第九章 森の奥での秘め事
「──ってなわけでゼリシア=キラーゾーン含む新『魔の極致』と私チャンやレイ含む旧『魔の極致』とがぶつかり合う戦争が勃発するのも時間の問題ヨ。回りくどい方法でレイを精神的に殺すつもりだったようだけド、『前』その企みがバレたってのは『本当の』世界の記憶を読み取れば判明するしネ。私チャンが世界の記憶に施した偽造が見破られた瞬間、回りくどいことはやめて直接殺しにくるはずヨ」
街外れの森の中。
暗黒に染まった光なき世界にてネフィレンスの口から真相が語られた。ピーチファルナの父親が『これまで』知り得ることがなかった真相が、だ。
「…………、」
ゼリシア=キラーゾーン。
『新世代』の人間にして新『魔の極致』第二席が暗躍していたから、『これまで』の時間軸全てでピーチファルナは死ぬことになった。
『旧世代』の魔族にして旧『魔の極致』第七席であるレイ=レッドスプラッシュにとってピーチファルナが特別な存在だったから、だ。そんな理由で幾千幾万幾億もの繰り返しがあり、幾千幾万幾億もの死があったのだ。
──ピーチファルナを救うために、という冠はあったのだろう。ゼリシア=キラーゾーンの暗躍に誘導されてもいたのだろう。
それでも、結果としてレイ=レッドスプラッシュは父親を含む大勢を殺し、振り回し、悲劇を量産してきた。『今』どういった手段でピーチファルナを救うつもりなのかは不明だが、必要なら『なんだってやる』怪物であることに変わりはない。
「さテ、これからどうすル? レイは危険ということで排除すル? マァあんな奴が娘に近づいているってんだかラ、そりゃ力づくでも──」
「家内は昔色々あってな。穢れた女だの使い物にならない聖女だの奇跡から見放された魂だの好き勝手言われていたものだ。だから、まあ、家内と結婚するなんて言ったら両親からはそれはもう反対されたものだよ」
「ン? 何の話ヨ???」
「なに、親が本当に子供のことを考えて首を突っ込んできたとして、そんなものが子供にとっての正解となるわけじゃないって話さ。両親の言うことは正しかった。結婚してからこうして平穏に暮らせるようになるまではそれはもう長い年月が必要だった。『安全』を手に入れるために何度剣を振りかざして、どれだけ殺してきたことか。なるほど、平穏無事な生活を送るのが正解なら両親の反対を受け入れるべきだっただろうな。だけど、そうしていたなら、私は一生後悔していたに決まっている。それこそ生きながらに死んだようなものさ」
「結局結論ハ?」
伝わるわけがなかった。あくまで魔族、どこまでいっても『魔の極致』でしかないネフィレンスの問いに対して、父親はこう答えた。
「子供の幸せは子供自身が決めることだ。レイ=レッドスプラッシュを拒絶するか、受け入れるかをこちらで決めて、押しつけたって何の意味もないさ」
「家族ってのは大切にするものみたいだけド、それでも放置するワケ???」
「過保護に守ることだけが親の務めじゃない。時には見守ることだって重要だ」
「……、マァ嘘は言ってないようだシ、私チャンとしても使えるものが増えるならそれでいいわけだけド、ふうム。人間ってのは分からないものネ。危険因子はさっさと排除するものだと思うけド。少なくとも私チャンは『とりあえず』排除するだろうシ」
「子供の幸せは子供自身が選び掴み取らないとな。もちろん全部が全部ピーチファルナ一人で何とかしろとは言わんがな。どうやら悪意がそこらじゅうに広がっているようだし、それに関してはこの手で叩き斬ってやるさ」
「そウ。火と油になるなら別にいいけド……ネェ、本当に自分たちを殺し続けてきた奴を受け入れることができるわケ?」
「私はともかく家内を手にかけたことは一生許すことはないが、『今』私の家族に手を出さないというのならばわざわざ殺すような真似はしない。もう終わったことで、なかったことになった罪だというのならば、ほじくり返してどうこう言ったところで虚しいだけだ」
「分からないわネェ。人間ってのは本当不思議な生き物よネ」
「この話はもういいだろ、結論は出たんだから。で、だ。ネフィレンスの目的はなんだ? 新『魔の極致』とやらを排除できればそれで満足なのか、それとも仲間であるレイ=レッドスプラッシュのためなのか──」
「世界征服」
サラリと。
それはもう簡単な調子で怪物は言った。
「六百年前は失敗したからネ。マァ『魔王』が消息不明になったリ、やる気失ったキアラが離脱したりと色々予想外の展開があったからなんだけどネ。戦力的には申し分ないってのに失敗したシ、今度は万全の体制で世界征服に乗り出したいってだけヨ。だから敵になりそうな連中は事前に殺しておくシ、六百年前よりも遥かに強力な戦力をかき集めるために奔走しているシ、とにかく念には念を入れている最中なのヨ。それ以上もそれ以下もなイ。ゼリシア=キラーゾーン? レイが好きなピーチファルナ??? そんなの知ったことじゃないわヨ」
そして。
そして。
そして。
ネフィレンスの中にある極大の歪みが噴出する。
「私チャンは私チャンの幸せを追求すル。レイはピーチファルナ一人を手に入れただけであんなにも満たされていた。ならば世界全部をまるっと手に入れればもっともっと満たされるに決まっているからネ」
ネフィレンス。
『旧世代』の魔族にして旧『魔の極致』第三席。
六百年前の『戦争』の中心人物とされており、殺ししか頭にない猪突猛進な魔族どもを拙いながらも戦略的に動かしていた『変わり者』。
あくまで純粋ゆえに悲劇を撒き散らす他の魔族と違い、人間らしいドロドロとした欲望を軸としてねじれたバケモノ。
真に欲しいものが見えておらず、見当違いな目標を掲げているために手段もまた歪んでしまっている。
「なるほど、ガキなんだな」
「いきなり何ヨ? 最低でも六百年前から活動してきた年長者に向かってガキとは失礼なものネ」
「悪いな。今はピーチファルナのために万全の状態で動きたい。だから、まあ、なんだ。ピーチファルナを蝕む悪意の全てを斬り捨てた後だ。その歪んだ性根、叩き直してやるからな」
そこまでだった。
言うだけ言って父親は立ち去っていった。
対してネフィレンスは不思議そうに、本当に不思議そうに目をパチパチと瞬いていた。
「やっぱり人間ってよくわからないわネ」




