第七章 どばーっとかけるか、かけないか
「だからね、そこはどばーってかけたほうがいいんだよ! 風味だ素材の味だそんなのより相性バツグン同士を掛け合わせたほうが絶対いいに決まってるもん!!」
「いえ、ここだけは譲れないのでごぜーます! 私の罪はひとまず置いておくでごぜーますっ。ここだけはどうやっても改善されないのでごぜーますが、だからといって諦めないでごぜーますよ! 素材の味をそのまま味わうこと、それこそが最も美味しく食す方法でごぜーますよ!!」
食卓を囲んでの出来事だった。
ピーチファルナとレイ=レッドスプラッシュの間でズバヂッ!! と火花が散る。
どばーっとかけるか、かけないか。何度繰り返そうが、ピーチファルナはどばーっとかける派であった。
ちなみにシンシヴィニア=セレリーンはピーチファルナの膝の上でおすわり状態だった。後ろから抱きしめられているわ、時々ピーチファルナから食べさせてもらっているわとそれはもう奇跡の賜物だった。
「むう。なんだか複雑だけど、まあいいですわよ。『持っている』からこそ余裕でいられるんですわよ! 抱きしめられた勢いのままこんな形になるだなんて最高で──」
「っていうか、シンシヴィニアちゃんいい加減邪魔っ。ご飯中になんで膝の上なんだよっ」
熱く議論を重ねていたからだろう。勢いのままポイっとそこらへんに放り捨てられるシンシヴィニア=セレリーン。
領主の娘だなんだそんなプライド簡単に砕けた。十代前半ながら領地運営に多大な影響を与えている貴族の涙腺が決壊しかけるほどに甚大なダメージが襲いかかる。
「ふ、ふえ……」
「ちなみにシンシヴィニアちゃんはどばーってかける、かけない?」
「ふえ? かけるわけないですわよ。あれにどばーっとかけるなんて食材への冒涜ですわよ」
涙腺が決壊しないよう我慢していたからか、反射的に素直な意見を発していた。オブラートを忘れたそれに対してぷくうっと頬を膨らませたピーチファルナからの返答は以下の通り。
「シンシヴィニアちゃんのばかっ」
「はうわっ!? ばかって、これもしかしてき、嫌われ、ううええーんっ!!」
裏切り者にして分からず屋の涙腺にトドメを刺したピーチファルナは改めて真なる敵と相対する。素材の味がなんだ、何事も相性バツグンをどばーっとかけるほうがいいに決まっている。
ハチミツは何とだって相性バツグンなのだ。そう、ありとあらゆるものにハチミツをかけるべきなのである……と考えるピーチファルナにとっての相性バツグン云々なのだから、実情は中々にグロテスクなのかもしれない。
ーーー☆ーーー
はっちみつ! はっちみつう!! と何やら娘の叫び声が家の外まで聞こえていた。自宅の前でその声を聞いた父親は口元を緩める。声を聞くだけで一日の疲れがとれるものだ。
と。
口元を緩めていた父親が腰に差している剣に手をかけた、その瞬間には振り抜いた後だった。
ガギィン!! と後方に振り抜いた斬撃が硬い何かに受け止められた。ビリジリと手首に痺れが走る。ケファミアの斬撃を受け流した時だって平然としていた男の顔が微かに歪むほどには『強い』のだ。
そこには女が立っていた。
額から伸びるねじくれたツノに白と黒が渦巻く瞳。ヒラヒラと露出の多いスカイブルーの服を着た褐色の女は人差し指一本で斬撃を受け止めていた。
出血もなく。
それどころか斬りつけた刃のほうが欠けている有様だった。
「ヘェ。気配を消していたんだケド、気づける程度の実力はあり、ト。マァこの程度はできないとお話にならないんだけどサ」
「何者だ?」
「ネフィレンス。国家中枢に位置する権力者なリ、歴史の専門家なリ、『勇者』だなんだ記憶を引き継いでいる奴なリ、それなりに過去を知っている奴ならピンと来ると思うケド……その顔は知っているみたいネェ」
「まさか、そんなわけ……あの『戦争』は六百年前のものだ! たった数百人で大陸中の国家を相手取った魔族なわけが……ッ!!」
「あるんだよネェ。『魔の極致』第三席ネフィレンスでス、よろしくネ☆ あっと今は旧とつけるべきかネ」
隠そうとしても隠しきれない圧があった。
隠しているというのに、父親が足元にも及ばないほどの圧を放っているのだ。
いくらエネルギーのベクトルを歪める等、力の差を覆す類の技術を極めた父親といえども、ここまで圧倒的な怪物に勝てる自信はない。
それほどの怪物である。
それこそ魔族なんて大昔の災厄だと言われても違和感はない。
「チッ、まあいい。真偽がどうであれ私がやるべきことは一つだからな。ネフィレンス、お前の目的は知らない。が、今ここで暴れるつもりだというのならば、私の愛する家族を巻き込むのも辞さないというのならば、善悪関係なく叩き斬らせてもらう」
「力の差は歴然なのニ?」
「敵が強いか否かは関係ない。何を守りたいかが重要だからな」
しばらくネフィレンスは父親を観察していた。まるで先の言葉がどれだけ本気なのか見極めようとしているように。
やがて降参するように両手を挙げて、
「マァ及第点は満たしているかネ。能力は使えるけど中身がポンコツだったと土壇場で判明しテ、足を引っ張られる心配はなさそうだしネ」
「何の話だ?」
「娘さんの話よ」
「なん、だと?」
「うんうんやる気出たみたいネェ」
軽く、適当に嘯き、ネフィレンスはこう続けた。
「それじゃ真相暴露の時間といきましょうかネ。腰抜けに任せていたら時間がいくらあっても足りないシ、こっちで話を進めておかないとネ。水と油になるか火と油になるかだけでも見極めておかないとだしサ」
ーーー☆ーーー
熱くなりすぎな娘を叩き潰すのなんて拳が一つあればいいとばかりに母親のゲンコツが降りそそいだ。冷静になれば現状を正しく認識することもできる。
うっかり泣かせてしまったシンシヴィニア=セレリーンと向き合うピーチファルナ。
「ごめんね、シンシヴィニアちゃんっ。ちょっと言い過ぎちゃったっ」
「ふ、ふえ……わらわのこと、嫌いじゃない?」
「嫌いなわけないよ! 大体、ほら、嫌いなんて言ってないしさ!!」
「でも、ばかって言ったもん」
「あれは、その、ちょっと熱くなって言い過ぎちゃった、本当ごめん!! わたし、シンシヴィニアちゃんのこと大好きだから!!」
「……、うん」
ふわり、と。
ほのかに笑みを浮かべるシンシヴィニア。
良かった誤解が解けて仲直りできた、というわけで思いきり飛びつくピーチファルナ。それはもう熱烈に抱きしめたのだ。
「ごめんねシンシヴィニアちゃんっ、本当に大好きだからねーっ!!」
「わっ。えへ、えへへっ。わらわも好きだよぉ!!」
さて。
この時、レイ=レッドスプラッシュの笑みが作り物めいた硬いものに変化していることにピーチファルナは気づいていなかった。




