
そうくるだろうことは魔女も予測していた。先の展開と同じように対処してくるとしたならば、魔女の勝利は確定する。
「にひ☆」
ブゥォワッ!! と。
レモンファルナが放った漆黒の暴風がねじ曲がったのだ。
「私は魔女、魔を知り尽くした女なり。魔力にて構築されし魔法の全てをこの手で支配することができるんだよねー☆」
ゆえに、これまで。
写し模倣した魔法を支配した魔法をそのまま返せば、二倍となった漆黒の暴風がレモンファルナを呑み込む。そのはずだった。
まるで意趣返し。
ブゥォワッ!! と魔女モルガン=フォトンフィールドが具現した魔法の制御権がレモンファルナに渡る。
「な、あ!?」
「私の能力は今現在使役された超常を模倣すること。そして過去に使役された超常をストック、弱体化しはするけどいつでも使えるようにすること。わかる? いくら今現在超常を使役しようともそのことごとくを写し模倣、相殺して──」
魔女が支配した穢れし聖女の魔法と穢れし聖女が支配した魔女の魔法とが激突、同一威力により相殺される。
「──がら空きになったところをストックしておいた超常で貫くことができるのよ」
宣言の通りとなった。
いくら今現在超常を使役しようともその全てを相殺される魔女の心臓を貫く形でストックしておいた超常が炸裂した。
ーーー☆ーーー
「はっはあ! 我こそ最強、絶対にして究極、超絶無敵な女王であるぞ!!」
「口先だけはいっちょまえなことだ。その身は金儲けのために消費される死肉でしかないと言うのに」
新『魔の極致』第九席エクスペンタリア=ゴージャスストリームと対峙するは旧『魔の極致』第九席ミュウ。マントを靡かせ、怪我してすらいない片目を眼帯で塞ぎ、見た目だけは大仰だが実際はナマクラな大剣を背中に担ぎ、邪魔にしかならない装飾品の数々を身につけたちんちくりんなミュウは、しかしそれでも万全の力を発揮できる。
なぜなら、
「我が究極絶対奥義を味わうが良いぞ!!」
瞬間、地面が脈動、ドッブゥ!! と数十に及ぶ土の柱が突き出る。ぐにゅべぢゅと土とは思えない粘着質な音を響かせながらこねくり回すように形を変えていくと思えば──鉄錆くさい臭いが充満する。
土の色が変わる。赤や白。肉の赤や骨の白を覗かせた次の瞬間にはびぢゅっ! と異音と共に完成した。
並ぶは七十二に及ぶ一糸纏わぬ女の身体。
土の色なんて一切残っていない、光り輝く肌色──まさしく人間の女にしか見えなかった。
一人一人が全く異なる容姿の女は土人形にあらず。土を原材料として遺伝子レベル、細胞の一つさえも遜色ない生きた人間のコピー人形であった。
すなわちこの場に並ぶ一人一人に手本となった女が存在しており、この場に並ぶ女たちはその手本たちと血や肉や臓や骨の全てが同一の存在ということだ。
ただし同一なのは肉体のみ。スキルや魔法といった超常まで使えるわけではなく、また魂まで再現することはできないため意思が宿っておらず自発的に動くことはないのだが。
「ははっ、そんな肉のガラクタ並べてどうすると? どうやら細胞一つまで綺麗に人間を模倣しているようだけど、そんなの無駄な努力だよ。どうせ作るなら魔獣でも作ればよかったもの──」
瞬間、ボッッッ!!!! とエクスペンタリア=ゴージャスストリームの上半身が吹き飛んだ。なぜ、と疑問を発する間もなくその命が吹き飛んだのだ。
出力されしは膨大なエネルギー。
出力口は七十二に及ぶ土を原材料とした女たち。
だが、元となった手本たちの超常までは模倣しきれていなかったはずだし、自発的に動くこともできないはずだが……、
「我が究極絶対奥義は召喚術であるぞ。既存の女どもを模倣するのはその一環でしかない。くっくっくっ、ふうっはっはっはあ!! 我が序列が第九であるならそれでも良い!! 序列を覆すほどの戦力を召喚、いいや憑依させるための器を用意すればいいだけなのだからあ!!」
そして。
そして。
そして。
ぎゅるり、と。
自分の意思で動くはずのない女どもの瞳が蠢いたかと思うと、わっとまるで競うように殺到した肌色に呑み込まれた。
詳細は不明だが、七十二に及ぶ『強大な力持つ戦力』を召喚したミュウ自身、『彼女たち』を制御しきれてはいなかった、ということなのか。
……悲鳴ではない、甲高い声が響いているので召喚主であるミュウが危害を加えられているわけではないようだが。
ーーー☆ーーー
『が、ばふ!?』
『スーパージャスティスアルティメットバーニングヒーローを前に悪が栄えることはなし! さあさ、そのまま砕け死ぬがいい!!』
新『魔の極致』第八席ジャスティスと対峙するは旧『魔の極致』第七席レイ=レッドスプラッシュ……であったが、開戦と共にレイの胴体にジャスティスの拳が叩き込まれていた。
呆気なく、貫いたのだ。
臓器のほとんどを潰されたレイの死亡は確定──
「随分と楽しそうに寝言漏らすものでごぜーますね」
──する、という光景はジャスティスが見ている夢に過ぎなかった。
血流という名の意識せず行われている生体活動を『ハニートラップ』が支配、流れを止めることで酸素の供給を途絶させ、意識を奪ったのだ。
今は『ハニートラップ』にて埋め込まれた無自覚や無意識が紡ぐ夢を見ているようだが、それもこの数分の猶予。血流が途絶え、酸素の交換がなされない以上、迫る死は避けられない。
そして、わざわざ数分待つ必要もない。
レイ=レッドスプラッシュは魔法道具『ハニートラップ』に内蔵されている魔力を射出、夢の中に閉じ込めたジャスティスの頭部を貫き確実で迅速な死を与える。
「お前と遊んでいる時間なんてこれっぽっちもないのでごぜーますよ」
ーーー☆ーーー
「むかむかなんだゾっ。コソコソ隠れて鬱陶しいったらないんだゾっ!!」
「あう。あうあうあうっ」
新『魔の極致』第七席キメラガールは獣の因子を人為的に埋め込んだ際に会得した感覚の全てを使って敵を観察、旧『魔の極致』第五席ルルアーナの死角に入り込むことで姿を消す。
対峙していながら隠れている、という矛盾を実現する新『魔の極致』第七席キメラガールの口が開かれる。
ゴッバァ!! と。
常にルルアーナの死角へとその身を隠す女の子の口から吐き出されたのは燃え盛る純白の猛火であった。
人間を丸々呑み込むほどの猛火は、しかしルルアーナが振るった繊手が薙ぎ払う。
「あう!?」
「本当むかむかなんだゾ。常に死角に入り込むってことは常に死角に存在することと同義なのだゾ。その程度の隠れ身でルルアーナから逃れられると考えていることがすんごくむかむかなんだゾ!!」
ぎゅるり!! と薙ぎ払ったはずの猛火がルルアーナの繊手に集う。いいや違う、形が変わる。
ガチャリ、と。集った炎が鉄のような筒状の何かへと変じたのだ。
「ルルアーナの手は触れた対象を材料に、その対象が持つ『力』を安易に使用できる兵器を生み出すんだゾ。この場合は──」
「わぅ、にゃふう!!」
キメラガールの姿は見えず、しかし居場所は丸わかりであった。ゴッバァ!! とルルアーナの死角に突きつけられた筒状の兵器より先の猛火に匹敵する熱量が放たれた。
「──火炎放射器、とでも呼ぶべき兵器になったんだゾ☆」
ーーー☆ーーー
ザシュウ!! と斬り裂かれたキアラの首筋より鮮血が噴き出す。受けた傷から敵の位置を予測、拳を放つが──ぶぁ、と残像を貫くのみ。
気がつけば、キアラの首筋を斬り裂いた女は拳の範囲外に佇んでいた。キアラよりも速く動く、それだけできれば圧倒できると言外に告げるように。
「チッ!」
旧『魔の極致』第二席キアラが対峙するは新『魔の極致』第六席ファクティス……だけではない。
ファクティスの手には細身の剣があった。その刃はキアラの首筋を斬り裂いた際に付着した血液で真っ赤に染まっており──その血を横から伸びた指がすくい、舐め取る。
次の瞬間の出来事である。
「ひれ伏せ」
新『魔の極致』第五席ゴーゾン=ゼクソシス=エンペラーの言葉が響いたかと思えば、ドゴン!! と地面に亀裂が走る勢いでキアラが頭を下げていた。
「ぐ、ぉ……っ!?」
「王の言葉は実現されなければならない。そう、我が言葉を受けし下僕どもは我が言葉を実現するために尽力するのであるぞ。その命を使い潰してでもな」
強制支配能力。しかも、これは……、
「血をトリガーと、した……支配。まさか、吸血鬼?」
「ご名答。我が体質は血の摂取をトリガーとして下僕を量産する。貴様がどれだけ強くとも、血という名の首輪にて支配された時点で勝敗は決したのである」
吸血鬼。
魔法や『技術』やスキルといった超常由来ではなく、生まれ持った体質によって他者を支配する種族。
鳥が空を飛べるように、魚が海を泳げるように、そういう機能だからと他者を支配してのける怪物の中の怪物。
指ですくえる程度の血があれば誰であれ奴隷に変えられる体質はまさしく王者に相応しい。そういう生き物だから、で済ませてしまう驚異の能力が旧『魔の極致』第二席キアラを支配──
「なんだ、隠していたのはこんなものだったのね」
ゾッア!! と。
何かが起きた。
ゆらり、とキアラが立ち上がる。
血の首輪、吸血鬼による支配を無視して。
「……、あ? なんだ、それは!? どうして我が命令を無視できるのである!? 先ほどまで無様に縛られていたのであるのに!!」
「そうね、さっきまでのワタシには支配を打ち砕くなんてできなかったわよね。だけど今のワタシは違う」
増していた。
キアラの力の波動が先ほどまでとは比較にならないほどに。
「経験値を稼いで、ステータスに割り振って、レベルアップすることで新たな力を獲得する。全てはそのための『じゃれ合い』だったんだけど……ここらが潮時よね。これ以上の経験値稼ぎは期待できそうにないし、稼ぐだけ稼いで割り振っていなかった経験値使って終わらせてやる」
「なに、を……っ!?」
「だーかーらー。吸血鬼の支配を打ち破る力を獲得できるようステータスに経験値割り振ったってだけよ」
瞬間、新『魔の極致』第五席ゴーゾン=ゼクソシス=エンペラーの懐へとキアラが飛び込んでいた。ゴーゾンは元より、そばにいた新『魔の極致』第六席ファクティスさえも視認できない高速挙動にて、だ。
「そしてこれはワタシよりも速く動いていた奴を打ち破る力よ。これだけレベルアップすれば、勝利は確定よね」
「……ッ!?」
瞬く間であった。
経験値、ステータス、そしてレベルアップ。不可解な性質を自在に操る怪物の猛威が新たなる金字塔、その第六席と第五席を粉砕したのだ。
ーーー☆ーーー
そして。
旧『魔の極致』第三席ネフィレンスは言う。
「サァ、どうすル?」
ーーー☆ーーー
「もちろんこれにて『旧世代』の勝利なんて展開にはさせないカモ」
その呟きの直後であった。
ぐぢゅり!!!! と、身体の一部を吹き飛ばされた者や身体の全てを吹き飛ばされた者一切の例外なくありとあらゆる損傷が抹消されたのだ。
新『魔の極致』第四席スフィア。
黄色パーカー姿の女エルフの力は超高速回復スキル。死ななければどんな損傷でも、死んだ後でも死を自覚する数秒の間であればその一切を癒す力が戦場を走り抜けたのだ。
新『魔の極致』の面々が一切の負傷や死を拭い去り、完全復活を果たす。
「第二ラウンドの始まりカモ」
そして。
そして。
そして。
ーーー☆ーーー
ぶわり、とマントのように肩にかけたメイド服が靡く。大陸では珍しい黒髪黒目の少女は完全な無表情、平坦な声音でこう言った。
「セシリー様、少し席を外していいですか?」
「いいでございますが、どうかしたでございますか?」
「随分と騒がしいものですから気づいてしまったんですよね。アタシにとってはどうでもいいことですが、長引くことで面倒ごとに発展しないとも限りませんし」
「? ???」
「大したことではありませんのでお気になさらずに。窓が汚れているのに気づいたから、タオルで拭うような簡単に済む話ですよ」
言葉の通り掃除に行くような軽い足取りで少女が動く。ミーナ、という名の少女がだ。




