第二十四章 最愛を救うただ一つの突破口
六百年前の『戦争』。
大陸の歴史の中でも最も被害が大きかった極大の『戦争』は魔族という超種族によって引き起こされた。
中でも『魔の極致』という精鋭どもが撒き散らした被害は甚大であったが──それもまた他の『魔の極致』を全て掛け合わせても第一席が撒き散らした被害が霞むほどだった。
旧『魔の極致』第一席。
ベルゼ=クイーンエッジやネフィレンスが霞んで見えるほどに第一席は常軌を逸した魔族であった。
だからだろうか。
気がつけば人々は第一席のことを畏怖を込めて『魔王』と呼んでいた。
ーーー☆ーーー
「……、こんなはずじゃなかった」
青い光に包まれたゼリシア=キラーゾーンの口から怨嗟の声が漏れる。次から次へと、世界を呪うように。
「超常の無効化フィールド? こんな、こんなはずじゃなかった! なに、こんな、あたしの超常をこんなフィールド一つで封殺だって!?」
ゼリシア=キラーゾーンは確かに全知全能を持つ。だからといって無条件に法則から逃れられるわけではない。
ローランのスキルは超常を無効化する。(写し模倣し、埋め込んだ際に弱体化したピーチファルナのスキルではなく)ローランが全力でそのスキルを使えば、効果範囲内に存在するありとあらゆる者は超常を封殺される。その法則はゼリシア=キラーゾーンにだって適応されるのだ。
いかに無数の超常を持っていようとも、出力口を塞がれてしまえば意味はない。無数の超常は世界に出力される前に無意味に朽ちていく。
「こんな、違う、こんなはずじゃなかったのにっ。これじゃ帳尻を合わせることもできないじゃないのよお!!」
叫び、踏み込む。
その手に握られしは剣。何の変哲もない鉄の刃が、しかし縦の振り下ろしの最中にぐにゅりと歪む。いいや実際に歪んでいるわけではない。そう見えるだけだ。
技能、すなわち武術。
全知全能という体質が宿す『能力』に含まれているのは超常だけにあらず。
この世界に存在するありとあらゆる武術をゼリシア=キラーゾーンは一つ残らず使用可能なのだ。
「…………、」
対するはローラン。経験だけは積んでいる中年冒険者。超常の無効化という特異な力を持ってはいるが、それでも『炎上暴風のエリス』のような最上位の冒険者には及ばない程度の男である。
そう、冒険者の中だけでさえも最強になれない男なのだ。そんな男が全知全能に勝てるわけが──
「ふっ!!」
ぐっにゅう!! と、蛇のように唸る斬撃がさらに歪み、あらぬ方向に流れる。ローランがその手に握った剣を振るい、ぶつけ、受け流したのだ。
「な、ん……っ!?」
「ゼリシア=キラーゾーン。貴様の体質に関してはあいつから聞いている。全知全能だったか、なるほど確かに強大な力だな。万全であれば私に勝ち目はなかっただろう」
今度は刃が分裂したかのように見えるほどの高速斬撃。多角的に迫る斬撃の乱撃は、しかしガガガギィンッ!! と甲高い音と共にあらぬ方向へと流れる。
「だが、今の貴様が使えるのはその身を使い振るう肉体的運動のみ。いかに無数の『能力』があろうとも、一度にその身にて使える『能力』は限られている」
「ッ!?」
「世界中の武術をただ『使える』だけで、決して『使いこなす』ことができない貴様の攻撃が届くとでも思ったか!!」
──ローランもまた語られぬ『物語』を生き抜いてきた。穢れし聖女、詳細不明なその単語に縛られた妻との平穏な生活を勝ち取るためには遥か格上の敵を殺す必要だってあったのだ。
そのための技術がここにある。
受け流し。力の差を覆す技術でもって父親は娘を傷つけた全知全能へと真っ直ぐに踏み込む。
ーーー☆ーーー
一つ、ネフィレンスは世界の記憶へと偽造を施すだけの技術を持っている。その技術力は読み取りにも使用可能である。ただし読み取れるのは『今』の時間軸での出来事のみ。全知全能のように『前』の時間軸全てを読み取れるわけではない。
一つ、ネフィレンスは世界間さえも繋げる空間連結スキルを持っている。そのスキルがあれば世界のどこからでも即座に戦場へと踏み込むことができる。
一つ、ネフィレンスは世界を支配するにあたって邪魔になるだろう新『魔の極致』を一掃できれば、それ以外はどうでもいい。誰が何人死のうが、最終的に敵対者どもを殺し尽くせればそれでいいのだ。
ゆえにネフィレンスは待っていた。今の時間軸での出来事を読み取ることでゼリシア=キラーゾーンの状況を逐一確認して『隙』を──今回突いたのは精神的ショックによる『隙』だった──見つけ、その『隙』にローランを戦場に派遣した。
超常の無効化スキルを先に使うことで全知全能の一部を封じるために。
ローランのスキルがあったとして、こうして青の光のドームに閉じ込めることで内部での超常具現を封じる、という結果を叩き出すのは困難だっただろう。万全の全知全能が相手ならばローランが小細工を施す前に対処していたはずだ。
そのための『隙』。
『隙』を突くためならば百近い人間が全知全能の前に倒れるのも許容する。
旧『魔の極致』第三席ネフィレンス。
過去には『戦争』にて大陸規模で鮮血と死を撒き散らしてきた真なる怪物の性質は変わっていない。殺しに躊躇はなく、命を使い潰すことに忌避感のない魔族のままなのだ。
だから。
だから。
だから。
ゴッ!! と。
何かが突っ込んできたかと思えば、そのままネフィレンスの首根っこを掴んだのだ。
そこで終わらない。そのまま駆け抜ける。景色が高速で流れるほどの速度で、ネフィレンスの首にどれだけの負荷がかかろうが構わず青の光のドームの外へと駆け抜けていく。
レイ=レッドスプラッシュ。
身体能力のリミッターを解除することで高速での挙動を実現した女の口から言葉が吐き出される。
低く、波のない平坦な声が。
「帳尻を合わせるでごぜーます。手伝えでごぜーますよ」
「帳尻? ああなるほド、もう片方の手に『ソレ』持っているのはそういうことネ。利用するものに関しては調べておいたから知っているわヨ、『ソレ』の能力はサ。加えてレイにも敵勢力に関する調査結果は伝えていたものネ。新『魔の極致』第十席から第二席までの『能力』を知っていれば──」
「いいから、この無効化スキルの外に出たら、さっさと『アレ』のもとまで空間を繋げるでごぜーます。八つ当たりだろうが、私の力不足が原因だろうが、そもそも私だってピーチファルナちゃんを傷つけてきたのは同じだろうが、そんなの関係ないでごぜーます。ネフィレンスが出し惜しみしたせいでピーチファルナちゃんが死んだら、その時は覚悟することでごぜーますよ」
「……、本当変わったものネ。今のレイ、人間と同じくらいよくわからないわヨ」
ーーー☆ーーー
レイ=レッドスプラッシュはネフィレンス『たち』を連れていく前に三人の少女に声をかけていった。
その一人、シンシヴィニア=セレリーンはすでに限界を超えていた。ピーチファルナたちがやってくる前、たった一人で全知全能を相手していたのだ。超常の濁流を受けたのは一度や二度ではない。
限界なんてとっくの昔に超えているのが当然だ。一歩前に踏み出すたびに全身に刻まれた傷から鮮血が噴き出す。
それでも。
だとしても。
「わらわは、絶対に……『友達』を見捨てないですわよ。ピーチファルナを死なせやしないし、ゼリシアを人殺しになんかにはしないですわよっ!!」
ーーー☆ーーー
「く、くっくっ。我が究極絶対奥義を出す暇もないとは。新『魔の極致』、やるではないか」
「ぷんぷんなんだゾっ。一対一なら普通に勝てるのにっ」
「…………、」
荒れ果てた地にかしましい声が響く。美しい草原はすでにない。そんなものは最初の激突で滅び去った。
山の麓。ゼリシア=キラーゾーンが住まう屋敷の近くに広がる元草原、現荒野に立ち塞がるは七つの災厄。
新『魔の極致』第十席から第四席。
ミュウ、ルルアーナ、そしてキアラ。旧『魔の極致』の面々の猛攻を全て防ぎきった新たなる金字塔どもである。
その一人、魔女っ子スタイルの新『魔の極致』第十席モルガン=フォトンフィールドがその手を突き出し、力ある言葉を紡ぐ。
「にひ☆ 死んじゃえ、『炎の書』第八章第四節──獄炎灼槍撃っ!!」
ゴッバァ!! と魔法陣より噴き出すは漆黒に染まった炎の槍。民家を串刺しにできるほど巨大な槍が迫る。この世界に自然発生する炎とはかけ離れた、まさしく超常的熱量が旧『魔の極致』の面々を焼き殺──
「天の上に君臨する神聖にして全能なりし女神の逆位相、すなわち地の底に沈む不浄にして無能なりし女神よ、ここに魔法を写し示せ!!」
ゴッバァ!! と全く同じ槍が具現化、激突する。
轟音と共に槍と槍とが互いを焼き尽くし合って、そのまま消える。同一威力の二つが激突したことで相殺されたのだ。
だんっ! と旧『魔の極致』の面々に並ぶように彼女は足を踏み出した。
レモンファルナ。
ピーチファルナの母親は娘が傷ついたからと嘆き悲しむのではなく、何としてでも助けるために前に突き進む。
「ヤァ、らしくもなく苦戦中みたいネ」
「チッ。『新世代』どもの中に怪我人はなしでごぜーますか。あんまり時間かけなくないのでごぜーますがね」
さらに二人、並び立つ。
旧『魔の極致』第三席ネフィレンス、そして旧『魔の極致』第七席レイ=レッドスプラッシュ。
彼女たちは後方から踏み込んできた。キアラが後ろに視線を向ければ、ネフィレンスが切り開き空間を繋げたらしき穴があった。それもキアラが見ている前で消えていったが。
「きひひ☆ 何しにきたのよ?」
「あんまり不甲斐ないから手伝いにヨ」
「手伝い、ねえ。まあなんでもいいけど」
適当に嘯き、そしてキアラはびしっと立ち塞がる新たな金字塔たちを指し示す。
「何はともあれ、こうして揃ったことだしそろそろ反撃といこうかね。経験積み重ねるためとはいえ、いい加減あいつらのドヤ顔も見飽きたことだしね」
その言葉が引き金となった。
新『魔の極致』と旧『魔の極致』に穢れし聖女、世界でも屈指の実力者たちが真っ向からぶつかり合う。




